第2章 ①
青年は息を潜めて、馬車から飛び出してきた少女を監視していた。
(よりにもよって、彼女がレイヴィン王子の恋人なんて……)
――分からない。
しかし、報道は自粛されたものの、レイヴィン王子が恋人の存在を記者たちに語ったのは、れっきとした事実だった。
昔から、何を考えているのか、いまいち分からない人だった。
青年とレイヴィンとの付き合いは、かれこれ十五年近くになる。
主が顔を真っ赤にして、レイヴィンを紹介してきた日を、青年は昨日のことのように記憶していた。
あの時から、青年はレイヴィンを未来の主の伴侶として、パルヴァ―ナの次代の王として、粗相のないように敬ってきたつもりだった。
主には弟がいるが、まだ幼い。
――自分に何かあったら、レイヴィンを頼るように……。
パルヴァ―ナの王陛下は、そう公言して憚らなかった。
……なのに。
絶対の信頼と好意を寄せられていたくせに、簡単に掌を返したレイヴィンが憎い。
更に言うのなら、その彼を誑かせた少女も同罪だった。
(脅迫を無視するとは、上等ですよ……)
青年は歯ぎしりする。
可及的速やかに、少女と別れるよう、レイヴィンには脅迫状を送りつけた。
……にも関わらず、今日彼女が王宮に出向いたということは、あの脅迫を無視すると彼が決めたということだ。
(あんな女の何処がいいんだろう?)
器量も人並みで、垢抜けない。野暮ったいだけの少女だ。
艶やかさも、清楚さも、可憐さも、すべてが青年の主の方が上である。
(あんなに、一途に想いを寄せていた姫様を裏切るなんて……)
どうにかしてやろうと、彼はパルヴァ―ナから単身セレンに駆けてきた。
だが、いざやって来てみれば、自分がやろうとしていることが、いかに恐ろしいことかという自覚も沸いてきた。
迷いが彼の行動を鈍らせている。
レイヴィンは、青年が単独でやって来ることを読んでいるのだろう。
少人数だが、手練れの護衛が彼女につけられている。
(レイヴィンめ。護衛の存在を僕が気づかないとでも思っているのか?)
そうだとしたら、随分舐められたものだが、しかし、ここで自分が護衛を蹴散らせ、彼女に危害を加えれば、本当に外交問題に発展してしまいそうだ。
(……まあ、もっとも、彼女の自宅を警備することは怠っていたようですが)
青年は、白煙を上げている彼女の自宅を建物の屋根の上で見下ろしながら、微かに口角を上げた。
この事故で、リアラ=クラウスがレイヴィンを諦めてくれることを祈るしかなかった。