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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
2/37

狩人

少し作法的なところが未熟でしたので、修正しました。

色々ご意見くださった方、有難うございました。(2018年2月)


 空気の流れが急に熱を帯びたようだった。


 たった今、頭の傍らを掠めていった生物がターンしてこちらを向く。

 片腕ほどの長さをした甲冑を着たピラニアが飛んでいる、というのが視覚を通じて得た情報だった。ただし、胸ひれに当たる部分は鋭く研ぎ澄まされている。すれ違いざまにこれで切りつけるのがこいつの攻撃方法なのだろう。


 反射的に避けなければ頭に致命傷を受けていたのは間違いない。


-相変わらずこの世界ここは驚かせてくれる-


 そう独り言がでるーーが当然のようにそれは感覚と肉体を共有するカルルに伝わった。


『ラパンサは始めてか?』


 揶揄するようなが言葉として俺に認識される。


『自分に切らせるのだ。こいつの肉は悪くない。』


 カルルの言葉が続く。


-じゃあ任せた!-


 俺はすぐに宣言して、身体の神経系統をカルルに手渡した。

 身体の感覚が消える。右手の籠手に一体となった刃の重みも消失した。これでしばらく楽ができる。

 この間、俺の主観時間では一秒といったとこだろう。


 ラパンサとかいう空飛ぶ肉食魚がこちらに再度突進するのと、カルルが右籠手の刃を構えるのがほぼ同時、ラパンサのすれ違いざまに刃が振られるのも同時だった。


 ヒットした手応え。両断とはいかないが、鎧のような鱗に守られてないエラを狙ったと理解できた。ラパンサは地面に落ちてのたうちまわるが、足で押さえて止めの刃をエラから突き立てる。


 動かなくなったラパンサを見て安心した直後、超覚に反応があった。超覚はカルルが身につけている狩人としての固有技能で、周囲の生命体、特に敵意や殺意をもった存在を感知することができる。狩人の誰もが持っているわけではないらしい。これもカルルが集落の狩人で有数の存在になった理由の一つだ。


 感じ取れたのは、知性を持たない、食欲に基づいた殺意。ラパンサがもう三匹、いや四匹か。距離は20メートルといったところだろう。


-カルル!-


 俺が警告すると、再び戦闘体制をとるカルルを知覚できた。腕が流れるように円を描く。円舞闘術リムという名前のこの世界の体術で、これをカルルは幼い頃から身に付けている。


 攻撃も防御も円を描く動きが基本で優雅な動きは舞踏のように見えるらしい。剣や槍ではなく、刃のついた籠手を駆使するところも特徴だった。


 同時に俺は意識を集中し、コマンドの発動準備に入る。まずは自分の身体の反応速度を瞬間的にあげる「反応向上クロックアップ」。コマンドの中では初級の「第一の門」に分類されるが、近接戦闘で反応速度が向上するメリットは大きい。これならスポーツの苦手な俺でも戦えそうだ。


-今度は俺の番じゃないか?-


『できるのか?』


コマンドあるし-


「無理そうなら代われ」


 これまで主観時間で計3カ月こいつの体にいて、円舞闘術リムの体の動きは分かってきたつもりだった。現界でもこっそり部屋で鏡を見ながらトレーニングをしてたりしたのだが、それはカルルには言えない。

 カルルと俺の神経系統が再び入れ替わる。


 俺の感覚にカルルの体の各オブジェクトが同期を始め、身体の感覚が実感を持ってよみがえる。

 踏みしめた足には大地の感触。頬には吹き抜ける風の心地よさ。そして腕には右籠手と刃の重み。


 この瞬間から、集落の若手で一番の狩人であるカルルの身体は俺の支配下だ。俺が神経系統を掌握するのと反比例して、カルルの意識が下に潜るように息を潜めた。


 記憶に従ってカルルの身体で円舞闘術リムの構えを真似てみる。やはりカルルのような優雅な足運びにはならない。

 この世界に文化、風習といったものが形成されていれば、なるべく体験し、より多くの情報を持ち帰ることーーこれは以前現界で監理局の沖津に依頼された課題の一つでもあった。


『来たぞ』


 ラパンサたちが視界に入る。二匹が先行してスピードを上げる。二匹に挟まれないよう、そして残る二匹に死角を狙われないよう位置とりに気をつけなくてはいけない。足の位置を変えた直後、二匹が飛び込んできた。


 ここでの3ヶ月の経験上、最初の一匹は牽制で、次が本命だと分かっていた。なら最初の一撃はあしらうに留めるべきだ。

 最初の一匹を左腕のソードストッパーで裏拳の要領で横殴りに殴り付ける。続いて迫るもう一匹の急所に右手の刃を突き込んだ。


 残る二匹が両脇からこちらを挟むように位置をとった。ほぼ同時に飛びかかってくる。今しがた殴り倒した一匹もダメージは深くない。都合三匹の相手を計算に入れて動きを組み立てないと食いつかれるだろう。

――さて、どうする。


 その時、コマンドの効果が発動した。「反応向上クロックアップ」の力で周囲の動作がスローモーに感じられる。

周囲の物体オブジェクトの動きは草木が風になびく動きに至るまで知覚できた。


 右から来る一匹が早かった。

 右籠手を下から振って浅く切りつけつつ、左から来るもう一匹の牙は左籠手のソードストッパーに噛ませて動きを止める。


 振った右籠手の勢いは止めず、円を描くように上から左の一匹の急所に突き刺した。びくり、という感触と共に突き刺した器官が弛緩する。命の消える感覚にはまだ慣れそうにない。


 この間二秒はかかっていないだろう。

 一番最初に殴り付けた個体が思ったより起き上がって飛びかかって来る頃には、俺は一歩前に出て先手を取ることができた。突き出した右籠手の刃がそいつの目玉を通して脳幹に達する。手応えを感じた瞬間、右手を捻りながら引き抜いた。


 血液の霧の向こうに残りの一匹が見える。

 切りつけた影響で動きが鈍い。「反応向上クロックアップ」を使うまでもなかったかもしれない――俺には、そう思いながら一瞬に二回切りつける余裕があった。


 最後に止めを入れてあたりを見回す。


―もういないな。戻るか?―


 意思を形にして、意識下のカルルに問う。


『大したものだ、聖霊様。ただ、忘れるな。肉もヒレも五匹分集めるのだ』

 カルルの答えは現実的だ。


―オイオイ、ヒレもかよ―


 こいつは俺を「聖霊様」と呼ぶが、言葉に見あった尊敬の念がどれだけ込められているかは甚だ疑問だった。


『そうだ。金になる』


 俺はこの世界の金になど興味はないが、しぶしぶヒレを切り取ろうと刃を入れた。


『代われ。キズがつく』


 俺の手つきを見たカルルが告げる。神経系統を再び渡して休むことにした。思っていたより疲れたようだ。


―ところで…なんで金なんだ?―


 ふと気になってきいてみる。

 今回ダイブした後、カルルの最初の行動が俺の滞在時間を聞くこと、次の行動が集落の氏族長へ直談判を行い、単独での狩りの許可を得ることだった。半日がかりで説き伏せてすぐ出発したのだが、詳しい目的は聞いてはいない。


 俺が最初にカルルにダイブしてから3ヶ月。

 俺の知る限り、カルルは金のために危険地帯に来るような思考の持ち主ではなかったはずだった。


『後で話す。急ごう。空が変わる。』


 話をはぐらかされた気もするが、仕方ない。

 空の色が変わることは、現実世界で夜になる、もしくは夜が明けることに似ている。現実世界の荒野に夜行性の肉食動物がいるのと同様、この世界でも空の色が変わることによる生態系の変化には常に注意する必要があった。とりわけ今のラパンサがうようよしているような危険地帯では尚更だ。

 もっとも、この世界の空は青と赤が交互に訪れるので、どちらを夜と呼ぶか微妙なところだ。敢えて言うなら、人々が家に籠る赤の空こそが夜に近いだろうか。赤の空はまた、危険生物の活動が活発化しやすい時間として認識されていた。


 青の空が赤に変わり始める。

 カルルは、集落に帰るために荷物をまとめていた。ラパンサから剥ぎ取ったものを丁寧に纏め、肉も持ってきた別の容器に入れた。2日間の滞在で、結構な量のラパンサを狩っていた。

 来たときと同じように物陰から物陰を伝って危険地帯の入り口まで戻る。危険生物との不要な接触を避けるためだ。


 危険地帯はこの世界の人間ーー外見上は若干異なるがこの世界での支配的な知的種族ではあるーーが滅多に立ち入らない場所だ。この危険地帯は「水の谷」と呼ばれていた。


 空気は液体のような密度をもち、他では存在しない魚介類や甲殻類のような危険生物が多いことで知られている。多分この水のような空気にも原因があるのだろう。


 危険地帯の中心部では大気の密度は同心円のように中心部に行くほど濃くなり、中心部にはより危険な生物がいるらしい。単独で狩りに出かける無謀さを持つカルルも、中心部には絶対近寄らなかったことからもそれは明らかだった。


 道すがら、俺はカルルに聞いてみた。


ーなんで一人にこだわったんだ? ホランもレンジも連れてきてよかったんじゃないか?ー


 同じ問いかけは既に何度か行っていた。そのたびにカルルにはぐらかされたのだが。


『ジクリアが一人で狩りに出た。ミヤリのためだ。』


ーそれって、いったい……ー


 この世界の狩人が単独で狩りに出ることは稀である。

 複数で出れば予想外の危険生物に遭遇しても生還率は上がる。最悪一人でも生還すれば少なくとも集落で対策を考えることができた。


 それ以上に大事なのは情報や成果を共有することだ。

 特に、よい狩場や珍しい危険生物の情報は集落の財産として共有する必要がある。そういった事情もあって単独での狩りは氏族長の承認が必要だった。


 但しこれには例外があり、その一つが婚姻の申し込みの準備をするための狩りである。単独で狩りに出て、より強大な獲物をとって帰るーーそれは狩人の集落では、婚姻の申し込みをする者には自分の力量と生活力を示すプレゼンテーションの場だ。


 ジクリアはカルルの幼なじみの一人だったが、カルルの異母妹のミヤリに強い思慕の情を持っている。ミヤリの気持ちはカルルに向いているのだが、それを知るジクリアにとって、今回の単独の狩りの目的は彼女へのプロポーズ大作戦なのだろう。


『ミヤリは望んでない。そしてジクリアに対抗するにはそれ以上の戦果を出す必要がある。』


 ポツリポツリと話し出したカルルの話を整理する。

 求婚された集落の女が相手との婚姻を望まない場合には、代理の狩人を指命することができるらしい。


 代理の狩人が求婚者以上の狩猟の成果を持ち帰れば求婚者の要求は成立しない仕組みになっていた。求婚された女の兄や恋人が指命されることはよくあるようだ。

 さらに、代理の狩人は狩猟の成果が求婚者を上回れば、自らが求婚することもできる。ある意味公平なシステムと言えた。


 今回ミヤリはカルルを指名したのだ。


 ジクリアの獲物はバラライと言う危険生物だった。

 巨大な狼の肩に二本の捕食用の触手が付いた怪物といえば分かりやすいだろうか。バラライに対峙する場合は三人以上の頭数を揃えるのが集落の定石だった。


 彼の経験と年齢からすれば十分すぎる成果と言えた。

 ジクリアの焦りが理解できる。彼の狩りの成果を聞いてさらに焦ったのはカルルも同じだろう。

 だがミヤリは、カルルを代理の狩人に指命することで自らの意志を示した。

 カルルならジクリア以上の成果を持ち帰れるーーその信頼だけが理由だとは、俺には思えなかった。


―よかったな、これでお前はミヤリの旦那として求婚することもできるぞ。―


『聖霊様、自分は冗談は好きではない。ミヤリの願いを果たすのみだ。』


 俺の揶揄にカルルは冷静に返したが、それが彼の本心でないことは普段の彼を見れば誰でも分かる。


 ただ、カルルが異母妹のミヤリの思慕を受け入れることはないだろう。例え彼もミヤリのことを憎からず思っており、かつ彼の集落では近親間の婚姻が禁忌ではないにしても。

 このあたりのメロドラマ的な展開も現界で監理局に出すレポートのいい材料になるかもしれない。


 何かが擦れる音。

 濡れた、水分を含んだ何かが地面を湿らせながら這いずる音。

 それに混じって響く、硬くて先のとがった物がいくつも地面に当たって引っ掻くような音。


 俺とカルルはほぼ気付いてはいたが、しばらく放置していた。

 危険生物だとは思うが、こちらを狙ったものかは分からない。自ら探せば相手に発見される確率も高くなる。相手が分からない以上、迂闊なことは出来なかった。


 しかし、音は明らかにこちらと同じ方向に進んでおり、かつ距離が迫っていた。


―何だと思う?―


『自分は知らない。空のせいかもしれない。』


 カルルは、俺達をけてきている奴が赤の空の下で動く危険生物だと考えているようだ。

 今まで、この危険地帯「水の谷」では慎重を期して青の空の下でのみ狩りを行ってきた。今日は少し長居をしてしまったので、空は既に中間色の紫になっている。

 赤の空特有の危険生物で、気の早い個体が出て来ないとも限らない。


―ヤバめってことで了解だ。―


 会話の内容は瞬時に変わった。


 這いずる音は、こちらの視界に入ることを避けながら徐々に距離を詰めていた。間違いない。狙われている。音からして、結構な質量を持つ危険生物だ。カツカツ響く音は多くの足がそいつにあることを想像させた。


 昆虫か?知性を感じさせる動き方だが……

 思考を巡らせた刹那、不意に岩場の陰からそいつは現れた。

 最初に連想したのは派手な色の巨大なザリガニだ。


―魚の次はザリガニかよ!―


『ザリ……何だって?聖霊様』


 下半身は海老の尻尾のような関節。中央部から生えた六本の足の先は尖った爪のようになっていた。上半身はザリガニにそっくりだが、ハサミ上の腕は爪が3つ付いている。体色は青緑色だ。


 普段上半身を上げて動くことが多いからか、目玉は前、つまりこちらを向いていた。光彩を備えた目は血走っている。

 そいつは、両腕の爪を振り上げ、上半身を起こして威嚇の構えをとった。


 そいつの計算では、突然現れて威嚇することでこちらを怯ませてすぐに捕食する予定だったのだろう。

 だが、誤算はこちらがそれを察知した上で準備をしていたことにあった。


 「反応向上クロックアップ」に加え、「筋力強化ブースター」を既にこちらは発動している。続いて「防御上昇ファイアウォール」も発動準備に入っていた。


 不測の事態を考え、身体の主導権をカルルに渡してある。

 戦闘能力の高いカルルに身体の主導権を渡し、俺はコマンドの発動に専念する。予想外の攻撃にも耐性ができるはずだ。


 カルルは右籠手の刃物を付け替えていた。

 切れ味より剛性重視の重くて厚い刀身が鈍く光る。

 左の籠手には小型の盾が付けられていた。右籠手の重量増加へのカウンターウェイトでもあった。

 総重量増加は「筋力強化ブースター」が補正してくれる。


『聖霊様。あれを知ってるのか?』


―いいや。だが似た生き物はいる。殻は固いから継ぎ目を狙え―


 俺たちを恐怖で動けないと判断したのか、そいつは左の爪を降り下ろした。

 風圧でカルルの髪が動き、視界にかかる。

 身をかわして構えたまま体を円を描くように移動させる。次の一撃は予想通り右の爪だった。


 こちらが体を移動させた場所をめがけて突きの要領で繰り出される。右足を踏みしめて地を蹴る。

 懐に飛び込んで無防備な殻の継ぎ目に刃をねじ込む--カルルのイメージではそうなるはずだった。


 しかし、カルルがダッシュした瞬間、こちらに何か鋭いものが猛スピードで飛んできた。


 かわす余裕はない。


 防御を兼ねてカルルが振った右手にガツッと手応えがあった。

 背後にドサリと硬いものが落ちる。

 ビクビクと動くそれは小型ながら腕の形をしていた。


 副腕、とでもいうのだろう。

 普段は胸の辺りに折り畳まれているが、伸ばすことで刺突武器として使われるらしい。

 今のような不意討ちに使われた場合、並みの狩人では避けることは難しかっただろう。カルルが籠手の刃を付け替えていたのは正しい判断だったようだ。


 副腕を失ったことで、そいつはこちらを過小評価していたことに気がついたようだ。

 目がジロリとこちらを見る。

 人間とは違う、異質な怒りのようなものを見てとった。


 そうつの口元から音が漏れた。


「ジュ…ジ…ディ…」


 発声器官があるのか?

 そもそも、この世界ではザリガニが話し出すのか?

 一瞬そう考えるくらいその音は声に似ていた。


「ディダ…チャ………ディダ…チャック」


そいつが絞り出したのは人間の発する声に段々近くなった。

 意味は全くわからない。


「ディダ、チャック?」


 同じ音が繰り返される。

 語尾を上げるのは何かの問いかもしれない。


『聖霊様、分かるか?』


―いや。―


 応じて気づく。

 こいつの発する音は言葉のようにも聞こえる。

 異国や異種族の言葉なのか。こいつもこの世界での知的種族なのか?

 だが、何かがおかしい。


 こいつが、人間が音声によるコミュニケーションを行っていることを知っていたら?

 人間が「言葉」らしき音声を耳にした場合、反応し、意味を探そうと意識を集中することを知っていたら?


 そいつの両の爪が膨れてるのに気づいたが遅かった。

 筋肉の緊張だけではない。中で何かが膨れて充満している。片腕三本づつの爪は大きく開き、中心にある穴が開いている。

 何かを射出するつもりだと気付いたが反応が遅れた。


 液体状の何かが一直線に向かってくる。


 横に跳んで直撃は避けたが、肩や背中の焼けるような感覚がカルルの痛覚を通して伝わる。

 周囲の地面が焼けたようにただれ、穴が穿たれていた。

防御上昇ファイアウォール」が発動してなければ危なかった。


たぶん、消化液のようなものを水鉄砲のように腕から飛ばしたものだろう。まともに浴びれば、鎧ごと一緒に体の半分が溶かされていたかもしれない。今の一撃は直撃ではないが、焼け付くような痛みからして、すでにダメージは皮膚に及んでいるようだ。


 先ほどの言葉に似た音はおそらくこちらの注意を引き、爪からの消化液の発射までの時間稼ぎを行うための姑息な作戦だ。そしてそれは、こいつの知能の高さと、こいつが言語を持つ種族を捕食してきたことを意味していた。

 だが、時間稼ぎを必要とする以上、次の消化液の発射には間があるはずだった。


 多用は禁物だが、コマンド痛覚鈍化ドープ」を発動する。発動に時間のかかる回復系の「身体再構築《リビル

ド》」を発動する余裕はなかった。それに、回復系のコマンドは体組織を再構築するため、回復にかかる時間中の動きを著しく低下させる。

 「痛覚鈍化ドープ」の効果で、高揚感が沸き上がるとともに痛みが和らいでいくのが実感できる。


 カルルのスピードが再びあがった。

 再び爪から液体が射出される。

 だが充填の準備不足なのか、先ほどの勢いはなく量も少ない。

 かいくぐって今度こそ右籠手の刃をそいつの右腕の関節に突きいれる。甲殻の継ぎ目の柔らかい部分を突き破る。


 カルルが右手を降り下ろすと、右籠手の刃は関節の大部分を切り裂いた。切断には至らないが、右腕は半分ちぎれてぶら下がっている。s


「キチキチキチ……」


 何かの器官を擦り合わせて出す響き。叫びのように聞こえる。

 痛みか、驚きか、怒りか。

 何であれ、それがそいつの本当の感情の発露であることは明らかだった。


 カルルの知覚にメッセージを送る。


―頭か胸だ。―


 カルルはこの世界でザリガニのような甲殻類型の危険生物に遭遇した経験はなさそうだ。だが、甲殻類なら、内臓は頭胸部に集中しているはずだ。


 既に懐に潜っていたカルルは、右腕を後ろに振りかぶっていた。円舞闘術リムの動き--左腕を振った反動で右手が加速する。刃の残す残像は斜めに円弧を描く。ずぶり、という感触と共に刃がめり込んだ。

 急所かどうかは分からないがダメージは十分あったようだ。


 胸の副腕がまた伸びる。先程切り落としたのと対のものだ。


 今度は左の盾でブロックする、

 と同時に左腕を振って体を前転させた。

 そいつは素早く移動しながら残った左腕をこちらに向けようとしている。先程の消化液を浴びるわけにはいかない。

 左爪の射角に入ることは避けねばいけなかった。

 

 回転の勢いで前転から起き上がる。

 ここだ。頭胸部の右下。今こいつの右腕は使えない。

 胴体副腕の付け根に突きの要領でもう一撃。

 体液が飛び出してこちらにかかる。

 そいつは甲殻類らしいタフさで怯まないが、動きは明らかに鈍くなった。だが油断はできない。

 「痛覚鈍化ドープ」で痛みを感じず動けるものの、ダメージは体を蝕んでいる。戦いを長く続ける自信はなかった。


 カルルの目線は尻尾の辺りにある歩脚に向いていた。

 片側を二本ほど切断すれば動きは止まる。

 気づいたザリガニが左手で何度か牽制をかけてきた。

 近くで爪が噛み合う音がする。挟まれれば腕は瞬時に握り潰されるだろう。


 カルルが左籠手の盾をかざす。盾があっても防げるものではない――そういいかけて俺は彼の狙いに気がついた。


 盾で遮られた視界の外から左腕が迫る 。盾ごと握り潰すつもりだろう。カルルは盾を突然水平にし、盾の先端をそいつに向ける。そいつの左腕が伸びる。

 こちらを挟もうと爪が開くタイミングで、盾の裏から黒いものが飛び出し、頭胸部に突き立った。


 盾の裏に付けられた単発のボウガン――これが先ほど俺がカルルの意図を察した理由だった。

 命中でザリガニの上半身が弾かれたようにのけ反り、歩脚がたたらを踏んで乱れる。不意討ちに最適の装備なだけではなく、パワーも十分なようだ。


 この機は逃せない。


 カルルはすれ違いざまに右籠手を振る。

 歩脚が切り飛んだ。だが、真の狙いは胸でも脚でもない。


 ダン!


 大きく踏み込んでジャンプする。

 尻尾の関節に脚をかけ、更にもう一度飛ぶ。

 頭の後ろの触覚だか角だかのあたりを掴んだ。

 ザリガニが左腕を振り上げるが、頭の後ろには届かないらしい。次の一撃を右目から脳幹にぶちこんだ。


 狂ったようにその場で時計回りに動きながら左腕を振り回す。カルルは突き入れた右籠手を捻りながら引き抜く。動きが激しくなった。

 振り落とされないよう掴まりながら体の位置取りを行う。


とどめだな。―


「ああ!」


 カルルは叫んだ-今度は意識下でなく声に出して。

 右籠手を今度は左目の眼球に突き入れた。捻りを加え深く突きを入れる。

 二の腕までもめり込ませる勢いでの突きは、どうやらそいつの脳に届いたようだった。のたうち回っていたザリガニがビクン!と身を震わせ静止する。


 右腕を引き抜くとそいつはゆっくりと崩れ落ちた。


 そいつが動かないことを確認すると、カルルは荒い息を吐いて膝を付いた。


―やったな―


『ああ…』


―お疲れ様。だが、休むのは後だ。移動するぞ―


 もう一匹こんな奴が出てきたら、今度こそアウトだ。


『待ってくれ、聖霊様』


―何だよ、急がないと―


『何を剥いで持って帰るべきだと思う?』


―あのなあ。赤の空の時間だろ―


 ここで本格的な休息をとるのは危険だ。

 空が完全に赤くなる前に危険地帯「水の谷」を出るに越したことはない。一方で、あれだけの戦いで得た戦利品を持って行きたいカルルの気持ちは理解できる。


 カルルがこのザリガニもどきを知らない以上、集落の他の狩人も状況は同じはずだ。今回の狩りがジクリア以上の成果を持ち帰ることにあるのなら、限られた時間でなるべく多くの成果を手にするべきだった。


―尻尾が食えるはずだ。あと、何か獲物の大きさが分かる部位がいいな。左腕と頭の角はどうだ。分かってると思うが、全部は諦めてくれ。―


『そうだな、わかった。』


 カルルは手早く作業に取り掛かった。


「川に寄りたい。いいな?」


 帰り道、川を見つけたカルルが待っていたかのように申し出た。水浴びがしたいのだろう。

 俺たちはようやく危険地帯を抜けたところだった。

 先ほどのダメージを回復させるため、「身体再構築リビルド」のコマンドを使い、更に手持ちの傷薬を塗り込んでいた。

 先ほどのザリガニもどきの体液は毒ではないようだが、臭いはひどく、カルルが体を洗いたくなる理由も理解できる。


―ああ、スッキリして帰ろう―


 空は赤く染まっている。色の変わり具合からして、氏族長に約束した帰りの刻限までは少し余裕があった。


 荷物を再度確認する。

 増えたのは、勿論先ほどのザリガニもどきから剥ぎ取った戦利品だ。俺のアドバイス通り、カルルは尻尾の肉を剥ぎ取っていた。他に左腕と頭の角も含めると大人三人分ほどの重さがある。

 一番大きな胸の装甲も剥ぎ取り、それを荷台にしてロープをつけて引き摺ることにしたのだ。

 この辺りの狩猟民族の応用力の高さは目を見張るものがある。


 カルルは、体の鎧を外し、下着も脱いで川に入る。

 額の鉢金も外して、顔に着いた体液も洗い落とす。

 水に映ったカルルの顔は、アーモンド形の瞳と、高い鼻筋を備えた端正なものだった。耳を越える長さの銀髪と相まって、幻想世界の住人のような雰囲気を漂わせている。


 現界の俺の顔と比べて毎回羨ましくなる。

 俺がこの顔だったら、モデルかアイドルで芸能界にでもスカウトされてただろうか?そんな馬鹿な考えすら浮かんでくる。

 眉間に見える縦長の膨らみと線――「第三の目」――もその美貌を損ねる要因にはなっていなかった。


 この世界の人間には皆、この「第三の目」が残っている。

 普段は視覚器官として使われることはなく、半ば退化した器官らしい、というのが監理局の見解だ。

 通常は額の「第三の目」に当たる部分をアクセサリーや布で覆うのがこの世界のマナーだ。カルルの場合は額の鉢金だ。


 余談だが、この世界の日常会話で「第三の目で見る」と言う場合は、できないこと、不可能なことを指す一種のことわざとして理解されているようだ。

 一方で、コマンドに詳しい氏族長のヴィナ曰く、「第三の目」はコマンドの発動と関係しているという話もある。高位のコマンドを使う人間は「第三の目」を開かねばならない、とも聞いてはいたが、狩人の集落で高位のコマンドを使う人間もいない以上、確かめようがなかった。


 帰りは行きと同様3日かかる道程だった。

 危険地帯は抜けているので、赤の空の下でも大きな危険生物に遭遇することはない。

 青から赤に、赤から青に空の色が変わる。それが3回目に見るころ、ようやくカルルの集落「ミサンナ」の門が見えてきた。

 門が見えたきろに、カルルの体に疲労感が満――ちるのを身体の感覚を通して知る。


 ようやく家に戻れて気が抜けたのだろう。

 危うく開門のコマンドを忘れるところだったらしい。周囲の地面から大木の根のようなものが姿を現しはじめた。

 それは、こちらに向かい、まるで意志を持った触手のように確実にこちらに向かってくる。


―おい、カルル。いつもの奴、忘れてるぞ―


「カ……カルルマスカン!」


 カルルの言葉が周囲に響くと、根のような物が動きを止めた。

ゆっくりと引いていき、やがて地中に消えていく。

 

 ミサンナの門の防御機構だ。

 俺も見るのは始めてだったが、門から一定の距離に近付いた者には、自動的に発動する防御機構があると聞いたことがある。

 あの触手のような根が、侵入者を縛り上げるのか、それ以上の攻撃行動を取るよう設定されているのかは定かではない。


 解除コードとして設定されているのは、集落の住人それぞれの本名――真名、カルルの場合は「カルルマスカン」――だ。

つまり、集落の住人しか入れないのが原則だ。


 門をくぐると、ミヤリ達が出迎えに来ていた。


 戦闘を意識しない軽装は現界のワンピースのようにも見える。グリーンのベースに黄色のラインが流れるように入ったデザインは、現実世界なら前衛的すぎると評されるだろう。


 髪はいつもの通り頭頂部に向かって結わえられている。大きな目とすっきりと通った鼻梁を引き立たせるためか、いつも描いている頬の文様は控え目にメイクされていた。


 ミヤリは踊り手だ。

 狩人の集落では戦闘に従事しない数少ない存在で、祭祀では重要な役割を果たす。


―おめかししてるんじゃないか? 何か言ってやりなよ。―


 俺は冷やかしたが、カルルは俺に答えなかった。

 だが、カルルの顔が緩んでいることは知覚できている。カルルの気持ちも明確なようだが、実際のところカルルがミヤリとどう接していくのか掴みかねてはいた。


「ミヤリ。元気だったか」


兄様にぃにぃ、お帰りなさい。首尾はどうだった?」


「見ての通りだ。安心しろ」


 照れ隠しなのか、必要以上に短い言葉の後に、カルルは肩掛けの袋を軽く叩いた。ラパンサのヒレや肉で膨れてはみ出さんばかりだ。次いでザリガニのパーツの山を指差す。


 ミヤリの目が見開かれ、賞賛の眼差しになる。

 俺にはカルルの顔が見えないが、「ドヤ顔」というやつになっていることは感じ取れた。


「これで兄様にぃにぃの勝ちじゃないかな。本当にありがとう。……ジクリアには悪いけど」


 そのまま並んで氏族長の家に歩き出す。

 狩りの報告を行う必要があった。


「あと、聖霊様もだよね。聞いてるんでしょ? 兄様にぃにぃを助けてくれてありがとう」


 ミヤリはこちらを見ながら悪戯っぽく笑った。

 カルルの中にいる俺に直接語りかけるように。


 彼女の笑顔自体がコマンドみたいなものだ。

 見たものは足を止めずにはいられない。集落の中で彼女に気があるのはジクリアだけではない。


 しかしカルルの鎧の背中が大きく破損していることに気付くとミヤリの顔が曇った。傷は治したものの、鎧を修復するのに必要な第二の門のコマンドはまだ修得できていなかった。


「…ごめんなさい」


 下を向いて小さく呟く。


 ラパンサは数匹を一人で相手にするには危険な相手だった。

 更に先日のザリガニもどきは、集落でも始めて見る危険生物だったようだ。これは、ザリガニもどきの戦利品に集落の人間が集まってくることで実感できた。


「あんなお願いしたから、きっと兄様にぃにぃは無理して…」


「お前が頼まなくても自分は狩りに出るつもりだった」


「それって…」


 ミヤリの顔が一瞬輝く。

 ジクリアの求婚に異議を唱えるために、ミヤリがカルルを代理人に立てた。それが建前だ。だが、今のカルルの言葉からすると、自らの意志で単独の狩りでジクリアに挑戦するつもりだったことになる。


 そして、求婚者への対抗馬として単独の狩りに挑む者は、勝利の後は求婚することが多い。

 ミヤリはこの最後のケースを期待したのだろう。だが、カルルはそれ以上を口にしない。


―カルル、何か言うべきなんじゃないの?―


 返答はない。

 こっちがじれったくなってくる。


 少しミヤリとの間に沈黙が流れる。

 おそらく彼女はさっきのカルルの言葉を心で反芻しているに違いない。

沈黙は意外なところから破られた。


「すごいね、やっぱりカルルは」


 馴染みの声。

 振り向くとレンジだった。目を輝かせている。

 いつもカルルの後を追いかけているレンジだったが、今日は英雄を崇めるような顔をしていた。


 横にはホランの姿もあった。


「やったな、カルル」


 ホランは、まるで自分の手柄のように嬉しそうな顔を浮かべてカルルの肩を叩いた。腕を組み頷きながら続ける。


「これでジクリアに負けたと思う奴は誰もいないぜ。」


「ホランはあたしと同じこと言うねえ。」


 ミヤリが続ける。


「まあ、兄様にぃにぃならとは思ったけど、あのデカイ奴まで仕留めてくるとはねえ。」


「あとはあれだよな。」


 ホランは急にからかうような口調になる。


「カルルがミヤリに婚姻の申し込みをするだけだな。」


 慌てたのはミヤリだった。


「ちょっと! な、何いってんの。」


 動揺がその気持ちを雄弁に物語っている。


「まあ、僕もミヤリがカルルと一緒だと嬉しいけどね。従姉妹と将来有望な狩人だしね。」


 レンジが意外なところで意見を表明した。


「レンジ、こいつ…」


 ミヤリはレンジの頭をこづく。二人は従姉弟だった。つまり、カルルとも親戚ということになる。

 ホランが二人のやり取りを見て愉快そうに笑う。


 カルルはそんな彼らをずっと見ていた。

 彼の中にいる俺は、その眼差しが暖かいものであることを感じることができた。


 いつの間にか氏族長の家の前に来ていた。

 集落の多くの家は布と木を中心に作られた民族風のものだが、氏族長らしく一際大きな家だ。屋根は危険生物の革で覆われ、正面の扉も角で装飾されていた。


「自分はヴィナへ報告に行く。後でな」


カルルが言った。


「わかったよ、カルル」

「後でな」

「しっかりね、兄様にぃにぃ


三人と別れて家に入ろうとする瞬間、刺すような視線を感じた。


 カルルが顔を向ける。

 ジクリアが背を向けて去っていくところだった。

 カルルの意識から伝わってくるのは勝利の優越感ではなく、複雑で混乱した感情だった。

 あえて翻訳すると「残念」ということになるだろう。


 昔はレンジやホランと談笑する輪のなかに彼もいたのだ。

世代が同じこともあって、カルルとジクリアやホラン、レンジはいつも一緒だった。


 ジクリアがミヤリに向ける想いは、ミヤリがカルルに寄せる気持ちを知って強烈なライバル心と嫉妬になったらしい。ジクリアはカルル達と距離を置き始め、狩りを共にすることはなくなった。最近は言葉を交わすことも少なくなっていた。

 カルルはしばらくジクリアの背中に目を向けてから、氏族長の家の門をくぐる。


-いつか、全部すっきりさせないとな。-


 俺は言葉を選んでカルルに意識を伝える。ジクリアのことも、ミヤリとのことも、という意味だった。

 一瞬の間があって返事が返ってきた。


『判ってる、聖霊様。』


 門を潜ると氏族長の護衛役のタムが声をかけてきた。


「よう、カルル。今晩は宴じゃないか?どうやって自慢するか考えとけよ。」


 飄々としているが彼は狩人のリーダーのアマラと並ぶ使い手であった。


「ああ、まあな…。だがまずは、地面じゃない場所で眠りたい。」


 カルルの返答には疲労が強く感じられた。


「あと、あの見たことないやつ。あれどうやって料理するよ。」


「聖霊様いわく、火を通せば大概の料理には合うようだ。」


 カルルは告げる。俺も興味があった。


「そうそう、ヴィナは薬草摘みに出掛けてるぜ。出直したほうがいいんじゃないのか。」


 今回は狩りの成果の申告に加え、初めて見た危険生物と思われるザリガニもどきについての報告も必要になる。


 氏族長のヴィナは聡明な女性で、薬師であり、同時に許諾者ライセンサーの資格を持つコマンド使いでもあった。俺の使うコマンドも、元はカルルがヴィナより許諾ライセンスを受けたものだ。


―空振りだったな。どうする?―


『戻って寝る』


―氏族長への報告は早めがいいんじゃないのか?―


 カルルは答えず、自宅へ歩き出した。

 氏族長の家からは遠くない位置にあり、簡素な一軒屋だ。


「少し休む。」


 短く告げると、鎧を脱ぐや否や真っ直ぐに寝床に向かう。


 ふと、俺の思考にアラートが上がってきた。

 もうすぐダイブの限界時間だ。

 カルルが一眠りして起きる頃には宴会が始まるだろう。

 宴会にはラパンサやザリガニもどきの肉も出てくるはずだ。ミヤリの踊りもあるだろう。何より、宴の席上では、氏族長がジクリアの求婚が成立しないことを宣言するはずだ。


 その瞬間を見ておきたかったが、あと主観時間で5分もない。

今回は諦めるしかなさそうだ。


-なあ…-


「ああ?」


カルルはそうした間にも眠りに落ちそうだった。


-言ったよな。時間だ、いったん戻るぞ。-


「…わかった…」


 俺の言葉が理解できてるのだろうか?


 現界に戻ることを意識し出すと、ふとプログラム相手に人間のように「話し」ている自分におかしくなった。

 どうも俺は、ダイブによる没入レベルが人より高いらしい。

監理局によると、あまり没入レベルの高いダイバーは、現実世界に再度適応するためのセミナーだかカウンセリングだかが必要らしい。


 過剰ベクションとか自己環境認識障害とかいう名前だったと思うが、俺の関心事はどのくらい時間がとられるかだ。只でさえダイブ後はメディカルチェックやら何やら色々な手順が用意されている。


あまり時間を取られすぎて、現実世界でのバイトに穴をあけたくないというのが正直なところだ。


 現実のことを考え出したところで、ダイブの切断シークエンスが始まった。

 裏返るような、引き剥がされるような、宙に浮くような不思議な感覚。これも毎度のことだが、あまりいい気分では……。


 やがて、すぐそばに感じていたカルルの存在が感じられなくなった。

 代わりに、別の感覚が徐々に戻ってくる。聴覚が、触覚が、そして嗅覚が次々に戻ってきた。ダイブ前には慣れ親しんだ感覚のはずだが、妙に遠いものに感じられる。

 最後に視覚が戻り、天井の照明が目に入る。

 それは痛いくらいに眩しかった。


 俺は、ダイブ前と同じベッドの上だった。

 顔を起こした俺は長い息を吐いた。

 溜め息だとわかった。













初めまして。少しでも多くの皆さんに好きになってもらえるよう頑張ります!

なるべくコンスタントに更新していきます。

よかったら御一読ください。


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