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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
16/37

勤務

「うっす、誰かと思えば村田センパイ。久しぶりですね」


 佐古田は相変わらず嫌味を言わないと気がすまないらしい。


「今日は4時間いてくださるみたいで」


 シフト表を見ながらわざとらしい丁寧な言い方をする。

 開店前のミーティングでのことだった。


 電話が鳴る。インプラントデバイス全盛の今どき、固定電話どころか携帯電話を使ってるやつさえ珍しいが、店長の趣味だ。

 「ピッチ」と言う初期の携帯電話を模しているが、中身は最新の特注品らしい。


「はい、Energizedエナジャイズドです」


 佐古田が苛立ちを隠さない声で受話器に出る。お客からの電話かもしれない、という配慮は感じられなかった。


「え、休み!?ライブ? 」


 佐古田の声が大きくなる。

 どうやら電話は山内らしい。山内美南やまうち みなみ

 4、5人でユニットを組んでいる音楽志望の女子だ。今回も次のライブ出演が決まって休みの連絡をいれたのかもしれない。


「あのさあ、君、給料もらってんだよねえ。別にウチはいいよ、君いなくても」


 嫌な空気が場に流れる。

 電話の内容を皆に聞かせるつもりだろう。これは一種の見せしめだった。電話しながら全員の顔を、特に俺の顔を見ていた。

 今日の出勤者は俺と前田莉緒、それに後二人だ。


 急に休みを言われて困るのはわかる。

 山内は気の強い、というか我の強い人間だ。佐古田の言うことも間違っていないし、ホールを預かる責任感から来るのかもしれない。


 だが、その場の雰囲気をいたずらに悪くするのも責任者として誉められた行動ではないだろう。

 なおも佐古田は俺を見ている。


「はい?何?何か反論ある?」


 その顔は「俺はお前にも同じ事を言ってやりたい」と書いてあるようでもあった。

 その時、前田莉緒の声がした。


「佐古田さん、店長来たんじゃないですか?」


 佐古田は敏感に反応した。顔がみるみる変わる。


「今度だけだぞ。また次話そう」


 そう言って慌てて電話を切るが早いか、


「店長、お早うございます!」


 明るくそう言ってドアに向かって歩きだす。別人のようだ。

 数秒で戻ってきた顔には怒りが浮かんでいた。


「店長いないじゃん、前田さん、どういうことだよ」


 彼女の前に立った。


「あれ、すいませんでした、佐古田さん。確かに店長の気配したんですけどねぇ」


 とぼけても嫌味な感じはしない。これは彼女の持ち味だろう。

 彼女が機転をきかせたハッタリで店長の山内への叱責を終わらせたのだ。


「チーフだ。佐古田チーフ。言ったよな」


 そこですか?という疑問。何かしなくては、という衝動。

 気がつくと、思いもかけず言葉が口をついて出ていた。


「あのう、佐古田チーフ、開店準備あるし、そろそろミーティングやらないと……」


 自分でもびっくりした。佐古田は今度は俺をじろりと睨む。


「はあ?そんなこと分かってんですよ」


 俺はまっすぐ彼を見た。視線がぶつかる。一瞬沈黙が流れた。


「ちっ。バイト風情がまったく」


 吐き捨てるように言うと、皆に向き直った。

 ちらっと前田を見ると、こちらを見て笑顔を浮かべた。


 開店後二時間を過ぎた。客足はいつも通りまばらだ。  

 Energizedエナジャイズドは平日は昼はランチ、カフェタイムは17時で閉めて19時からダイニングバーで営業再開する。

 そろそろランチタイムも終わり、一息つける時間帯だ。


「さっきは有り難うございます。村田さん」


 休憩時間に入る直前、前田が声をかけてきた。


「ああ、いや、そんな。何でもないよ。それより……」


「え?なになに?」


「あれ…ハッタリでしょ。店長が来たとか」


 小声できいてみた。


「わかっちゃいました?」


 悪戯っぽく小声で笑う。


「前田さんのキャラが確立してるし、さすがの佐古田さんもストレートに聞けなかったんじゃないかな」


「ちっちっち」


 前田が人差し指を左右に揺らせた。


「佐古田さんじゃなくて、『佐古田チーフ』ですよ。そこ、彼的には大事ですから」


 吹きそうになる。ユーモアのある女だ。


「はい、ログインワード」


 紙きれを渡された。


「48時間内ね。IDは『りおりお』」


 今はコミュニケーションは音声もメッセージングもデバイス共通のアプリケーションで行うのが主流だ。

 相手を探して繋がるには、相手のIDを検索して「ログインワード」なる一種のパスワードを入力する。ログインワードを渡すのは信頼できる相手に限らないと後々トラブルを招くことになる。


 つまり俺は彼女の「友達」に昇格したのだ。

 心のなかで祝砲が一斉発射される。踊り出したくなる気持ちを押さえて客の皿を片付けにいった。


 監理局へ向かうUV-Unmannedアンマンド Vehicleビークル-無人車両、自動運転の無人バスといえば解りやすいだろうか-に揺られながら、俺は自分のデバイスで前田莉緒のIDを検索した。シフトが終わって一眠りしたので半日以上経っている。

 これからダイブでしばらくは現実世界に戻って来られない。

 今のうちに彼女にメッセージを出しておきたかったのだ。


「お疲れさまです。村田です。前田さんはお仕事終わりましたか?」

 最初はこれくらいが無難だろうか。何度か文章を消しては入力しなおしたが、他に思い付かなかった。


 送信。


 画面をしばらく見つめてたが返事はない。

 当たり前だ。彼女が俺の送信タイミングに合わせてデバイスを見ているわけもないのだ。


 監理局に着くまでぼんやりと外を眺めていた。

 UVは一般道路から車両共用高架線チューブに入っていった。車両共用高架線チューブはUV全盛の時代になってから実験的にできた都市インフラだ。


 地上4階くらいのところに設けられた高速道路がすっぽりとガラスの管に入っていると想像すれば早いだろう。

 これは景観を損ねない程度に東京の街の中に張り巡らされており、バスの役目を担う公共UVの停車駅もある。オフィスビルと接続している停車駅も多く、東京の名物のひとつになっていた。


 チューブに入ったUVはスピードを上げた。車両共用高架線チューブの透明な外殻を通して茜色の空が見える。灯りがつき始めた街に当たる夕陽が美しかった。俺の好きな時間帯だ。


 周囲の乗客を見るとスーツ姿が目につく。ダイバーのバイトをしなければバイト暮らしの俺がエリート様達の暮らすこのエリアに来ることはなかっただろう。この景色もダイバーをやってる間の特典みたいなものだ。


 視界の隅に見えた監理局のビルが段々大きくなる。

 これからダイブの準備が入ると、もう前田莉緒のメッセージを見ることは難しい。

 その時ポケットの振動がメッセージの受信を伝えた。


「メッセージどもです♪あともう少しで仕事終わります。村田さんは何してますか?スイーツのオススメ探しといてくださいね」


 監理局前にUVが停車した。停車駅は監理局のビルと接続しているが、俺のようなダイバーはセキュリティチェックのため正面ゲートに回らねばいけない。


 沖津から言われていた集合時間まであまり余裕がない。

 歩きながら急いで前田莉緒に返信を返す。


「お疲れさまです。今から別のバイト入っちゃって暫く連絡が繋がらないけど、終わったら連絡しますね。スイーツの店も探しときます」


 今回のダイブは一週間はかからないはずだ。彼女から返信があってもタイムリーに返せるだろうか。それだけが心配だった。


 門に着いた俺は、いつもの複雑なセキュリティチェックを淡々とこなす。ブリーフィングルームに入った俺の前に、沖津が机に紙を広げて待っていた。


「おはようございます、村田さん」


「どうも。その紙って……」


 誓約書の文字が見えたので、開口一番で質問してみた。

 今までのダイブではなかったことだ。


「ああ、これ……誓約書ね。」


「ダイバーになるとき確か……書きましたよね?」


「今回のミッションは少し特別なので、中で話した結果、誓約書が必要、ということになりました」


「えっと……」


「これからちゃんと説明しますね」


「はあ……」


どうせロクなものではないだりう。


「今回、他のダイバーとの共同作戦になります。前例は非常に少ないのですが、必要なことだとの結論に至りました。理由を説明したいのですが、理由自体が高い機密性コンフィデンシャリティを持ちます。なので、まず誓約書にサインお願いしますね」


 にこやかに話す沖津。だがどうも話が違う気がする。


「あの、まずサインですか?内容の説明前に?こないだ聞いてませんでしたよ?」


「はい、内容聞いてからじゃ遅いので。あと、共同作戦にすることは一昨日決まったので。勿論今からキャンセルも可能です」


いつになく事務的な態度といい、どこか引っかかる。だが、優先課題としての報酬は魅力だった。


「わかりました。サインが先……ですよね。」


 言いながらサインする。どうせダイバー始めた時にあれもこれも秘密だと言われてるのだ。


「はい、それではまず、概要ですね。最初の消失ロストがあったのは、3週間ほど前で、ダイバーは大村由実。35歳。飲食店勤務。その一週間後に吉田一男。40歳の運送業。そして水谷ツバキ、19歳の学生さん」


「ちょっと待ってください、そもそも消失ロストって何なんですか?」


「あれ、言ってなかったっけ……まあ、BiSiPバイシップから意識が戻って来なかった人ですね。一言で言うなら強制終了でも意識が戻らない人、と言うことになりますね」


 言いながら沖津は苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「そんなことって起こるんですか?ダイバーになる前の最初の説明では……」


「そう。起こらない想定です。いや、『でした』かな。だから我々も焦ってたし、今回救助隊を編成するのもそれが理由です。ちょっと順番に説明しますね」


 救助隊?それが今回俺がやることなのか?


「まず、消失ロストですが、ダイブのセッションが物理的にしか維持されてない状況です。論理的には維持されていないため、監理局からの強制終了もダイバーからの強制離脱もできない状況と言えます」


「すいません、余計にわからなくなりました……」


「ダイブの最中に接続が切れてしまったので、ダイバーの意識はBiSiPバイシップ内に置き去りになった状況とも言えばいいかな。これがどういう状態なのか、なぜ起きるかは解明できてません。でも対処法は過去の実例から帰納的にわかってます」


「ちょ、俺、学があるわけでもないんで……要は、ダイブ中にあちらの世界に取り残されてしまうってことですよね。それでどうやって助けるんですか?」


「我々はBiSiPバイシップ内にハブとなるポイントを儲けてるの。自律プログラムには感知されないよう偽装してね。そこでは現実世界との双方向通信が可能なの。BiSiPバイシップ内で接続が切れてさまよってるダイバーの意識をそこに接続すれば、ダイバーの精神や魂をサルベージすることが可能です。現にそうやって救出された事例もある」


「つまり、BiSiPバイシップ内で消失ロストしたダイバーを探して、どこかに連れていけばいいってことですかね?」


「さあっすが村田さん!」


 沖津は言葉を切ってファイルをめくる。少し手が止まった。

 俺の目を見る。


「最後の四人目はよく知ってるかもね。鎌田孝二。30歳無職……」


「知ってる……って意味わかんないっすよ。そもそも守秘義務あるわけだし、俺とその鎌田って人の接点なんてあるわけないじゃないすか」


「いいから聞いて。この最後のダイバーは関係あるの。タイプは支配型。消失ロストした場所はBiSiPバイシップ内の呼び方で『モウラ』という街」


 モウラの街?頭の中で一つの予感が形を作りつつあった。

 そんなはずはない。


「あなたのダイブレコードでは、BiSiPバイシップ内で彼を差してる呼び名もあったね。『狂鬼ドーガ』というほうがわかりやすいかな」


 頭を殴られたような衝撃が襲った。

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