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第1話_マ界のマの字はオカマのマ(1)

 人間が住んでいるガイアには魔導三大国が存在する。

 ガイア聖教の総本山がある聖都アーク、蛇神レザービトゥルドの伝説が有名な古都メミス、そして近年になって三番手に躍り出たのが魔導産業国アステアだ。

 白銀の羽毛に包まれた優雅な翼を広げ、ホワイトドラゴン『ヴァッファート』が地平線まで伸びるシーマス運河の上空を飛空していた。

 丘の上に聳え建つアステア城が見下ろす王都アステア。

 ヴァッファートの羽根が、市場で活気付く中央広場に舞い落ちた。

 広場の前に建てられた天突くシルヴィーノ大聖堂を一周し、ヴァッファートは石畳が敷き詰められたメインロードの上空を優雅に舞った。

 魔導産業国と名高い王都アステアは治安もよく、裕福な階層が多く住み、魔導関係の仕事についている者も多い。

 中央広場近くは石造りの家が主流で、三角屋根を乗せた三、四階の建物が目に付く。

 ヴァッファートが東居住区に翼をはためかせると、庭付きの平屋や二階建ての建物が多く見られるようになる。

 町を一周したヴァッファートは、グラーシュ山脈の奥深くにある住処へと戻って行った。

 その途中、舞い落ちた羽根がとある若者の手に乗った。

「あれぇ、雪かなぁ」

 魔導衣(まどうい)を着た若者は、グルグル眼鏡の奥から青空を見上げ、不思議な顔をしてからクラウス魔導学院に入って行った。

 クラウス魔導学院はアステア王国が世界に誇る魔導学校だ。

 在籍期間は六年間、人間がストレートで入学卒業できたら、だいたい十二歳〜十八歳の年齢となる。が、外国からの留学生や、人間以外の種族も在籍しているために、年齢の幅は多岐に渡っている。

 今日も学院はいつもと変わらず、生徒の悲鳴や爆発音、廊下で攻撃魔法をぶっ放すアホ教師の姿が見受けられた。

 そんなこんなであっという間に放課後になり、ルーファスは追試のために召喚実習室に呼び出されていた。

「ルーファス、遅いぞ!」

 黒魔導教員ファウストの一喝がいきなり飛んできた。ネチっこい声がいつまでの耳に残る。

「ごめんなさぁ〜い、ファウスト先生ぇ(カーシャがいきなりホワイトブレスなんか撃つんだもん)」

 謝りながらルーファスは一本に束ねた長髪頭を掻いた。アールグレイ色をした髪の毛の間から壁の破片が落ちた。どうやら何かの爆発に巻き込まれたらしい。

 ため息を漏らしたファウストは、魔導具がジャラジャラ付いた身体を翻し、気を取り直して実習室の奥に入って行った。

 これから行う追試は悪魔の召喚だ。決められた悪魔を召喚して、使役することができれば合格となる。

 慣れた手つきでルーファスは準備を終え、あとは呪文を唱えるだけとなった。とてもスムーズで、追試を受けている者とは思えない手際の良さだ。

 ファウストは腕組みをしながら厳しい顔で見守っている。

「もういい加減、魔導書を見ずとも呪文を覚えただろう?(これで何度目の追試だったか……)」

「いいえ、あのぉ、魔導書見ながらやります」

「……よかろう(こんな出来の悪い生徒がなぜ入学できたのだ? ルーファスもかれこれ四年生か、よく退学にならずにもったものだ)」

 ファウストは長い前髪を掻き上げながら頭を抱えた。

 お香を焚いたルーファスは魔法陣の前に立ち、グルグル眼鏡を魔導書にくっつけながら、絶対に一字一句間違えないように詠みはじめた。

「コホン、ええっと……(この文字なんて読むんだったっけ?)」

 しょっぱなから行き詰るルーファス。先が思いやられる。

 それでもなんとか、最後の一句まで無事に詠み終わり、気合を入れてルーファスが叫ぶ。

「――出でよ、インぶはっ!?」

 鼻血ブー!

 突如、魔法陣から飛び出した影に膝蹴りを喰らい、ルーファスは鼻血ブーしながら転倒した。

 仰向けに倒れたルーファスの視線に入る美脚。その上には可愛らしい女の子(ルーファス主観)の顔があった。

 謎の女の子は慌てた様子でルーファスの鼻血をハンカチで拭いた。

「大丈夫ですかぁ、ごめんなぁい。損害賠償はさせていただきますから、あとでウチの執事と話し合ってくださぁい(ったく、なんで〈ゲート〉を出た途端に人とぶつかんなきゃいけないわけ)」

 ブリッコな言動と裏腹の心の声――ユーリだった。

 すべてを見ていたファウストは眉間にシワを寄せている。

「ルーファス、失敗だ。これで何度の目の追試だと思っているのだ!」

「ご、ごごごごご、ごめんなさぁ〜い」

 ルーファスは瞬時に正座して心の底から謝った。

 この状況を観察していたユーリはすぐに事情を飲み込んだ。

「(オーデンブルグ家の家訓その一――恩は売れるだけ売っとけ)あのぉ、追試試験に失敗したのはこの人のせいじゃないんですぅ、アタシのせいなんですぅ」

 ユーリはキラキラな瞳でファウストに直談判した。

 上目遣いで見つめるなんちゃって美少女を前に、ファウストは顔色一つ変えなかった。

「私に媚を売っても無駄だぞ。正当な理由があるのならば聞くが、それ以外ならば即却下だ」

 ユーリは輝く瞳攻撃をなかったことにして、真面目な優等生の顔を作った。

「実はわたくし、悪い奴らに追われておりまして、その途中でたまたま〈ゲート〉の歪みを見つけ、本来召喚されるはずだった者の横は入りをさせていただき、ワームホールに飛び込んだところ、こちらへ出てしまったわけです(ウソだけど)」

 ウソかよ!

 その話を聞いたルーファスの眼鏡レンズが輝いた。

「ファウスト先生聞きました? これって前回と前々回の追試と同じパターンですよね。僕に過失がないなら、これって無効ですよね、ね、ね?」

「うむ、たしかにビビの一件と同じだが、さすがに何度も見逃すわけにもいくまい」

「そんなぁ、そこをどーにかこーにかなりませんかぁ?(まだ一学期も終わってないのに赤点なんか取れないよぉ)」

 ルーファスは鼻水をすすりながら今にも泣きそうだ。でもファウストは眉間にシワを寄せたまま無言。

 いきなりルーファスの後頭部がわしづかみされ、一気におでこを石床にゴン!

「このへっぽこもこんなに謝ってるんです、許してあげてもらえませんか?」

 無理やりルーファスに土下座させたのはユーリだった。

 もちろん慈善活動でユーリはルーファスを助けてるんじゃない。

 ――恩は売れるだけ売っとけ!

 そして、ユーリはこの世界で、とにかくなんでもいいから、さっさとコネクションを作るつもりだった。なんでもよくなきゃ、こんな情けないルーファスなんか眼中にない。

 実はユーリ、魔界ハーデスに居づらくなって逃亡して来たのだ。その理由とは、元彼に男だって学校中にバラされ、ネットの匿名掲示板にまで書かれてしまった。もうユーリちゃん絶望だった。

 バラされる前に金で解決しようともしたが、元彼の意思は頑固オヤジのように固く、最後は暗殺まで目論んだがすべて失敗。そこでユーリは一つ大きなことを学んだのだった。

 ――世の中、金の力でもどうにもならないことってあるのね、テヘッ♪

 そんなわけで、コッチの世界に知り合いゼロ、これから行く宛もないユーリは、誰かの助けを借りなきゃ生きていけないのだ。温室育ちだから。

 ユーリはルーファスの頭を持ち上げ、もういっちょ床にゴン!

「へっぽこが血の涙を流して謝ってるんです。どうか、どうか恩情を!」

 血の涙ではなく、単なる激突による出血だったりする。

 ここでついにファウストが折れた。

「よかろう、ただし今回は条件をつけるぞ。この契約書にサインしてもらおう」

 でたーっ!

 知らない人のために説明しよう!

 黒魔導使いファウストの悪魔の契約書。

 生徒や教員の間では知らぬ者がいない契約書だ。この契約書の効果は絶大で、契約を破った者は地獄の果てまで命を狙われるハメになる。この学院のとある爆乳教師も、ファウストに借金をしているため、いつも顔を遭わせるたびに生死を賭けた戦い繰り広げているのだ。

 それを知っているルーファスがサインするハズがない。

「(死んだほうがマシっていうか、赤点でいいや)」

 と、思ったのだが、手が勝手に……まさかオカルト業界で有名な自動筆記というやつかっ!

 違った。

 ユーリが二人羽織り状態でルーファスの手を動かし、勝手に契約書にサインしていた。

「さっきルーファスって呼ばれてましたよね、綴りこれで合ってますか?」

「あ、合ってるけど……じゃないよ、なに勝手にサインしてるの」

 ルーファスの名前が書かれた契約書をファウストが拾い上げた。

「契約成立だ。ルーファス、契約を破ったときは……覚悟しておけ、クククッ」

 魔導具をジャラジャラ言わせながらファウストは闇の奥へと姿を消した。

「今の無効だし、クーリングオフしますオフ! ちょっと君からも何か言っ……いないし!」

 ユーリはルーファス独りを残してとっくに姿を消していた。

 ルーファスショック!

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