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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
第2章 お風呂でばったり(妄想痴女は見た)
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第2章 ②

 王都セレンの繁華街から、道を隔てた裏通り。

 所狭しと住宅が密集している地域の……とある小さな一軒家の軒先で、真っ昼間から激しい攻防戦が繰り広げられていた。


「大丈夫です! ぜんぜん大丈夫ですから」


 リアラは仮面のような笑顔で、そう答える。――だが


「……何が大丈夫なんだ?」


 一蹴だった。

 イファンの知らせによって、レイヴィンは恐るべき速さでリアラの自宅に駆けつけてきた。そして、部屋の中に入れろと喚いている。

 余計なお世話だ。

 この家の中には、リアラの大切な宝物たちが生息しているのだ。

 人目に触れさせるわけにはいかない。特に、本物の王子に王子モノの本など読まれた日には、リアラは死ぬ。いや、もう、死ぬしかない。

 彼を絶対に、家の中には入れまいと、扉の前に立ち塞がっていたが、しかし、さすが男の力だ。あっけなく突破されてしまった。


「火災が起きたと、イファンから聞いたのだが?」


 リアラが止める間もなく、すたすたと、彼は居間まで行ってしまった。


「ボヤですよ。火災ではありません。燃えたものもありませんから、何卒、お引き取りを」

「どうして、ボヤが発生したのだ? 調べる必要があるだろう?」

「たまには、ボヤだって発生するんじゃないですかね?」

「たまに起きていたら、恐ろしいことだぞ。……それに」


 レイヴィンはくるりと室内を見渡して、リアラを振り返った。


「部屋が荒らされているのではないか?」

「これは、いつもの状態です」


 どうやら、喧嘩を売っているようだ。何でだろう。


(一体、私が何をしたって言うのよ……?)


 レイヴィンの言う通りだ。出火原因は分からないし、本当に火災が起きそうだったのかも謎だ。馬車から降りたリアラが目にしたのは、自宅から白い煙がもくもくと上がっているさまだけだった。急いで自宅に入って、換気をした。煙の出処は分からなかったが、ざっと見たところ盗まれたものはなさそうだった。

 物盗りでも、放火魔でもないのなら、一体何なのか? リアラが唯一留守にした今日を狙ったということは、やはり王子絡みの線が濃厚だが……。

 いや、そんなことよりも……。


(この白い灰は、一体何?)


 部屋全体が雪の降った後のように、白の灰に覆われている。入念な掃除の必要があった。


 ――それが一番、厄介だった。


「何かが燃えた形跡はないが、……煙か……。有害なものではなさそうだが、ちゃんと調べないと、今は何とも言えないな」


 独り言のように、レイヴィンが呟き、室内の扉を次々と開け放ってゆく。


「……ちょっ! ちょっと、その部屋だけは駄目ですからね。王子!」


 リアラは奥の扉に手をかけたレイヴィンを止めようとして、転びそうになった。その隙に、レイヴィンはリアラの私室に足を踏み入れてしまう。

 畏れていたことが現実になっていた。


「あああっーーー! 駄目だと言っているでしょう!!」

「君は、意外に感情豊かなのだな」

「私は妄想世界では、常に感情の生き物と化していますよ」

「それは、頼もしい」


 何が頼もしいのだ。


(さもしいのよ。私は……)


 もう、おかしくなってしまいそうだ。いや、いっそ今この場で、おかしくなって、消えてしまいたい。それでも、急いでレイヴィンの後を追うと、案の定、手遅れだった。


「君の本棚か?」


 白い灰はかぶっているものの、見上げるまでに高い本棚と、棚に入れることが出来ずに溢れた本がうず高く乱雑に積まれている。寝台を浸食するほどに、それは高い山となり果てていた。


「やはり、読書家のようだな」

「お褒めの言葉は結構ですから、外に出ましょう。ここにいると、いろんな意味で王子が危険ですから」

「たまに、君が何を言っているのか分からなくなるのだが?」

「女性の寝室に無闇に入るのはいかがなものかと……」

「しかし、緊急事態だ。やむをえまい」


 レイヴィンの開き直った様子に、リアラは涙目になるしかない。

 おもむろに、レイヴィンが一冊の本を手に取った。

 白い灰を払って、表紙を読み上げる。


「『襲われた兄上』? 禁断の愛に堕ちてゆく兄弟に未来はあるのか?」


 まさか、書籍にかかっている宣伝用の帯まで読み上げるなんて……。


(私の未来が破滅的ですよ……)


「王子、だからもういいでしょう。ここはもう個人の趣味の問題で……」


 しかし、嫌味なほどレイヴィンは冷静だった。


「ただの兄弟愛の話ではなさそうだな。兄が弟に一方的に襲われているようだ。そもそも男同志の恋愛で、更に兄弟になると、一体どういうことになってしまうんだろうな?」

「……それは。…………別に、どうにもなりませんよ」

「どうして?」

「……禁断の愛ですからね」

「………………そうか。そうだな。君の言う通りだ。だが、君はこういうのが好きなんだろう? 男同士の禁断愛が好みなのか?」

「えっー……と」


 リアラは緩慢な動きで、レイヴィンから本を取り返した。


「……私は人類愛を標榜(ひょうぼう)しているんです」

「なるほど」


 そこでどうして納得してしまうのかが、いまだに分からないのだが、レイヴィンは再びリアラから本を奪った。そして、恐ろしいことにぱらぱらとめくり始めたのだった。


(……駄目だわ) 


 このままでは、リアラの夢の世界が現実世界に汚染されてしまう。


「こういうのが君の言う、前衛的で刺激的な本なのか?」

「いえ、違います。王子、ご指摘いただかなくとも、私だって分かっていますよ。これはとことん刺激が強すぎます。……ていうか、後生ですから、二百四十六頁は見ないで下さいね。絶対に!」

「頁数まで覚えているなんて、君はある意味凄まじいな」


 口元に笑みを浮かべつつ、レイヴィンがその頁を探そうとするので、さすがにリアラは激怒した。


「駄目だと言ったはずです。その頁を開いたら!」

「開いたら?」

「…………呪われます」

「…………分かった」


 多分、リアラの形相が必死すぎたのだろう。レイヴィンは手をとめてくれた。

 ボヤ騒ぎよりも、こちらの方が恐ろしい。


(とっとと帰ってくれよ。頼むから……)


「王子、私は平気ですから、早く王宮に……」

「どうも、君の好む本の傾向は、王子と表題につくのが多いようだな?」


 レイヴィンは灰を払って、次々と本の表題を読んでいる。

 何の拷問だろう。こんなことをされるくらいなら、金なんて一切いらないから、平穏な生活を返してもらいたかった。


(もしかして、王子が火をつけたんじゃ?)


 そう疑いたくなるほど、レイヴィンはいきいきしているように見える。


「…………たまたま王子が多いだけです。もちろん姫様ものも、巫女ものも、兄弟ものも、教師ものも、身分差ものも様々です」

「すべて、非現実的世界のもののようだが?」


 ふわりと指摘されて、言葉に窮した。言われるまでもない。リアラが好むのは、現実とは程遠い異世界の話だ。極力、私小説を避けている。 


「この国の王子として、王子ものの本がこんなに多数存在しているのは興味深いな。特に『謎めいた王子にさらわれて……』なんて、表題からネタバレしているが、物語として成り立っているのか?」

「……いいじゃないですか。女の子は、謎めいた王子にさらわれたいものなんです」

「ならば、一度ちゃんと読んでみたいものだな。私も一応、王子だから、謎めいた雰囲気で女を拉致しなければならない日が来るかもしれない」

「…………もう許して下さい。あれはあくまで紙の中の話なんです」

「ここに来るまでに、イファンから色々と報告を受けたのだが、君は現実が嫌いなんだってな」

「嫌いとは言ってませんよ」

「すべてを諦めているようだと、聞いた」


 リアラは体を硬くした。


(…………あの男)


 必要最低限のことしか話していないつもりだったが、結構うっかりいろんなことを喋ってしまったらしい。特に恥ずかしいわけでもなかったが、普通の感覚の人間に話したところで、理解されないのは分かっている。

 しかし、予想に反して、レイヴィンは穏やかだった。


「行商人だったご両親は、事故で他界されて、君はここに一人暮らしをしている。そうだったかな?」

「えっ。ああ、はい。両親は、いつもこの国のいろんな所を回っていましたが、父はどうしても私を学校に通わせたかったようで、王都にこの家を買ったんです」

「つまり、元々都の人間ではないから、君には親戚縁者が分からないということか」

「……王子は私に、何を聞きたいんですか?」

「この家は当分使えない。君は一時的に何処かに仮住まいしなければならないが、その心当たりはあるのかと聞きたかったのだが……」

「…………それは」


 ……いない。

 そうだった。リアラには親類縁者、そして友人もことごとく関係性が薄いのだ。

 この家で不審死をしたところで、誰にも発見されない自信はあった。


「大丈夫です」

「何が?」

「ミ、ミーファがいます。その、友達の……」

「ほう。その子は、何処のどんな友人だ?」

「………………すいません。本の中の友達でした」 


 そうだった。彼は調査済みなのだ。

 リアラのことを知った上で、そんなことを訊ねているのである。ここでリアラが突っ撥ねれば、更にリアラのことを調査すると言い出しかねない。


(そうなったら、いろんな意味で私は破滅する)


 リアラは観念して、目を閉じた。それを見計らったかのように、レイヴィンが口を開く。


「……ということだから、当分、君は私の所に来るしかないな」

「平気ですよ。自分で何処か適当なところ見つけますし……」

「再三言っているように、致死性ではないが、しかし、有毒な煙の可能性も考慮しなければならないんだ。今ここで君に死なれたら、私が困るだろう」


 ――困らないと思うのだが……。


 そう声を大にして出して訴えたかったが、それはそれで、意地を張っているような主張で気が咎めた。何か適当な理由はないかと模索して、リアラは弱々しく告げた。


「……で、でも、サンドラ様とか……、色々気にしているようでした。私は王宮に行かない方がいいと思うのです」

「……ああ、サンドラか。君は妹と会ったんだな。内気な子だから、何を考えているかいまいち分からないが、私の女性関係に興味があるような子ではないぞ」


 レイヴィンは悠然と腕組みをした。


「それに、君の心配は杞憂に過ぎない。王宮ではなく、私には別に私邸があるのだ。そちらに案内するから人目は気にしなくていい」

「そう、私邸ですか。それは…………とっても安心」


 ――安心なはずがないだろう。


(勘弁してちょうだいよ)


 リアラは本と離れたくないのだ。そして、王子とも一緒にいたくない。どうして、それを分かってくれないのか。


(この現実、キラキラ王子め……)


「…………これは、事故じゃなくて、王子の関係者の犯行なのですか?」

「分からない。だから、私はこんなに困惑しているのだ」


 ……それこそ、危険ではないか。

 王子も知らない犯人がリアラを狙ったとしたら、リアラの日常はどうなる?

 これからもこのような危険がつきまとうのが面倒だった。命の心配より、気軽に書店に行けないことの方が怖い。……というより、本気で命を狙うつもりなら、こんな中途半端な手でくるだろうか?


「あの、今からでもいいので辞め……」 

「何か言ったか?」


 ――駄目だ。不遜な口ぶりにすっかり迫力負けしてしまった。更に、レイヴィンに両親のことが知られているのではないかという疑惑も、リアラを弱気にさせていた。


(私のことすべて知っていて、それで王子は脅迫しているの?)


 しかし、実際問題、ここで辞めたところで、万が一、今回の件が何者かによる犯罪だとしたら、リアラの危険は回避されるわけでもなく、護ってくれる人もいないのだ。


「図らずも、一つ屋根の下だな」


 レイヴィンがぼんやりと呟いた。無意識なのは分かっているが、腹が立つ。


(やっぱり、王子の犯行なんじゃないの?)


 展開が早すぎてついていけない本を読んでいるかのように、リアラは目まぐるしい現実に酔い始めていた。


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