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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
第1章 パンをかじって王子にぶつかる
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第1章 ⑤

 ――そして。

 ほっと一息をついたのも、つかの間だった。

 廊下では、赤の軍服姿の衛兵が二人直立不動で待機していた。

 長身な男と小柄な男。その長身の衛兵の横から、ひょっこり顔を覗かせている金髪の少女がいる。大きな緑の目で、じろじろとリアラを注意深く観察しているが、その仕草は小猫のようで可愛らしい。桃色の刺繍たっぷりのデイドレスは、彼女にお似合いで、まるで、リアラの好む本の中から出てきたお姫様のようだった。


「………あの」


 呼びかけてから、リアラははっとした。

ここは王宮。そこに、金髪の少女が一人でいるということは……。


「あっ……」


 結論に至ったところで、少女は脱兎のごとく走り去った。

 前のめりになったリアラは、そこで固まってしまっただけだった。まさか、王宮内を追いかけるわけにもいかない。あの少女は、多分レイヴィンの妹だ。


(名前は、たしか……)


「サンドラ様……ですね」


 背後から、静かに声が飛んできて、リアラは腰を抜かしそうになった。

 振り返ると、黒髪の男がいた。間違いない。先日のパン騒動の際、レイヴィンともめていた男だ。誰何する前に、男はすらすらと話し始める。


「レイヴィン殿下の妹君でいらっしゃいます。あのように、お姿を現しになるのは珍しい」


 そうだろう。クオーツ王国の予備知識として、レイヴィンが三人兄弟であることは知っているが、妹のサンドラはまだ幼く、人見知りがあるということで、表に出ることは少なかった。……複雑だ。いらぬ勘繰りをされていないと良いが……。


「――で、貴方は……?」


 そこで、初めてリアラは男に訊ねた。すっきりした短髪に、彫の深い顔立ちは、実直な人柄を表しているようだった。紺の軍服は衛兵と近い作りをしていたが、色が違っていた。


「おや? 貴方は、自分を知っているのですか?」


 訝しんでいる気持ちを隠そうともしないのは、彼の性格が真っ直ぐな証拠だろうと、リアラはすぐに察知した。


「あの日、公園で王子と話していた方ですよね? ほら、パンの……」


 ――パンの人ですよね。


 露骨にそう呼んだら、怒られると直感して、語尾をわざとぼやかした。

 ……なのに、青年は相好を崩して、爽やかに首肯した。


「はい。そうです。お察しのように、自分は、パンの男ですよ」


(パン男って……) 


 冗談のつもりなのだろうか……。けれども、それは冗談でも何でもなかったらしい。

 彼は、そのまま普通に会話を続けている。


「貴方は、あの時のことを見ていたのですね。過労のせいでしょうか、王子の食があまりにも細いので、心配になって、若者に人気のパン屋の一押しを買ってきたのですが、今後のことを進言したら、言い争いになってしまって、召し上がって頂けなかったのですよ」

「そうだったんですか」

「でも、根はお優しい方なので、気が咎めたのでしょう。すぐに公園に戻って下さって」


 ――そして、レイヴィンはリアラと出会ったのだ。


(……ということは、この人は)


 リアラは彼の腰に剣と短銃がぶら下がっていることを察して、ぽつりと言った。


「では、貴方は王子の護衛の方ですか?」

「えっ、あっ、そうです。察しが良いですね。自分はイファンと申します。殿下の護衛をしておりますので、貴方の姿も遠目から確認しているのですよ」


 ……なるほど。どんな展開になっても、リアラとレイヴィンが二人きりにはならないということだ。

 少なくとも、王宮にいる間は、彼が何処かから、リアラの様子を監視しているのだろう。


「貴方をお送りするように、殿下から仰せつかったのです」

「そうですか」


 リアラは上の空でうなずいた。表立って命の危険はないと踏んでいたが、彼の持っている武器が気にかかる。身寄りがいないリアラだ。彼に消されても、誰も気には留めないはずだ。しかし、リアラの不安をよそに、イファンは手際よく馬車を手配し、リアラの隣に乗り込んできた。そして、馬車はゆっくり動き出す。


(……なんで?)


 イファンと同伴とは聞いていなかった。御者をしないなら、彼がリアラに付き添う意味が分からない。しかし、だからといって、彼を馬車から追い出すことはできなかった。


「…………貴方が自宅に入るのを見届けるようにと、殿下の命令です」

「それは、すごい。まるで、何か私の身に起こりそうな丁重さを感じるのですが……」

「そうならないように、自分が側にいるんですよ」


 ――どうやら、リアラは相当危険な身の上にいるようだ。


 衝撃を受けていると、イファンは前を向いたまま、唐突に言った。


「貴方は不思議な人ですね」

「不思議?」

「ええ。……思っていた以上に、とっても変です」


 今度は、ためらいなく断言されて、リアラは目を瞠った。

 リアラの個人情報は、彼にも筒抜けだったらしい。


「自分が意外に感じたのは、貴方が何処か不審を抱きつつも、レイヴィン様に付き合っていることです」

「不審なんて、そんな……」

「不審以外の何物でもないでしょう。いきなり創作指南。しかも、意味不明なネタですよ」

「でも、狙いはそれだけじゃないんですよね?」


 リアラは小さな溜息を零した。レイヴィンが本気でリアラの話に付き合っているようには到底思えなかった。そのくらい、妄想癖の変人でも分かる。


「まあ、たとえ、恋人へのあてつけで、私を利用しているんだとしても、一時なら、好きに使って下されば良いと思いますよ。お金も頂くことですし」

「恋人への……あてつけですか。殿下の?」


 イファンが初めてリアラを凝視した。

 もしも、見当はずれだったら、頭を深く下げて猛省の姿勢を打ち出そうと、リアラは内心覚悟していたのだが、彼の反応からして、そこまで的を外したわけではなさそうだ。


「当たらずとも遠からずといったところですか?」


 淡々とリアラが問うと、イファンは静かに青緑色の双眸を細めた。


「どうして、あてつけだと?」

「私は自分の価値くらい分かっていますよ。美人の彼女と何かあって、あてつけのために、美人とは真逆の私を連れてきたってことではないのですか? 美人の恋敵なら王子の恋人さんも嫉妬して大暴れするかもしれませんが、私程度になると嫉妬する気もおきないでしょう。仲直りするのも、別れるにしたって、禍根は残りません」

「…………そこまで自分を落としている割には、何の感情もないのですね。貴方は?」

「現実とは、そんなものだと思っています」

「やっぱり、変わっていますね。殿下は、貴方のそういうところに、興味を持ったのかもしれませんね。変わり者という点では、殿下も貴方も変わっている」

「はっ?」

「ちなみに、貴方の今の話は、当たらずとも、とても遠い感じです」

「…………それは、つまり」


 大ハズレ……ということだろうか?


(じゃあ、一体何なのよ?)


 聞き返そうとして、けれども、馬車は勢いよく止まった。馬の嘶きにリアラは耳を塞ぐ。


「なにっ……?」

「どうした!?」


 イファンが即座に席を立って、外に飛び出した。


 ――そして、次の瞬間、再び馬車の扉が乱暴に開いた。


 座ったまま、動けなくなっているリアラに向かって、イファンは血相を変えて叫んだ。


「大変です! リアラさん。貴方の家がっ!!」

「ええっ!!?」


 慌てふためいたリアラは、馬車から転げ下ちてしまった。


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