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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
12/37

晩餐

 長い1日が終わった。


 宿屋への襲撃から始まった戦いは、予想だにしなかった門の巨人との一戦でようやく幕を下ろした。


 あれだけの騒ぎになったにも関わらず衛兵達の取り調べは早く終わった。ザマの口利きがあったようだが、彼の影響力の大きさをうかがい知ることができる。有力商人というだけではなく、政治の世界にも顔がきくのだろう。


 騒ぎで死んだ衛兵や住人は20人ほどとのことだった。正確な数ではないのは遺体の損壊が激しいためだ。


 シャルナについては、ミュウが状況を調べているらしい。証人である以上、自ら捜査に参加することはできないが、衛兵達に協力者として同行することになったようだ。


 そして――ジラのことだ。


 アマラとカルル達は、次の日に氏族長ヴィナに報告をするために呪塔コマンド・タワーに出向いた。

 画像通信でジラの死を聞くと、ヴィナは顔を強張らせた。謎のコマンド使いのシャルナや門の巨人との戦いを聞いてもその表情は変わらない。


「ご苦労様でした。アマラ」


「しかし……わかってますね。私は絶対にこれ以上の犠牲を出さぬよう申しつけました。想定外の事態が起こったことはわかりますが、約束は約束です」


「承知してます。責任の取り方は長に任せたい」


 アマラは胸に手を当てる。

 狩人では「真摯なる気持ち」を表した所作らしい。


「ヴィナよ。確かにジラは残念だった。だが、シャルナは狂鬼ドーガを上回る強敵だった。アマラが居てくれなければ、被害はさらに増えただろう。それに門の巨人との戦いではアマラの援護がなければ自分に止めは差せなかった。」


 カルルがヴィナに意見するのは初めて見た。


「カルルよ、私はアマラに話しています」


 ヴィナはにべもなかった。


「長よ……ヴィナよ。あいつを、シャルナを追うことを……」


「なりません!」


 アマラの申し出を遮ってヴィナがピシャリという。

 見たことのない剣幕だった。


「まずは戻るのです。よいですね」


アマラは俯いた。


「いいですね、アマラ」


ヴィナは念を押す。アマラの確約を促したのだ。


「はい、ヴィナよ。いや、長よ……承知……戻ります」


「依頼主のザマ殿より晩餐に招かれてるのでしょう。私にザマ殿より連絡がありました。その次の日に出立するのです」


 どうやら、ザマはヴィナに呪回線コマンド・ラインで連絡を取ったらしい。先に氏族長に根回しをしておくあたりは、実にそつがない。


「最後に、あなた方の働きには感謝しています。ミサンナの狩人の名声は高まりました。依頼も増えるでしょう。


 ヴィナが労いと感謝を口にした。だが、その口調に込められた感情は、次の言葉ではっきりした。


「……ですが、今回の犠牲は大きすぎます。晩餐に出るのは依頼主への礼儀として仕方ありません。ですが、次の日に出発するのです……皆、待っておりますよ」


 ヴィナへの報告は沈鬱なままで終わった。

 この後でザマから晩餐への迎えを宿で待つことになっている。


 ザマは約束した報酬に加え、晩餐への招待を申し出ていた。巨人の討伐を加味してのことだろう。出立前に宿に使いが来ることになっている。


 巨人を制御していた聖石も祭壇も、街の有力者のみが知る情報らしい。どう見てもあれは、かなり昔に用意されたものだ。

 街の非常時の防衛機構――それは分かっていたが、制御方法だけが分からない遺物、それが門の巨人の正体だった。


 結局、人間の魂を融合させるという、お世辞にも人道的とはいえない手段こそが制御方法なのだが、なぜシャルナがそれを知っていたかは謎のままだ。ただ、皮肉にも街の防衛機構によって大量破壊が起こる事態は食い止めることができた。


 程なく、四頭の馬に引かせた大型の馬車が宿の前に迎えにやってくる。四人の狩人は、服を着替えた後に馬車に乗り込んだ。


 走り出した馬車の中を見ると、内装も手の込んでいることがわかる。やはりザマは街の有力者だけのことはあった。これも権勢の象徴なのだろう。


―こんな格好でいいのか?―


 この街に来るのも初めてなら、晩餐に招かれるのも初めてだ。

 いや、そもそも狩人が「晩餐」などというものに招かれた経験はあるのだろうか。俺には、平服に着替えただけの狩人達の格好が場違いな気がしていた。つい心配になっての質問だ。


『聖霊様、さっきも同じことを聞いたな。俺達はこれしか服装を持っていない。裸で行けというのか?』


―いや、そういうわけじゃないが、やっぱりあの馬車を見ると不安になってな―


 アマラは落ち着いていた。


「みんな、とりあえず行くぞ。武器は持っていくなよ」


 最初にこの話を聞いたときに警戒したのはカルルだけではない。報酬を払うことを惜しむあまり、依頼の達成後に毒を盛られる心配もあった。だが、有力者のザマがそうした行動を取れば自らの信用を落とすことになる。


 それに狩人達をハメるのであれば、取り調べの時に共犯者に仕立てあげることもできたはずだ--それがアマラの考えだった。

 さらに、ヴィナに連絡が入ったことで、最後まで難色を示していたジクリアも安心したようだ。


 馬車は市街地を抜け、郊外に向かって走る。周囲の景色は、すぐに立派な屋敷の立ち並ぶ住宅街に変化した。

 馬車はその中でも一際大きな白い屋敷に向かっていた。


 周囲の屋敷は皆貴族や有力商人ら上流階級のものなのだろう。

 その中でも白い屋敷は二回りほど大きい。コの字型に建てられた邸宅の奥まった部分に入り口はあった。両脇の屋根は尖塔を形造り、屋敷の外観に威厳を与えている。


―マジかよ、あれがザマの屋敷か……―


『そのようだ、モウラの街にこんな地域があるとはな。』


―かるる、一応は用心しとこうぜ―


『聖霊様、もしもの時は……』


―ああ。コマンドは用意しておく―


 屋敷に入ると天井の高い空間。大きなカーペットが奥のドアまで続く。その横には使用人達がカーペットの両側にずらりと並んで出迎えていた。十人以上はいるだろう。


―お約束のメイドのお出迎えかな、これは……―


『なんだ、これは?この下僕達は何を無駄なことをしてるのだ?立っている暇があれば作業に入るべきではないのか?』


 カルルが意識下で質問してくる。メイドや執事といった使用人を見るのも、客をもてなすときの挨拶も始めてだろう。狩人の氏族に同じ習慣があるとは思えない。


―まあ、そうなんだが……有力者ってのは無駄を見せびらかすことで力を誇示するもんだろ―


 知ったかぶりでカルルに答えたものの、俺自身も現実世界でこんな経験をしたことはない。


 そのとき、ザマとドマがドアから現れた。


「よくぞおいで頂いた。勇敢なる狩人の方々よ。」


 ザマが両腕を広げて歓待の意を表す。

 多少儀式がかった動作は、周囲を意識してのものだろう。


「大変な活躍でしたな。それと……ジラ殿は残念でした。」


 ドマも出迎えに表れて言葉を繋いだ。後半声のトーンが下がったのが彼らしい。知恵と駆け引きに長けているが、底の知れないところのある兄のザマと、誠実だが思慮にかける弟のドマはいいコンビといえた。


 アマラは一礼して挨拶を返した。


「まずは御招き頂いたこと、ここにいる狩人の長として御礼を申し上げる。氏族長のヴィナからも今宵の歓待に対する感謝があったことを御伝えしたい。」


 ザマとドマの傍らには、身なりの良い商人らしき人間が三人ほど立っている。恐らくはザマと同じ有力商人だろう。そのなかでもザマが一番権力を持っていることは一見してわかった。


「ところで、皆さんに提案がありましてな」


 ザマはにこやかに切り出した。


「この街の習わしで、正式な会食の時の礼装というものがありましてな。本日の大事な来客である皆様に我らの流儀を押し付けることは本来失礼なことかもしれませぬが、出来れば本日の食事の場ではそちらを着用頂けると有り難いのですが……いかがですかな?」


 アマラが答える。


「我らとてこの街の食事の儀式に準じることが筋と心得る。故に貴殿のお申し出有り難くお受けしたい。」


 言い方を変えれば、礼服も持たぬ田舎者の貧乏人と食事するところを他の有力商人に見られるのは恥だ、だから食事の時だけでもマシな服を貸してやる、ということなのかもしれない。


 しかし、別の見方をすれば、こちらが他の有力商人に舐められないように粋な計らいをしてくれた、ということでもある。ザマの言葉には氏族の人間を見下す響きもなく、自分達の習慣を絶対と考えているところもなかった。

 故にアマラ達も彼の申し出を受け入れたということだろう。


 通された別室には狩人の普段着る服とは別種の服が用意されていた。


―ジャケット、ねえ……―


 思わず呟いてしまうくらい、それは現界のジャケットに似ていた。着るだけでだいぶん見映えが違う。


 着替えた一行はダイニングルームとも言うべき広間に通される。高い天井とそこに吊るされた球形のガラス、そのなかに施された彫刻が中の光に陰影を持たせて周囲を美しく照らし出していた。この世界らしいシャンデリアというべき照明だ。


 テーブルは縦に異常に長く、そこに敷かれた高級そうなテーブルクロスの上には燭台と銀食器らしいものが並べられている。映画から抜け出てきたような晩餐の用意だ。


 ザマとドマや他の有力商人は着席していた。

 ザマの表情には好奇心と好意が、ドマの顔には純粋な賞賛が、他の有力商人の顔には値踏みするような目が浮かんでいる。侮蔑の笑みを浮かべた者もいた。


 カルルら狩人達にとってはまさしく天上の光景なのだろう。ホランがポカンと口を空けていた。ジクリアも眼を瞬きさせている。アマラだけはどうやら経験があるらしく、少し落ち着いた様子に見えた。


―ビビってねえで堂々としな。舐められるぞ―


「でも聖霊様、これは……」


―いいから。席につきな。アマラを先頭でな―


 この世界で席順にマナーがあるのかわからない。だが、気をつけるのが無難だろう。最も立場の強いザマの座っている位置の対面にアマラを座らせれば間違いはないだろう。


 アマラを座席に誘導すると、ザマと目があった。興味の色が浮かんでいる。こちらがアマラの座る位置を把握したことで興味を持ったのか。

 ふと、末席にミュウがいるのが見えた。


―証人も呼ばれるのか?―


『ああ、そのようだな』


 全員が着席したころ、食前酒が注がれる。


「改めて狩人の皆様よ、ようこそお越し頂いた。」


 ザマがグラスを片手に挨拶を始めた。


「我が盟友達の為に説明すると、ミサンナの集落の狩人達とのえにしは先日、隊商の護衛をお願いしたことに始まりましてな。彼らには近年類を見ない残虐な盗賊団とその首領の狂鬼ドーガの討伐を依頼しました」


「図らずも先に仕掛けて来たのは狂鬼ドーガのほうでしたが、彼らは見事これを退けました。最後は狂鬼ドーガは門の巨人に融合しましたが、彼らはそれをも討ち取りましたのでございます」


 ここで言葉を切って周りを見回す。自分の言葉が相手に浸透するのを待っているようだった。ザマはなかなかの演説上手のようだった。


「ここに至るまでの犠牲の数は決して少ないものではありません。狂鬼ドーガの盗賊団の手にかかった者には私の隊商や狩人の仲間達も含まれております。また門の巨人の一件で命を落とした衛兵や市民も数多いとききます」


 アマラが目を落とした。ジラのことを思い出させるのは気の毒だが、ザマの立場上は犠牲者に触れておくのは自然なことだ。


「しかし、今宵はまずはかくも恐ろしい脅威が消えたこと、そしてここにいる狩人の皆様の功績をたたえようではありませんか。」


 ザマがグラスを掲げる。他の有力商人も狩人も応じた。


「犠牲者の魂の安らぎと狩人の勇敢さと強さに―そして我らがモウラの街の為に――乾杯。」


 他の出席者と同じく一気に杯の中身を飲み干す。

 それほど強くない酒だった。飲みやすいよう果実が使われてるのか、少し甘い。


 毒は入ってないようだ。


 最初の皿が運ばれてきた。

 現実世界のフレンチやイタリアンのように、一皿ずつ料理が運ばれてくる形式だ。料理の盛り付けも手の込んだもので、皿の上は花で美しく飾られていた。


 同時に食前酒とは異なる酒が配られる。甘くはないが、豊潤な果実の香りがする。色がダークブルーであることを除けば、現界でいうワインのようなものか。


「こちらの前菜はハガンをランビスの実とマリネしたものにラパンサのソースをあえたものです。帝都の宮廷料理人だった者を雇ってるのですが、彼の得意料理スペシャリテでしてな。」


 料理の解説を料理長シェフではなくザマ自らが行う。

 彼自身も料理通なのだろう。

 だが何をいってるのかさっぱりわからない。食感からしてハガンというのは魚の一種だろう。緑の肉という見た目にさえ慣れれば美味といえた。


「そういえば、ラパンサは危険生物でしたな。我らは市場で取り寄せなければなりませんが、狩人の方達は自ら狩ってこられるとか。ザマ殿も今度狩人の皆様にお願いしたほうがいいのではありませぬかな。」


 冗談なのか本気なのか掴みかねた。アマラが笑顔で答える。


「左様です。ザマ殿と折角親交を結ばせて頂いたのだ。我らもザマ殿の望みとあれば心に留め置くとしましょう。ただ、ラパンサは手強き相手にて、それなりの報酬も頂きますのでお忘れなきよう」


 ラパンサと戦った経験がないどきろか姿も見たことのない商人の発言をうまくさばく。さすがはアマラと言ったところか。


 アマラ以外の狩人は、ナイフとフォークを使った食事に苦戦していた。見よう見まねで料理を切って口に運ぶ様子に、出席者の有力商人達は侮蔑と優越感に満ちた視線を注いでいた。


 ミュウは誰とも口をきかず、料理を黙々と口に運んでいた。

 社交的な性格ではないようだが、ナイフやフォークの使い方は優雅なものだ。証人という役割のせいか、貴族や上流階級との接点が多いのかもしれない。


『聖霊様、教えてくれ。なんの意味があってこんな無駄なことをする。普通に魚を焼いて出せばいいだろう。』


―これが料理ってもんだぜ、カルル。無駄なことかもしれないが、ずっと旨いだろ?―


『……それはそうだ』


―音楽も歌も祭りの服装も、生きてくにはあんまり関係ないけど楽しいだろ。いいじゃないか。ザマの楽しみに付き合ってやろうぜ―


 何故だかちょっとした優越感だ。人生で二回くらいはコース料理なるものを食べたことがある。もっとも、こんな豪華なものではないし、銀食器を使ったわけでもなかった。


 俺のような者にさえ、この料理の手のかけ方が普通じゃないことがわかる。現実世界ならガイドブックで紹介されるようなレベルの料理人なのだろう。


 どうやら今日の晩餐にはザマが自分の力を誇示する目的もあるらしい。ドマは周囲の商人にアマラを紹介していた。屈託のない笑顔からは笑い声が溢れていた。


 狩人達は最初戸惑ったものの、周りの様子を見てすぐに器用に食器を使い始める。普段ナイフ一本で獲物を解体している連中だ。元々道具の使い方はお手のものだった。


 先ほど侮蔑の視線を送っていた商人の一人がザマに声をかけた。


「ザマ殿、客人にテーブルマナーを教えて差し上げるのも、我らの務めではありませんかな?」


 でっぷり太った二重顎の男だった。

 取りようによっては明らかな侮辱だ。

 しかし狩人は皆聞き流していた。この太った男が声を上げる頃には食器の使い方も上達していたというのもあるが、元々狩人にとってはテーブルマナーなど知らなくても困ることはないし、恥ずかしいとも思わない。


 だが、主催者のザマ達はどう思うだろう。

 ザマの隣にいたドマが顔色を変えた。客への侮辱は主催者への侮辱でもある。

 だが、何か言いかけたドマを片手で制し、ザマは狩人達のほうを向いて言った。


「さすがですな。色んな過酷な環境を潜り抜けてきただけあって、初見の道具もあっというまに習熟なさるようだ」


 次に先ほどの太った商人に向かって言う。


「ゾンメル殿よ。狩人の皆様は我らが小さいときに長時間仕込まれたテーブルマナーをこの短時間であっというまにマスターされたようだ。もう私が教えることも無さそうですな」


「そ、そうですな。いや全く」


 ゾンメルは、そう言ったきり口をもごもごさせながら黙ってしまった。


 二皿目は野菜のスープに続いてのメインはバラライという危険生物の料理だった。狼に似た危険生物で、ジクリアが一人で求婚の儀式用に狩ったヤツだ。


「メインは本日はバラライの煮込み料理を用意しました。バラライは馬ほどもある狼のような危険生物で、肩にある触手を器用に使うことでも知られています。肉は硬く、グリル料理には向きませんが、酒で煮ることで見事に香草や野菜と調和します。」


 ザマが今度も解説を始めた。


「ザマ殿。今日は危険生物がメインなのは狩人の皆さんを意識して……ですかね?」


 小首を傾げながら別の商人――五十過ぎだが、上品な年の重ねかたをした女性――がテーブル越しに声をかける。


「ご明察ですな、ジーエン殿」


 ザマもご満悦だ。ジーエンと呼ばれた初老の女性も興が乗ったらしい。


「そのバラライ、きっと恐ろしいのでしょうね。群れでいるところを想像しますと、ゾッとしますわね。狩人の皆さんは遭遇したことはありますの?」


「バラライをご存知とは驚いた。しかしながらバラライは姿は狼に近いですが独りでいることを好むようです」


 アマラが答える。


「まあ、そうですか。さすがによくご存知ですね」


 ジーエンも答える。


「我らも通常は三人編成のチームであたります。もっとも、ここにいるメンバーは皆若くも精鋭でありますし、二人編成でも大丈夫でしょう。そこのジクリアに至っては一人でバラライを倒しましたがな」


「それは何とも頼もしいですな」


 ザマも同意した。


「聞けば、そちらのカルル殿も若いながらかなりの使い手で、狂鬼ドーガとの戦いを征しておられるとか。いやアマラ殿はよい部下たちをお持ちだ。」


 ザマにはミュウから、街の一件で報告があったのだろう。

 だが、視界の端でジクリアの顔が曇ったのを俺は見逃さなかった。門の巨人との一戦で体を張ってカルルを守ろうとしたのも彼なら、カルルの才能や妹のミヤリを巡るあれこれで嫉妬にさいなまれるのも彼である。

 自分でも気持ちの整理ができてないのかもしれなかった。


 食事はデザートに移ろうとしていた。


「最後は我らには懐かしい、そして狩人の皆様には珍しいであろう一品で締めくくります。」


 綺麗にカットされた緑の果物が運ばれてきた。よく見るとナーサだ。ホランとカルルは顔を見合わせる。これはもしかして-


 予想通り、次にが運ばれてきたのは生きたズワレだった。樹液を体に溜め込む甲虫。上流階級の食卓に運ばれるためか、身体にはリボンが巻かれているのには苦笑した。

 膨れた透明の腹が何故か食欲をそそる。「ナーサのズワレ蜜かけ」は、先日ホランとカルルが市場で食べたものだ。


「狩人の皆様。驚かれましたかな」


 ザマが少しドヤ顔で言葉をかける。

 ミュウがズワレを前に硬直しているのが見えた。


「ザマ殿、これは……」


 ひきつった顔でおずおずと尋ねる。狂鬼ドーガとの一戦の時の彼女からは想像できない。


「この街の名物を振る舞って頂き感謝します。我らのなかには初めてではない者もおりますが、代表して感謝します。今回命を落とした者の中にもこれが好物な者がおりましたので。」


 アマラの言葉には、ザマの仕掛けたサプライズを無駄にしない配慮も含まれていた。


「ジクリアよ、こうだ。」


 アマラが手本を見せるかのようにズワレの腹を押す。ゲル状の透明な樹液が皿の上に模様を描いた。


 ザマが感嘆の声を漏らす。


「なんと。ご存知でしたかな。さすがですな」


 彼の声は泣きそうな顔をしたホランにも向けられていた。


「お仲間との思い出の品でもあったようですな。知らぬとはいえ、失礼しました。」


 香草茶が配られる。おそらく料理はこれで終わりなのだろう。


「狩人の皆様、改めて本日は戦いでお疲れのところを我らの招きに応じて頂きありがとうございました。宜しれば、今後とも良いお付き合いをお願いしたいものですな」


 ザマの挨拶にアマラも応じる。


「こちらこそ、このような立派な晩餐にお招き頂き、感謝に耐えません。ザマ殿はじめ依頼の受諾は私の一存では決められませぬが、お申し出あれば前向きに検討させて頂きたい」


 ドマも続けた。


「それでは皆様、よい夜を。また酒を酌み交わしましょうぞ。」


 酒のせいか、少し上機嫌のようだ。


-出た。「前向きに検討」。こっちでも使う言葉らしいな。-


『聖霊様。味は悪くなかった。』


-だろ。こういうのも悪くはないよな―


「そうそう、来賓の皆様方よ。」


 帰り支度を始めた来賓の有力商人達をザマが呼び止めた。


「ご存知とは思いますが、先日の一件も完全に終わりではありませんでな。どうやらコマンド使いが狂鬼ドーガに手を貸していた形跡が認められますでな。本日は晩餐の席にて不粋な話は避けますが、後日調査の協力をお願いしたいと思います。」


 一瞬、微妙な空気が流れる。


「ザマ殿、それはどういう意味ですかな」

「ええ、勿論ですとも」


 ゾンメルの言葉を遮ってにこやかに答えたのはジーエンだった。


「了解した」


 残りの一人も答える。顎髭を蓄えた男だった。


「スカルリヤ殿も有り難うございます。感謝しますぞ。」


 スカルリヤと呼ばれた顎髭の男は終始あまりしゃべらなかった。口から先に生まれたような人間が多い商人にしては珍しいタイプだ。


 カルル達狩人一行は別室に案内され、元の服装に着替える。

 来ていた服を使用人に返そうとすると、意外なことに断られる。


「主人より、あなた方にお持ち頂くよう仰せつかってますので」


 というのが返事だった。

 アマラはしばらく考えていたが持ち帰ることにしたようだった。


 帰りは、行きと同じ豪華馬車の送り付きという手の込みようだった。帰りの馬車の中でもアマラは考えていた。ホランが呟く。


「しっかし……うまい飯だったな。ねえ、アマラ。何難しい顔しちゃってんの」


「考えていた。最後になぜザマはシャルナのことを告げたのか」


「そういやそうだけど。思い出したっていうか、何かのついででしょ」


「ホラン。物事は表に見えていることだけではない」


 ジクリアも同意した。


「あの時、他の商人たちは少し緊張というか動揺してたな」


「確証はない。だがシャルナには支援者がいたのではないか。そして支援者が……」


「それが宿が襲撃された理由ってかよ」


 ジクリアの形相が変わる。


「アマラの話は終わってない」


 カルルが口を挟んだ。


「支援者か、それに連なる者が商人たちの中にいた。だが確証がない。それで反応を確かめたかったのではないか」


 一同は黙る。皆、口にはしないがシャルナのことも死んだ狩人達のことも忘れてはいない。


「アマラ、シャルナを追わないのか?」


 カルルが真っ直ぐアマラを見つめる。


「ヴィナには既に話した。結果は皆も知っての通りだ。それに……」


 沈黙が流れる。


「それに?」


「俺達は仲間を失い過ぎた。シャルナの強さは皆わかっているはずだ」


「まだやれるぜ、アマラ。」


 ジクリアもアマラを見つめた。


「ヤツだけではない。ヤツが盗賊団に殺人甲虫ドロヴァンを与えていたのを見ただろう。ヤツの仲間を含めて考える必要がある」


-カルル、悪いがアマラの言う通りだ-


 カルルは答えない。


 皆が黙ったのを見て、はっきりとした口調でアマラが言った。


「戻るぞ。集落に」









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