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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
15/37

喫茶

 目覚めると、白い天井が見えた。


 首を横に向けると、赤くも青くもない灰色の空-なんだ、ここは?なぜ空がこんな色をしている?


 数秒考えた。現実世界だ。監理局の中としか言い様がない。

 なぜここにいる?頭が状況を認識するまで暫くかかった。


 音声放送が流れる。


「沖津さん、沖津さん、至急4番のお部屋にお願いします。」


 妙に切迫した感じの放送だ。沖津?そうか、担当の沖津絵里だ。

段々意識がはっきりしてきた。本当に現界に戻って来たらしい。体をゆっくり動かしてみる。まだ馴染まない。妙な違和感が抜けなかった。


 一切の説明がないまま、スポーツテストとメディカルチェックが続いた。

 職員に聞いてみても事情を知ってる者はいなそうだった。


 沖津はいつ現れるのだろうか?来ないならそれでもいいが、さっさと帰ってベッドで寝たい。

 メディカルテストが終わって二十分ほどカウンセリングルームで待ったころ、自動ドアが開いた。


「村田くん、おかえりぃ。ゴメンね、遅くなっちゃって」


 沖津の声だ。

 彼女の後ろから続いて男が現れた。ダイブ前に会った上役の加藤だ。ダイブの記憶と経験が鮮明すぎるのか、数ヶ月会ってないような感覚に囚われる。


「何かあったんですか?慌ててましたけど」


 自分の声を自分で聞く違和感。現実世界で誰かと話すのが10日ぶりだと気付いた。


「ダイブ終了直後で悪いんですけど、カウンセリングの前に、次のダイブのアレンジをさせてもらっていいかな。」


 沖津の声には少し緊張感があった。焦っている。

 こんな彼女を見るのは初めてだった。


「え?もう……ですか?でも、俺ちょっと昼間のシフトも確認しないと……」


「いや、今メンバーのアレンジ大変なのよ」


 こちらの言うことを聞いてない。メンバー?アレンジ?

 話が見えてこないが、無難な質問をした方がいいだろう。


「通常のシフトと違うってことですかね?」


「えっと、次はですね……」

「沖津君」


 沖津の言葉を遮って加藤が口を挟む。


「あ……すいません」


 口をつぐんだ彼女に代わって加藤が続けた。ただ人を上から見下ろすような声音。それでいて口調は丁寧そのものだ。


「村田さん。次回は監理局から重要な目的でダイブをお願いさせてほしいと考えてます。ですが、詳細な説明をする準備が我々にはできていない」


「今じゃダメなんですか?目的くらい聞いておきたいですよ」


「残念ながら。今ここで我々は、有望なダイバーの中で誰がアバイラブルか確認しているところです。まずは村田さんの日程を確認させて頂きたい」


「アバイラ……?え?」


「日程調整可能かってことですよ」


 聞き返す俺に沖津が補足する。

 エリートはどうして難しい言葉を使いたがるのか?

 日程空いてますか、で十分なはずだ。


「無茶な話ですね。で、いつから……ですか?」


 俺は躊躇しつつ答える。非正規雇用だからっていつでも空いてると思わないでほしい。


「準備もあって、来週早々くらいです」


「つまり、5日後にまたダイブ……と」


 憮然とする俺に沖津がフォローする。


「ゴメンねぇ」


「何日くらい潜ればいいんですか?」


「……10日……あ、いや、一週間でいいから。それはもう、今回の残りの時間でいいですから」


「村田さん、貴方の協力をお願いしたい」


 加藤が頭を下げる。俺は沈黙した。この時点でもう受けたも同然だ。


「あと……俺、『共存型』ですよ。カルルの……ダイブ先のプログラムの都合の範囲内になりますけどいいですか?」


「それは大丈夫です。捜索範囲はプログラムの役割の行動範囲内を大きく逸脱する必要はありません」


 無茶なシフトの組み方だが、正直ダイブのバイト代のほうが稼ぎがよくなりつつあるのは確かだ。


「あと、今回は優先任務ってことでいいですか?」


 すかさず付け加える。優先任務の与えられたダイバーへの特別手当は馬鹿にできない金額だ。確認しておく必要があった。


「もちろんです」


 加藤が苦笑いしながら答えた。


「決まりですかね」


 沖津がニッコリ笑う。


――――――――――――――――――――


 次の日、俺は地元の駅前をぶらぶらしていた。

 新宿に行ってもみたが、メンズ服の店を回っても退屈だったので結局地元の街に戻ってきたのだ。


「現実と境界ついてる?」


 沖津に昨日カウンセリングで言われた言葉だ。

 帰還直後に次のダイブを依頼された後、加藤は上役とのやり取りがあるとかで急いで退室した。


 その後のカウンセリングは沖津一人の担当になる。

 予想していたが、カルルが使用した『第二の門』のコマンドについて色々と訊かれた。

 加藤はダイブ前にコマンドの習得状況に関心を示していた。それが影響しているのだろう。


 話がシャルナの使った『第二の門』の「電撃放流サンダーウェーブ」に及ぶと表情が強張る。聞いても応えないが、監理局も全く知らない訳ではなさそうだ。

 沈黙を破って、気になっていたことを聞いてみる。


「ダイブの前に、別のダイバーに出会うって言ってたのは……、あのイカれた盗賊のことですね?」


 沖津が固まる。先程の落ち着かない感じが戻っていた。

 彼女の返事は動揺を隠すかのようにそっけない。


「そうですよ」


「で、俺は……ダイブ前に色々言われたけど、特に問題なかったってことでいいですよね?」


「はい、まあ……そうですね、あなたには」


「ってことは、あのダイバーには問題ありってことですよね。いいんですかね、あんなイカれたダイバーがそのままで」


 俺自信予想しなかったことだが、自然とあのダイバー……狂鬼ドーガを糾弾する言い方になっていた。脳裏にレンジの顔が浮かぶ。


「………」


 彼女の沈黙と動揺が気になる。


「……ちょっと沖津さん、どうしたんですか?黙っちゃって」


 ややあって返事が帰ってくる。


「次のダイブ前に……お話します。ダイブの話に戻っていいですか?」


 そう言うと、若干強引に話を変えた。彼女の動揺はモウラの街の戦いを過ぎると落ち着き始め、帰り道のジクリアとの果たし合いに差し掛かるといつもの調子を取り戻し始める。


 戦いを制したカルルとジクリアのやり取りには身を乗り出すようになり、帰還後の宴で行われたカルルとミヤリの舞に鼻息を荒くしていた。


「それで二人は?チューしたの?」


「ちょ、そこですか?聞くポイントそこですか?というか異母妹ですしね。」


「ヤッバい。お姉さん、鼻血でそう。萌えすぎてもうヨダレ止まんない。それでそれで?二人は?その夜どうなったの?」


「どうもこうも、そのあとカルルは酔って寝ちゃったので、俺が直接制御して送ってきましたよ。ミヤリと途中まで一緒だったけど、何もなかったんじゃないですか?てか、アーカイブ探せばいいじゃないですか」


 どうやらいつもの沖津に戻ったようだ。


「村田くんの目から見た生の情報が一番萌えるんだって。ところで……」


「え?」


「もしかして……BiSiPあちらのほうが充実してたりしない?」


「……」


 言葉がでない。図星だった。


「はい、今日はここまで。当日加藤さんと私とでまた話しましょう。それと……ダイブを無理にお願いしてるのに言えた立場じゃないけど、こっちでも楽しいこと見つけたほうがいいよ」


 昨日のやり取りを反芻はんすうしていると後ろに近づく足音に気付かなかった。


「あれあれ、もしかして……村田さん?」


 後ろから声をかけられた。


「あ、前田さん、どうもです」


 前田莉緒――Energizedエナジャイズドでシフトが一緒になることの多い一人だった。

 確か忘年会で帰りが同じ方向だった。意外と近くに住んでいたらしい。


 短めの髪と長めのカーディガンにジーンズ。ブランド品ではないが、自由が丘あたりにいそうな格好にうまくまとまっている。


 型通りの挨拶をして誤魔化したが、俺は結構動揺していた。

 前田莉緒。気になってた女子だ。

 派手な顔立ちではないが、和ませる感じの顔で誰からも好かれていた。


「あれ、今日は別のバイトじゃないんでしたっけ?」


「え、あれは昨日までです。今日は夜からかな」


 俺は無難に返す。

 ダイバーであることは言えない。なぜか言う気になれなかった。


「そうなんですねえ。じゃ今はぶらぶらしてる感じですか?」


「まあ、そんな感じです。前田さんは?」


「夜からシフトなんですよ。時間あったから本屋行ってました。」


「あの駅前の?」


「そうそう。順奉堂じゅんぽうどう


 彼女は俺がコミックを買いにたまに寄る本屋の名前を口にした。電子コミック全盛の世の中で、あえて昔の紙のコミックを探すのは俺の密かな楽しみだ。


「あそこ、紙のコミックが結構置いてあるの知ってます?」


「え、ホントですか?すごいな、珍しいですよね」


 彼女の笑顔が弾けた。

 なぜか顔立ちが全く違うはずのミヤリを思い出す。


「時間あるなら……カフェでもいきませんか?」


 自分でも不思議なくらい思ったことが口に出た。

 生まれてこのかた彼女どころか、女子をデートに誘ったこともない俺が。まずい。気まずくなってしまうかもしれない。

 すぐに後悔したがもう遅い。


「カフェ…そんなオシャレな響きの店はこの辺にはないですよ」


 少し笑って彼女が言った。

 だよな、何を言ってるのか。恥ずかしさで頭が破裂しそうだ。

 大体俺はこの辺のチェーン店以外のカフェをひとつでも知ってるのか?

 そもそも俺のような顔も普通の非正規社員が前田莉緒に声をかけていいわけがない。仮想世界に入り浸って自分をカルルのような美形と勘違いしてしまったのか。


「少し古いけど、『ロンドン』って喫茶店なら近くにありますよ。」


 意外な返事、そして意外な展開だ。

 まさか、OKしてくれたのか?前田莉緒が?


「あ、ぜひ!」


 それだけ言うのがやっとだった。彼女の後を歩き出す。

 夢のようだ。


「ロンドン」は確かに変わっていた。この時代に合うことを拒否している。かつて平成の前にあった昭和という時代をそのまま持ち込んだような古めかしさだが、店内はよく掃除されている。革張りの椅子に腰を下ろして俺と前田莉緒は向かい合っていた。

何を話せばいいのだろう。


「ここ、たまに来るんですよ。なんか昔あった昭和とか平成のころの喫茶店を復活させたみたいで、建築も残してるらしくて」


「知らなかった。この辺にこんなとこあるなんて。あと、前田さんがカフェ好きなのも」


 バイトではキビキビ働く彼女のイメージしかない。


「せっかくだから、ケーキも頼んじゃいましょうか」


「じゃあ、俺も」


 彼女がメニューを手に取る。

 ケーキセットはドリンクとセットで2000円だった。まあ標準だろう。

 だが、書いているケーキのメニューはことごとくわからなかった。俺が知っているのはイチゴショートとモンブランだけだ。おそるおそる聞いてみる。


「このザッハトルテって……」


「あ、チョコっぽいやつですよ」


「チョコレートケーキと違うんですか?」


「19世紀にウィーンでフランツ・ザッハーが考案したチョコレートケーキで、独自のレシピをもってます」


「へぇ……詳しいんですね」


「へへ、オタクっぽいでしょ」


 そう言って笑う。こちらもつられて笑みがこぼれる――そんな笑顔だった。女子はスイーツが好きというのは本当らしい。


「じゃあ、俺、これ頼んでみます」


「じゃ、あたしはモンブランで。シェアしましょうね」


 「シェアしましょうね。」の言葉に少しドキドキしてしまった。想像のなかでは、彼女が自分でケーキを食べた後に同じフォークで俺に食べさせてくれるイメージが浮かび上がる。


 ケーキが運ばれてくる。彼女は口のついてないフォークでケーキを半分に切って器用に取り分ける。

 まあ、こんなものだろう。まだバイトの同僚なのだから仕方ない。


 小一時間ほど他愛ない話が続く。

 家族の話。芸能人やタレントの話。Energizedエナジャイズドのバイト仲間の噂。


「それにしても、お菓子とか詳しいね」


「いっぺん働き出したけど、何かやりたくなっちゃってね。それで今はバイトで専門学校に入るお金貯めてますよ」


「パティシエってやつね。何か響きがカッコいいね」


「女性の場合、パティシエールって言うんですよ」


「え、そうなの?」


「何かフランス語ではそうみたい。村田さんは?」


「俺は……今んとこないなあ。てか、フランス語だったんだね。教えてくれてグラッチェ、みたいな。」


「それ、イタリア語ですって。面白いよね、村田さんって。」


 まずい。マジで知らなかった。何か本気で俺はバカっぽい。笑いながら内心は恥ずかしさで一杯だった。

「村田さんは?」

「え?」

「何か目指してることとかあるの?」

「あ、いや……特に今んとこないなあ。探し中っていうか。」

何か口に出していうと変な感じだ。

恥ずかしいような後ろめたい気持ちになる。目指してる目標がない、イコールダメ人間というわけでもないが、彼女の夢を聞いて焦りのようなものを感じた。


「ふうん……。ホントですかあ?あたし、なーんか村田さんは持ってる気がするんだけどなあ」


 もしかして、ダイバーのことだろうか。店長が喋ったとは思えない。


「いやいや、ホントだって」


「じゃ、そういうことにしときます。またいつか教えてくださいね」


 ただの言えないバイトを持ってる非正規雇用が、彼女の中で過大評価されてるようだ。


「あ、ヤバい。もう行かないと……じゃあね、村田さん」


 彼女が時計をみて急に慌て出した。いそいそと身支度を始める。


「あの!前田さん。」


 思わず大きめの声になっていた。


「はい?」


「今度……スイーツのお店いきませんか」


 彼女が固まる。いちかばちかだった。

元々人付き合いが上手ではない。彼女ともバイト先ではそんなに喋った回数が多いわけではない。


 たまたま住所が近くて、たまたま偶然出逢い、たまたま暇だったから喫茶店で時間を過ごした-それだけだ。待ち合わせてどこかに一緒に行く仲ではない。それでも今日みたいな偶然が次にいつ来るかわからなかった。


「わたし……次いつシフト空くか分からないですよ」


「まあ、空いたらってことで……合わせます」


 なんで俺は必死になってんだろう。いや、なんで必死になれてるんだろう。


「スイーツ、そんな詳しくないですよね?」


 うわ、言われてしまった。その通り。

 イチゴショートとモンブランにたった今ザッハトルテが加わったところだ。


「ま、そうだけど……」


「何で……あたしなんですか?」


 そうきたか。彼女を気に入った理由を今簡潔に答えよ、と言うことなのかもしれない。


「うまく言えないけど……ご近所のよしみ……ってことで」


 後半は意味不明だが、今の俺はこれが精一杯だった。顔はきっと赤くなっていただろう。彼女の顔を見れなかった。


 ぷっ、と笑う声がした。顔を上げて彼女を見ると、可笑しそうな顔をしている。


「いいですよ。オススメ、あります?」


 大収穫だ。

 帰り道、自然と顔がにやけてしまう。

 たかが一回約束したくらいで喜ぶのは確かに変かもしれない。

 でも俺には大きな一歩だった。以前の俺では考えられないことだ。


 彼女を誘う直前、頭に浮かんだのは炎の周りで踊る狩人達、そして上気した顔で踊りながらこちらを見つめるミヤリの顔だった。彼女が見ているのはカルルだ。


 あの時感じた不思議な気持ちは自分にもああいう顔で見つめてくれる相手がほしい、という羨望だったのかもしれない。

 昨日の沖津の言葉――当たってるのかもしれない。


 本来明日はもう1日休みのはずだが、俺はEnergizedエナジャイズドのシフトを短時間入れていた。

現実世界こちらにいても充実感を感じられなくなってる-それはちょっと不味い気がして不安になる。自分がBiSiPバイシップに耽溺してないことを確かめたかったのかもしれない。


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