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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
7/37

合議

 狩人を含む隊商の一行は、ほぼ戦闘体制を維持しながら旅路を急いだ。時々斥候らしき盗賊の影が見えたものの、結局再襲撃はなかった。恐らく、連中もこちらを警戒しているのだろう。

 肩透かしな気もしたが、無事に護衛を終了させるには戦闘がないのが一番有り難い。


 空が赤から青に変わり、さらに青が強く濃くなるころ、ようやく目的地のモウラの街が見えてきた。モウラの街は、この世界では大きな部類に入る城塞都市だ。街を覆う高い外壁がゆっくりと近づいてくると、その大きさが実感できる。


―でっけえ街だな―


『ああ、この辺りではここが一番大きい。商人も多い』


 結局、肩透かしなことに盗賊達の再襲撃はなかった。前回の襲撃で盗賊達もかなり戦力を減らしたのだろう。


 さらに近づくと、両側を尖塔に挟まれた巨大な門が見えてきた。奇妙なのは、尖塔の外側にオブジェのようなものが取り付けられていることだ。よく見ると、オブジェには関節のようなものがついている。先端の小さな間接は指のようだ。


 ほどなく、尖塔の外側に付いてるのは、石造りの巨大な「腕」だと分かった。となると、目的が全く分からない。

 カルルは来たことがあるのかもしれないが、俺にはこの街は初めてだ。


―なあ、カルル―


『何だ、聖霊様』


―あの巨大な腕みたいなものはなんだ?―


『知らないのか?』


―知らないから聞いているんだよ。この街の名物なのか?―


コマンドで動く、防衛用の仕掛けと聞いている。もっとも動いた話を聞いたことはない』


―あの腕が仮にコマンドで動いたとしても、門には届かないんじゃねえの?―


『詳しくは知らない。俺も聞いた話だ……レンジから』


―あ……―


 どうやら、地雷を踏んでしまったようだ。この話題はここでやめたほうがいいだろう。


 門では屈強な衛兵が警護していた。街に入る者は皆チェックを受けることになっているらしい。

 隊商からドマが進み出て、衛兵達と話すと、すんなり門が開いた。どうやら彼はかなり顔が利くようだ。


「アマラ殿。改めてミサンナの狩人の護衛に感謝する。我らは商会に向かう。貴殿らは宿にて休養してほしい。」


「ドマ殿。色々あったが、道中はこちらも世話になった。」


 ドマが手を差し出すと、アマラがそれを握る。握手の習慣は狩人にはない。街の人間の習慣に合わせたのは、今回の依頼人クライアントの流儀に合わせたのだろう。


「俺は兄貴と相談して、宿に後で向かおう。では後程。」


 ドマが「兄貴」というのは、ノイス商会の代表のことだろう。兄弟で運営するノイス商会は、商業で栄えるモウラの街でも有力な商人の一つだ。


「承知した。」


 アマラもドマに短く応える。一行は皆疲れていたが、ここまでの旅で困難を共有したからか、狩人も隊商も互いに皆握手を交わして別れる。


―任務完了、「MISSION COMPLETED」で報酬ゲット、か―


『聖霊様の言うことはさっぱり分からん。だが、報酬は宿で受け取ることになる』


 隊商を見送った狩人一行は、宿に向かって歩き出す。

 歩きながら見る街並みは、これまで見たことがない規模だ。


 道は大通りに続き、街の政治の中心らしいドームのような建物――議事堂だろうか――が大通りに見える。門からその議事堂に向かって伸びる道の中ほどに十字型の交差点があり、それが商業の中心らしかった。

 露店のような店がいくつも並び、交易の拠点らしい活況をみせている。


 行き交う人々の多さも違う。

氏族の集落の人間と違い、多くの人間の服装は旅や戦闘を前提としないものだった。彼らの暮らしが小さいながらも共同体に守られていることがわかる。


―スゲーな、この街は―


『もっと大きい街もある』


―前はいつ来たんだ?―


『去年だ。……レンジも一緒だった』


 また地雷を踏んでしまったらしい。真面目さが災いしてネガティブになってしまいがちなのはいつものことだが……


―なあ、カルル―


『なんだ?』


―お前の気持ちを分かる、とは言えない。だが……―


『当たり前だ、聖霊様は俺達の記憶に触れることはできても、体験したわけではない。』


 珍しくカルルが感情的になっていた。


―そうじゃねえし。俺が言いたいのは、今の状態であいつと再戦したらヤバいってことだ―


『聖霊様の「ヤバい」はよくわからん。』


―只でさえ向こうは対人戦闘に慣れてやがる。コマンドは俺のほうが発動に専念できる分優位だろうが、今度会うときは向こうも対策を打ってくるだろう。お前の気持ちが落ち着いているかどうかは結構大きく影響する―


『……』


―うまく言えないが、生き残ることを優先に考えてくれ。俺も出来る限りのことはする―


『感謝する、聖霊様』


―準備は今晩にでも始めるぞ―


 どういうわけか俺が熱くなっている。

 BiSiPバイシップの中の話のはずだった。そのことに自分でとまどいながらも、俺はかねてから考えてたことを実行に移すことに決めた。


 本来は護衛任務の完了が終わったことを祝してこれから宴席になるはずであった。だが、ドマの言葉によると、後で彼がアマラを訪ねることになっているらしい。


 ドマが兄と呼ぶノイス商会の代表に会ってから宿にくることは、用件が報酬の減額交渉になる可能性を意味していた。隊商も二人の人間を失ったのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――


 宿は中心に程近い通り沿いにあった。二階建ての建物は現実世界の俺から見るとこじんまりした印象だが、周囲と比べると平均的な大きさだ。ミサンナには平屋しかないので、狩人から見ると大きく見えるだろう。


 ホランとカルルは同室だった。

 鎧や籠手などの装備をはずし終わると、ホランが声をかけてきた。


「よお、カルル。ちょっとアレ食いに行かないか」


 ドマが来るまでは自由行動だ。近場に何か食いに行くのだろう。


「分かった……アレだな」


 カルルは「アレ」で分かったらしく、すぐ立ち上がってついていく。二人は馴れた足取りで雑踏をかき分けていった。


 通路の両脇は露店で埋め尽くされている。

 露店はほとんどが簡単な屋根と什器で作られており、現実世界のものと大差はない。


 色とりどりの見たこともない物体が並べられている。おそらく大部分は食料か料理の類いなのだろう。一軒の露店がラパンサらしき生物の鰭を珍品として並べていた。


「お、あったあった」


 ホランが目的地を見つけたらしく、足を早める。

 カルルに聞くまでもなく、目的の品が何であるかは分かった。

 現実世界にはないが、緑色の果物だ。アボガドを一回り大きくして緑色にしたと言えばいいだろうか。


 果物の列の横に置かれた篭のなかには、何やらゴソゴソと動く黒い塊もある。昆虫のようにも見えるが、なんで果物屋に虫が売られているのだろうか?


「おい、ナーサ二つ頼むよ」


 ホランが声をかけ、カルルが硬貨のようなものを店主に渡す。

 どうやらこの果物はナーサというらしい。

 二人はそれぞれ一個ずつ、ナーサを手にとった。


「ズワレはどうする?お客さん」


「もちろん頼むよ」

「ああ、頼む」


 二人は同時に答えると、硬貨と引き替えに先ほどの黒い塊を注文する。それはどう見ても甲虫のような昆虫だった。黒い羽を持ち上げると透き通った腹が見える。

 これがズワレだろう。

 カルルは腹の部分を緑の果物に向けると片手で虫の腹を押した。


『これがここの名物だ。聖霊様』


―え?おい、ちょっと!―


『まあ見てな、聖霊様』


 腹の先端から透明のゲル状の液体が吹き出され、果物の上に線のような形に盛り付けられた。思わず言葉を失う。


―うげ……食うのかよ、それ、虫のウ○コだろ…-―


『勘違いするな、これは樹液だ。排泄物ではない。』


 カルルの記憶から、このズワレという昆虫は、樹液を体に溜め込む習性があることが分かった。溜め込んだ樹液は、腹を押すことで飛び出すらしい。その習性を利用して、この昆虫は生きたドレッシングかハチミツの瓶のように利用されているとのことだった。

 驚いたことに、ナーサにズワレの樹液をかけて食べるのがモウラの街の名物らしい。


 余談だが、樹液はズワレの体を経ることで不純物が除かれ甘味も濃くなるとのことだった。樹液を絞りきった後は糸をつけて森に逃がされ、しばらくして樹液を溜め込んだ頃にまた捕獲されるらしい。


「うまい!」


 モウラの名物にありついて一瞬輝いたホランの顔は、しばらくして曇った。


「レンジに食わせてやりたかったな。」


「ああ……」


 カルルも頷く。


 もともとこの街の名物が「ナーサのズワレ蜜がけ」であることは、ミサンナの集落に訪れた商人からレンジが聞いたことだった。最初にこの街に来たときにカルルとホランを誘ったのもレンジだ。


 それ以来、モウラの街に来るたびに、3人でこれを食べるのが一種の習慣になっていた。


「なあカルルよ。俺達、あいつの分も食いまくってやろうな。」


 ホランの声は、涙にうわずっていた。


「そうだな。ケジメをとってからな。」


 カルルもホランを見ずに応える。

 ホランには見えないが、カルルの頬に伝うもにがあることは、俺だけが知っていた。


 空の色がまた変わりつつある。

赤になれば、ドマが宿にやってくるだろう。戻る頃合いだった。


―カルル、食ったら戻るか。―


『了解だ、聖霊様』


 ホランも空を見上げていた。

 カルルと顔を見合わせると、宿への道を戻る。

 宿に戻ったのは俺達が最後だった。


「遅いぞ」


 アマラが注意する。


「すまん、アマラ」


 カルルが侘びると、奥から声がした。


「まあ、いいのです」


 中年の商人だった。恰幅のいい身体に上等のローブとターバンを身に纏っている。

 額につけた飾りには宝石のような石が埋め込まれていた。

 人の上に立つ者特有の、落ち着きと威厳を感じる。


 隊商にいた顔ではない。ドマの言っていた「兄貴」とはこの人物かもしれない。後ろにドマの顔が見えたが、ドマではなくこの男が場を仕切っていることからも間違いないだろう。


「あらためて、皆さん、はじめまして……よろしいですかな?」


 アマラの顔を見ながら言葉を続ける。声音は深いバリトンだ。


 「ザマといいます。まずは道中お疲れ様でした。今回の旅はとりわけ過酷だったと聞いております。弟のドマが無事だったことにも感謝しております。」


 弁舌巧みな男のようだった。

 寡黙を美徳とするような狩人の集落ではいないタイプだ。

 最初に労いと感謝の言葉。本題は次だろう。

 

「アマラという。労いの言葉恐れいる。こちらは結果としてそちらの同胞が死神の腕に連れ去られることを止められなかった。その点は御詫びしたい。」


 アマラの受け答えも堂に入ったものだ。

 最初に自分から隊商の犠牲に対して詫びを入れることで、相手の次の言葉を認識していることを示したのだ。


 それでいて、両者とも本題の報酬の件は触れなかった。


 一瞬間があり、ザマが切り出す。


「今日私がドマに同行したのは理由があります。ひとつは今回の護衛の報酬の件になります。」


 来たか、という顔でアマラは頷く。

 普通に考えれば、隊商に犠牲が出た以上は報酬の減額は避けられない。例え相手が通常ではあり得ないコマンド使いの盗賊であったとしてもだ。


ドマが口を挟んだ。苦しい顔をしている。


「兄貴、俺達はこの人達には世話になった。リズとバナデアは残念だが、さっきいったように相手が普通の盗賊ではなかったんだ。アマラ達はよくやってくれた。彼等でなければ俺も無事ではなかっただろう。」


 直球で兄に意見する。

 ザマが次に口にするのは報酬の減額だ。それを制するために口を挟んだのだろう。

 短くても旅を一緒にしたことで親近感を持ったのなら、有り難いことだった。


 ザマは理解してるという顔で、手のひらをドマに向けた。

 制止の合図だ。


「ドマ、私はまだ話の途中です。」


 アマラに向かって話を続ける。


「我々は経験豊かな商人で友人でもあるリズとバナデアを失いました。これにより、当初お約束した報酬をそのままお支払いするわけにはまいりません。」


「兄貴…」


「それでは商会は我らの犠牲をどうお考えか。今回の敵は全く予想できないものだったことは、誰もが知るところと考える。」


 アマラが反論する。


「盗賊の中に手練れがいたことは承知しております。あなた方の中に犠牲が出たこと、その中に年若い狩人が含まれていたことも。」


 ザマはここで言葉を切り、アマラを見据えた。


「しかし、依頼は隊商を無事にこの街に届けて頂くこと。違いますかな?リズとバナデアの残された家族に見舞金を出すのは我々なのですよ。報酬は4000ギラにさせて頂きます。」


 元の金額は5000ギラだった。

 日本円で500万円くらいだろうか。

 理屈は通っている。だが、仲間を失ってまで得た報酬が二割の減額というのは、理屈では分かっても感情では受け入れられるものではないだろう。 アマラの顔は苦悩に満ちていた。


 アマラは決して交渉に弱い男ではない。

 それが彼をリーダーにしている理由でもある。だがザマはその上をいく交渉上手だったようだ。


「兄貴……」


「ドマ、あなたも隊商を預かるなら、まず皆のことを考えなさい。」


 なおも抗議しかけるドマを制し、一瞬ザマは間をおいた。

 理屈では勝利出来ることを皆に解らせるように。


「皆さんがどうお考えかはわかります。もうひとつのお話も聞いてもらえますか?あなた方に依頼があるのです。」


 意外な人間が口を挟んだ。ジクリアだ。


「アマラ、止めよう。これ以上彼らの依頼を受ける必要などない。」


 リーダーを差し置いての発言であるだけでなく、依頼者の前であることを考えると二重に無礼な発言だ。

 だが止める者はいなかった。彼の発言は皆の気持ちを代弁していたのだ。


「いや、聞くべきだ。それから考える。」


 何かを感じたのか、アマラが答えた。


「ありがとうございます。あなたは確かに冷静さをお持ちだ。

依頼とは、今回隊商を襲った盗賊の討伐です。」


 一同は目を丸くした。護衛をこなせず、隊商に損害を出した無能な狩人と判断されたのではないか?

 そもそも商会がなぜ討伐依頼を出すのか?


「報酬は1万ギラ。依頼達成の確認条件は頭領の首、または商会指定の証人の同行による確認です。」


 さらに驚きが広がる。報酬は破格だった。

 アマラは冷静に質問を返した。


「依頼の理由を聞きたい。なぜ商会が討伐依頼を出す?」


「最近、他にも旅人や隊商が襲われています。損害が増える前に止めねば、この街の周辺の治安に悪い評判がたち、商売に影響します。これが理由です。」


「では、何故我らなのだ?我らを能力不足と感じたから報酬を減らしたのではないのか?」


「勘違いしないでほしいのですが、私はあなた方ミサンナの狩人を高く評価しています。報酬の減額はあくまで筋を通すため。

 今回あなた方を選んだのは、ドマの話をきいて強さ、誠実さ共に申し分ないと判断したからです。首領を逃がしたといえ、奴らを撃退した例は聞いたことがありません。」


「了解した。我らにとっても願ってもない敵討ちの場。さらに報酬も頂けるのは誠に感謝する。」


「では、受けていただけそうですね?」


「そのつもりだ、皆も異存ないな?」


 最後はジクリアやカルルら狩人に向けた質問だった。

 異論があるはずもなかった。

 ザマはその様子を見ながら続ける。


「これまでコマンド使いがいることは分かっていましたが、彼らは襲った者を皆殺しにすることが多く、人数や能力の詳細が掴めませんでした。皆さんのおかげで相手の状況が分かりました。これも今回討伐を決定した理由です。」


「なるほど、狂鬼ドーガの情報を多くお持ちのようだ。教えて頂けるか?」


 アマラが訊いた。当然の要望だろう。


「敵はほぼ首領格の男一人です。伝承にある鬼人の強者になぞらえて自らを狂鬼ドーガと名乗ってるのは御存じですね。」


 アマラをはじめ狩人達は頷く。


「伝承の狂鬼ドーガは、絶滅の危機にある鬼人族の再興の大義を掲げて戦い、時には三百人の騎士の守る砦を一人で陥落させたとか。だが、こちらの盗賊の狂鬼ドーガは、我欲のために殺戮を続けます。略奪より殺戮自体が目的なのかもしれません。」


―なるほどね。カルル、狂鬼ドーガって知ってたか?―


『大体は……な。だが、特に役に立つ情報ではない』


 それもそうだ。カルルはもっと具体的な情報を求めているのだろう。


「部下の数は一定してませんが、同じ顔ぶれはいないそうです。恐らく使い捨てなのでしょう。武器は刀。使うコマンドは『第一の門』のレベルですが、戦闘中に自分でコマンドを発現させているようです。」


そこでザマはカルルの方を向き、目を見て言った。


「そこの彼のようにね。」


 場の空気が再び緊張を帯びる。

 カルルの戦いぶりはドマから聞いてたのだろう。

だが、これは取りようによっては、同じ才能を持つのだから両者に関係があるのではないか、と聞いているとも取れた。


 カルルは目を閉じて聞き流す。

 ジクリアはこちらを睨んだ。今のザマの不穏当な発言は、ジクリアの本音とも一致するのだろう。


 アマラはザマの言葉に正面から向き合うことを選んだ。


「何が言いたいのか、意図を確認したい。我らの仲間と狂鬼ドーガが同じと言いたいのか?今回の狩人の犠牲の一人は、彼の幼馴染みにして親友と付け加えておこう。」


「失礼しました。彼を疑ってると取られたならお詫びします。もし狂鬼ドーガの特異な才能について情報があればこちらも知りたいと思ったまでですよ。」


 ザマの言葉は言葉通りの詫びが半分といったところか。


 コマンドは本来は発動準備に時間がかかるものだ。集落でも戦闘中に次々コマンドを発動できるのはカルルのみ。

 集落の外でも状況は同じだろう。ダイバーのみの特性を有するのであれば、共通点から関連性を疑うのも当然だ。


 アマラはその裏の意図も察した上で、レンジとカルルの関係を出して彼の真の質問を煙に巻いた、ということになる。


 図らずも復讐の機会を得たカルルはホランと顔を見合わせて頷き合う。視界の片隅でジクリアがこちらを見ていることに気づいた。カルルが気づいてジクリアに呼び掛けようとした瞬間、アマラの次の言葉がそれを遮った。


「ところで、商会指定の証人とは?」


 アマラが尋ねる。


「もう手配はしています。明日宿に来るでしょう。戦闘には参加しませんが、腕は立ちます。彼女は自分の身は自分で守れるのであなた方は討伐に専念できますよ」


 ザマはてきぱき答えた。


 カルルによると、商会に限らず外部に依頼を出す者は、依頼の達成状況を誤魔化されないため、証人という名目で監視人を派遣することがあった。

 彼女というからには女性だろうが、抜け目ないザマに「腕はたつ」と言わしめるのは相当の手練れだろう。


「後は何か聞いておきたいことはありますか?」


「いや、結構だ。依頼については、正式な受諾の返事は明日になる。我らも氏族長に話す必要があるのでな」


「承知しました。よい返事を期待します」


――――――――――――――――――――


 以上の報告を聞いた時、空中に映し出された氏族長のヴィナの顔は驚きと苦痛を経て、元の静かで厳格な表情に戻った。

 コマンドで作られた画像越しではあるが、手にとるように分かる。


「…分かりました。」


 どうにか絞り出した言葉は重く、短いものだった。


 俺達は全員で、呪回線コマンド・ラインをミサンナと繋いでに今回の報告を行っていた。


 ここは呪塔コマンド・タワーと呼ばれる、モウラの街の一施設である。大きな街や村など主要な居住地には一つはある通信施設だ。


 呪回線コマンド・ラインは遠隔地とコマンドの力を利用した遠隔地との通信手段である。この世界における公共の通信手段ということもできるが、通信を行う場合にも膨大な呪源コマンド・ソースが必要であることから気軽に使えるものではない。


 通信は呪塔コマンド・タワーを介して行われる。

 利用者は決して安くはない料金を払って一定時間利用する仕組みだ。

 通常は文字で書かれた手紙の情報を送るのみだが、より高い料金別を払えば遠隔地の相手を呼び出して音声で直接話すことも、相手の顔の画像を呪回線コマンド・ラインで送受信して話すこともできる。


 早い話が、コマンドの力を利用した電報、電話、TV電話ということになる。


 今回は内容の重大さのために、アマラも奮発してミサンナの集落とのTV電話形式の呪回線コマンド・ラインを申し込んだ。

 時間は十分のみ。仲間の死という重い内容を手短に氏族長のヴィナに説明したところである。


 アマラの報告もヴィナの返事も淡々としたものであったが、それが多大な自己抑制と感情の制御を伴うものであることは想像に難くない。


「それで……もう一つの話は何ですか?」


「長よ。ザマ殿からはかの盗賊達の討伐依頼をくれました」


「話を聞かせて下さい」


「報酬は1万ギラ。彼等は証人の同行を求めています」


「アマラ。あなた方は、依頼を受けるつもりなのですね?」


 ヴィナの声は落ちついていた。呪回線コマンド・ライン越しであるが、射抜くようにアマラを見つめている。


「はい……ノドとレンジの魂の為に」


「あなた方の怒りと復讐のため……の間違いではないですか?」


 狩人達は静まりかえった。痛いところを突いている。


「長よ……残された者の面倒を見ることも必要では?」


 護衛の報酬の減額と今回の依頼の報酬を考えると、ザマの申し出を受けない手はない。

 死者を悼むだけでは残された者達を守ることはできないのだ。


「わかっています。ノドにも家族がいましたね。何か氏族として出来ることをしなくてはいけません。ですが……」


ヴィナの声音が変わる。


「復讐の理由に死者を使うのはやめなさい、アマラ」


 一瞬の間があった。


「長よ、訂正させてほしい。我らは復讐を望んでいる。何故なら、それがノドとレンジのため、そして彼らの家族のためと我ら自身が信じるからだ」


 ヴィナは覚悟を試したのだ。

 誰かのためというのは実際楽だが、それでは本当の覚悟は生まれない、ということだろう。


「わかりました」


 ヴィナは一人一人の顔を見るように話す。


「ですが、一つだけ条件があります」


 ヴィナの声が次第に小さくなる。

 呪回線コマンド・ラインの使用刻限が近づいていた。

 空中に映し出されたヴィナの顔はぼやけかかる。

 しかし、呪回線コマンド・ラインが終了する直前の最後の言葉ははっきり聞こえた。


「必ず――生きて戻るのですよ」


 ボヤけていたが、最後の言葉の時のヴィナの顔は、氏族長としてのそれではなく、懇願する老いた母のように見えた。



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