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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
35/37

接触

ジルビースは絶命していた。それは炭化した手足を見るまでもない。アマーシャの放ったコマンドは辺境有数の危険生物の体組織を焼き付くした。自警団員が喚声を上げる。

地上に降りたアマーシャも崩れるように座り込んだ。ムルジーは石化液を浴びた団員を担いで歩き出す。

おそらくこの段階ならコマンドで回復できるはずだ。


だが、タリエルは構えを解かない。カルルも同じだ。

辺境で危険生物と何度も相対した者には解る。

彼らの生命力は人間よりずっと上だと言うことを。

果たして、炭化した腕が僅かに震えると、ジルビースの体がむっくりと起き上がった。筋肉が炭化しているためか、左足は上がらず、膝から下はちぎれて地面に落ちる。踏み締めた右足も崩れ、腕で這うように向かおうとしていた。顔や胴体も黒焦げで鼻も眼球も焼け落ちている。巨大な焼死体が向かってくるような姿に、自警団員が恐怖の表情を浮かべて凍りつく。


タリエルは、冷静に緋走ひばしりの一刀で肘を薙いだ。既に皮膚を失った腕はさらに発火しながらちぎれ落ちる。

カルルが急降下した。

コマンドを解いてくれ、聖霊様。』

俺にはカルルのやることが思考を通して伝わった。

―よし。―

空中で「エア・ライド」を解く。

落下の加速の中、カルルは円舞昇閃ダム・ダットを放つ。

「エア・ライド」の気流は、防護壁にも空中での移動手段にもなるが、中のカルルにとっては武技を出しにくい両刃の剣だ。

一旦「エア・ライド」を解いた上で出した円舞昇閃ダム・ダットは、ジルビースの脳天に大穴を穿つ。今度こそ絶命したジルビースの体に落下したカルルが叩きつけられる寸前、俺は「エア・ライド」を再度発動した。カルルの体が落下寸前で停止し、一回転して体勢を直すと地上に降り立つ。

ようやく緊張が解けた。


―これで片付いたか?―

『いや...』

言い淀んだカルルを遮るように若い男の涙交じりの叫びが聞こえる。

「こんな...こんな...どうしよう...」

カルルを視線の先に、慟哭するビリチャがいた。誰かを抱きかかえている。

すぐにそれが先ほどタリエルに俺たちの随伴を頼まれたビグナという男だとわかった。

意識は朦朧としているようだ。手足は小刻みに痙攣してるように見えた。

すぐ傍で立つダグザは唇を噛み締めていた。青ざめた表情のサーニャはダルザの腕を両手でつかんでいた。

-骸人の《グモアズ》..婚約プロポーズ...-

『ああ...』

カルルも言葉を失っていた。先ほど見た骸人グモアの口から伸びた赤黒い奇妙な器官。あれを対象に突き刺して未知の成分を注入することで骸人グモアができる-情報として聞いてはいたが、目の前で痙攣するビグナを見ると戦慄を覚えずにはいられない。すでに皮膚の一部は灰色に変色を始めていた。


「俺の…俺のせいだ…俺が出過ぎたばかりに…庇って…」

ビリチャはぶつぶつ呟いている。

最年少メンバーを庇ったビグナは骸人グモアに組みつかれ、あの器官を突き刺されたのだろう。

「すまん、こっちも手一杯やった。」

ダルザが済まなそうに下を向いた。

「ダルザさんがいなければ、私は…」

サーニャが弁護するように続ける。アマーシャが彼女の肩に手を置いた。

「あんた達は気にする必要はない。これは俺達自警団の問題、そして…俺の責任だ。」

タリエルの最後の言葉は絞り出すようだった。

「ビリチャ…ビグナはお前の親父を助けられなかったことを悔やんでいた。これはビグナの選択だ。そして…今お前が出来ることは分かってるな。ビグナの家族を助けてやれ。そして…」

次にビリチャに向けた言葉は暖かかったが決然としていた。

「お前の手でビグナを送ってやるんだ。」

ビリチャがビクリ、と身を強張らせる。

「そんな…」

ある意味、最も公平で、最も残酷な指示ともいえた。

「ビグナ、それでいいな。」

「頼む…。ビリチャ…。お前の…強さを…見せてくれ…。」

ビグナはもがき苦しんでいたが、タリエルの声に応じ、切れ切れに声を出した。

「そんな…俺…」

「たの…む…俺は…お前の…成長…見たい…安心…したい…。」

ビリチャは一呼吸置いて、涙でくしゃくしゃになった顔で頷いた。腰の短剣を抜いてビグナの喉に押し当てる。


『聖霊様。彼にコマンドをかけてほしい。』

―どういう意味だ?―

『彼の技量と力では、あの男は苦しみを長引かせるだけだ。』

―わかった。彼の肩に手を置いてくれ。―

俺が直ぐに同意したのは、カルルの言葉の裏に苦悩を感じたからに他ならない。狩人として、同じような経験を何度もしたはずだ。ビリチャに自分を重ねているのかもしれなかった。

俺はカルルの手を通して「ブースト」をかけた。発動対象はビリチャだ。第二の門に属する、「触れた対象へのコマンドの発動」も今の俺には難しい作業ではなくなっている。


コマンドが発動すると、ビリチャは驚いたようにこちらを見たが、直ぐに自分の目の前の男に向き合う。

「ありがとう、ビグナ。そして…誓うよ。あんたを越える男になる。あんたの家族には俺の一生をかけて償う。」

ビグナは返事をしない。意識を失っているようだ。だが、ビリチャの言葉を聞いた瞬間、少し笑ったように見えた。

ビリチャは短剣を深く押し込んだ。


ビグナの遺体はコマンドで火葬された。

石化液を浴びた団員の治療も間に合ったようだ。

本来ジルビースをやり過ごして通過するはずが、骸人グモア達の乱入で大きく予定が変わってしまった。結果としてジルビースを葬ることが出来たのは大戦果と言えるだろう。

だが、俺達含め一向の足取りは重い。小一時間をかけて化石の街を出た俺達はさらに赤の夜を越えて歩き続けた。

周囲の景色は次第に緑が濃くなってくる。

「森の人」の領域に近付いているのだ。


やがて目の前に見えてきたのは、現実世界の四階建てビルほどの大きさの二本の巨木だった。さながら城門のように見える。

「着いたな。」

タリエルが呟いて足を止めた。

「ここから先なのか?」

「ああ。」

俺の問いに短く返すと、タリエルが俺達に向き直る。

「あの木をくぐれば、森の人の領域だ。俺達はここからバダハンデルに引き返す。迎えは…本当にいいのか?」

「大丈夫…それと、ありがとう…本当に助かったよ。」

アマーシャの声には少し影がこもっていた。自警団の犠牲者に触れるべきか迷っているのだろう。

「ビグナのことは気にしないでくれ。全て俺の責任だ。それに…こちらも礼を言わないといけない。化石の街での戦いは、俺達だけでは乗り切れなかった。」

「タリエル…」

「アマーシャ、気をつけてな。」

言葉が終わらないうちにタリエルはアマーシャを抱き締めた。

人前での抱擁に一瞬赤面したアマーシャも彼の背に手を回した。

「ありがとう…ここでの手懸かりもきっと役に立てるから。」

その言葉の意味を知るのは、タリエルとアマーシャ、それにあの日バダハンデルの丘にいた俺達だけだ。


「お世話になりました。」

様子を見守っていたサーニャも頭を下げた。表情は明るいとはいえない。仮想世界の中とはいえ、危険生物との戦闘を間近に体験したのだ。彼女が元の体で送っていた商人としての生活とは全く異なる体験だったはずだ。


「あんた達には驚かされたよ。」

「また…会おう。」

レナとムルジーが挨拶した。

「こっちこそ助かったで。ほんま。」

「ありがとうございました。」

ダルザと俺も言葉を返した。短いやり取りだが、一緒に戦ったことで少しだけお互いを理解できた―ような気がする。

「それじゃ、タリエル…またね。」

「ああ…またな。」

俺達は巨木に向き直る。その間をくぐろうとしたとき、向こう側の人影に気づいた。


人影は二つ。白いローブのようなものを纏っている。

「ようこそ、我らが里に。」

年長に見える女性が挨拶した。整った顔立ちに清潔な服装。

声に込められた歓待に理由の分からない違和感を覚えた。

「こちらです。」

若干年下の若い男が手で示す方に俺達は歩き出す。

タリエル達のほうをもう一度振り返る。

皆が大きく手を振っていた。アマーシャも最後にタリエルを一瞥すると、意を決したように歩き出した。


巨木の向こうの道は、隙間なく両側を樹木に覆われている。頭上も枝でびっしりと覆われていた。

「さて、森の人との対面やな。」

ダルザが意味ありげに笑みを浮かべた。

前を歩く二つの人影の後を歩きながら、俺は今更のように気付いた。二人の着ているローブの後ろ、腰のあたりから太い蔦のようなものが「生えて」いることを。

ローブからではない。ローブに空いた穴を通して彼らの腰と繋がっているのだ。生体的に融合しているのだろう。


これこそが、ここの住人が「森の人」と呼ばれる理由の一つだ。

彼らは蔦で「神木」と呼ばれる1つの樹木から養分を供給されている。代わりに、彼らの行動範囲は森の人の集落に制限されており、集落で一生を終える―それがタリエル達から聞いていた情報だ。


案内された場所は集会場のようだった。壁も屋根も生きた樹木の幹で出来ている。ドアや灯りなど一部の調度品を除いては木が使われていた。

―ここじゃ火は使えないな。あっという間に大火事だ。―

『聖霊様、自分もここは始めてだが、暮らしぶりは他の集落とそれほど変わらない。何か別に火を使った作業の場所があるのだろう。』

―わかってるよ。冗談だって。―

『その「冗談」が自分にはよくわからない。』


「長よ、連れて参りました。」

奥の部屋に入ると案内役の女性が来訪を告げる。

「よく来なすったな。」

二人の「森の人」に連れられて来た集会場では、大柄な初老の男が席に座って待っていた。背後に大きな蔦が見える。この男も繋がっているのだろう。

「先ずは、そなた達の来訪を歓迎します。」

「ありがとうございます。私はアマーシャ。こちらは同行者のダルザとカルル。それにサーニャです。」

「私はボドリヌス。ここでは名前を呼ばれることは滅多にないので忘れそうになりますがな。今そなた達を案内してきた女性がマーヤ、男性がギムリです。はるばると辺境のそのまた深奥にようこそいらっしゃった。余程のご用件とお見受けしますが、いかがかな?」


俺達は、今のサーニャの複雑な状況について話した。ライザこと大村由実が今のサーニャであること、本来のサーニャの人格が出て来ることを拒んでいることなど。BiSiPバイシップのことや現実世界について話すことはできないので、俺達は聖霊の国から来た聖霊達、という設定だ。あまり嘘で固めても「森の人」の能力が噂通りならすぐにバレてしまうだろう。

嘘で守る情報は必要最小限にする必要がある。


「大体は分かりました。最近、あなた方のような存在がこの世界に現れていることは聞いておりますのでな。」

ボドリヌスはこちらの説明に驚かなかった。逆に閉鎖的と思っていた「森の人」がBiSiPバイシップ内でダイバーの存在までおぼろ気ながら感知していることは驚きだった。

「そう驚かれなくてもよろしい。」

こちらを見透かしたようにマーヤが笑みを浮かべた。

「我らは辺境の辺境に閉じ籠っているからこそ、外の情報に敏感なのですよ。神木もそうお告げになられている。」

「あたしの―私達の頼みはどうですか?」

アマーシャが身を乗り出した。

「お仲間の女性のことですね―神木の裁可を仰いでるゆえ、お待ち下さい。」

今度口を開いたのは、ギムリという若い男性だ。


『気付いたか、聖霊様。』

―ああ、こいつら…合図してる訳でもないのに話すタイミングが連携がとれすぎてる。―

『あの蔦に関係あるか?』

―たぶん…森の人は直接話さずに考えを伝えられると思う。―

何となく俺は、色んなケーブルに接続された大昔の情報端末を思い出した。神木の裁可、とは何を意味するのだろう。


「来ました。降りたようです。」

ボドリヌスは目を閉じて呟いた。

「では―、お伝えしましょう。我らが神木は、あなた方に協力します。」

「やった、ありがとう―ございます、本当に。」

アマーシャの返事には感情が籠っている。

「ちょい待ったって。ジブンら、何か条件付きなんちゃうの?」

ダルザが珍しく鋭い問いを放った。

「タダでゆうのは有り難いけど、森の人には何の得にもならん話やろ。何で協力してくれるのか理由教えてもらえまっか?」

アマーシャと俺は沈黙した。サーニャも不安げな表情を浮かべる。せっかく話がうまく運びそうなのに、森の人の機嫌を損ねないでほしい―彼女の顔はそう言っている。アマーシャも同じだりう。

だが、悔しいがここはダルザが正しい。彼は憎まれ役を引き受けたのだ。


一瞬の沈黙の後、ボドリヌスが笑った。

「まあ、信用できないという事ですかな。タダの申し出には裏がある、と。あなた方の送る、暴力に支えられた日常に照らして見れば、それも道理でしょうな。」

マーヤが続ける。

「ですが、あなた方は危険を冒してここまで来たのではないですか?この辺境の中の辺境に助けを求めて。そんな旅人は滅多にいません。」

続くギムリの言葉は辛辣だった。

「それとも、何か交換条件を出すことで安心されるのですかな?あなた方が暴力以外に我ら森の人や神木に提供できるものがあるとでも?我らがそれを必要とするとでもお思いか?」

ダルザは沈黙した。

「我らは、今回あなた方の望みを聞くことが我ら自身のためになると思っているのですよ。得られるものはあるのです。」

「何やねん。はよ言いなって。」

「情報です。」

「はい?」

「あなた方が市街地でいかに暮らしてきたか。街や村は、我らが最後に情報を得た時からいかに変わったか。どんな危険に出会い、どうやって乗り越えてここにいるのか。それら全ては我らにとって貴重なかてになります。」

「あなた方は、外界との接触を望まないからこそ、ここでコミュニティを作っているのでは?」

「外界との接触に積極的でないのは確かです。ですが、だからこそ外界の情報を入手しなければいけないと我らが神木はお考えです。」

「なるほどな。ワシは納得やで。姐さんらはどないや?」

「あたしはいいよ。」

「最後に一ついいですか?」

俺は口を挟んだ。

「誰から、どうやって―情報を得るのですか?」

しばし沈黙が下りた。神木とやらに相談しているのだろう。

「サーニャさんとやらは、あなた方と皇都から行動を共にしてきたのでしょう。ならば、サーニャさんの記憶している範囲で結構ですよ。」

「どのみち、本来の人格や意識を呼び出すには、彼女の深奥に接触する必要がありますでな。」

「どうやって―という点は明日分かります。まあ、今の我らを見てお分かりのように、一時的に神木と繋がって頂くことになりますが。」

あの蔦のようなものに繋がるということか。

アマーシャがサーニャを見た。

「いいのかい?」

「もちろんです。私は皆さんを信じてますから。それに、他に手段ないんですよね。」

即答だ。アマーシャもダルザも異存はないようだった。

サーニャの記憶が共有されることで、俺達の戦いやサーニャの半生もここの住人に伝わるのだろう。


話がまとまったのを見て次々にボドリヌス達が口を開く。

「とりあえず、今日はもうすぐ空の色も変わります。」

「宜しければ、部屋を用意してますので、先ずはお休みください。」

「ご案内しますよ。」

俺達が外に出ると、蔦で繋がれた住人達が珍しそうにこちらを見ているのが目にはいる。


ふと気になったが、アマーシャは自らタリエルにした約束をどう果すのだろうか。サーニャと談笑しながら歩く彼女の表情からは窺い知ることは出来なかった。






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