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第3話_OH エド捕物帖オウジサマン!(2)

 ――次の日。

 ユーリはクラウス魔導学院の廊下をブツクサ呟きながら歩いていた。

「ありえないし、絶対ありえないし……」

 今日はクラウス魔導学院に転校初日、華麗なる教室デビューの日になるハズだった。

 とは言っても、数日前から学生宿舎を使っていたり、学校見学と称して学院内を歩き回っていたため、それなりに学院に馴染んでいたりする。

 でもね、でもね!

 まだクラスの仲間の顔も知らなかったりするし、ドキドキわくわく週明けの登校日をユーリちゃんは楽しみにしていたというのに……。

「あはは、まさかアタシの人生で留置場にぶち込まれることが起きるなんて(でもどーにか操は死守できて体が男だってバレずに済んだけど)」

 ユーリは瞳をキラキラさせながら祈りを捧げる。

「(嗚呼、お兄様……ユーリはまた一つ大人の階段を登りました。留置場って本当に怖いところですね。せめてもの救いは男女別々で女の子のほうに入れてもらえたことくらいです。あと朝食もタダで食べさせてもらいました)」

 そんなわけですでに放課後だった。

 学院を歩き回っていたユーリは目的の人物を見つけた。

「ルーファス!」

 その名を呼ぶと、いつものグルグル眼鏡が振り返った。

「あ、ユーリ。今日って転校初日だったんでしょ、クラスにはもう馴染めた?」

「あはは、ヌッコロしますよ」

 笑顔でユーリはルーファスの胸倉を掴んでいた。

「ご、ごめん……なにか不味いこと言っちゃったかなぁ?(なんか最近ユーリ僕に対して怖い)」

 まだルーファスはコッチがユーリの本性だと気づいていなかった。鈍感!

 スーッとユーリは全身から力を抜いて、ルーファスの胸倉を解放した。

「アタシこそごめんなさい、たまたま虫の居所が悪かったんです。ルーファスに八つ当たりしてしまうなんて、アタシ……」

 うつむき加減でちょっぴり涙目になるユーリ。こんな演技にルーファスはコロッと騙される。

「いや……いいよ、謝らなくて。誰でもちょっとイライラしてるときってあるよね」

「ありがとうルーファス、こんなアタシを許してくれて(ふんっ、男は女の涙にすぐ騙されるなんだから、ちょろいわ)」

 黒い、黒すぎる……ユーリちゃんのお腹は真っ黒です!

 今まで涙目だったのがウソだったように(ウソですが)、ユーリは気を取り直して無愛想なキャリアウーマンの顔をした。

「というわけですから、さっさと預かっている物を渡してください」

「はい?」

「カーシャ先生から預かっている物をさっさと出してください。5、4、3、2――」

 勝手にカウントダウン開始。

 焦りながらルーファスはポケットから小さな小瓶を取り出した。

「ちょ、あったあった、はいこれだよね?」

「ありがとぉルーファス♪」

 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。表情の起伏が激しいです。

 ルーファスはメモもユーリに手渡した。

「それは説明書らしいよ」

「こんな物まで用意してもらえるなんてカーシャ先生って親切ですね♪(まっ、用意して当然だけど)」

 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。裏表も激しいです。

 さっそくユーリは説明書を読むことにした。

 ――カーシャちゃんドキドキわくわく媚薬の使い方講座♪

「……今どきこんな丸文字(使ってんのオバさんくらいだし)」

 カーシャのメモはイタイほど丸文字だった。

 ――この媚薬の使い方はちょー簡単、注射器で相手のケツにブチ込め!

「どこが簡単じゃボケッ!」

 思わずユーリは大声で叫んでしまった。

 近くにいた生徒たちが足を止め、真横にいたルーファスも唖然としてしまっている。

 注目を浴びてしまっていることに気づいたユーリはすぐに取り直す。

「あはは、今度演劇でツンデレラの役をやるんです。そのセリフの練習です、あはは……(ヤバイ、スゴイ汗かいた)」

 ユーリはそーっとそーっとこの場をあとにした。

 ルーファスを置いて中庭に出たユーリは、噴水の見えるベンチに座ってメモの続きを読むことにした。

 ――というのはウソで。

「ウソかよっ!」

 また大声を出してしまったユーリは慌てて辺りを見回した。若干、遠くの生徒の目を引いてしまったが――うん、なかったことにしよう♪

 気を取り直して、今度こそ動じない心でユーリは続きを読んだ。

 ――この惚れ薬はまだ完成していない。完成させるためにはお前の体液が必要だ。この薬とお前の体液を混ぜ、それを相手に飲ませることにより効果が発生する。ちなみに混ぜる体液によって効果の度合いが変わってくるので注意しろ。妾のおすすめの体液はピーとかピーとか、ピーだな。

「(ピーってなに)」

 『ピー』の部分は最初から『ピー』って書いてあった。

 伏字の部分はさらりと流して、だいたいユーリはこのクスリについて把握した。

「(つまり、フェロモンの多い汗とかがいいのかなぁ……って、できない)」

 実はまだ誰に飲ませるか決まっていないが、誰であろうと好きな相手に自分の体液を飲ませるなんて、そんなこと……。

「……ただの変態じゃん」

 そうです、ただの変態です!

 相手のケツにブチ込むよりは難易度が低いが、変態であることには変わりなかった。

 でも、もしもこれを使うとしたら誰に?

「……あれ?(なんでこんな物を作ってもらったんだっけ)」

 ユーリは考え込んだ。

1.サキュバスの力を失ってしまった。

 2.そんなときに現れた運命の人。

 3.それは一目ぼれしたビビちゃん。

 本来ならビビに使うところだが、ユーリの頭には他の子も浮かんでいた。

「(ローゼンクロイツ様も捨てがたい。これからまた他の子と出逢うかもしれないし、今まで気づかなかったけど、実は近くにいた子と恋愛の花が咲くっていう展開も訪れるかも……ルーファスとかは絶対にないけど)」

 サキュバスって種族は浮気性が多いと云われている。

 ユーリちゃんに一人を選べなんてムリな話です!

「でも……」

 記憶に木霊する言葉。

『ユーリちゃんなんか大ッ嫌い!』

 強烈なビンタの感触が、今も残っているような気がして、ユーリは頬に軽く手を当てて少し哀しい顔をした。

 ユーリは小瓶を力強く握り締めた。

「ビビちゃんと仲直りしなくちゃ!(でも惚れ薬を使うかどうかは保留ってことで)」

 惚れ薬の入った小瓶はとりあえずポケットにしまって、どうやって仲直りするか考えることにした。

 題して『ユーリちゃんの仲直り大作戦!』という捻りもない名前。

「(やっぱり女の子にはプレゼント。たしか前にカフェで話したとき……そう言えばあのカフェどうなったんだろう、ローゼンクロイツ様にもあれ以来お会いしてないし)」

 思いっきり話が脱線してしまった。

 香水の匂いがどこからか漂ってきた。

 ユーリが辺りに目を配ると、目の前に空色ドレスが立っていた。

「あ、ローゼンクロイツ様」

「そうだよ、ボクはローゼンクロイツだよ(ふにふに)」

「そういう意味でお名前を呼んだのではなく……まあいいです。ところで、メルティラヴでの一件のあと、ローゼンクロイツ様はどうなされたのですか?」

「なにそれ?(ふにゅ)」

 忘却の彼方だった。

「ええっと、あのお店で一緒にスイーツを食べながら、アタシとビビちゃんとお話したのは覚えていらっしゃいますよね、ねっ?(あの楽しい思い出まで忘れてたらちょっとへこむ)」

「……忘れた(ふあふあ)」

 ユーリちゃんショック!

「あはは、そ……そうですか。え、でも、〈猫還り〉をしてお店を破壊したのは知っていますよね?」

「……らしいね(ふぅ)」

 〈猫還り〉のときの記憶はない。まるでタチの悪い酔っ払いだ。全部、あとから聞かされて自分がなにをしたか知るのだ。

 以下、ローゼンクロイツはあとから聞かされた話。

「キミたちが外に出されたあと、ヤツの秘書が現れて事態を収拾したらしいよ。お店もヤツがお金を出して立て直すらしい……ヤツに借りを作るなんて苦笑ふっ

 本当に嫌そうな顔をしてローゼンクロイツは口元を歪めた。

 ローゼンクロイツマニアのユーリには、『ヤツ』とその『秘書』の名前もわかっていた。

 『ヤツ』とはクラウス魔導学院の学院長である。どうやらローゼンクロイツのパトロンらしいが、ローゼンクロイツはとても学院長ことを嫌っているらしい。

 ローゼンクロイツのご機嫌を損ねるのも嫌だったので、ユーリは別の話題を振ることにした。

「ところで、こんなところでなにをなさっていたのですか? まさか、アタシを見つけてわざわざ声を掛けに来てくださったとか?(だったら、それって愛!)」

「……迷った(ふあふあ)」

「はい?」

「家に帰りたいのに学院から出られない(ふぅ)」

「……あはは、迷子になられていたのですね。だったら、アタシが送りましょうか?(さすがローゼンクロイツ様、そんなところが萌え)」

「別にいいよ、明日も授業あるから(ふあふあ)」

「……あはは、そうですよね。明日も授業ありますもんね!(アタシと次元が違いすぎる)」

 もうこの話題には触れません。どうして明日も授業があるからとか、詳しい説明をするのも拒否です。

 ローゼンクロイツはふあふあ歩き出した。

 そんな後ろ姿を見ながらユーリは誓う。

「もうアタシは止めません。貴方は貴方の信じる我が道を突き進んでください」

 そして、またローゼンクロイツは迷子になるのだった。

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