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ディメンションダイバー  作者: LESTAT
序章
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序章

 風がくような音を立ててビル街を吹き抜けていく。

 ビルの残骸に空いた穴を風が通ることで産み出される音はさながら笛の音のようにも聴こえた。


 丸の内。


 かつてここはビジネスマンや買い物客が行き交う、首都東京の中心街だった。


 今は人影は途絶え、瓦礫やガラスの破片やゴミが散乱し、道路脇には焼け焦げた車の残骸が無惨な姿を晒している。

 高層ビルのいくつかは倒壊し、あるいは大きな穴を開けて傾いていた。


 その上空に二つの人影が浮かんで対峙していた。


 一つは場違いなスーツを着こんだ男だった。

 年の頃は30代半ばといったところか。

 黒く磨かれた革靴、整えられた髪の毛は、今は使われなくなった「エリート」という言葉を彷彿とさせる。


 空に浮かんでいることと、背後の空間が黄金色の光に包まれていることを除けば、この丸の内という街に相応しい姿かもしれない。顔にはなんの表情もうかがうことはできなかったが、そのことこそが異様と言えた。


 背後の空間を彩る黄金色の光は、よく見ると朧気に左右対称の物体を形造っているようにも見える。鳥類なら殆どの種が持っている飛行器官――一対の翼だ。だが、男が翼で浮かんでいる訳ではないことは、翼が羽ばたいてないことからも明らかだ。

 何らかの呪術的な意味合い、もしくは相手に与える心理的な効果を意図していると考えるのが妥当だろう。


 もう一人は二十代前半の青年に見える。

 服装はジーンズにパーカー 、スニーカーというカジュアルなものだ。足元には光る文字が浮かんでいる。

 空中に浮揚している、というよりは何もないはずの空間に「立って」いるように見えた。


 スーツの男の浮かんでいる高さは、パーカーの青年より高い位置だ。そのため、スーツの男の視線は見下ろすように青年に向けられている。空中での高さは、図らずも相手に対するスタンスを表しているようだった。


「穢らわしきは人間。忌まわしきはその所業。ついに地獄より悪鬼の力を手に入れたか。」

 初めてスーツの男が口を開いた。


「あくまでも天使を気取るか。お互い似たようなものだと思ったが。」

 パーカーの青年は口許に皮肉な笑みを浮かべて言葉を返す。

 「天使」とは相手の背中に浮かんだ翼状の光を指して言ったのかもしれない。敬意や愛情を伴って用いられる言葉であるにもかかわらず、そのどちらも込められてないのは明らかだった。


 金色の後背光が光ると、金色の槍が空中に具現化する。

 スーツの男の返事は槍の一撃だった。


 届くと思われた槍は無造作に振った腕で弾かれる。足元の交差点に着弾した槍は、轟音とともに直径十メートルほどもある穴を穿っていた。


 男の視線は相手の右手に注がれる。

 その手は籠手のように光に覆われていた。

 いや、右手だけではない。

 青年の全身を纏うように包んだ光は、具足を、兜を、そして鎧を形づくっていた。


 目を見開いた男に向かって青年が左手をかざす。左手の周囲に光る文字が浮かぶと、文字の浮かんだ場所から光の筋が撃ち出される。


 男は両腕を交差させて防御の構えをとる。

 光は弾かれたように方向を変え、上空へ消えていった。

 交差させた両腕越しに見える男に表情に驚きと緊張が見えた。


 男が目を見開くと、背後の光が強さを増した。

 周囲に幾つもの光の槍が浮かぶと、次々に放たれる。


 青年は円を描くように体を回転させ、ステップを踏む。

 足を運ぶたびに、足底が光り、文字を浮かべた。この光る文字こそが青年の空中での行動を可能にしているのだろう。


 すさまじい勢いで腕が振られると、光の槍は次々と叩き落とされる。地面に突き刺さる度に光と轟音が着弾地点を包む。

 傾いたビルに穿たれた穴は、かろうじて立っていたビルを倒壊させた。

 

 ガラスの割れる音、鉄骨のひしゃげる音、放置されていた車がひしゃげ、爆散する音。かつて人間の文明の象徴は、灰塵に帰する前に自己の存在を主張するかのように様々な音を奏でる。


 パーカーの男の目は、丸の内仲通りの店の一つに槍が突き立つ瞬間を捉えた。無人の店舗は内側から膨れあがり、ガラスの破片を散らせて爆発する。

 ショーウィンドーにあるマネキンが、意識の奥底から一つの記憶を引き出す。


 いつか彼女と二人で並んで歩いた道、そして買えないと分かっていながら毎回覗いていた海外ブランドの店だった。

『うわ、すっごい可愛い服!』

『おいおい、うちらのバイト代じゃ無理っしょ。』

 去年のことか、十年前のことか。

 いや、そもそもあれは自分だったのか。

 仲通りの冬の街はイルミネーションに包まれ、行き交う人は幸せそうにみえた。結局それは自分達が幸せだったからなのだが。


 フラッシュバックは1秒に満たない間だったろう。

 目に入ったのは二度目の死を与えられた街の姿だった。

 辺り一帯は無惨な廃墟と化していた。


 青年は自分でも分からない衝動に動かされた。

 両手を定められた術式にしたがって動かすと、周囲に光の文字が現れる。

 続いて両の掌底を前に突き出す。

 数センチ先に形成されたには、人間の半身ほどもある光輪だ。光輪の光る周縁の中に見えるのは、空でも周囲の景色でもない。

 黒と紫の光が交じる異形の空間。

 おそらくそれは、現実世界の物理法則の範疇外にある別の空間なのであろう。光輪は回転を始め、その中心が光った瞬間、光輪と同じ太さの光の奔流が迸る。


 スーツの男は、何の予備動作を取る間もなく、光の奔流に飲み込まれて見えなくなった。


 光はそのまま上空へ消え、光に照らされたビル街が不自然に巨大な影を周囲に形づくる。

 男は光に焼き付くされたと思われた。


 光の放射は数秒続いて消える。

 あれだけの量のエネルギーが通過したのだ。何も残らないはず――しかし、予想に反し、射線上には金色の光の珠が浮かんでいた。

 すぐに縦の線が走ると、中心でそれが分割され、後方に折り畳まれる。中から五体満足な姿で現れた男を見て、青年は不敵な笑みを浮かべる。

 彼の後ろに顕現した光の羽を変形させて身体を覆い、今の一撃を防いだと判る。ジャケットの端が焦げていた。

 男の表情には、どこか焦りのようなものが見てとれた。


 男は上空を指差す。上空の一点に黒い点が出現し、みるみる円の形に広がる。円の向こうは極彩色の光が混じり合う空間だ。


「天門解放。今や天上の認可は降りた。本来は悪鬼ごときに使うは惜しいが、穢れた街と共に消えるがよい。これも御心の慈悲と知れ。」


 その言葉からするに、男もまた、何らかの巨大な破壊のエネルギーを円の向こうから呼び込もうというのか。今や直径20メートルほどに広がった円は、先程の青年の攻撃を凌駕する力を秘めていることは一目瞭然だ。おそらくここから呼び出されるエネルギーの前では回避行動は意味をなさない。

 スーツの男の表情に笑みが浮かぶ。


 青年の行動は迅速だった。

 再び両手を相手に向ける。光輪が再び掌の先に現れた。

 さらに最初の輪の上下左右に別の光る輪が出現した。それぞれの輪が急回転をはじめる。動作が複雑なことから、先程よりも大掛かりな攻撃の準備に入ったことがわかる。


 男の背中の羽が大きく開かれると、彼が呼び出した円が光を放つ。パーカーの青年も攻撃準備に入ったようだが一手遅かった――そう感じたのか、スーツの男の口に浮かんだ嘲笑が、次の瞬間に凍りついた。


 自らの体に影が出来ていることに気付いたからだ。

 影ができるのは光があるから、光源があるからだ。

 そして光を放っているのは――


 後ろを振り返ったスーツの男の目に映ったのは、自分の背後に具現化していた巨大な光の輪だった。

 明らかに自分が上空に呼び出したものより大きい。

 そこから生み出されるエネルギーの凄まじさを想像して戦慄する。

 確かめるまでもない。これの術者は目の前の青年だ。

 光の輪は、青年の掌の輪と同期して回転している。


 男も背後に黄金色の翼を浮かべていた。

 もしや、その光が背後に出来た光輪を感知できなかった理由か。いや、眼前の青年は、それを見越して自分の背後に光の輪を具現化させたのか。

 相手を侮っていたことへの後悔が頭をよぎる。

 だが、現状で最善の策は相手よりも先に攻撃を完成させることだった。


「わかりやすいな、あんた」

 青年の掌の光の輪の回転は早くなる。

「いいぜ、バカっぽくて。」

 挑発の言葉と共に、回転する光の輪の内側から光が溢れだした。男が上空に呼び出した円も光を放つ。

 青年と男の視線が空中で絡む。


 丸の内と呼ばれた街。

 今は人影の絶えた街の上空が破壊の光に包まれる。


 その光は傾いた摩天楼を、木の折れた並木道を、瓦礫に塞がれた道路を、崩れかけた東京駅を、そして街そのものを包み込んでいった。



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