脱出
昨晩のことだ。 宴も終わりに差し掛かったころ、アマーシャが俺に提案してきた。
「あんたさ、あたしの被許諾者になってみない?」
許諾ーそれは呪の使用権限を別の呪《コマンド使い》に貸し与えることだ。
貸す側には許諾者の資格が必要だ。氏族長のヴィナもこの資格を持っているが、アマーシャもそうだとは知らなかった。
「さっき呪塔で師匠とやり取りした時、やっとあたしの「第三の門」の申請も受理されたってきいたんだよ。まあ、ほんの一部だし、あの小僧には及ばないけどね。」
これも驚きだった。理論上は許諾者は自己の修得した範囲で許諾できる。つまり、第三の門の位階の呪ってことは、彼女が許諾者として許諾できる呪も「第三の門」相当になるということだ。
「こいつとも話したんだけど…」
ダルザを指差していう。
「あんたのような共存型のダイバーは本来は役割分担ができる。他のダイバーより有利なはずなんだ。活用しないと勿体無いよ。」
「まあ、そうですけど、戦闘スタイルが違うっていうか…身体強化で結構間に合ってるし…」
俺は躊躇があった。カルルはどう言うだろうか?
『興味がある。聞いてみたい。』
すかさずカルルが答えた。
「お話、具体的に聞いてもいいですか?」
「なんや、相方に言われたんかいな。」
ダルザがツッコミを入れる。
「本当はお願いされることなんだけど。」
アマーシャも苦笑した。
「さて…許諾だけど、独占と非独占のどっちにする?独占だとあたしの得意な呪は無理だよ。」
独占許諾は文字通り許諾者の力がそのまま移転するものだ。許諾者も許諾期間中は呪が使えない。非独占許諾は許諾期間中も許諾者、被許諾者共に呪の使用が可能だが、被許諾者の使える呪の力は許諾者より弱くなる。
「じゃあ…」
俺の言葉にアマーシャは目を丸くした。
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男の両の手甲が光を帯びた。
カルルが意識の表層に、俺が意識下に入れ替わる。
俺はすぐに呪の準備に入る。
一瞬の間を置いて、男が呪の名前を音にする。
「ナパームストーム!…?」
男が怪訝な顔をしたのは、発生させた炎の嵐が、俺の手前で目に見えない壁のようなものに阻まれたからにほかならない。
アマーシャより許諾されたのは、大気そのものに働きかける呪だった。風を操る呪の一つである「エアウォール」、それは真空の壁を作り出して炎を阻んだのだ。
俺は今作り出した真空の壁を解除する。カルルはその瞬間にダッシュで相手の間合いに入っていた。再び光を放つ手甲を腕ごと切り飛ばす。次の一刀で男の眉間に刃を立てると、男があげる苦悶の声は止んだ。
息を吐いた。新しい呪なしでは苦戦は免れなかっただろう。こいつはおそらく開拓者だろう。シャルナかどうかは不明だが、高位の呪使いからの被許諾者だ。呪具を補助に使っていたことに加えて、音声発動―呪の名前を叫ぶ恥ずかしいアレだ-を併用していたことから、本来の実力はさほど高くない。こいつのような連中がこの先も現れるのだろうか?
-急ぐぞ、カルル-
『承知した。』
俺は急いでアマーシャ達の後を追った。
「ブースター」でスピードアップした脚力で、廊下を、庭園を、駆け抜ける。ところどころに衛兵の死体が転がっている。ダルザとアマーシャは手早く片付けたようだが、思ったより衛兵の展開が早い。大村由美―サーニャは戦闘向きの個体ではない。彼女を連れての脱出は手間がかかるだろう。いずれにせよ時間はなさそうだった。
拡張された感覚器官に情報が入る。複数の走るような足音が止まり、不規則に乱れた足音になる。空気にも血の匂い。間違いなく戦闘に違いない。直線距離は20メートル先だが、通路通りに進むと倍はありそうだった。
俺は一計を案じることにした。
突如壁を突き破って現れた俺に、衛兵達は目を丸くした。驚きの表情を浮かべたまま、カルルの右手の一閃で二人が血を噴いて倒れた。さらにこちらを向いた一人を切り捨てる。ショートカットと奇襲を兼ねて壁を破ることを提案したのは俺だが、カルルの技量なくしてできなかっただろう。
「早かったね。呪、役に立っただろ。」
「遅いわ、ボケ。」
アマーシャとダルザは戦いながら、俺を見ずに言葉をかける。
それぞれ正反対の言葉だが、声には安堵の響きが感じられた。
俺はサーニャが無事なことをカルルの視界で確認した。
「行くぞ。」
カルルが声をかける。
衛兵達の顔には緊張と恐怖が浮かんでいた。
総崩れになった衛兵達を蹴散らし、俺達は邸宅の裏口にたどり着いた。
誰もいない。手はずでは、ネイサンの駆る馬車の迎えが待っている筈だった。
「迎え来るんちゃうんかい!」
ダルザが叫ぶ。
タイミングも悪く、足音と声が近付いてきた。
超覚が足音を判定する。重い装備品を着けているらしい響きと、訓練された一定の歩幅。間違いなく正式装備を付けた騎士のものだ。衛兵のようにはいかないだろう。
「まずいね。」
アマーシャの表情が曇る。
先頭に立つ一際目立つ鎧の男を見るや、ダルザが目を逸らす。
「あかん、知り合いや。」
「誰だい?金持ちそうな鎧だけど。」
「第二騎士団の千人長や。腕は結構立つ。」
「まったく…」
そのとき、何もない空間に忽然と馬車が浮かんだ。
転移ではない。元々存在していたものが急に認識された―認識阻害の呪で偽装していたのを解いたのだろう。
「待たせてすまん。」
ネイサンの言葉は相変わらず刃のようだった。
「シャレならんって!」
「伏せろ。」
ダルザの抗議をスルーしてネイサンが指示を出す。
その言葉にダルザもカルルも身を屈める。
「早く!」
アマーシャもサーニャの頭を掴んで姿勢を低くした。
馬車の荷台の横の幌が捲れ上がると、見慣れぬ機械が現れた。
槍か銛のようなものが切っ先を揃えて十数本並んでいる。
その様式は、現実世界のものとも、BiSiPでこれまで見てきたものとも違う異質さを備えていた。
カチリ、と音がする。空気が震える音と共に、次々と槍が打ち出された。姿勢を低くした俺達の頭上を越えて、追い迫る騎士団に。
悲鳴。金属がへしゃげる音。柔らかいものに硬いものが破壊する音。顔を向けたカルルの視界を通して、俺は想像通りの結果を確認した。槍に貫かれた肉塊と血煙のなか、なおも動く影がいくつかある。騎士と呼ばれる人間が怖れられるわけだ。
ネイサンの声が響く。
「乗れ!」
サーニャを荷台に押し込むと、俺達は次々荷台に飛び乗った。
すぐに馬車は走り出す。
後ろを見ると、追いすがる数人の騎士の先頭は先ほどの派手な鎧の男だった。しばらくは馬車に追いつかんばかりの速度だったが、じきに引き離され、姿が小さく、そして見えなくなる。
さすがの千人長とやらも追ってはこれないようだった。
追っ手が来ないのを確認すると、俺はカルルにさっきから気になっていることをうながす。
『聖霊様、あいつは…』
-わかってる。-
馬車の荷台から奇妙な装置で俺達を援護した人間は騎士の格好をしていた。
白と青の鎧。シャスの部族特有のトライバル模様の刺青。
モウラの街で出会ったミュウだった。
「奇遇だな。今度は証人じゃないのか?」
「小職は今、ドマ殿の紹介で、コーネリアス殿を手伝っておる。小職を詰問するより、貴殿らには他にすることがあるのではないか。」
相変わらず素っ気ない。だが、相変わらず的を得ていた。
俺はアマーシャを見る。
アマーシャが俺とダルザに目で合図してサーニャを見た。
彼女は憔悴しきっているように見える。
「カルルの知り合いの言うことももっともだ。だけど、あたし達は監禁生活から解放されたばかりの非戦闘員を尋問する趣味はないーまずは休みな。話はそれからだ。」
最後の一言以外はミュウに向けた言葉だ。当て付けとも取れるが、ミュウは動じた様子もない。
「着いたぞ。」
ネイサンの声がする。
行きの道中では、馬車の色や装飾は呪で偽装していた。帰りも同じだろう。着いた場所も皇都のはずれにある牧場の小屋だった。
「着いたよ。」
アマーシャがサーニャを優しく起こす。疲れて馬車の中で寝ていた彼女は目を覚まし、アマーシャに支えられて降りた。
小屋の中で全員が馬車から降りるとネイサンが指を鳴らした。馬車が光を放ち、溶けるように崩れだす。
「おい!」
「え?」
ダルザとアマーシャが同時に声をあげる。
数秒後、馬車はすっかり跡形もなく消え去った。
「もったいないが、機密保持のためだ。」
ネイサンが説明する。馬車とはいえ、認識阻害の呪が付された装甲に、ミュウが操っていた荷台の兵器など、特殊装備満載だ。相当な金がかかっているはずに違いない。
『キミツホジって何だ?』
―今回潜入したのは、皇族の屋敷だぜ。捜査も力が入るだろう。万が一のことだが、BiSiPで立場のある人間は特に身元が割れるのを嫌がるだろうな。―
『立場?』
ー皇都の旅館の店主とか、警護騎士団とかな。ー
『聖霊様。』
ー今度はなんだよ。ー
『BiSiPっていうことは、やっぱり聖霊様の世界があるのだな。』
ーノーコメントだ。ー
『ノーコメントって何だ?』
ーしつけぇよ!ー
「…で、そろそろ、ええかな。」
ダルザがワイングラスをテーブルに置いた。目線はサーニャに向いている。俺達はコーネリアスの表向きの顔である、酒場付きの食堂の一角でテーブルを囲んでいた。
食堂とは言うが、コーネリアスの趣味で内装は現実世界のフレンチレストランといったところだ。特に今いる特別室は、コーネリアスがダイバー達との会食に使ってるらしく、現実世界の意匠がそこかしこに見て取れる。
重厚なベロアのカーテン、細工の施されたダイニングチェア、豪華な模様のテーブルクロスが重厚な雰囲気を出している。
「あたし達はあんたの味方だ。現実世界にあんたを返してやりたい。だけど、祠に行く前に何か覚えてることがあれば話してほしい。」
「貴女が今の体に移されたときのことを教えてくれないか?」
アマーシャが念を押した。サーニャの救出劇では彼女が身を呈して護衛していた。彼女の言葉は影響力があるだろう。
それはもしかしたら、アマーシャの中の杉崎麗奈がもつ、大村由美への共感かもしれない。
「わかりました。でも…お役に立てるかどうかは…。この体の前に別の体にいたというのは何となくわかります。私の現実世界での名前が大村由美だってことも。BiSiPでは裕福な顧客向けの呉服商人で、名前はライザだったってことも。このサーニャは、BiSiPでは私の顧客でした。」
そこでサーニャこと大村由美は息をついた。
何かを話すのを躊躇ってるようだ。
「話さないと…ダメですよね?」
「当たり前や。何ゆうとんね。」
ダルザを
「現実世界の私は、早くに結婚して、子ども産んで…育児に追われて、お金もなくて…夜の仕事してたけど、それも歳と共に続けられなくなって…風俗嬢始めたのが2年前です。」
そこまで一気に喋って、サーニャはこちらを見た。この続きを聞く覚悟を問いかけてるようでもあった。
しばらく間を置いて彼女は話を続けた。
「子どもの父親は2歳の時に出てったきりで、連絡は取ってませんでした。彼は突然戻ってきて金をせびるようになりました。断ると暴力を奮われ、顔に大きな傷ができてしまいました。そのとき、ダイバーの仕事を聞いてダメ元で応募したら、適性検査に合格したんです。」
気が滅入る話だ。だが、今知りたいのは彼女が開拓者に体を移し変えられた経緯であって、身の上話ではない。
俺達が顔を見合わせると、彼女は話を続けた。
「こちらでは、私は上流階級向けの商店の経営者のライザとして生活しました。現実ではないことは分かってますが、地に足の着いた生活が新鮮で楽しかったんです。そのときの顧客の一人がサーニャの夫のラムザスでした。」
はて、なぜここで第三者であるラムザスという人物が、「夫」という肩書で出てくるのか。色恋に疎い俺でも気になった。俺と同じ直感をアマーシャも抱いたようだ。
「私は観測型でした。ライザを見守るだけだったのですが、存在は彼女に知覚されてたらしく、たまに相談に乗る程度のコミュニケーションはあったと思います。ライザからラムザスを好きになってしまったことを相談された時は…止めるべきだったと思います。」
「てことは…」
ダルザが促しかけると、遮るようにサーニャが続けた。
「はい、私は自分に正直になるよう彼女に伝えたのです。元々ラムザスは好色な男だったので、彼女はあっという間にラムザスと男女の関係になりました。逢瀬を重ね、ラムザスにライザが抱かれる度に私も自分の欲望が満たされるのを感じていました。」
「で、いつまで不倫ドラマみたいな告白聞かされるんだい?」
アマーシャもイライラしてきたようだ。
「あとちょっとです。サーニャが気付くのに時間はかからず、修羅場にもなりましたが、ライザは止めませんでした。やがて、ライザはサーニャに呼び出しを受けました。二人だけで話したい、と。」
「で、行ったんですね。」
ようやく本題に近づきつつあるようだ。
「はい、屋敷の脇の納屋でした。他の使用人は使いに出していったようで、屋敷の中が人気がなかったのを記憶しています。二人は案の定口論になりました。途中で不意に私の意識は途切れ―気づけばこのサーニャの中にいました。」
「結局覚えとらんのかい!」
突っ込むダルザと同じ気持ちだった。
「ですが、サーニャがこう言ったことは覚えています。」
「一応聞いとくよ。」
アマーシャも関心を失いつつあるようだ。
「はい、こうだったと思います。『あなたは悪霊に憑かれている。そのおかげで薄汚い泥棒猫になった。今からその悪霊を追い出してもらう。』」
俺達三人は再び顔を見合わせた。




