尋問
「何者か?」
アマラは武器に手をかけながら尋ねる。
無理もない。
ミュウと名乗った女戦士の放つ気配は尋常ではなかった。
―名前と顔は可愛いのな―
カルルはスルーした。明らかにミュウを警戒している。
―落ち着けって。狂鬼の仲間なら、名乗らずに不意討ちかけてくるんじゃねえの?―
『道理だな、聖霊様』
アマラとジクリアの後ろにホランとジラも現れる。
狩人は勢揃いだ。ミュウが狂鬼の仲間であっても対処できるだろう。
「謝罪。先に告げるべきであったな、失礼した。小職は商会に派遣された証人なる。狩人の諸兄にはお見知り置きを」
ミュウは優雅に一礼する。
「証人……だと?」
ザマは確かに証人を派遣すると言っていた。もっと役人のような風体を想像していたが、確かに荒事の依頼遂行を確認するには戦士はうってつけかもしれない。
「肯定。ところで……小職より目標に集中したほうがいいのではないか?」
ミュウのいうことは的を得ていた。
「カルル、狂鬼から目を離すな。ホランとジラはその場で待機。ジクリアは狂鬼の退路を塞げ。」
アマラが的確な指示を飛ばしながら女戦士に近付いた。
「ミュウとやら。私が話そう。なぜこの場所にいる?」
「任務。証人の務めだ。依頼が達成されるその場所にいなければ始まらないのでな。明日朝に宿屋を訪ねる予定だったが、騒ぎを聞いて訪ねてみればこの状況だ。」
「奴等の仲間ではないと?」
「愚問。今そこで死にかけてる盗賊どもと小職に関係あるとの根拠は如何なるものか。」
ジクリアが口を挟んだ。
「商会から来た?邪魔しに来たのか?」
「証人の役目は見届けること。故に貴殿らが依頼を遂行しようとする場に居合わせ、小職の存在を伝える必要があった。邪魔したのであれば謝罪しよう。だが本来貴殿らが請け負った依頼。小職を詰問する前にすることがあるのではないか。」
滑らかに言い返すミュウにジクリアも戸惑う。
「ジクリア、お前に出した指示を守れ。ミュウよ。我々はまず依頼に注力する。」
アマラが再び話の主導権を取った。
ボッ!
固いものが肉と骨を切る音。
カルルは今しがた振った右手を構え直すと同時に狂鬼の右手首と刀が落ちる。
「うがぁあ……」
呻いて狂鬼が凄まじい目付きでこちらを睨む。
落ちた刀の柄は僅かに捻られていた。
前回の闘いで最後に狂鬼は刀の柄を両手で捻ることで呪を発動させ、移動力を向上させていた。今回も狩人達が証人との会話に気を取られた隙を見て逃げようとしたに違いない。
何の躊躇もなく手首を斬り落とす判断の非情さは、カルルのたてた復讐の誓いと無縁ではないはずだ。
「まだ殺すな」
アマラが短く注意する。
「まだ」といったのは、情報を得た後に殺すことも示唆したものだ。
「わかってる」
カルルはいつも通り短く応じた。構えは崩さない。
ジクリアは既に狂鬼の背後に回っていた。刀身の峰にハンドグリップの付いた大太刀を両手で構えている。
アマラは横目で見ながらミュウに問いかけた。
「ミュウ、そなたに今一度問いたい。ここに居合わせたのは証人としての役目のため。我らの闘いには関与しない。相違ないか」
「肯定。小職は貴殿の闘いには関与しない」
「我らはそなたが狂鬼の協力者ではないと確信できない。こいつは街に容易に侵入し、さらに手下と我らの寝込みを襲った。我らの情報をこいつに伝えた協力者がいると考えている。」
「不知。小職の任務が妨げられない限り、疑うのは自由だ。好きにするがいい。」
ミュウは肩をすくめた。見た目の年齢はアマラと変わらないのに落ち着き払った物腰だった。アマラも本気でミュウを疑っているわけではないようだ。
「ジラ、尋問は任せる」
アマラの言葉を受けてジラが近づく。彼女の武器は左籠手に一体化した小型の弓だ。狙いを狂鬼に据えたまま近付いた。
「ジラという。よろしくな。そうそう、先日は世話になった」
言うが早いか第一矢が放たれる。避けようとした狂鬼の左腿に突き刺さった。
「があ!」
再び狂鬼は呻いた。
質問もしないうちに矢を放つことで、いつでも殺す用意があることを伝えたのだろう。
「最初に言おう。知りたい情報は三つ。手下の人数、お前らのアジトの場所、そしてこの街にいる協力者だ。吐けば速やかな死を慈悲として与える。拒めば緩慢で苦痛に満ちた死を与えよう」
ジラは次の一矢を放つ。狂鬼は左手をかざして庇おうとするが、いかなる技術によるものか矢の軌道は弧を描き、上腕に突き刺さる。ジラは集落でも屈指の射手であった。
「……かっ……はっ!」
狂鬼が喉をさらし、上を向いて息を吐いた。口はパクパクと動くが声にはなっていない。
―うわぁ、ひでえ。これ、尋問つーか拷問だろ―
思わず独り言が出る。
レンジにしたことを思えば同情すべきではないが、見ていて気持ちのいいものではない。
「何を言っている、聖霊様。当然なぶり殺しだ。ヤツが喋るとは期待していない。尋問はついでだ。」
カルルは平然と意識下で答えた。
―お前ら狩人はほんっとにこえーな。―
「賞賛の言葉、感謝する。聖霊様」
―いや、ほめてねーし……―
「まだ答えを思い出さないか?私は構わんぞ」
狩人の習慣なのか、この世界の倫理観の違いか、尋問という名のなぶり殺しは続いていた。
右腿と左肩にさらに矢が撃ち込まれていた。
狂鬼の目は宙を泳ぐ。
「聖霊様、不思議か?ジラの目は『先読み』と呼ばれる。その指は矢を放つギリギリまで動き、矢の筋を自在に操るそうだ」
カルルが右籠手を下ろす。
ジラに任せて大丈夫と判断したのだろう。ジクリアも後ろで構えを崩さない。ホランは宿屋の二階から乗り出して短槍を構えていた。
ミュウはそれらを視界に納めつつ、アマラと対峙していた。
カルルも横目でミュウを観察していた。
『あの刺青はシャスの部族のものだな。騎士鎧を着て証人とは珍しい』
―そうなのか? てか、何だよ、そのシャスって―
『モウラのずっと北の集落だ。しばらく前に滅んだと聞いたが。』
―それが街で商会に雇われて証人ね。つまりはワケアリってことだな。気になるのか?―
「疑問。狩人の頭よ、まだ小職をお疑いか?」
ミュウはアマラに告げる。
「いや、そうではない。だが、不測の事態に備えは必要だ」
不測の事態、とはミュウが敵であった場合にアマラが対処する、という意味だろう。視線をミュウに注いだままで指示を出す。
「ジラ、そろそろ仕上げだ。皆も用意しろ」
ジラは頷き、矢を構えた。
「どうだ?喋る気はあるか?」
「糞が……」
狂鬼は血まみれになりながらも、罵声を浴びせ、残った左手をこちらに向けて中指を立てた。
その意味がBiSiP内では通じないことは分かっているはずだが、精一杯の抵抗なのだろう。
ダイバーである以上、身体感覚は共有される。
支配型であれば尚更である。今狂鬼の本体にも激痛が走っているはずだ。
大した根性の持ち主ともいえるが、緊急脱出的にダイブを離脱することもできるはずだ。この状態のまま狂鬼としてこの世界に留まる理由が解らなかった。
そのとき、急に超覚にアラートが走る。
10人以上の盗賊が通りの向こうから姿を現したのだ。
牛に引かせた台車には大きな檻が載っていた。
中には危険生物の一つである殺人甲虫が、熊ほどの巨体を落ち着きなく揺すっている。
あり得ないことだった。
超覚は狩人固有の能力で、人間であれ危険生物であれ、敵意や殺意を感じることができる。
街の中では人が多すぎて効力は半減するが、この距離までこの人数の接近を許すことはない。
さらに、あの殺人甲虫を捕獲し、手懐けることは盗賊のやり口としては出来すぎている。
真っ先に浮かんだのはミュウが奴等の味方であるという疑いだ。あの陰行の技術は我々の超覚を鈍らせるものなのではないか?だが、ミュウ自身の表情に驚きが見える。演技ではなさそうだ。
「カルル、狂鬼を見張れ。あとは応戦せよ。ジラとホランは数を減らせ。ジクリアは俺と迎撃だ」
アマラが応戦指示を出しながら走る。奴等の目的は明快だった。首領である狂鬼の奪還だ。
盗賊達は武器を手に押し寄せてきた。
走り出した途端に一人が胸をホランの投げた短槍に貫かれ、さらに一人が眉間をジラの矢で射抜かれていた。
ジクリアは崩れた先頭集団の横に回り、大太刀で盗賊の首を薙いだ。一人が首を半分ほど失いながら倒れる。
側にいた一人が槍をつき出すもジクリアは体を捻ってかわす。
カルルと同じ円舞闘術の動き。
反時計回りの回避運動は軸足と反対の足を踏みしめることで時計回りの攻撃動作になる。
大太刀の嶺にあるハンドルを掴み、逆袈裟懸けにジクリアは斬り上げた。そいつが噴き上がる血のなかで膝から崩れ落ちる前に、ジクリアは次の目標に斬りかかる。
後ろに回ろうとした別の盗賊は、後頭部に矢を受けて倒れる。
盗賊の中にも射手がいたらしく、ジラに気づいて矢を構えた。
ジラはそれに気づいて悠然と射手に向けて次の矢をつがえる。
先に矢を放ったのはジラの方だった。
後から構えたはずの彼女のほうが優雅な動きに見えて遥かに早い。額に矢を受けた瞬間、盗賊の射手も倒れながら矢を放った。
意外にも狙いは正確で、真っ直ぐジラに向けて飛んでくる。
ジラは首を傾けながら左籠手で矢を弾く。全てが落ち着いた動作だった。
ホランは二階から飛び降り、近くにいる大柄な盗賊に向けて短槍を持って駆けた。気付いた盗賊も斧を振り上げる。
接触前の一瞬、そいつが自ら振り上げた斧が自身の視界を遮った一瞬のことだった。
ホランは左腕を一振りする。盗賊の腹に足に短槍が突き刺さっていた。接近戦に応じると見せかけて中距離の先制攻撃。
呻く盗賊の姿勢が揺らぐ。
素早く近付いたホランは飛び上がり様に首の横から真っ直ぐ右手に持った別の短槍を捻り込んだ。
急所への一撃で声もなく倒れる男から短槍を引き抜く。
それら全てを見ながら俺は驚いていた。
人数で勝る盗賊がまるで相手にならない。
―すげーな……みんな―
『当然だ。狩人だからな』
―危険生物を毎日相手にしてりゃ強くなるか……―
裏から近付いた二人の盗賊がミュウを狩人の仲間と勘違いしたのか、そちらに向かって走った。
一人は大型の槍のようなものを、もう一人は剣と盾を装備していた。ミュウは軽くため息を吐く。
ふと興味が沸いた。
証人とはいえ、闘いに巻き込まれたらどうするのか?
彼女が背中から抜いたのは異様な武器だった。剣のように見えるが、刀身に沿って細かい突起がびっしりと並んでいる。
彼女が左手を持ち手にかざすと呪印が浮かび上がった。
途端に虫の羽音のような音を立てて、刀身の突起が高速で滑るように動き出す。すぐに霞んで見えなくなった。これと似たものに現実世界で見覚えがあった。チェーンソーだ。
盗賊達は彼女の目前に迫っていた。唸りを上げる異様な武器をを高々と右手で垂直に掲げる。
左に一歩踏み出すと舞うような優雅な動きで武器を振った。
一瞬戸惑いを見せた盗賊の一人が突き出した槍は、先端が綺麗になくなっていた。そいつが顔に驚きの表情を浮かべるころ、すでにミュウは優雅なステップで傍らに移動し、軽く右手を振る。
そいつの頭の上半分がなくなっている。
倒れる一人目を見ようともせず歩き出す。
盾をかざした二人目の盗賊も、次の瞬間に盾ごと無くなった左手を呆けたように見ていた。その表情にも斜めに赤い線が走る。
そいつが振り返る時には頭部の斜め半分がずり落ちていた。
血と脳症を噴き上げながら倒れた盗賊達を横目に、武器を振って血を飛ばす。その表情は何の感慨も見せなかった。
武器のせいだけではない。
彼女は凄腕という次元を超えていた。
「証人は依頼の達成状況を見届けるのが仕事」
ミュウは、注目を浴びていることを知ってか、狩人に向かって武器をしまいながら言い放つ。
「依頼で不正を働く者に襲われることもあれば、依頼が失敗した時に討伐対象の危険生物や盗賊から身を守ることもある。今回も小職は自らの身を守ったまでのこと」
―自分が依頼を受けちゃったほうが早くね?―
総崩れの盗賊達を見た残りの盗賊は慌てて檻を開ける。
殺人甲虫の入った檻だ。
そいつは入り口まで這い出すと、羽を広げた。甲殻に覆われた羽を広げた下からもう一枚の透き通る羽を大きく展開する。
羽音を立てながらこちらに飛んでくる。
黒光りする体。頭部には大きな角と横に張り出した一対の大きな顎。それは現実世界のカブトムシとクワガタを併せたような姿と言えた。さらに六本の脚のうち前肢は大きな爪になっている。
アマラが動線に立ち塞がった。
危険生物、それも牛よりも大きいサイズの昆虫の戦闘能力を考えると、一人では分の悪い戦いに見えた。
―アマラ、一人で大丈夫なのか?―
「大丈夫だ、聖霊様」
カルルの声には信頼が満ちていた。
アマラがこちらを向くと彼の声が脳内に届く。
「思考通知」だ。
「待機し、警戒を怠るな」
それはそう告げていた。相変わらず短い指示だ。
わざわざ「思考通知」を使うからには、意図があってのことだろう。
殺人甲虫が急降下し、アマラに向かって前肢を伸ばす。予想を越えたリーチで伸びる前肢を左腕の盾で弾く。
右手に持った刃鞭が生物のように伸び、前肢の関節に巻き付いた。
アマラが右手を戻すと、殺人甲虫の前肢は綺麗に関節で切断されていた。
刃鞭の先端は槍のように研ぎ澄まされた金属でできている。さらに鞭には表面に刃が仕込まれている。
これこそがこの武器の特徴だ。使い方次第で槍にも鞭にもなり、刃を出せば巻き付いたものを切断することができる。
切り口から噴き出す緑色の体液を避けてアマラが下がる。
殺人甲虫の目が赤色に光る。
アマラの後ろをとるように素早く旋回すると角と顎をかざして突進する。
アマラは大きく斜め後方にジャンプし、バック転をするように空中で身を捻った。先程まで彼がいた地面に黒い塊が突っ込む。
殺人甲虫の角と大顎は石畳の路地に大きな穴を穿っていた。
着地したアマラが顔を上げると、口から何かがアマラに伸びる。それは鋭い歯を備えた内顎だった。先ほどの突進はアマラの回避も見越した一撃で、この第二撃が本命らしい。
昆虫とは思えない計算された戦術だ。
アマラに内顎が迫る。届くかと思われたそれは、寸前で止まっていた。いや。止めたのはアマラの左手の盾の内側から飛び出した一対のハサミのような鉄の爪だ。
戦闘の知恵を備えた殺人甲虫の上を行く技術と武器。むしろ捕まったのは甲虫のほうと言えた。
アマラが右手を突き出した。
刃鞭が生き物のように伸びる。
殺人甲虫は大顎を開いて防御しようとする。あわや大顎でブロックされると見えた瞬間、それは寸前で直角に軌道を変え、上に伸びた。
どのような技術がそれを可能にするのか、それはさらに二度直角に方向を変え、コの字型の軌道を描き、殺人甲虫の複眼に上方から突き刺さり、体内に潜り込んだ。
びくん、と甲虫が震えるように身を揺すった。次第に揺れは大きく、回数を増す。体内に潜り込んだ刃鞭が体内を破壊しながら掘り進んでいる。
痛覚があるなら、体内を異物が神経を引きちぎり、内臓を引き裂きながら進む感覚はいかほどの苦痛か。殺人甲虫は手足をばたつかせる。羽は開いたり閉じたりを繰り返し、振り回した大顎は近くの建物の壁を突き崩し、窓を割った。
巨大な甲虫の断末魔のダンスは数秒間続いたが、やがてぐったりと力を失って動かなくなった。
赤く光っていた目が力を失っていく。
―すげえ……一人で倒しちゃったよ―
『アマラは大丈夫、と言ったはずだ。聖霊様』
カルルは、まるで自分のことのように誇らしげだ。
と、超覚に違和感を覚える。
猛スピードで近づく人影があった。
ただし、それは地を走ってくるのではない。
目の前の通りの横に並び立つ建物の壁を滑るように近づきながら滑っているように見える。
滑る?
そいつは板のような物体に乗って壁を「滑って」いた。
壁?
そいつは板のような物体を通してだが壁に「立って」いた。
誤解を恐れずに言うなら、サーフボードに乗って壁を滑っているように見える。フードを被っていて顔は判別できないが、背格好は成人より一回り小さい。こちらに近づくにつれ、複数の呪印が周囲に浮かんでいるのが分かる。
―カルル! なんかやばい!―
どう見ても新手の敵だ。
俺も慌てて呪の準備に入った。
間に合うか?
人影の手元が光る。不規則で断続的な光は電気のようだ。
人影が掌をこちらに向ける。
フードの中の顔は見えないが、口元は笑みを形作っていた。
青白いスパークと共に掌から光が走った。