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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
8/37

急襲

 宿屋の二階の一室。

 現実世界と変わらない木で作られた壁と床とベッド。

 質素だが、造りやデザインはログハウスのようだった。


 カルルとホランは同じ部屋で眠りに入ろうとしたところだった。ベッドは三つ。本来レンジが寝るべく用意されていたベッドには荷物が置かれている。


 二人とも寝付けないらしく、揃って天井を見つめていたが、眠れないまま時間が過ぎていた。


「ホラン、気持ちは分かるが、寝たほうがいい」


 カルルが珍しく自分から声をかけた。

 ホランを気づかっているのだろう。


「珍しく優しいな、カルル。なに、すぐ寝付けるさ」


「ああ、それがいい」


「俺達……レンジのことを覚えててやろうな」


「勿論だ。誓いを果たした後も……ずっとだ」


 誓いとは、レンジの墓標で耳の一部を切って誓った復讐だ。


「ミヤリには……お前から話せよ」


「……ヴィナからは既に聞いているだろう……だが、自分から話そう。自分の役目だ。そう言いたいんだろう?」


「そうだ。だけど分かってるよな、カルル?お前の役目はそれだけじゃない」


「どういうことだ?」


―おいおい、鈍感もそれぐらいにしなよ、カルル―


 一向に気づかないカルルに呆れて思わず俺は口を挟む。


『黙ってくれ、聖霊様。自分は……』


 珍しくカルルがむっとした様子で返す。

 途中で遮ったのはホランだった。


「いい加減にしろよ!」


 起き上がって大声を出すホランの剣幕に驚いたのは俺よりカルルだろう。いつも明るい彼が怒るのは初めて見た。カルルも呆気にとられている。


「ミヤリを守るのはお前しか居なくなっちまったんだよ。そして、彼女が頼りにしてるのは……お前なんだよ」


 ホランの言葉の最後のほうは涙声だ。


「ホラン、今言うべきことなのか?」


「今だから、だよ。ジクリアだって諦めつかないぜ。お前がこないだの宴のときみたいに何も言わないんじゃあな」


 今の言葉でわかった。先日のカルルの単独の狩りが成功に終わった後、ミサンナではカルルの功を讃える宴が催されたはずだ。

 俺はダイブの時間切れで見れなかったが、カルルは絶好の告白チャンスを棒に振ったようだった。


―悪いが、ホランに一票だ―


 俺のツッコミはスルーされた。

 カルルはホランの目を見て言う。


「自分は、ミヤリをずっと守る。今言えるのは……これだけだ」


「何だよ、それ……せめてミヤリに直接言ってやれ」


 ホランは言い終わると、こちらに背を向けて横になる。


「……頼むぜ、相棒。期待してるんだよ」


 背を向けたまま小さく言った。

 沈黙が流れる。


―イビキで眠れないのか?―


『いや……考え事だ』


―まあ、早く寝なよ―


『なあ、聖霊様』


―なんだ?―


『聖霊様って、他にもいるんだな』


狂鬼ドーガのことを言ってるのか?―


『ああ……ヤツの他にもいる。いい奴も悪い奴も。そう思っていいか?』


―その通りだ―


『聖霊様が……ヤツのようなクズでなくてよかった。心よりそう思う』


―あんなイカれた奴は滅多にいないって―


 カルルの返事はない。眠くなってきたのだろう。

 夕飯の後に眠くなるのはこの世界の人間も変わらないようだ。


 俺はこの世界では疲労や睡眠欲から解放されているはずなのだが、カルルが寝てる時は意識を「閉じて」睡眠と同じ状態に精神を保つようにしている。とはいえ、熟睡してる訳ではないので何かがあれば起動できるのだが。


 考えていたのはあの狂鬼ドーガのことだった。よくあの無軌道な言動が監理局に許されてるものだ。ダイブ後のカウンセリングで引っかからなかったのだろうか。そして、監理局がダイブ前に俺に知らせたのは何の目的なのか。


 わからないことが多すぎる。

 だが、やることは決まっていた。


 超覚に引っかかるものを感じた。

 明確な敵意と殺意。危険生物ではなく人間のものだ。

 場所は――宿のすぐ外だ。


 強盗ということも考えられるが、この殺意は対象を特定しているように見える。

 理由はわからないが、狩人が狙われたと考えたほうがいいだろう。感じ取れる気配は二つ。


―おい、カルル!―


 カルルも既に寝ていたので、意識下で呼びかけてみる。

 呼び掛けを続けながら、俺はコマンドの準備に入った。

 「反応向上クロックアップ」から始める。


 カルルが起きなければ俺が表に出て戦う必要がある。

 俺の技能はカルルには遠く及ばない。雑魚なら何とかなるが、相手が分からない以上はコマンドの発動が確実だ。

 そして、コマンドの発動は意識下にいるほうが短時間で済ませることができる。そう考えたのが理由だった。

 ホランを起こす選択肢もあるが、起こすのには時間がかかるだりう。


 宿を特定された以上、部屋も分かっていると考えるべきだ。

 アマラやジクリアは廊下の向こうだ。ジラも女性なので別室にいる。敵がこちらの部屋の場所を特定できているかは不明だが、階段に最も近いこの部屋が最初の襲撃場所になる可能性が高い。

 限られた時間でどこまで準備するかにかかっていた。


 超覚は敵が宿の中に入ったことを告げている。

カルルに呼び掛けてはいるが、思ったより眠りが深い。

反応向上クロックアップ」は発動済み。

筋力強化ブースター」の発動はあと少しで完成する。


 階段を上がる気配が2つ。

 音を立てぬように歩みはゆっくりだった。


 部屋が2階だったのは幸いだった。

 近づいてくる。

 「筋力強化ブースター」が発動すると、俺はカルルを押しのけて表に出た。神経との接続がうまくいかないのか、体がうまく動かない。コマンドがあっても、これでは…焦りが先に立つ。


 口の感覚が先に戻る。ホランに小声で呼び掛けた。


「起きろ、敵だ」


 返事は大イビキだった。仕方がない。


 階段を上がった二つの気配が部屋の前で止まる。

 鍵はこじ開けるつもりだろうか……なら、まだ少し時間が稼げるはずだ。


 体の感覚がようやく戻ってきた。まだ戦闘に対応できる自信はない。周囲を見渡し、ドアまでの動線や武器の場所を確認する。


 こちらのアドバンテージは相手の侵入を先に気づいており、かつそれを相手に知られていないことだ。不利な点は、今戦えるのが俺だけなこと、何より俺にとって相手が人間プログラムとはいえ、対人戦闘が初めてなことだ。

 間に合えばドアに身を隠し、侵入者の不意を突くのがいいだろう。だが……。


 カチャリ、という小さな金属音が伝わった。音の小ささからして、どうみても鍵を破壊する無粋な道具の類いではない。

 こいつらは鍵を持っているのだ。時間はなかった。


 鍵が回る。

 感覚は完全に戻った。

 枕を投げると同時に跳躍する。


 最初の侵入者が部屋に一歩を踏み入れたときに目にしたのは、視界いっぱいに広がった枕だっただろう。

 侵入者が顔に当たった枕を慌てて振り払った頃には、その足元に俺は到達していた。


 そいつの足元で着地した瞬間、次の予備動作のため足を曲げる。右手には狩りで獲物の解体に使う大型ナイフ。

 目が侵入者と合う。


 遅い。

 そいつが右手に持った武器を振り上げる前に、俺のナイフが下から喉に潜り込んでいた。そのまま勢いを付けて右手をなぐ。


 血が噴水のように噴き出すなか、喉を抑えたそいつの足を左足で払った。倒れ、もがく音が聞こえる。

 じきにおとなしくなるだろう。


 視線は後ろの侵入者――前にいた奴より一回り大きい――に注がれていた。俺の右手の一閃はそいつの顔面を下から斜めに薙ぐ。左目を押さえ、うめき声をあげて一歩下がったが致命傷ではなかったようだ。


 そいつの手にもった武器――短斧のようだった――が発光する。呪印コマンド・サインが浮かぶのを見るまでもなく、コマンドのかかった武具とわかった。

 本能的に危険を感じて身を屈める。


 そいつは右手一本で短斧を振った。

 刃の軌道に沿って猛烈な衝撃が頭上を通りすぎた。

 後ろで家具や壁が壊れる音。

 ホランの安否を気にする余裕はなかった。


 左足で踏み込み、右にステップしながらそいつの右手首を切りつける。刃は予想を越えて相手の肉に深く潜り、さらに骨を絶つ感触が伝わってきた。「筋力強化ブースター」で強化しただけのことはあったらしい。


 手首は皮一枚でぶら下がり、やがて短斧を握ったまま音を立てて床に落ちる。驚いた表情の侵入者の動きは止まって見えた。

 そのまま身体を時計回りに反転させて相手の左胸にナイフを突き立てる。


 流れるような動作ができたのは円舞闘術リムの訓練のおかげだ。そして「反応向上クロックアップ」で強化された反射神経で「筋力強化ブースター」で強化された筋肉を動かすことによる相乗効果。


 侵入者は反応できず、胸に潜り込んだナイフを呆けたように見ていた。右手で反撃しようとして手首がないことに気づく。


 俺は刺した右手を捻る。骨が砕け、柔らかいものが潰れる感触。右手を引き抜くと、そいつはよろよろと後ずさり、そして階段の辺りで仰向けに倒れた。そのままの姿勢で階段を滑り落ちていく。


 後ろの部屋を見ると、いつの間に起きたのか、ホランが最初の侵入者に短槍で止めをさしていた。背中に短槍が生えている。


「よお、カルル……いや、聖霊様のほうかな」


 まだ眠そうな声。相手が手負いとはいえ、寝起きで突然の侵入者に対処できるのは、さすがミサンナの狩人だ。

 そのとき、ようやく起きたカルルの声がした。


『聖霊様、まあまあだったな。だが、まだ無駄な動きが多い』


―いつから起きてた?―


『さっきだ』


―まだいるんじゃないか?―


『ああ、そう思う』


 話しながら、階段の手すりを左手で掴んで一気に飛び越える。

 初めての対人戦闘だったが、意外なほどあっさり終わった。しかも不思議なくらいに鮮やかに、そして残虐な殺しかただ。

 無我夢中だったとはいえ、これでは俺も狂鬼ドーガと変わらないのではないか?


『いや、違う。』


 カルルの声だ。


『楽しんでいない。狂鬼ヤツとは違う。』

こいつなりに俺を気遣っているのかもしれなかった。


-サンキューな、カルル-


『サン? なんていった、聖霊様?』


 今度は俺がスルーする番だ。


 三人目の侵入者が宿の入口に現れた。こちらを目にした途端に手にした剣のような武器を振り上げる。

 が、それは俺のナイフの一閃で弾き飛ばされていた。

 続いて、跳ね上げた膝が相手の腹にめり込む。


「かはっ……」


 息のような声を出してうずくまる。


『聖霊様、なぜ殺さない?』


―いや、ここは情報を聞き出すとこでしょ―


 何者か、なぜ俺達を狙ったか、どうやってこの宿を見つけたか、そして背後関係。

 聞きたいことは山ほどある。

 とはいえ、大方検討はついていた。


 訓練を受けてない身のこなしと、伸び放題の髭、汚れた衣服。ならず者か――あるいは盗賊か。

 そしてコマンドのかかった武器。

 今日の昼に受けた依頼、そしてレンジの仇に意外と早く近づけるかもしれなかった。


 左手一本で相手の襟首を掴んで持ち上げる。

右手でナイフを首に押しあて、我ながら芝居がかった質問を口にする。


「知ってることを話してもらおう」


 その時、空気を薙いで銀光がよぎった。

 回避動作をとって飛び下がる。ナイフのような刃物が侵入者の背中に刺さっていた。

 場所からして急所。即死だろう。

 銀光の軌道の起点に目を凝らす。


人影が一つ。

宿屋の前の通りを、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

散歩をするかのような何でもない足取りだ。刃を投げたのはこいつのはずだ。


「よお!」


 人影の左手が勢いよく上がる。

 建物の影から出て顔が見えた。

嫌な予感が現実となって突きつけられる瞬間。

それは狂鬼ドーガ――あのダイバーだった。


 頭をよぎったのは、「なぜ?」という疑問と、「やっぱり」という予感だった。盗賊が街の中にこうも容易に侵入する理由。俺達の宿を特定できた理由。共に納得がいかない。

 カルルから伝わってきたのは、探すべき仇が向こうからやって来たことへの歓喜だった。


 沈黙を破ったのは狂鬼ドーガに向かって駆けて来る足音と追いすがる怒声だった。


「待て、貴様!」

「こいつ、仲間を!」


 足音の主は、武装した二人の男達だった。

 身なりからして、この街の衛兵だろう。


「メインイベントの前に出てくる雑魚。これはキッチリ瞬殺して、俺様の強さをアピールするのがお約束ってね」


 言葉が終わらないうちに狂鬼ドーガが刀を抜く。居合斬りの要領で一人が抜き様の一刀に倒れた。武器を抜く暇もない。

 もう一人の首は、武器を抜きかけた時点で宙に舞った。


 飛ばされた首が赤い空に浮かぶ。

 狂鬼ドーガは落ちてくる首を刀の側面で器用に引き寄せた。こちらに突き出した刀の上に、今切り落とした衛兵の首が乗っている。驚きの表情が生首に張り付いていた。


「はい、この通り。今日も俺は絶好調!」


 狂鬼ドーガの楽しげな声が通りに響く。


 逃げろ、衛兵に向かってそういうはずが声が出なかった。

 カルルが俺に呼び掛ける。


『代わってくれ、聖霊様。』


 俺もそのつもりだ。だが、俺は「代わる」瞬間の隙を恐れていた。さらに、侵入者をとりあえずナイフで撃退した勢いで外に出てしまったので、装備は部屋に残したままだ。


「ん?なんだ、表に出てんじゃねえか。はじめまして、ご同輩」


 狂鬼ドーガは芝居がかった身振りで呼び掛けた。


「お前とやり合うのは俺じゃない」


「まあだそんなこと言ってんのかよ。……もしかして、お前、俺をサイコ入った殺人鬼みたいとか思ってる?」


 そう言いながら狂鬼ドーガはこちらを油断なく観察する。

 カルルが武装してないことがわかったのか、顔に笑みが浮かんでいた。


 直ぐに斬り合いになるだろう。手持ちの大型ナイフでは、ヤツの得物の日本刀には対抗できない。カルルと交代し、いつもの武具を装備するためには、時間を稼ぐ必要がある。


「悪人プレイで大はしゃぎか。マジにイタすぎるよ、あんた」


 俺はあえて挑発することにした。


「ああ?テメェ……そっちこそ、プログラムとお友達ごっこか、頭沸いてんじゃねえのか?」


 狂鬼ドーガの怒気を含んだ低い声。

 案の定、挑発に乗ってくれた。

 カルルと身体の主導権を交代する。直ぐに新しく会得したコマンドの準備に入る。間に合うだろうか?


 しばらくこちらを睨み付けていた狂鬼ドーガが刀を構える。脇構え、というやつだ。


「死ねや、コラ」


 距離はまだある――と思った瞬間、ヤツが地を蹴る。

 俺と同様にコマンドで身体能力を強化していることはわかっていたが、猛烈なスピードだ。

 

 カルルは手持ちのナイフでヤツの一刀を受けた。

 周囲に金属音が響く。

 受けたナイフを通して、異様な衝撃が手に伝わった。

 刃の中で何かがみしり、と砕ける感触。


 次の一撃はこれでは防げない。刀を押し込みながら、狂鬼ドーガが残虐な笑みを浮かべた。


 そのとき、視界の片隅に宿の窓から手を振るホランが映った。

 ギリギリだが、俺のコマンドも準備完了だ。


―今だ、カルル―


『承知!』


 カルルはナイフを放す。思いがけない行動に、狂鬼ドーガバランスを崩した。同時に全力で地を蹴って跳躍する。


 ホランは絶妙なタイミングでカルルの装備一式を投げてきた。


 俺は、先程から準備したコマンド、「引力付加ビーコン」を発動する。自ら身体で接触したものの物理法則に干渉する――つまり、「第二の門」の中では初歩のコマンドだ。


 カルルが空中で四肢を伸ばす。

投げられた装備は一瞬で展開し、籠手が、胸当てが、脛当てが、鉢金が、一瞬でカルルの身体に装着された。


 「引力付加ビーコン」の効果は、予めコマンドをかけたものを引き寄せる――ただそれだけの日用的なコマンドだ。奇襲を受けた時の戦闘準備に応用するのは俺のアイデアだった。


 狂鬼ドーガは目を見開いたが、行動が止まったのは一瞬だ。すぐに対処し、こちらの着地の場所を狙って飛びかかってきた。予想してたカルルは狂鬼ドーガの一刀を左籠手のストッパーで受け止める。


「やるじゃん」


 狂鬼ドーガは肉食獣の笑みで笑った。


「仇よ、自分は会えて心から嬉しい。」


 カルルは答えた。狂鬼ドーガの顔が変わる。


「あんだぁ。また引っ込んじまったのか。チキン野郎が。」


 狂鬼ドーガは応じると、猛烈な打ち込みを連続で放ってきた。袈裟懸け、逆袈裟、上段。

 全てを受け流し、カルルは右籠手の刃の三連突きで応える。

 狂鬼ドーガは交わし、流し、受け止めた。


 お互いに「反応向上クロックアップ」と「筋力強化ブースター」を発動した上での闘いであれば、後は本来の戦闘能力の問題だ。狂鬼ドーガの戦闘能力はカルルと互角といえた。


 両者はにらみ合いながら、互いに半時計回りに円を描くように足を運んだ。しばらく互いに隙を探していたが、同じタイミングで打ち込む。


 互いの刃は交錯するかに見えたが、姿勢を変えて身を捻った狂鬼ドーガは死角から突きを放つ。

 左籠手のストッパーで弾かれた一刀は、尚も軌道を変えて上段から降り下ろす一撃と化した。

 バックステップでかわす。


「キリがねえな。ほんじゃ、ま、いきますか」


 狂鬼ドーガの周囲に呪印コマンド・サインが浮かぶ。


―おい、ヤバイぜ―


『わかるのか? 聖霊様』


 色からして、第二の門に属するコマンドだ。

 発光したのは奴の刀と胸当て。装備を強化するコマンドの一つ、「素材硬化ハードシェル」だろう。


『試してみる』


-ちょ、おい!-


 言うが早いか、カルルは地面にめり込むほどの一歩を踏み出して突進する。狂鬼ドーガは一撃を受け止め、返す刀でこちらを狙う。

 早い!


 カルルは左籠手のソードストッパーで受け止め、後ろに下がった。左籠手に目を向けると、ソードストッパーの先の部分が欠けていた。


―言わんこっちゃない―


 思わず意識下で言葉が漏れる。


「わかる? 今日は本気だぜ、俺はぁ」


 得意そうに狂鬼ドーガが言った。

 言葉が終わらぬうちに猛烈な斬撃が連続で飛んでくる。


 カルルは円舞闘術リムの動きで身体を反転させてかわす。

 軸足を変えながら回転方向を変えた回避行動。狂鬼ドーガの斬撃はことごとく空を切った。


 と、思った刹那、頭への衝撃と、地面に金属が落ちる音。

音の方角にあったのは、カルルがつけていたはずの鉢金だ。

 しかもそれは、中央で二つに割れている。


「惜しいねえ。その綺麗な顔を頭ごとバックリいってやろうと思ったんだけどな。見てくれたかな?この狂鬼ドーガ様の本気ってやつをよお」


「自分も本気だ」


 カルルが言った瞬間、こちらにも先ほど仕込んでいたコマンドが発動した。

 同じく武器や防具の強度を上げるコマンド――「素材硬化ハードシェル」。

 カルルの周囲に浮かんだ呪印コマンド・サインを見て、狂鬼ドーガの顔が変わる。


 条件は再び互角になった。


 狂鬼ドーガが打ち込む。

 表情から余裕が消えている。

 左籠手で受け流して、右の突き。


 「素材硬化ハードシェル」のおかげで左のソードストッパーは欠けることはない。カルルの右籠手の突きも、狂鬼ドーガの肩当てで弾かれる。


「楽しませてくれちゃって」


 狂鬼ドーガは、両足でリズムを取るように左右に動いて迫る。再び連続の打ち込み。

 対するカルルも、円舞闘術リムの動きで一つ一つを捌いていく。なおも手数で迫る狂鬼ドーガの斬撃。


 だが、俺はその斬撃が次第に空を切り始めたことに気がついた。狂鬼ドーガの息が荒く聞こえる。

 気のせいか、攻撃の精度も落ちてきている。


―狙い通り、だな―


『油断するな、聖霊様』


 俺とカルルは宿屋で休んでいただけではない。

 新しいコマンドの準備、そして狂鬼ドーガとの再戦に備えた作戦会議だ。前回の戦闘で、ヤツに剣の心得があることは直ぐに分かった。日本刀の古流剣術だろう。


 ヤツのトリッキーな動きそのものも特徴があった。「支配型」のダイバーなら、ダイバー自身が現実世界で何らかの格闘技経験者なのだろう。

 足の動きから、俺はそれをボクシングと検討をつけていた。


 つまり、我流でボクシングのフットワークに剣術を組み合わせているのだ。余程の天才でなければ、動きに無理が出る。スタミナも切れやすい。


 まずは、防御に徹することで、相手の剣技を見切り、スタミナを浪費させる。俺はそう踏んでカルルに提案していたのだ。

 案の定、ヤツはスタミナが切れかけている。


 そして、もう一つ。

 これは審判やルールのあるボクシングの試合ではない。

 反則なしの何でもあり。なら、足技を試す価値はある。

 

 地を這うように滑ったヤツの刀が切っ先を返して迫る。

 避けると、それは軌道を変えて横凪ぎの一刀になった。

 読み通り。避けると見せかけて踏み込んだ。


―よし、ここだ!―


 カルルの膝が跳ね上がり、狂鬼ドーガ鳩尾みぞおちに食い込んだ。ヤツが防御上昇ファイアウォールを使っていても、衝撃は伝わるはずだ。


「かはっ」


 呻く狂鬼ドーガ

 なおも振るった刀を左籠手で受け止めつつ受け流した。


 密着するように身体を寄せ、右籠手の突き。

 それは、的確に脇腹にヒットした。中段突きの要領だ。


 防具の一部が砕ける。「素材硬化ハードシェル」で強化した武器と防具同士の激突は右籠手の刃に軍配が上がった。

 狂鬼ドーガが苦痛に顔を歪める。

 なおも距離を詰めるカルル。


「オラァ!」

「おおお!」


 二人は同時に叫ぶ。

 次の一撃で雌雄を決する、その気合が込められていた。

 狂鬼ドーガの刀とカルルの右籠手の刃が交錯する――と見えて、カルルは右の突きを止めて左籠手で一刀を受け流す。。


「テメェ……」


 狂鬼ドーガが呟く。その視線の先に自らの右足。

 その足の甲の上をしっかりと踏みつけているのは、カルルの左足だった。

 その意味を狂鬼ドーガはすぐに悟ったようだ。

 恐怖を浮かべたヤツの前で、カルルは予備動作に入っていた。


 このチャンスは逃せない。


 左腕を振り上げ、体を捻る。

 踏み締めた右足に加えた捻りは腰の捻りと共に回転のエネルギーを蓄積する。


 左腕を降り下ろす勢いで右腕をアッパーの要領で下から突き上げる。プラス右腕の捻り。

 リムの特徴である円運動を生かした大技――円舞昇閃ダム・ダットだ。コマンドによる能力上昇がさらにプラス。


 技を放った後、一瞬遅れて風圧が顔を叩く。

 周囲に巻き起こった風が後に続いた。


 狂鬼ドーガの左脇腹から右胸は、大きく防具ごと斜めに抉られていた。信じられない、といった表情で自らの傷を見下ろす。


 その傷から勢いよく血がこぼれると同時に、周囲の地面にべしゃり、と液体が叩きつけられる音が届く。

 円舞昇閃ダム・ダットによって抉られた狂鬼ドーガの肉と血が風圧で巻き上げられ、壁や地面に叩き付けられた音だ。


 狂鬼ドーガは血を吐いた。

 この傷は致命傷だろう。がっくりと右膝をついた。


 宿の入り口にはジクリアとアマラの姿が見えた。

ゆっくり近づいてくる。手にした武器から血が滴っているところを見ると、彼らも部屋の侵入者を片付けてきたのだろう。


「見事なり。ミサンナの狩人よ。」


 声がした。

 鈴の鳴るような女性の声色。しかしその響きは妙に落ち着いている。いつの間に声の届く距離にいたのか。


 カルルも、そしてアマラやジクリアも声の主に視線を注ぐ。

 そこには白と青に塗られた鎧に身を包んだ女戦士がいた。

 髪は後ろで纏め、左側を刈り上げている。

 右頬にはトライバル模様の刺青タトゥーを入れていた。


「小職はミュウ。狩人の諸兄よ、お見知り置きを」



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