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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
23/37

転送

 俺達三人と一匹の魔獣――水谷ツバキ――は、道を選びながら目的地へ急いでいた。ピスモネットを出て数時間、まだ先程のヴェルバのライヴの熱狂が耳に残っている。

 ツバキには、以前より活力が戻っているように見えた。

 出発は多少遅れたが、ヴェルバのライヴを見た意味はあったようだ。


―元気になってんじゃん、ツバキちゃんは―


『歌、か……』


 カルルが感慨深げに意識下で呟いた。

 ツバキが元気なうちに、目的地への道を急いだほうが良さそうだ。とはいえ、今のツバキの姿を考えると人目につく道はまずい。かといって吊り橋のある山間部や地下道は今のツバキの図体には狭すぎる。


 あのコマンド使い達の襲撃の危険も考えると、警戒のしやすい道を選ぶ必要があった。俺達は比較的見晴らしのいい山道を選んだ。


 一人がツバキの前方を歩き、一人がツバキの背中にくくりつけた座席に後ろ向きに座って後方を警戒する。残る一人は先行して周囲を偵察する。

 この役割を一時間ごとにローテーションすることにしていた。


 さらに、それぞれが呪具コマンド・アイテムの一つ、報鈴アクノレッジ・ベルを持ち、非常時には危険をしらせることになっていた。


 目的地はほこらと呼ばれる仮想デバイスだ。

 この世界では人の入らない場所に設置されている。監理局によってほこらとして何らかの宗教的な施設に偽装されているが、現実世界とリアルタイムで通信できる唯一の施設である。


 本来、仮想世界に干渉することは監理局のタブーであるが、この施設は例外として非常事態の為に存在している。今回のように消失ロストしたダイバーの精神を現実世界に送り返すことも、このほこらを介してのみ可能であった。


 俺達は、しばらくローテーションによる警戒を繰り返しながら山道を前進した。しばらく前進すると山道は岩の壁で塞がれていた。


「なあ、これ、見え見えちゃうん?」


 ダルザが前に出る。


「ちょっと、隊列乱さない…ああ、わかったよ」


 アマーシャが文句を言いかけて納得する。


「何なんです?」


 聞かずにはいられなかった。


「まあ、新人ルーキーは見てなって」


 ダルザが右の掌を岩の壁につけて目を閉じる。


「早くしなよ」

「ちょい待ちいや」


 ダルザの右手に呪印コマンド・サインが浮かぶと、岩の壁は最初からなかったように消えていた。

 カルルの驚く気配が伝わってくる。


「3分しかもたんからな」


 俺達はさっきまで岩のあった山道を進んだ。数十メートルほど歩いて振り返ると、また壁は復活していた。


「俺にも教えてもらっていいですか?」


「セキュリティゲートの一種だよ。ほこらは結構警戒厳重みたいなんだよね。パスコードはコマンドという形であたしとダルザが持ってる」


「なるほど……」


 俺は新人ルーキーなので、パスコードを与えるには早い、というのが監理局の判断なのだろう。納得行かないが仕方なかった。


「グゥルル……」


 ツバキが唸る。何か言いたいのだろう。

 彼女は、こちらの注意が向いたことを認識すると、地面に爪で何かを書き出した。


「ハラ、ヘッタ」


 そう読める。だいぶ文字もうまくなった。


「あんなあ、急いでるんやで、ツバキちゃん。それにその体じゃ、何を食わしてもお腹いっぱいにはならんやろ」


 ダルザがたしなめた。


「先を急ごうか。戻ったら死ぬほど食えるしね」


 とりあえずフォローしてみた。ツバキはこちらを見たが、続いて何かを書き出す。


「マダ、ツカナイノ」


「もうちょっとだよ、空の色が変わるまでかな。我慢しなよ、監理局に頼んでスイーツ用意させるしさ」


 アマーシャもナイスフォローだ。ツバキはしぶしぶ歩き出した。不満や甘えが出るのは悪いことではない。心を開いてる証拠でもある。

 それにピスモネットを出てから一回しか休憩せず歩き続けてるのだ。多少の不平は仕方ないだろう。むしろこの状況下で精神の安定を保ってるのは驚くべきことと言えた。


「さっきから気になってたんですが……」


「なんだい?」


「この辺、危険生物がいないですよね?」


「ああ、これもセキュリティ対策だろうね。どうやってんのかわからないが、助かるよ」


 俺達は超覚を拡張するため、指向性を持たせていた。通常は自分の周囲30メートルほどの範囲で五感を向上させているが、範囲を絞ればその距離を伸ばすことができる。

 範囲と距離は大体反比例なので、範囲を前方180度にすれば倍の距離が探知できる。120度にすれば90メートルだ。この場合に死角が出てしまうが、3人で分担すれば、死角をなくして距離を伸ばすことができる。


 今のところ、追跡してくる人間や危険生物は感知できない。

 フードの女の仲間も姿を見せなかった。


『妙だな、聖霊様』


―わかってるよ、確かにおかしい―


 俺は、監理局でのやりとりを思い出していた。


 ダイブ前に俺達3人は沖津から呼び出しを受けていた。

 胸元の空いたシャツ。黒のジャケットに白い白衣。タイトスカートから伸びた脚には網タイツがしっかりと装着されている。

 いつもの沖津のファッションだった。


 監理局の職員らしい服装で堅い印象を狙ったつもりだろうが、崩した着こなしと網タイツがむしろ紛い物のような印象を与えている。アダルトビデオというものが昔あったらしいが、そこに出てくる女教師コスプレのようだ。


「はいはい、それでは始めますねぇ。優先任務に関するブリーフィング、特に今回予想される障害についてお伝えしまあす」


「ちゃっちゃと頼んますね」


 イラッとさせるような仙田の一言も沖津は聞き流した。


「まず、一連の消失ロスト事件ですけど、そのうち二つに、こちらの仙田さんと村田さんが関わってますね。どちらの事件にもコマンド使いがかかわってます。吉田の消失には、フードを被った女性。鎌田の消失にはシャルナと名乗ったフードの少年。あなたたち二人の証言や行動記録からして、消失ロスト事件を引き起こしたのは彼らだと考えています」


 ここまではそれほど想像力が高くなくても辿り着ける推論だ。


「まあ、別に普通にわかりますしね……」


 杉崎もボソッと言う。同性の言葉にはイラッとしたのか、沖津の眉毛がピクリと動いた。


「吉田であれ、鎌田であれ、追いつめられていた。不正に何かを持ち込もうとして仙田さんに追いかけられていた吉田、殺戮を楽しんでいたが、村田さんとの闘いで大ダメージを負った鎌田……彼らは戻っても監理局の処分を受けることは明らかでした」


「何が言いたいねん?」


「彼らはダイブから現実世界に戻ることよりも、BiSiPバイシップの住人として生きることを選んだのかもしれないってことですよ」


「んな、アホな……と言い切れんところもあるな」


「転生って感じですよね、まさに」


「まあ、みんな問題を抱えてるし……現実で居場所が微妙な人がそもそもダイバーやってんじゃない?」


 ボソッと杉崎が毒を吐く。俺にも少し当てはまるのだろうか?


「まあ…そうですね。正直、消失者の事情についてはまず仮説の域を出ません。監理局としては転生という言い方はしませんが、彼らはそれを望んだのでしょう」


「ですが、コマンド使い達の関与は明らかだと思います。ところで村田さん!」


 え、何で俺にふるのか?


「どうやって彼らはベストなタイミングでそこに居たのでしょうか?吉田や鎌田が助けを必要とするときに」


 学校での授業のやりとりのようだ。


「そりゃ、その前から協力関係があったからでしょ。」

「そうですね」

「知らんがな」


最後のは仙田のツッコミだ。沖津は当然スルーした。


「我々はこれが偶然でない場合を危惧しています。仮に統一された目的を持ったコマンド使い達が関与しているとして、その目的は未だはっきりしません。」


「ですが、言えることは彼らコマンド使い達が、吉田や鎌田がまさに助けを必要とする瞬間に居合わせていることです。これは偶然でしょうか?」


「何が言いたいんですかあ?」


 杉崎が爪の手入れをしながら気だるげに言った。


「別のプログラムへの転送、という手段はコマンド使い達によって提供されたと見ていいかと思います」


「でも、何でそんな事するんですか?」


「わからんけど、メリットがあるからやってるんちゃうん?」


「監理局もそう見ています。彼らは統一された目的を持つグループで、その目的は自ら消失を選んだ消失者と一致している」


 俺達は黙ってしまった。次の言葉が薄々わかって来たからかもしれない。


「そして、他の消失者も彼らによって転送されていた場合、今回の優先任務は彼らの利害と衝突する可能性があります」


「闘いになるってことやな」


 仙田の顔に肉食獣の笑みが浮かぶ。


「ええ? 困りますよ……まあ、わかりました」


 杉崎は困るとは言ったが拒否はしない。彼女も戦闘に自信があるのだろう。


「宜しくお願いします。俺、新人ルーキーなんで」


自分ジブン、何を謙遜しとんねん。あんだけ闘えるんや。働いてもらうで」


仙田がここぞとばかりにツッコミを入れる。


「いずれにしても、相手の目的がわからないってことですよね。優先任務っていうには危険な状況じゃないですか」


 俺は沖津を見た。

 こっちは雇用の保証されていないバイトなのだ。下手すればこちらも消失者の仲間入り――それだけは勘弁だった。


「あたし達も危ない橋渡るんだし、正社員の皆さんがちゃんとサポートしてくれるんじゃないのお」


 マニキュアを気にしながら杉崎が言う。


「あらあ、村田さんに杉崎さん。皆さん、ちゃんと同意書にサインしましたよねえ」


 沖津は意地悪く笑みを浮かべた。もう後には引けない、彼女はそう言いたいのだろう。


「まあ、これ以上ダイブ事故が増えても困りますし、あなた達へのサポートはちゃんと用意してますよ。まずは最初の消失者を何とかしましょう」


<ストップ>


 報鈴アクノレッジ・ベルを通して聞こえたアマーシャの硬い声が、俺を回想から引き戻した。前方に敵影はない。拡張された超覚にも反応はなかった。


「さっきからループしてる」


 そう言われれば、今来た道は見覚えがあるような気もする。


「マジかいな」


 ダルザがぶつぶつ言いながらやって来た。ちょうど彼が前方偵察の番だった。


「どうします?」


 俺もツバキの背から降りる。


「これはセキュリティかもしれないね。あたしの教わったコマンド試していいかい?」


ねえさんに任せます。見張っとくよって」


「頼んだよ」


 アマーシャは両手を広げて目を閉じる。

 上空に呪印コマンド・サインが浮かんだ。

 光りながら回転する呪印コマンド・サインに呼応して、前方右側の岩壁が光を放つ。一部が空気に溶けるように消えると、道が現れた。


「こういうことかいな」


 ダルザが感嘆する。


『あの聖霊様、コマンドは大したものだな』


―たぶん特定のトラップ解除のコマンドだ。なんつうか……チートだよな―


『チート?』


―何でもない、行こうぜ、カルル―


 岩壁にできた道は、背を屈めたツバキがギリギリ通れる大きさだった。数十メートル先に見えるのは鉄の扉だ。

 BiSiPバイシップの文明でも鉄は存在するが、扉に現れた意匠や技術は、明らかにこの世界のものではない。それは、現実世界のビルにありそうな代物だった。


 先頭に立ったダルザがノブを回すと、当たり前のように扉が開いた。内部に広がっていた光景に俺達三人は硬直した。ツバキも不思議そうに周囲を見回す。


 そこはオフィスビルの中、としか表現のしようのない光景だった。蛍光灯、事務机、キャビネット……映像でしか見たことのない、30年か40年前の会社の中のような光景だ。

 文明も文化も異なる仮想世界に敢えて現実世界の様式を持ち込んだのは、ダイバー達の利用を想定したのだろうか。


「これがほこらってことか……なんと言うか……」


「どういうセンスか疑っちゃうね」


「現実世界と同じにするなら、もうちょいコジャレた部屋にすればよかったんちゃうん?」


 一堂は酷評だ。

 ツバキも辺りを不思議そうに見回している。


「し、失礼な! 君たちには、この機能美がわからないのか!」


 雑音の混じった、機械を通したような声が響いた。

 中高年の男のものだ。


 声のするほうを見ると、古びたスピーカーが天井に近い壁で震えている。昔の学校の教室にあったものによく似ていた。流れてくる声もノイズが混じっている。


「なんやねん?」

「まったく、ダイバーという連中は。芸術センスのかけらもない」


 声の主は、明らかにこちらの会話に反応している。だが超覚では周囲に生命反応は感じられない。


「あんたは何だ、どこから話している?」


俺は本能的に武器を構えていた。

緊張が伝わったのか、ダルザもアマーシャも身構える。


「おやおや、予想以上にいいチームになってますね」


今度聞こえたのは聞き覚えのある女の声だった。


「沖津…さん?」


「はぁい。そうですよぉ。宮崎さんだと話が逸れちゃいそうなので、私から説明しますね」


 相変わらずの少し間延びした話し方は彼女のものだ。


「まず、90年代前半の日本のオフィスの素晴らしさをこいつらにキチンと説明させてくれ。パソコンすら殆ど導入されていないこの時代のデスクの機能美たるや……」


「宮崎さん!」


 沖津の声がピシャリと響いた。スピーカー越しにも彼女の苛立ちが伝わる。宮崎と呼ばれた声の主にも伝わったようだ。


「ああ、すまんかった。説明を頼む」


「えっと、宮崎さんはBiSiPバイシップ内のシステム管理を担当されてまぁす。ほこらの中のオブジェクトデザインに趣味を反映させ過ぎちゃったのは大目にみますけど、時間もないのでちゃっちゃとサルベージ始めますねぇ。そこのモンスターみたいなのが対象の水谷ツバキですか?」


 声からすると、沖津と宮崎はこの部屋を音声と画像でモニターしているようだ。BiSiPバイシップ内で現実世界の出張所のような役割を果たすのがほこらの目的らしかった。


「ああ、そうだよ。どうすりゃいいんだい?」


 アマーシャが上を向いて答える。


「まずは、転送のために彼女を隣の部屋に入れてくださぁい。

水谷ツバキさん、まずは大変でしたねぇ」


 彼女が言うと大変じゃないような響きだが、一応気を遣ってるようだ。


「帰ったらスイーツ死ぬほどご馳走するから、もう少し待っててくださいね」


「グガ!」


 ツバキは唸り声で応じた。どうやら相当好きらしい。


「ゲガ!」


「ツバキちゃん、そんなに喜ばんでも。」


 ダルザが苦笑する。


「グガ!ゴガ!」


 ツバキの唸り声は止まず、どんどん大きくなっていった。苦しんでいるのは明白だ。体も痙攣を始める。

 尻尾が大きく振られ、近くのオフィス机を撥ね飛ばした。


「ヤバい、何か変だ!」

「ちょっと、どうしたんですかぁ!」


 スピーカーからも沖津の戸惑った声が聞こえる。

 ツバキの背に光る文字が浮かび出す。


呪印コマンド・サイン!?」


 アマーシャはバックステップし、コマンドの準備を始める。ダルザと俺は目で合図し、武器を抜きざまツバキを止めに入る。脳裏に浮かんだのは、ツバキの体がコマンド使い達に遠隔操作された可能性だ。もともと、この魔獣の体は他の危険生物にはない妙な違和感があった。何らかの操作がされていてもおかしくはない。


『いや、違う』


 カルルが異を唱える。

 ツバキの背に浮かんだ呪印コマンド・サインから人間の手のようなものが「生えて」いた。


 どこか別のところから急に腕だけが現れたようだ。腕は動いていた。徐々に腕だけでなく、上腕が、肩が現れる。


転送トランスファーや!ツバキちゃんの身体をゲートにしよった!」


 ダルザが叫ぶのと、アマーシャの左手に浮かんだ呪印コマンド・サインから炎が伸びるのはほぼ同時だった。

 火炎放射器のように伸びた炎は第二の門のコマンドとしては最高位のもの、その名も「火焔放射フレイムスローワー」だ。


 ツバキの背に浮かんだ呪印コマンド・サインから伸びた腕の主は上半身を現すと、人影となって飛び出した。人影のいた空間をアマーシャの「火焔放射フレイムスローワー」が空しく焼いた。


 飛び出した影が空中で一回転すると、フードが捲れた。

 奴らだ。


 おそらくヴェルバのステージに居た女だろう。

 ダルザと俺は迎撃体制に入っていた。

 狙うは無防備な着地点だ。


<次が来る!>


 報鈴アクノレッジ・ベルにアマーシャの声。


『もう一人出てくるぞ』


 カルルに言われるまでもない。

 意味を察した俺は次の一歩をツバキに向けて転じた。出てくる場所が分かっている以上、次に呪印コマンド・サインから誰かが出ようとすれば致命傷を与えるのは用意だ。


 空中で人影が何かを投じる。

 野球ボールほどの大きさのそれは、放たれるや煙と光を撒き散らした。コマンドのかかった一種の煙幕だろう。


 左手で振り払ったが、視界は十分でない。下手に斬撃を繰り出すとツバキまで傷つける恐れがあった。もう一歩近づく必要があった。それが致命的な遅れを生んだ。


 何かが出てくる。

 今度出てきたのは両手だった。

 拳を握りしめている。小さな手だった。


 子供でも女でも躊躇はできない。右籠手で切り付ける。

 そのとき、握られた拳が開いた。呪印コマンド・サインが浮かんでいる。


『まずい!』


 とっさに身を捻ったが、遅かった。

 左脇を電撃が掠めていく。直撃は避けたがダメージをくらったようだ。痺れのあとに熱さと痛みがやってきた。


「おい!」

「村田さん!」


 ダルザと沖津の声が聞こえる。両手の主の腕と頭に続いて小柄な胴体が飛び出す。姿勢から見て水泳の飛び込みの要領で呪印コマンド・サインに突っ込んだのだろう。

 すかさず前転の要領でこちらの一撃をかわし、素早く立ち上がった。呪印コマンド・サインから飛び出した後の着地と、回避行動を兼ねた無駄のない動きだ。


「やあ、久しぶり。モウラでの夜以来かな」


 明るく笑った顔と少年の声に凍り付く。

 小柄な影を見て嫌な予感がしていた。

 フードを下した少年の顔は、モウラの街で会ったシャルナだった。



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