番外 ①
有難いことに、リクエストを頂いたので、リアルタイムで書いてみました(現在進行形です)今回は短編ですが、彼らのその後が気になっているという方がいらっしゃいましたら、宜しくしてやってくださると嬉しいです。
更新は、書けたら順次といったノープランです。
レイヴィン=フラン=クオーツは、困惑していた。
レイヴィンは、建国五百年を数える格式高いクオーツ王国の第二王子である。
今までの彼は、ただ沿道に出て、手を振るだけで、地響きが起こるほどの黄色い歓声を一身に浴び、笑顔なんて作ろうものなら、うら若き女性が失神してしまうほどの、圧倒的な存在感を持っていることを、自分自身、よく知っていた。
傅かれることにも慣れていたし、気を遣ってもらうことも、当然のように慣れていた。
……なのに。
彼は、最近どうしてか、出会ってしまったのだ。
今までの自分の人生を覆すほどの、とんでもない価値観を持つ娘と……。
彼女の名前は、リアラ=クラウス。
リアラの発する言葉のすべてが、レイヴィンを戸惑わせ、悩ませた。
――そう。
リアラ=クラウスは、食費を切り詰めてまで、少女的な恋愛本を買うことに執着している恐るべき新人類である。
本人いわく「紙の中・至上主義」とのことだが、彼女の口から出てくる単語の数々は、未だにレイヴィンには理解できないものばかりだった。
惚れた弱みというか、どうしてか彼女が気になって、離れられずに、彼女に付きまとうような形で、何とか関係を維持しているレイヴィンであったが、紙の世界に恋しているリアラは、この国内で圧倒的な存在感を放っている現実の王子・レイヴィンには、ほとんど興味がないらしい。
微妙に肩透かしを食らう毎日に、いい加減、レイヴィンの疲労度は頂点に達しそうだった。
口説いても、口説かれているという自覚すら、持とうとしない娘に、自分はどうすれば良いのだろうか?
さすがに乱暴するのは、まずいだろう。
この国の王子として、それだけは避けなければならない。
しかし、彼女の読んでいる本の怪しげな系統からして、最近、リアラはそれを待っているのではないかと、意味不明な邪推までしてしまって、……つまり、自分でも変態に近づいているようで怖かった。
「……昨夜は、リアラ嬢と夕食を共にしたんですよね?」
「ああ、そうだ。お前もそれは知っているだろう?」
――夕暮れが迫る執務室。
レイヴィンの後ろに侍っているのは、学生時代からの付き合いで、現在はレイヴィン直属の護衛を務める黒髪の青年、イファンだ。
護衛なのだから、当然、交代するまで……、昨夜、レイヴィンがリアラと二人きりになる直前まで、イファンはずっと側にいたはずだ。
一体、彼は何が言いたいのだろうか?
「いよいよ、ボケたのか? イファン」
「ちゃんと覚えていますよ。ただ再確認をしてみただけです。リアラ嬢が妄想の挙句、すべてを忘れてしまうのと一緒にしないで下さい」
「…………今、私はとてつもなく、腹が立ったぞ。イファン」
「事実ではないですか?」
……そうだ。
事実どころか、昨夜すでに経験済みである。
昨夜、レイヴィンは、リアラが一生に一度行けるか否かだと、以前言っていた、高級ホテルを予約して、彼女と夕食を共にした。
リアラがうっとりと、目を潤ませたので、そんなに嬉しかったのかと、レイヴィンが気をよくして話しかけたら、彼女は明日発売の新刊本の内容を妄想していただけなのだと、罪悪感の欠片もなく言い放ったのだ。
しかも、その本の内容が「お約束の看病ネタ」が来ただの「お医者様ごっこが始まりますよ」とか……。
――何だ。それは?
高級ホテルのレストランで、意味不明な単語を連呼される方の身にもなってもらいたかった。
周囲から、おかしな視線を送られ続けて、いつも敬意と賞賛を持って迎えられているレイヴィンは生まれて初めて、肩身狭く食事をする人間の気持ちを思い知ったのだ。
――しかも……だ。
彼女は「明日は発売日で朝早いので、帰りますね」と、食事が終わった途端、脱兎のごとく帰ってしまったのだ。
二人で過ごそうと、予約していた最上階の一番良い部屋をキャンセルせざるを得なかったレイヴィンの暗い気持ちをどうしてくれるのか?
いや、まあ、確かに彼女に泊まりであることを知らせていなかったレイヴィンもレイヴィンなのかもしれないが……。
「それにしたって……。酷い」
「そうですか……」
イファンは、口出しをしたら、殴られるとでも思っているのだろうか、一歩下がって、軽めの口調で言った。
「分かりましたよ。どうして、昨夜リアラ嬢と会っていたのに、殿下の機嫌がそこまで徹底的に悪いのか……。つまり、彼女とは昨夜、別れたということですね。でも、まあ、予定調和というか、さもありなんといった感じですので……」
「はあっ!? 馬鹿を言うな。私は別れてなんてないからな!」
レイヴィンは、仕事の書類に目を走らせながら、血走った目で声を荒げた。
イファンの奴、今日は特に、おかしなことばかり言う。
……そうだ。別れるはずがないのだ。
何しろ、レイヴィンは、彼女から、告白の返事すらもらっていないのだから……。
(……なんか、本当に虚しくなってきた)
そもそも、リアラはレイヴィンが告白したことを覚えているのだろうか?
考えてみれば、告白すら受付てもらえなかったような気がする。
もう一度、ちゃんと伝えた方が良いのだろうか?
いやいや、しかし、それで万が一にでも、前回のように「紙の中の王子様が良い」などと断られた日には、どうしたらいいのか?
(馬鹿じゃないのか……。私は?)
恋人だと、認めてもくれない娘のために、今日も必死に時間を作ろうと、レイヴィンは政務に励んでいるのだ。
「……じゃあ、喧嘩ですか?」
「喧嘩?」
まず言葉が通じていないのだから、喧嘩なんて成立の仕様がない。
……でも。
「ほら、殿下は、彼女との時間を取るために、ほぼ一日、休憩も取らず、仕事に専念されていらっしゃいますものね。今日、仲直りされるおつもりなのでしょう?」
「イファン?」
(……………ああ、そうか)
そうして、レイヴィンはようやく、納得した。
イファンはイファンなりに、元気がなく、且つ、周囲に八つ当たりしかねないレイヴィンを気遣ってくれているのだろう。
そういえば、今日は不機嫌さを隠す余裕すらなかった。
レイヴィンは、喉元まで出かかっていた数々の言葉をぐっと飲み込んで、浅くうなずいた。
「…………まあ、そんなところだ」
もっとも、下手にリアラの悪口など言った日には、方々からほら見たことか、とっとと別れろと、嬉々とした声が飛んでくるに決まっている。
(私は意地になっているのだろうか?)
そんな気もしないでもない。
頭が痛かった。
仕事の疲労のせいか、それとも、彼女に対する悶々とした思いからか……。
だけど、レイヴィンは、それでも、目が回る仕事の忙しさを制覇して、日暮れと共に、リアラの自宅に向かったのだった。




