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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
25/37

送還

 シャルナの左手から放たれた電撃は、間一髪で外れて頭の脇の空気を焼きながら過ぎていった。


 正確には、シャルナの右足に命中した矢の衝撃で狙いが狂った、と言うべきだろう。それはカルルの左籠手の盾の裏にある単発式のボウガンから発射されていた。

 ボウガン発射の反動でカルルの体が後ろにずれたのも幸いしたようだ。


 発射の引き金を引いたのはカルルではなく俺だった。


 カルルの右籠手が障壁によって防がれた際に、俺は反撃を予期していた。左手の一部の神経に強制介入し、盾の裏の引き金を引いたのだ。


 ダイバーが持つ、プログラムへの強制介入権限。

 支配型のダイバーはこの権限によってプログラムを強制コントロールするが、俺のような共存型のダイバーでは禁じ手だ。


 理由は簡単で、意識や知能、感情を持つプログラムを押さえ込んで身体制御を奪うことは、多くの場合屈辱や苦痛といったネガティブな反応を生むからである。


 だが、カルルの命には代えられない。

 とりあえず急いで左手の神経を掌握して矢を放ったが、牽制効果しか考えてなかったので狙いは正直適当だ。シャルナの右足に命中したのは幸運でしかない。


-悪い、だが仕方なかった-


身体再構築リビルド」で体を修復しながら急いで謝る。


『助かった……だが、気持ちいいものではない』


 カルルは思ったほど怒ってはいないようだ。

 そのとき、声が脳裏に響いた。


<ちょっと、今の危なかったんじゃない?>


 報鈴アクノレッジ・ベルを通して流れてきたのは聞き慣れた声、しかし本来聞こえるはずのない声だった。アマーシャではなく、沖津の声だ。


「な?」


 思わずカルルが驚きを口に出す。


<あ、ごめーん。どのまま聞いて。宮崎さんにお願いして繋げてもらったの。規則違反だけど、ここって監理局の管轄下だからオブジェクトの書き換えが出来るみたい>


 ほこらは元々監理局がBiSiPバイシップを直接管理するために設けた施設だ。何らかの手段で報鈴アクノレッジ・ベルの通信に介入したのだろう。


<今から援護の物資を送ります。短い時間しかオブジェクトを維持できないけど、仙田さんなら使えるはず。場所は彼のすぐ左そばの引き出しの中。それで現状何とかして。じゃ、頑張ってね。>


 何が何だかわからないが、援護してもらえるらしい。

 仙田ことダルザを見ると、表情で同じ沖津のメッセージが伝わってることが分かる。


<おっしゃ、行くで!>

<時間稼ぐよ!>


 一瞬置いて、ダルザとアマーシャの声が報鈴アクノレッジ・ベルを通して響く。彼らにも沖津の声が届いていたのだろう。

 ダルザが物資とやらを取りに行く間、アマーシャと俺達で援護する必要がある。


 アマーシャをみる。彼女は両端に刃の付いた槍のような武器でベクトと対峙していた。体のところどころに傷が付いている。


「きっ、きっ、綺麗……解体……する……」


 ベクトの腹の顔が舌舐めずりをしながら呟く。アマーシャの身体に傷をつけたことで嗜虐的な興味を刺激されたらしかった。

 アマーシャの戦闘能力は想定以上に高かったが、コマンドのほうが得意な彼女にはベクトは不利な相手のようだ。


 ダルザは眼前のミーユの頭部に右足で蹴りを放つ。

 四本の腕で防御するミーユ。蹴りと見せかけた右足は軌道を変え、一歩前に置かれて軸足となった。タイミングをはずされたミーユの足を狙って左足の前蹴りが飛ぶ。


 ミーユは体勢を崩し、膝を地面についた。四本腕がバランスを取りにくいことも見切った上での攻撃だろう。次の攻撃を警戒して受け身をとる。


 だがダルザは、次の攻撃に移ると見せかけて、踵を返して近くの机に走った。沖津の指定した机だ。


「奴ら、何かするつもりだ。頼んだよ」


 シャルナの声が跳ぶ。


 体勢を直したミーユがダルザを追おうとする。

 カルルはその前に割り込んだ。


 しゃがむと、細い男の左腕が床に手をつく。呪印コマンド・サインが浮かぶと、爆破音と共に何かが床を伝って向かってきた。「接触爆破ハンディボム」の応用、「接触爆風ハンディブラスト」だ。


 威力は「接触爆破ハンディボム」より小さいものの、直撃は避けたい。

 ジャンプで避けたカルルの動きは読まれていた。

 残る腕でファイティングポーズをとって突っ込んでくる。


 腕の多さを利用した連続攻撃がくるだろう。

 体重を支える場所のない空中で全部受けきれるだろうか。


 カルルはその事態すら見越していたようだ。

 最初にカルルは蹴りを先制で出したのだ。虚を突く蹴りに防御に回らざるを得ず、ミーユは左腕でブロックした。

 細い男の右腕が刃物の煌めきとともに繰り出されるも左籠手で捌く。


 双方位置を入れ替えて着地する。

 本命は互いに次の右手の一撃だ。ミーユとカルルの右手がお互いの頭部を狙う。互いの利き手が身体ごと交錯した。


 肉を切るくぐもった音が響き、カルルとミーユは再び互いの位置を入れ替えて向かい合った。カルルの一撃も掠めた程度だ。

 さらに、頭部を狙って外れた右籠手の突きを斬撃に変えて振り払う。相手の胸元を斜めに抉った。


 ミーユも右手の一撃が外れた瞬間、「接触爆破ハンディブラボム」に換えて「接触爆風ハンディブラスト」を発動させていた。爆発音に続く爆風と衝撃を背中で受ける。

 コマンドで身体強化していなければ動けなくなっただろう。


 十秒ほどだが、ダルザのために時間をかせげたか?

 援護の物資とやらをダルザが手に入れられなかった場合、この後予想されるシャルナの攻撃は防げない。


「オラアァ!」


 その時響いたダルザの大声は、シャルナ達への牽制でもあっただろう。声の大きさより、声に込められた自信のようなものが注目を集めた。


 ダルザは黒い金属を手にしていた。それこそが沖津の声に従って取り出したものであろう。カルルの意識からは声にならない疑問符がなだれ込んでくる。

 俺も知っているもののはず-正確にはテレビや映画の中で-だが、認識するのに時間を要した。


 銃だ。


 それはこの世界ではあってはならないものだった。

 ダイバーがその設計情報をもたらすことすら重大な禁則だ。実際に見てすらなお、存在が信じられなかった。


 シャルナ達三人には、武器とすら認識できないだろう。


「逃げろ!」


 思いもかけず、シャルナの声が飛ぶ。

 ダルザがミーユに向けて引き金を引くのと同時だった。

 タタタ……と乾いた音が響く。


 ダルザが手にしたのは短機関銃やマシンピストルと呼ばれる類いのものだった。無数の弾丸を一瞬でばら撒く小火器。

 高速で打ち出された9ミリのパラベラム弾は、初動回避に移れないキーネの胴体と顔面に弾痕を穿った。

 着弾の衝撃で小刻みに振動した体が後方に倒れかかる。

 そのまま倒れると思いきや、踏みとどまった。


「シネ…ナイ。アノ…ヒト…」


 それは、キーネの口から漏れた声だった。

 数発の銃弾を至近距離でくらってなお倒れないことよりも、決意と意志を込めたそれに違和感を覚える。


 ダルザは最初の斉射の後にダッシュで距離を詰めていた。

 彼も同じことを感じたのか、一瞬スピードに躊躇が見える。

 だが、彼女は四本の腕で呪印コマンド・サインを構築し始めていた。その大きさと今の言葉で、何か最後の勝負に出たのが分かる。


 タタ!


 さらに一射。腹にくらっても彼女は倒れない。

 同時にダルザは右手の短剣を一振りする。若い男のほうの左手首が血と共に落ちる。返す一刀は左のこめかみに突き立てられた。刃先が頭部を貫通して右のこめかみから突き出ていた。


 ダルザは突き立てた短剣を捻る。ビクッと一瞬痙攣すると、ゆっくりとミーユの目から光が消えていった。


「帰ラナキャ……ナノニ……コンナ……ゴメ……ナサ……」


 最期にキーネの口から漏れた言葉は少なくとも俺達に向けたものではないだろう。シャルナ達仲間か、それとも「あの人」と呼んだ誰かの為か。


 ダルザの表情ははっきりと窺いしれなかったが、唇を噛んでいるのが分かった。ミーユは今まで多くの人間を殺めてきたのだろう。ヴェルバの公演で殺害したバダックだけではない。体にコマンドで接合している腕の主をはじめ、おそらく多くの無関係の人間達を。


 そんな非道な相手との殺し合いにルールはないと言えばそれまでかもしれない。しかし、監理局公認の状況とはいえ、BiSiPバイシップ内の戦いに銃を使うのは彼の美意識に反するだろう。

 しかも、死に際のミーユの言葉は、彼女もまた誰かの為を想って戦っていたことを示すものだ。

 後味の悪さは否めない。


 だが、非情に徹することができなければ、俺達3人の誰かが死んでいた。BiSiPバイシップ内での死は現実世界の死ではないにせよ、シャルナ達の前で死ぬことは、他の消失者同様の結果を俺達にもたらす可能性がある。


 ベクトが凍りついたように動きを止めた。

 仲間の死を目に、全身を震わせて声を絞り出す。

 手にした武器も震えていた。


「こっこっ……殺す、ミーユ……仇」


「止めろ」


はっきりとした口調でシャルナが命じた。


「ここまでだ、退くよ」


「まっまっ……まだ殺れる。わっわっ……わかるだろ」


 ベクトが執着を見せた。シャルナが溜息をつく。


「見たよね、今の。ここは奴ら異邦人エイリアンの聖地だ。さっきのような魔界の武器がまだまだ出てくると思っていい」


 ツバキの背中の呪印コマンド・サインが大きく光りだす。

 転送に使用したものだ。

 カルルは疾風の如く動いていた。


 右籠手の切っ先にはシャルナの頭。だが、振るおうとした矢先、目の前に大きな黒い鞭のようなものが頭上から振り下ろされる。それは、急制動をかけたカルルの眼前で床をへこませ、穴を穿った。


 尻尾の主はこちらに立ち塞がるように立っていた。

 ツバキだ。だが、巨体の口から漏れる荒い息は、俺達がここ数日見たものではない。

 ツバキの体は、彼らが出てきた時と同じく一時的な制御下に置かれてしまったのかもしれない。


「ツバキちゃん!」

「あかん!くそ!」

「ググ……」


 アマーシャとダルザの声は唸りにかき消される。

 ここにきてツバキの魔獣の体が使われるのは想定外だった。

 あの巨体と戦闘に特化したような体は、この状況で十分な脅威になる。


 下手をすれば彼女の爪や尻尾をかわした隙にシャルナの電撃をくらうだろう。ミーユを倒したとはいえ、状況は厳しそうだ。


―やむを得ない。ツバキの動きを止める―

『いいのか?手加減できんぞ』


 カルルの筋肉が緊張するのが感じ取れた。

 円舞翔閃ダム・ダットだろうか?ツバキの魔獣の身体が耐えられることを祈るしかない。


 ツバキの腕が振り下ろされた―シャルナのほうに!

 からくも避けたシャルナの右腕から血しぶきが飛ぶ。

 ツバキの目には明らかな抵抗の意志が見てとれた。


『大したものだ』


 すかさずカルルが斬りかかるが、ベクトに阻まれる。そこにさらにアマーシャが「火焔投鞭フレイムウィップ」を放つ。

 ベクトは飛び退いたが、完全には回避出来なかったようだ。腹の顔が苦痛に歪んでいるのが見えた。


「さすがだね、もう制御を奪われた。思ったより意思の強い娘だね。やはり退くことにしよう」


 シャルナの手から光が放たれた。

 それは恐らく電撃を応用したコマンドの一種だろう。

 威力は殆どないが、瞬間的な発光による牽制と、一瞬の麻痺効果をもたらすものだ。

 視界を覆う光に、その場にいた俺達の足が止まった。


 ベクトはこちらを憎悪に満ちた目で一瞥してジャンプすると、そのままツバキの背の呪印コマンド・サインに頭からダイブした。続いてシャルナも浮き上がった。


 右手を呪印コマンド・サインに潜り込ませながらこちらを振り返る。


「言っておくよ。君達は、彼女を殺した。その意味を知った時……きっと後悔するよ」


朗らかな声で告げると、シャルナの半身が呪印コマンド・サインに吸い込まれていった。


「あ?それが何やねん?」


「またね」


 ダルザの激昂した言葉には応えず、場違いな別れの挨拶が呪印の向こうから届く。

 呪印コマンド・サインもすぐに小さくなり、完全に消滅した。沈黙が辺りを満たす。


 ツバキも制御を完全に取り戻したのか、唸りは聞こえない。

 部屋には焼け焦げた跡がそこかしこに残り、机や椅子も溶けてひしゃげている。生々しい戦闘の痕跡が残っているにも関わらず、闘いが遠い昔のような気がした。


 ダルザの手にしていた短機関銃が光を放ち、ゆっくりと光の粒子のようなものを撒き散らしながら消えていった。

 沖津の声がした。

 さっきのように部屋のスピーカーから聞こえる。


「お疲れ様。役に立ったみたいで良かった」


 沖津の声がした。

 さっきのように部屋のスピーカーから聞こえる。


「あんまスッキリせえへんけどな」


「この場合はしょうがないと思うけど。こちらも許可取るの大変だったんですからね」


「いいや、全然良くない」


 不満そうなダルザの言葉に沖津は含みのある言い方をした。俺達が劣勢だったことを、銃がなければ勝てなかっただろうことを言っているのだ。


「せやな。しゃあない」


 ダルザが下を向いた。


「まあ、ツバキちゃんも無事で良かったですよ。」


 カルルから体の制御を受け取って俺が話題を変えた。


 話題を変えたかったのはダルザというより俺のためだ。

 彼女が身体の制御を乗っ取られたと見えた瞬間、俺は彼女をいかに無力化するか、というシミュレーションを頭で行っていた。

 四肢の切断は避けられない、そう思っていた。それがBiSiPバイシップ内とはいえ、ツバキが被る苦痛は現実世界のものに近い。行動に移さなかったとはいえ、俺は自分を恥じていた。


「ジブン、よう頑張ったな。あのままアイツらに操られとったらワシらヤバかったで」

 

 監理局からきいていた情報ではツバキの本体は19歳の大学生だったはずだ。ダイバーの経験もそれほどない彼女がシャルナの精神支配に抵抗できたことが戦闘の結果に影響したのは確かだ。


「ああ、大したもんだよ、ツバキ」


 アマーシャの快活な声に、宮崎の怒鳴り声がスピーカーから割って入った。


「何を喜んどるか!無茶苦茶な戦闘しおって!どれだけ部屋のデザインが大変だったと思っとるんじゃ!」


「しょうがないだろ、相手が相手だし。てか、デザインとか言ってるけど、ただの懐古趣味でしょ」


「ななな、何を言うか!昭和じゃぞ。日本が一番輝いとった時代じゃぞ。若い者ときたら全く!」


「宮崎さん、ポイントはそこじゃないでしょ、ちゃんと話さないと……」


 どんどんズレていくアマーシャと宮崎の掛け合いに沖津が釘を刺す。ダルザと俺はポカンと見ていることしかできなかった。


「そ、そうじゃった、昭和デザインの話はまた今度じゃな」


「いやいや、今度はねーし」


「何じゃと!」


「もう、話が進まないじゃないですか。時間がないんですよ?」


 沖津が再び注意する。何の話だ?


「そうそう、そうじゃった。すぐツバキちゃんのサルベージに入るんじゃったな」


「え、今すぐですか?ツバキちゃんの回復とか待たなくていいんですか?」


「そやそや。さっきまでバトルに巻き込まれとったんやで」


「残念ですけど……時間がないんですよ。さっきの連中の再襲撃がないとも限りません。それに、知られてしまった以上はこのほこらは廃棄しないといけない規則です。」


「そうじゃったな。ツバキちゃんを送ってもらわんと」


 俺達は顔を見合わせる。

 確かに早い方がよいかもしれない。

 アマーシャが顔を上げてスピーカー越しに沖津にきいた。


「わかった、どうすればいい?」


「まずは、ツバキちゃんの身体をそこの部屋に運んでください」


 ツバキはまだ体が上手く動かさないようだが、どうにか体を引きずって、隣の部屋に続くドアに体を押し込んだ。

 今のツバキの姿は、トゲだらけの黒い魔獣のものだ。人間サイズの入口は小さすぎたのか、ドアは壊れ、周囲の壁にヒビが走った。


 そこは、家具ひとつ何もない、コンクリートの打ちっぱなしで出来た無機質な部屋だった。


「それじゃ、水谷ツバキさん、部屋の真ん中あたりに立ってくれ…そうそう、そんな感じ。」


 ツバキが入ると、宮崎の声が聞こえてくる。どうやら、両方の部屋のスピーカーから声が出ているようだ。


「始めるぞ」


「え、もうですか?」


 思わず聞いてしまった。BiSiPバイシップに来るときの煩雑な手続きとは全く違う。


「スキャンが終わってからだ。じっとしとってな」


 部屋のドアが閉じられた。天井が空いて、複数のカメラのような機械が降りてくる。先端にある赤いレンズのようなものから細い光がツバキに照射された。


 光はツバキの身体の様々な角度から照射され、そのまま身体の表面を撫でるように走った。

 これが、「スキャン」なのだろう。


「ググ……」


 光が身体を走るたびに、ツバキにとっても苦痛を伴うのか、唸りが漏れた。


「もうちっと辛抱しとってな。今80%を越えとるよって」


 見守る俺達を安心させるように、宮崎の声が響く。

 照射が始まって数分後、ツバキが両手を地面に付いた。両手の大きな爪が床に食い込み、肩が大きく動いている。


「心配いらないよ。」


 アマーシャが俺に言った。


「前に見てるからね。こんなもんさ」

「スキャン完了っと。サルベージを開始するぞ」


 宮崎の声が響く。心なしか緊張の色が感じられる。

 天井から降りてきたアンテナのような機材が光ると、青白い稲光のようなものが放たれ、次第に部屋中を満たし始めた。


 ツバキは光の中で、何か爪を使って文字を書いている。

 段々と強くなる光の中で、文字を書き終わると、こちらを向いて手を上げた。手を振ったように見えたのは俺だけだろうか。


 光が一際強くなる。直視できないほどに強くなった瞬間、バシュッ、という音と共にツバキ……いや、ツバキの魂が封じられていた魔獣の体が崩れ落ちた。


「よし、成功じゃ」


「お疲れ様でした、宮崎さん」


 沖津達のやり取りが聞こえてくる。

 成功ならツバキの魂は無事サルベージされ、現実世界で目覚めるはずだ。本当に成功したのだろうか?


「ホントに大丈夫なんですか?」


「だぁいじょうぶですって。村田さんは心配性ですねえ」


「沖津さん、ツバキの様子を見れるかい?」


「じゃあ……はい。」


アマーシャのリクエストに応えて沖津が何かしたらしく、部屋の一角の壁に天井からスクリーンのようなものが降りてきた。同じく天井に取り付けられたレトロなプロジェクターから画像が投影される。

「うわ、無駄な凝り方してんなあ」

「黙って見る!」

ダルザの突っ込みに宮崎が言った。確かにディスプレイ兼用の壁が主流のこのご時世にプロジェクターで投影、というのは宮崎の懐古趣味だろう。


「まだメディカルチェック中だけど、まずは見てちょうだい」


 沖津の声に続いてスクリーンに移ったのは、医療カプセルに横たわる身を起こそうとする若い女の姿だった。肉体は長期間動いていなかったので、身を起こすにも介助を受けている。


「頭の横のモニター見てくださいね。」


 カメラがツバキに近づいたのか、顔がアップになる。意外と整った顔立ちだったが、長期間カプセルで寝たきりだっただけあり、顔のむくみや肌荒れが目立っていた。

 モニターには波形らしいものが表示されている。


「この波形は、脳の活動状態を示してます。さっきまで計測されなかったものですよ」


「良かった……」

「うーん……」


 過去に救出任務を見ているアマーシャにはツバキが無事なことが分かるのかもしれないが、俺には正直ピンと来ない。

 俺の様子をモニター越しに見ていたのか、沖津が補足した。


「あなた達が戻ってくる頃には目覚めるはずですよ。もうすぐ限界時間ですよね?」

「おい、アレ、見てみぃ」


 沖津が最後まで言い終えないうちにダルザが大声を出した。

 指差す方向にはツバキの脱け殻である魔獣の身体がある。

 ダルザの指の先は魔獣の横の床を差している。


「あ……」

「へえ……可愛いとこ、あるじゃん」


 俺とアマーシャが同時に声を出す。床には引っ掻いたような傷で文字が彫られている。送還される直前に、魔獣の身体のツバキが爪で床に掘ったものだ。

 たどたどしい文字はこう読めた。


「アリガトウ。カエリ、マッテマス」


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