潜入
「ぶっはー。むっちゃ旨い。」
ダルザがジョッキを置いた。顔は赤くなっている。
俺たちは「緑の園」の酒場でテーブルを囲んでいた。
「大丈夫ですかあ?」
チビチビとビールを啜っていた俺は、思わず声に出してきく。
「まだまだ何杯でもイケるって。俺を誰や思とんねん。」
「いや、そうじゃなくって…」
「そんなにリラックスして大丈夫かってことだよ。」
俺の言いたかったことをアマーシャが補足する。
「皇都に着いたからって安心できないんだよ。大体、次の消失者の手掛かりもわからないんだからね。」
「分かってまんがな。どーんと任しとき。」
一瞬の沈黙。ダルザはアマーシャと俺の視線に気付いて話し出した。
「警護騎士には情報網があんね。明日はそこにいく。」
「え、そうなんですか?」
「誰なんだい。あたしも聞いてないけど。」
ダルザは黙ってジョッキを飲み干した。
「企業秘密ってやつや。」
「お客人。」
後ろから声がした。
振り向く時にダルザもアマーシャも武器に手をかけていたのはさすがと言うべきだろう。
「何や」
「なんだい。」
ほぼ同時に答えた二人の言葉には、先程までの談笑とは異なる、刃のような冷たさと鋭さを含んでいた。
声の主は、白髪混じりの体格のよい壮年の男だ。こちらの言葉に動じた様子はない。オールバックに仕立てのよい身なりをしているが、腕に覚えのありそうな戦士であることはすぐに分かった。
『聖霊様、只者ではないぞ。』
ーああ。ー
「邪魔して申し訳ありませんが、こちらへ。主がお客人に一杯振る舞いたいそうです。見れば遠方より冒険を経て来られたご様子。旅の話などお聞きするのが楽しみでございましてな。」
俺たちは顔を見合わせた。沖津の言葉を思い出す。
「有り難く受けとくよ。」
アマーシャの言葉に俺達は頷いた。
通されたのは、酒場の別室だった。
調度品の品の良さにどこか現実世界の影響を感じる。
席には白いスーツを着た優男が革張りのソファに座って待っていた。脚を組んで頬杖をつきながらこちらを値踏みするように見ている。こちらを見ると芝居がかった仕草で両腕を広げた。
「こんばんは。いや、はじめまして、かな。「緑の園」の主のコーネリアスと言います。」
「お招きどうも。」
アマーシャが警戒心を隠さず挨拶した。
「警護騎士に自警団、ミサンナの狩人、ねえ…。面白い取り合わせだ、今回の優先任務では特に。」
「何者じゃ、ワレ。」
凄むダルザを俺は慌てて静止した。
「待って。もう少し確認しましょう。あなた方は誰に頼まれて俺達に声をかけたんです?」
「察しがいいね。カルル君。いや、村田君か。沖津さんだよ。」
「いや、沖津さんの名前は奴らも知ったはずだ。沖津さんとあんたの組織、所属を教えてくれないか。」
「これは失礼。君達が連中に一杯食わされたのを忘れてたよ。だが、慎重になるのは好ましいことだ。私は監理局保全部一課の高橋だ。君達を案内したのが私と同じ所属の田中だ。監理局管理部二課の沖津主任の依頼で君達のサポートを行うことになった。宜しく。」
最初の一言でダルザの顔が怒りに赤くなったが、アマーシャが無言で静止する。
「それで、サポートって言うからには、何かあるのかい?新しい情報とか、武器とか。」
アマーシャがストレートに尋ねた。
「今のところ若干の情報だけだよ。」
「偉そうにイチビりな登場しといて、「若干」なんかい!」
ダルザのツッコミももっともだ。
「まあ、聞いて損はないよ。まず、敵の素性だが、一種の結社だね。リーダー格の一人がシャルナと名乗る少年。彼はしばらく前に突然現れて、仲間を集め、ダイバーを標的に人格を別のプログラムに移し替える実験を繰り返している。彼らは自らを先駆者と呼んでるらしい。君達の行為は彼らの実験を邪魔するものに見えるんだろうね。水谷ツバキを魔獣に移し替えた際には、安全装置として転送の呪を仕込んでいたせいで祠の存在を知るに至った。…ここまではいいね?」
俺達は沈黙した。
「あたしらのせいで相手に余計な情報を与えた。そう言いたいのかい?」
「いや、あれは不可抗力だったと思うよ。私は、祠での出来事の前から彼らに注目していた。一昨日あたりからこの皇都で彼らの行動が活発化していることを伝えたほうがいいだろう。」
「何が根拠なんですか?」
「彼らの表の顔は呪の学術研究だ。皇族の一人が運営する騎士団直轄の結社が皇都にある。」
「皇族?」
「そう。レプソリア・ヴィデルクという前皇帝の末子の息子だ。直系ではないので皇族間の権力争いからは距離を置いてビジネスに精を出すことにしたんだろう。呪の研究が活発化してる御時世を反映したともいえる。」
「皇族ってのは勘弁やな。警護騎士団では手が出せへん。」
「調査できないってことかい?」
ダルザのぼやきにアマーシャが質問を被せた。
「ああ、皇族には不逮捕特権があんね。それは親衛騎士団の管轄や。下手したら首が飛ぶで。」
「我々も分かってるよ。だから提案としては強襲になる。」
俺達は目を丸くした。
翌日の夜中、俺達は着替えてレプソリアとかいう皇族の所有する邸宅の庭に潜んでいた。既にコーネリアスこと高橋が邸宅の警備状況を調べていた。ここまでは田中―ネイサンというのがプログラムの名前らしい-の運転する馬車の送り付きだ。邸宅の裏にある庭園の裏口近くで荷台から飛び下り、潜入してしばらく待つ。
見張りの配置や巡回ルートが情報通りであることを確認しながら庭園の中を物陰伝いに進んで研究施設に注意深く進んでいた。
途中、何ヵ所かで呪罠を確認したが、これも解除コードをコーネリアスから入手していたおかげで難なく解除する。
庭園を越える辺り、邸宅の裏口に差し掛かると、最後の関門が現れる。「樹木の番人」だ。文字通り樹木に呪をかけて改良したものが門の両脇に設置されていた。近くを通る者には例外なくツルが伸びて締め付けられるようになっていた。無事に通り抜けるには解除用の呪と自身の名前を組み合わせて発音しなければいけない。木を破壊するなどの実力行使をすれば、警報が鳴り響くようになっている。
ミサンナの集落の門の仕掛けと原理は同じだ。つまり、予め登録された人間以外は通れない。―俺達以外は。
伸びてきたツルをダルザと俺は切り払った。その隙にアマーシャが木の脇を走り抜ける。三人ともここに入る以前にありったけの身体強化系の呪をかけていた。ツルはあっという間に再生し、再び伸びて侵入者に巻き付こうと迫る。
俺は猛スピードで迫るそれを、一振りで切り落とした。
ダルザが次に通り抜ける。
尚も伸びるツルを何度も切り払う。再生するたびに、ツル自体の強度とスピードも上がっているようだ。ここらが限界だろう。
―カルル!―
『ああ。』
俺は主導権をカルルに渡す。
円舞闘術の構えに入ったカルルは、反時計回りに右籠手でツルを切り払い、その動きをバネにして、錐もみ状に回転しながら前方に頭からジャンプする。攻撃と移動を同時に行う突進型の奥義―飛翔回転斬だ。切り払われたツルの欠片が一瞬遅れて次々と地面に落ちた。
空中で体勢を直しながら着地する。
「やるやん。格闘ゲームみたいやで。ドリルジャンプと名付けたるわ。」
ダルザがドヤ顔でいう。
「そんな恥ずかしい名前、却下ですよ。」
カルルから主導権を戻された俺がいった。
「二人とも、こっから本番だよ。」
アマーシャの言葉に頷いた。
―大丈夫かな。―
『何がだ、聖霊様。』
―なんか、いつも連中には先手を取られてたしな。―
『確かにそうだ。』
―罠とか、そういうオチはないよな。―
『今さらだぞ。』
―まあ、そうなんだけどな。―
どこか不安は拭えない。おそらく他の二人もそうだろう。だが、他に方法も手掛かりもないのは確かだ。
俺達は壮麗な邸宅の裏口にいた。ダルザがピックで鍵穴をこじ開ける。
パスコード入力以外の呪発動を探知する探知機が邸内にはあるらしく、「アンロック」の呪は使えない。
「盗賊のスキルだよね、それ。」
「痛いとこ突くな、姐さんは。捜査上の必須スキルや。」
ダルザはドヤ顔を決めてドアを開ける。廊下のようだ。
皇族の邸宅だけあって、邸内の調度品や内装も豪華なものだった。目的は地下室だ。
程なく地下室への入り口を見つける。
ダルザが横に立つ衛兵に後ろから忍び寄り、首に腕を巻き付ける。柔道の技で絞め落とされた衛兵を近くの空き部屋に押し込んだ。衛兵の交代時間には侵入は発見されるだろう。
地下室を降りた俺達の目には入ったのは、皇族の邸宅には凡そ相応しくない光景だった。
実験施設らしい部屋と、鉄格子の独房。ここが「開拓者」の拠点であることは疑いようがない。
独房のいくつかには人影が見える。
近づいて観察する。成人男性らしい人影は座り込んで壁に向かって何かを呟いていた。隣の独房では中年の女が両手をだらりと下げたまま立ちすくんでいた。こちらを見る目には生気がない。ここで行われていたであろう実験の結果だろうか。
「酷いことするじゃないか。」
「こいつらみんな、魂抜かれてもうたんかい。」
俺は少し考えて言った。
「いや、多分その逆じゃないですか?転生、人格転移…色々な呼び方があるけど、開拓者の連中って、ダイバーを狙って人格を移し替えたんでしょ。この人達は、移される器のほうかもしれません。」
そこまで口にして気づいた。しかし口に出したのはアマーシャだった。
「てことは、誰か消失者がいるかもしれないってことかい。」
「せやな…悪いが、全員は今すぐには連れていけへん。この中におったら探してやらんと。」
「そうですね。」
「ここです!」
第四の声がした。俺達の話し声が聞こえたのだろうか。
慌てて声のした独房に向かう。
声の主は、独房にいた成人女性だった。
身なりはいい。服装からみて中流以上の商人階級だろうか。
アマーシャが慎重に尋ねた。
「あんたは?」
「あなたたち…ダイバーですよね?助けてください!」
会話が噛み合わない。相当焦ってるようだ。
「だから、あんたの名前は?」
「大村…由美です。」
俺達は顔を見合わせた。ビンゴだ。
「名前聞いてるで。」
「早く脱出しましょう。」
「良かった!ありがとうございます!」
大村の顔がパッと輝いた。
「何て呼べばいい?」
「え?」
「名前だよ。」
「あ…えっと…このプログラムはサーニャと呼ばれてるようです。でも…知ってますよね?あたしがホントは別のプログラムにダイブしてたこと。今のところ抑え込んでますけど、サーニャの人格はあたしと折り合い悪くて…。」
「なるほどね。取り敢えず解錠するから待って。あと…二人とも、用意はいいかい?」
この解錠は呪を使わないと難しい。それは、探知機に探知されることを意味していた。
俺は頷き、ダルザは親指を立てる。
アマーシャは両手をドアの鍵にあてた。浮かぶ呪印。程なくドアは音を立てて開いた。
警報が鳴り響く。
俺達四人は来た道を走り出した。サーニャこと大村は、思ったより元気なようで、俺やダルザの走る速度に何とかついてきている。警報を聞いた衛兵が来るまでどれくらいあるだろうか。
「止まって。」
アマーシャの声に緊張感が含まれていた。左手でサーニャを制し、右手に呪印を浮かべる。
前方の床に呼応するように呪印が浮かんで消えた。設置型の呪罠だ。
来たときにはなかった。今しがた何者かが設置したのだ。
術者も近くにいるはずだ。
一番近くにいた俺が横殴りに右手を振る。何もないと思われた空間に気配を感じたのだ。その刃は硬い音と共に目に見えない何かに受け止められて止まる。
「あーあ、ばれちゃったか。」
間延びした声と共に、目の前の空間に男の姿が現れる。
日焼けした顔にボサボサの長髪を後ろでまとめた風貌は、凡そ呪使いに相応しくない。
右籠手の刃を受け止めていたのは、男の手甲だったことが分かる。透明化―「インビジブル」の呪だ。
「今ので一人は片付ける予定だったんだけどな。」
「甘いんちゃうかあ?」
ダルザが短剣を構える。
俺は遮るように前に出た。
「先に行って下さい!こいつ、時間稼ぎです!」
男が嫌そうな顔をする。
アマーシャも気づいたようだ。
「行くよ!…5分待つからね!」
最後は俺に向けた言葉だ。殿を務める俺を待つつもりらしい。
「甘いのはお前さんだったな。」
男が右手を付きだす。右手にも手甲が嵌められていた。
「焼き尽くせ、ナパームストーム!」
呪印と共に男が叫ぶ。
周囲の温度が一気に上がり、炎の嵐が押し寄せた。
辺りは瞬く間に紅蓮の炎に包まれた。
床や壁は溶け、調度品の壺や窓ガラスが割れる。
中心にいれば即死は免れなかったかもしれない。
呪の効果範囲から一瞬早く出れたのは半分は幸運、半分は飛翔回転斬のおかげだ。相手の呪印を見た瞬間、俺は先程見たカルルの技を使い、廊下の後方に飛び退いたのだ。
炎が引いた後に立つ俺を見て、男の顔が変わる。
「やるじゃねえの。」
この男は「第三の門」に属する呪をこともなしに使った。つまり、シャルナと同クラスの呪使いだ。
だが、俺は違和感を感じていた。こいつにはシャルナのような危険は感じない。何かの手段で自分の能力を底上げしているー直感的に俺はそう感じた。呪の発動に際して呪の名前を叫んだのも、手甲に呪印が浮かんだのもそれを裏付けている。
だが、それだけではない。
同じ底上げを行った俺には分かる。
―カルル、代わるぞ。―
『聖霊様、あれをやるのか?いきなり?』
カルルは躊躇したものの、俺と素直に交代した。
「二度のまぐれはねえと思いなよ。」
男の両の手甲が光を帯びた。




