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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
3/37

面談

 体についていた各種の機器を取り外した俺は、いつもの通りマニュアル通りのストレッチを行った。

 ダイブの間に硬直した体の筋肉をほぐし、血行を良くするだけではなく、体を直に動かすことで現実世界の感覚に慣れる意味もある。


 ただでさえ、ダイブ後はBiSiPバイシップ内と現実世界の違いから過剰なベクションが発生しやすい。30年前のVR黎明期はVR酔いをもたらす「視覚誘導性自己移動感覚」として知られていた。五感がリンクしてるBiSiPバイシップでは、聴覚や触覚含めた全ての感覚器で認識障害が発生しうる。


 さらに、BiSiPバイシップ内でコマンドによる反応向上や肉体強化を行っていた場合は、現実世界との感覚との乖離幅はより大きくなる。

 鎧をつけたまま自動車なみのスピードでダッシュするようなことは現実世界では起こり得ないのだ。


「お帰りなさい、お疲れ様でした。」

 いつもの通り、労われてるのか馬鹿にされてるのかわからないメッセージが部屋のホログラムモニターに浮かび上がった。

 メッセージに続いて浮かんだのは今日の日付だ。


2046年8月18日。


 バイト先は盆休みがあるのだが、これを3日間のダイブで全部使ってしまったことになる。


 メディカルチェックとカウンセリングの時間と場所も表示された。すぐに行かなくてはいけないようだ。

 体がまだ重い。

 壁の手すりに捕まって移動を始めた。


 1時間のスポーツテストと1時間のメディカルチェックは、体育と病院が苦手だった俺には苦痛以外の何物でもない。

 改めて現実世界での俺は、単なる人並以下の体力の冴えない男だったと思い知った。


 一通りのメニューを終えると、シャワーを浴び、自動のコーヒーサーバーから出されるコーヒーを手に取った。

 黒い液体を一口すすると、現実世界に戻った実感がようやく沸いた。


 俺は、3ヶ月ほど前から、このダイバーという仕事を始めている。といってもバイトなので、ダイバーをやる日時は監理局との調整次第だ。俺の場合は、昼間のカフェのバイトもあるので、カフェのシフトのないときにダイバーをちょこちょことやっては小遣い稼ぎをしていた。今やこちらは重要な収入源だ。


 カウンセリングルームで沖津を待った。

 彼女は俺の担当のカウンセラーだ。

 未だに掴み所のない女だが、フリーターの俺を見下すようなこともなく、俺はいい印象を持っていた。


 カウンセリングというと、ダイバーの精神状態のケアをイメージするが実態は少し違う。ダイブ中の出来事について根掘り葉掘り訊かれる面談のようなものだ。


「村田さん、お待たせしてすいません。」

 ドアを開けた沖津絵里は適度な親しみとビジネスライクさを混ぜた声音で挨拶した。


 黒のパンツにフリルのついたブラウス、そしてその上に白衣を羽織った出で立ちだ。

 年の頃は30を越えたかどうかと見ていい。

 ブラウスを押し上げる胸に目がいってしまう。飛び抜けた美人ではないが、見る者に警戒心を与えない柔らかい笑顔に魅せられ、言い寄る男は多いのではないだろうか。


 彼女は座ると俺の仮想空間内での行動記録を呼び出した。

 俺が数時間前までダイブしていた「カルル」は、ただのシミュレーション空間上のオブジェクトとして表示されている。


 他の自律型プログラムに向けて弓らしきものを向けていた。放たれる矢が、そのオブジェクトに命中した。

 彼の狩りは順調なようだった。

 宴の様子を見れなかったことが悔やまれる。


「さてさて、今回のカルルくんライフは…と」


 沖津は、器用な手つきで空間に浮かんだホロアイコンをタッチしながら俺のダイブの記録を呼び出す。

 仮想空間内での位置情報をトレースした軌跡が、地図上の線として表示された。


 ダイバーの仕事は、仮想空間に精巧にシミュレーションされた世界内の自律型プログラムと思考を同期し、プログラムの目線で仮想空間内の生活を体験し、記録することだ。


 基本的には、俺の脳に直結した感覚同期デバイスのログを拾って解析すれば、位置情報だけでなく見聞きした全ての情報を再現することもできる。面談で俺から情報を得る必要もないはずだ。

 未だに俺は、監理局が対面式のカウンセリングを行う意義を図りかねていた。


 なお、仮想空間内の自律型プログラム――カルルのような知的種族――にダイブし、感覚を同期させる程度はダイバーに任せられている。対象の自律型プログラムの中に潜んでじっと行動を観察するだけでもいいし、プログラムの制御をダイバーが完全に奪ってしまってもいい。

 つまりは何もせずにだらだら仮想空間で時間をつぶすだけでもいいことになる。


 俺の場合はかなり特殊で、ダイブしたプログラムと共存関係を築くパターンである。


 「共存型」と言うらしい。


 自分の存在をある程度明かし、時には相手に制御を渡し、時には自分が制御して現地の知的種族になって行動する。

 ダイブした相手とコミュニケーションによって協力関係を築かなければいけないので、難易度の高い方法だった。


 今この仮想空間には、100名以上のダイバーが入れ替わり立ち替わりダイブしてるらしいが、俺のような共存型は10名ちょっとだと聞いたことがある。


「えーと、この行き先は……水の谷、つまり危険地帯ですね。他の自律型プログラムの同行はなし、単独でこんなとこに行っちゃったんですね。」


「それはですね……」


 俺はカルルの狩りの単独行やその理由について説明した。

 沖津はふんふん頷いて聞きながら、何やらホロアイコンとヴァーチャルキーボードで入力している。

 話の途中でキーボードを打つ手が止まった。こちらを向く顔に強い今までと違う表情が浮かんでいる。

 好奇心だ。

 まずい、また彼女のツボを刺激してしまったかもしれない。


 彼女が食いついたのは、集落の求婚の習慣だった。

 口調からビジネスライクさが消える。


「なるほど、ジクリアくん、ミヤリちゃんの気を引くために狩りにいったか。あ、いや、プロポーズか。」


 俺は、言葉に気をつけて補足する。


「そういう風習みたいですよ。そういうときだけ一人で狩りにいくそうです。もっとも、プロポーズしてたか見てませんが。」


「なんか、いい! そういうの、いい!」


 急に沖津はテンションが上がる。


「そんで、対抗するためには代理を立てないといけない、か。女性には自分で決定権がない、ってことだね。そんでもって、代理ってのは、男尊女卑の建前を維持しつつ、無理矢理結婚させられないためのシステムなんだね、うんうん。」


 一人でしゃべって一人で納得する。

 

 沖津は本来は文化人類学の研究者が本業だそうだ。カウンセラーは監理局から与えられた「業務」らしい。だが、この反応は文化人類学の学術上の興味ではない。


 20年以上前に存在した言葉でいえば、「萌え」という奴だ。

 カルルのルックスは勿論のこと、寡黙さや不器用さが好みらしい。それ以上に彼女の興味を引いているのは、カルルとミヤリの関係性だ。

 沖津から見れば禁断物のメロドラマそのものの展開らしく、少しでも話がここに関係するや否や猛烈な質問責めにあう。


「それでミヤリちゃんのために、危険な狩りにいって見事ジクリア以上の成果を挙げて、今度はカルルくんがミヤリちゃんにプロポーズ、と…」


「あ、いやそれ、おもいっきり違ってますよ。」


とりあえずツッコミを入れる。


「そっか、では、カルルくんに差をつけられたジクリアくんはミヤリちゃんをモノにせんと夜這いして、かけつけたカルルくんと一騎討ち…」


「いや、それも違いますって。てか、益々違う方向にいってません?」


 今回は余程ツボにはまったようで、沖津の暴走が止まらない。


「ああー、たまんねーっす。異母妹を強引なプロポーズから守る、という建前の裏にはカルルくんのミヤリちゃんの気持ちに応えたい感情がああっ、そして…。」


「ちょ …わざとでしょ、沖津さん…。さっきも軽く説明したけど、カルルはまだ迷ってるっていうか、煮え切らない感じなんで。たぶんすぐに行動しないですよ、あいつは。」


 沖津はようやくこちら側に戻ってきたようだった。


「あ、…っとすいません。そうでしたね。」


 口調も元にもどる。


「でも…すごいですね。」


 思い出したように続ける。


「何がですか?」


 その口調に俺は少し不安を覚えた。


「他のダイバーさんではあんまり見られない現象ですよね。相互コミュニケーションによってここまで情報引き出す人は、共存型のダイバーさんでもあまりいないですね。」


「はあ、そうなんですかね」


 やはりそうきたか。

 俺の不安は沖津の言葉で現実になった。


「……何かカルルくんのこと話す村田さん、親友のこと話すみたいですよね。」


 俺も少ししゃべりすぎたかもしれない。

 プログラムにダイブすることで過度の感情移入を起こし、現実とダイブした異世界の区別がなくなる――統合失調症の一種である自己環境認識障害――とみなされてしまうと、最悪ダイバーとしての資格を失うおそれもあった。


「……」


 言葉が出なくなる。


「いきいき、しゃべりますよね。カルルくんのこととか」


「……まあ……ダイブしたプログラムの行動特性とか、その成立要因を知ることは大事ですしね。」


 沖津が俺の目を覗きこむ。

 俺も相手の目を凝視した。


「マニュアル読んどいて下さいね。監理局としても、ダイバーの精神疾患で不祥事とか起こってマスコミに叩かれるとか、そういうのカンベンですしね。」


 沖津は暗に俺に警告しているのだ。

 彼女の立場上無理もない。

 ダイバーが集められた当初は感覚同期デバイスの感度が高すぎて脳が負荷に耐えられず、事故が多発したらしい。ダイブ後に昏睡状態になったり、廃人になったケースもあるらしい。


 マスメディアには格好の餌食だろう。

 つまり、監理局としては、リスクヘッジのためには精神疾患の兆候のあるダイバーを見つけ次第排除するしかない。俺もその兆候が出たらバイトをお払い箱ということになる。


 沖津はカルルやミヤリの関係に萌える振りを見せつつ、俺の言動を観察していたに違いない……職業なのだろうが沖津も食えない人間だった。


「一旦休憩にしよっか。BiSiPバイシッププロジェクトも結構注目されちゃってるし、気をつけて下さいね」


 彼女も確信を持っている訳ではないが、俺がダイブ対象のプログラムに過度に感情移入して、仮想空間内の異世界にこそ居場所を見出だしてると疑っている。


 とはいえ、今すぐに俺を排除すれば、ただでさえ人手不足のダイバーの供給に影響する。とりわけ俺は数の少ない共存型なので尚更だ。あまり彼女の注意を引きすぎなければ、無事にこのバイトを続けられるはずだ。


 ここで、BiSiPバイシップについても説明したほうがいいだろう。


 元々このプロジェクト――Biosphere Simulation Project《バイオスフィア シミュレーション プロジェクト》、略してBiSiPバイシップとも呼ばれる――は、俺のようなパートタイムのダイバーをたくさん雇い入れ、高額のバイト代を支払って、この仮想空間上の世界にシミュレーションされる生態系の観察と記録を行っている。


 本来、複数の大手企業と政府の出資も入った大事業だそうだ。完成したばかりの量子コンピュータの計算能力と原子メモリ技術を最大限生かすために暇人が考案したらしい。

 仮想空間上に地形や自然現象を再現しただけではあきたらず、BiSiPバイシップでは生命活動をシミュレートしたプログラムが用意された。これを「Phase 1」としておこう。


当初は、自然環境の異なる惑星の生態系を構築して生物発生の可能性を探る、といったアカデミックな用途でプロジェクトはスタートした。

 が、すぐに予算に行き詰まってしまったらしい。


スポンサー集めのためにBiSiPバイシップはコンセプトを変えざるうぃ得なかった。限定された範囲で仮想世界内部での実験を請け負うようになったのだ。


 現実世界では予算や環境への負荷で不可能なことも仮想世界では誰も咎めない。IT産業だけでなく、仮想世界で核兵器や化学兵器の実験を行いたくて仕方ない軍需産業やインフラ産業が名乗りを上げた。


 こうして得た潤沢な資金を元に、「Phase 2」でさらに高度なモジュールが実装されることになる。

 シミュレーション環境内での生命体の進化に応じて、感覚器や個々の思考ルーチン、それぞれの個体の記憶領域までもが用意された。さらには繁殖によって自己の情報の一部を複製することも可能であった。突然変異と優性遺伝までもがルーチンに組み込まれ、BiSiPバイシップは真に世界をシミュレートできるプロジェクトになったのだ。


 一方で、生命プログラムの進化で知的生物と呼べる物が現れ出すと、マスメディアを通じてBiSiPバイシップ内の世界が紹介され始める。俺がカルルの身体を通して見るような様々な危険生物の奇妙な生態と相まって、それは世間の関心を呼んだ。


 これには、スポンサー企業の行き過ぎた実験を自粛させるという副次的な効果もついてきた。

 監理局はBiSiPバイシップ内に細菌兵器をばら撒けとか、大災害を起こせといった要求を捌く悩みから解放されたことになる。今では、大きな環境変化は全スポンサーの過半数決議による承認が必要になっている。


 最後に更なる転機が訪れた。

「Phase 3」では、仮想空間内の生物の視覚だけでなく全感覚を同期する、もしくは仮想空間内の生物の行動を直接制御することが可能になったのだ。

 勿論これ自体が新しい出資者のゲーム・アミューズメント業界の強い意向を反映させたと言えなくはない。


 かくして仮想空間内の生物(として行動するプログラム)と感覚を同期させ、一定期間仮想空間内の生物と行動を共にする試み「ダイブ」とそれに参加する「ダイバー」が必要とされる時代がやってきたのである。


 以上が、俺が監理局から受けた研修にネットの噂や報道を混ぜた理解である。


 ダイブが始まった当初は、あまりに感覚同期デバイスの感度が高すぎて脳が負荷に耐えられなかったり、ダイブ終了後に昏睡状態に陥る、といった問題が一部のダイバーに出たときいている。

 労災だとかの配慮というやつでダイビング後のカウンセリングが義務付けられるようになったのは去年の話だ。


 休憩を挟んで戻ってきた沖津は、少し様子が違っていた。

「はい、続きを始めますね。危険地帯のことなんですが……」

 質問の傾向が変わった。気味が悪い。てっきりカルルとミヤリのことを訊かれると思っていた。


 俺は、訊かれるがまま、「水の谷」特有の自然と生態系――水のように濃密な大気と、そこを泳ぐように移動する海洋生物に似た危険生物たち――について知る限りのことを話す。


 適応障害を起こしてると思われないように、なるべくカルルへの感情移入と取られるコメントは避けた。

 集落の狩人はあくまで自律型プログラム、そう自分に言い聞かせながら説明する。


 沖津はバーチャルキーボードで何か入力すると、次の質問に移った。

「じゃあ、次はあちらでいうコマンドでお話させてください。前の面談では、新しいコマンドの取得を準備中……でしたよね?」

「はい、まあ。結局は危険地帯行きの直前に何とか使えるようになった感じです。」

「なるほどなるほど……と。」


 先ほどあれほどカルルとミヤリのネタではしゃいでたのが嘘のような感じだ。気のせいか沖津もつまらなそうな、なんというか、やっつけ感が漂っている。

 少し考えて思い至ったのは、カウンセリング自体が別室で監視対象になっていることだ。休憩中に沖津は上役に注意でもされたのかもしれない。俺としては、沖津が本来の仕事に集中してカウンセリングが早く終わるのならむしろ歓迎だ。


 だが、監理局の連中も一人のダイバーのカウンセリングをモニターするとは、よほど暇なのだろうか。


「今回は現地で他のコマンドを見ました?」


「集落の門でうっかりカルルが開門のときに真名を忘れて、門の防衛機構みたいなものが動き出しました。最後まで発動しませんでしたが。」


「じゃあ、コマンド仕込んだのは誰なんですかね?氏族長の女性とか?」


「ヴィナは許諾者ライセンサーですが、彼女だけでは無理ですね。集落中のコマンド使いを集めて数日がかりで仕込んだようですよ。」


 毎回カウンセリングではコマンドのことを色々き質問される。誰がどんなコマンドを使ったか、効果はどうだったか。


 BiSiPバイシップ内の世界では、あらゆる物理法則は物理エンジンの演算で制御されている。コマンドはこれを上書きする形で効果を発動させる存在だ。

 つまり、コマンドは現地では一種の魔法のような特殊能力扱いだが、監理局にとってはコマンドBiSiPバイシップの物理演算のバグにあたるかもしれないということになる。


 もしそうなら、プロジェクトにとっては大きな問題だ。

 スポンサーの出資にも影響するだろう。

 沖津は口に出さないが、監理局の関心の高い理由を、俺はそう踏んでいた。


 だったらさっさとバグを修正すればいい話なのだが、俺としては監理局がコマンドの扱いに慎重なのは好都合だった。 

 BiSiPバイシップ内で身体強化によって得られる感覚は、現実世界で味わえるものではない。


 もう一つ監理局が関心を寄せる理由があった。

 ダイバーのコマンドへの適性の高さだ。

 コマンドを使える人間プログラムは、BiSiPバイシップ内でも多くない。一定の適性が必要なうえ、発動には実用性を損なうレベルで準備時間が通常だ。


 先のダイブで俺がカルルの体に発動させた「反応向上クロックアップ」は、コマンドの体系の中では「第一の門」に相当する初歩のものであることが分かっている。

 初歩とはいうものの、このレベルのコマンドを発動する場合でも現地の人間は半時間ほどかけて儀式を行うものらしい。

 十数秒で発動時間を持つ者は集落で俺の他にいない。

 他のダイバーにも同じ適性を持つものは多く、これも監理局の興味を引いていた。


「どういう進化したら物理法則に干渉できちゃうのか毎回不思議なんですが、これは継続観察が必要ですね。」


「まあ、俺もまだ詳しくは分かんないですが、「第二の門」はちょっと使えるかやってみます。今は許諾ライセンスを申請中なんで。」


「火の玉ドバーッとか、雷でビリビリとか、早くできる人出てこないかしらね。時間かかりそう。」


 ふと砕けた口調で沖津は言って、しまったとばかりに舌を出した。どうやら上役に言われて続けていた我慢も限界のようだ。


「また、そんな無茶苦茶困りますよ。ゲームじゃないすから。」


 ツッコミを入れながら、俺は何故か少しホッとしていた。

 沖津はこのほうが似合う気がする。


 俺の知る限り、BiSiPバイシップ内では「第二の門」は武器や鎧の性質に干渉するコマンドが中心だった。

 ただし、効果範囲は直接接触するものに限られている。


 「火の玉ドバーッ」は更に先のレベルの「第三の門」にあるらしいが、発動時間の問題で実際に使う人間はあまり集落にはいない。火矢や爆発物のほうが手っ取いと考えるのは自然の成り行きだろう。


 この質問が最後だったらしい。


「本日はこれで終わりですが、何か他に聞いておきたいことはありますか?」


 沖津はバーチャルキーボードをしまうと、事務的にきいた。


 俺は早く終わらせたかった。

 今日も飲食店でバイトなのだ。

 それまでにできれば一眠りしたかった。


 カフェと言えばカッコよく聞こえるが、昼はランチで、午後はコーヒーとケーキで、そして夜はアルコールと簡単な料理で稼ぐ居酒屋に毛の生えたようなものだった。

拘束時間の長くなりがちな飲食業界では貴重な「ユルめの」店で、俺みたいにダイバーと掛け持ちするにはもってこいの店だ。


ダイブのバイトは金もいいし長期間のダイビングの場合は食事代も気にしなくていいので結構だが、堅い仕事とは言えない。

 飲食業界はキツいし、給料もいいとは言えないが、安定収入は有り難かった。

 正社員が狙えるかもしれない。

 どっちを優先するかは明白だった。――これまでの俺ならば。


「じゃ、次も宜しくお願いしますね。」


「あ、勿論です。こちらこそお願いします。」


 ようやく解放される。


「あ、それと…」


 まだあるのか。早くしてほしい。


「次はもう少し長くお願いするかもしれないです。調整つきますか?」


「どれくらいですか?店長とも話さないとなんで。」


 嫌な予感がした。


「3週間とか…あ、2週間でも。」


 俺の顔が変わったのを見て沖津は条件を下げてきた。


「考えておきます。」


 俺はそういって部屋を退出した。

 即答しなかったが、俺はどう返事するか分かっていた。


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