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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
エピローグ
36/43

エピローグ ②

「私、とうとう、捕まるのですね。分かっていました。そんな気はしていたんですけど」


 仕方なく、リアラは瞑目し、両手を差し出した。しかし、いつまで経っても、捕まる様子はない。恐る恐る目を開けると、警邏隊の青年は顔を手で覆い、肩を揺らしていた。


「…………えっ?」


 笑っているようだ。なぜだろう。


「君は、本当におかしいな」

「…………その声は」  


 レイヴィンだ。それは分かった。

 でも、何でここにいるのか。大体、どうして警邏隊の漆黒の制服など着込んでいるのだろう?


「王子は、変装を趣味にするようになったのですか? 私の一押しは女装ですが?」

「趣味ではないぞ。やむを得ずだ。あのホテルでの騒動で、記者の目が厳しくなって、外出が難しくなったのだ。だから、警邏隊に変装してまで君に会いに来たんじゃないか」

「光栄です」

「相変わらず、淡泊だな。まあいい。記事は読んでくれたみたいだしな?」

「ええ。たった今読みました。王子の恋人さんは才媛のようですね。羨ましい限りです」

「皮肉を言っているのか。少し表現は抑えてみたが、記事の相手は君のことだぞ?」

「…………寝ぼけているのですね?」

「また、それか? 私はいたって健全でまともで、寝起きもすっきりだ。失礼な女だな」

「いや、王子がさらっと恐ろしいことを言うからですね……」

「私の恋人がそんなに不服なのか?」

「私は、いつ王子の恋人に昇格したんですか?」

「何だ。ちゃんと求婚して欲しいなら、そう言ってくれ。君は本当によく分からないな」

「どうして、話が「恋人」から「求婚」に飛躍しているのです?」

「じゃあ、どういう意味なんだ。まだ、自分に特殊能力がないだとか、そんなことを気にしているのか。だったら、問題ない。私の周辺はある意味濃い連中が揃っているからな」


  絶望的だった。まったく、話が噛みあってない。

 ――嫌なのか?

 そう問われれば、言葉に詰まってしまう。

 だけど、リアラは現実世界の適応能力が著しく低いのだ。レイヴィンのように、情があるから恋人になろうという性急な発想についていけない。第一、彼はこの国の王子だ。こんなことが許されるはずがないではないか。


「そう拗ねるな。リアラ。仕事が立て込むと、なかなか君に会う時間が取れなくなってしまうのだ。そんなに、会えないのが辛いのなら、君がもう一度、私の私邸に住めば良いし、いっそ王宮でも構わない。君とは、ちゃんと王宮のサロンでダンスを踊りたいしな」


(ああ、つまり、これは先日うっかり手を繋いでしまったことが原因ということなのね?)


 いや、まさかそれだけで、ここまで舞い上がることのできる青年をリアラは知らないし、多分、この先、知ることもないはずだ。

 ……どこの珍獣なんだ。この人は?


「そうだ。アスミエル島の橋梁工事の件は着実に進んでいるぞ。しっかりした業者を選んでいるところだ。もう、いっそ、二人でアスミエル島に行ってしまっても良いくらいだな。君にあの綺麗な景色を見せてあげたいものだ。ご両親のためにもなるし」

「絶対無理ですよ。それは」

「どうして?」

「この私が、可愛い本たちと離れることが出来るはずないじゃないですか」

「ああ、何だ。そんなことか。だったら、本も持って行けばいい。私が運ばせよう」


 金持ちが強気な発言を飛ばしてきた。

 開いた口が塞がらない。王子の職権乱用だ。その割に彼は悪びれる様子がなく平然としている。真面目にリアラの本を遠い島まで運ぶつもりでいるようだった。


「何て、恐ろしいことを……」


 よろよろと距離を取るリアラだったが、しかし、レイヴィンの片手は、ずっとリアラの腕を捕えたままで、視線は指先の真白い包帯に注がれていた。


「それで、どうして君は指輪を隠すのだ?」

「隠しているのではなく、はずれないんですって。本を読むのに邪魔ですし、はずす術があるなら、手早く取ってしまって欲しいのですが?」

「それは、君の照れ隠しではないのか?」

「何を馬鹿なことを。指輪のことはともかく、その、いい加減、この手を離して下さいよ」


 しかし、馬鹿だったのは、リアラだった。久々の彼に油断しすぎていたのだ。レイヴィンが軽く腕を引っ張っただけで、吸い込まれるように彼の胸の中に収まってしまった。

 ――おかしい。リアラは離れて欲しいと言ったのに、彼は逆に自分側に引きずり込んできたのだ。


「ちょっ……!」


 抗議の声すら受け付けてもらえなかった。リアラが大声をあげるのをあらかじめ想定していたのだろうレイヴィンは、しっかり自身の唇でリアラの唇を封じにかかってきたのだ。


(なっ、何しちゃったの。この人?)


 これはまずい。変装していてもまずい。いや、むしろ警邏隊の兄さんが一般市民と書店の前でいちゃつくのは、もっとまずい。

 しかし、暴れたら、更に騒ぎが大きくなってしまう。黙って耐えることを心に決め、リアラは目をつむった。しかし、それがまた誤った意味で伝わったらしく、彼の密着度は高くなる一方となってしまった。


(一体、私はどこに行こうとしているのかしら?)


 酸欠で意識を失う寸前で、レイヴィンが離れてくれた時には、ほっとしたが、本の中の乙女のように平手打ちをする体力は残っていなかった。

 ……いや、嬉しそうに微笑む彼の姿に、リアラの方が見惚れてしまったのか?


 ――何にしても、最悪だ。

 せめてもの救いは、王都セレンが寛容な街であることだった。誰もリアラ達二人を、見向きもせずに通り過ぎてくれたのは、有難かった。


「……おっ、王子は、何も考えていませんよね?」

「いや、ちゃんと考えているぞ。この新聞の記事を書いた記者がな、一応記事にはしたものの、君が私の恋人だと信用していないのだ」

「……そりゃあ、そうでしょうね。私自身、信じていませんし」

「だからこそ、ちゃんと、君にも記者にも信じてもらおうと思ったのだ。一石二鳥だろう?」

「信じさせるって?」


 今の口づけにはそのような複合的な意味が……と、感心できるのは他人事だからこその話だ。渦中のリアラは目を回すしかない。そして、雑踏の中、レイヴィンが人差し指を向けた場所で、黒い影が大きく跳ね、慌てて踵を返して去って行くのが見えた。


「尾けさせていたのだ。ほら、これで間違いない」

「何てことをしてくれたんです?」

「エスティーナが手紙を寄越したのだ。なるほど。君を狙うにはコツがいるようだな。とにかく、強引に迫れば気持ちもついて来るだろうとあったから、実践してみた」

「その実践は、残念ながら不正解でした」

「君がそう言うだろうことも、書いてあったぞ。……でも、まあ、構わず抱け……とな」

「…………何と、おぞましいことを」


 とても、高尚な文学を書いていた人とは思えない。

 辛うじて、丁寧語を保ったが、本心、あの女狐め……としか感じていなかった。

 レイヴィンの暴走を助長してどうするのだ。彼はリアラでなくとも良いはずなのに……。

 じたばたしたところで、リアラとレイヴィンの関係は、本物の恋人同士として世の中に出回ってしまう可能性が高い。


 ―――けれども、どうしてだろう。

 それは恐るべき事態なのに、何処か落ち着いている自分がいるのも確かで……。その感覚はいつもの現実逃避とは違い、甘い痛みを伴うのだ。


(ああ、もうそんなこと考えたくないのに!)


 むしろ、レイヴィンが残していった唇の感触の方が切実な問題だ。何せ公衆の面前での暴挙である。


「うん。まあ、しょせん現実ですから。唇の一つや二つ、些末な問題ですよね。ほら、雰囲気とか、そんなのどうでもいいし、いや、そもそも数に入れなければいいだけの問題で」


 ふらふらと呟きながら、リアラはレイヴィンの側を離れようとする。しかし、その腕を執拗なまでに、レイヴィンが引き寄せて離さない。


「今のを数に入れないとは、どういうことだ?」

「そのままの意味ですよ。私、忘れっぽいですし。全然平気です。王子も気になさらずに」

「君に気にしてもらわなければ、何の意味もないじゃないか」


 なぜ、そこで真面目に答えるのか。これでは、リアラの逃げ場がなくなってしまう。 


「君は本当に酷い女だな。私の裸は目に焼き付けているくせに、口づけを記憶しないとはどういう了見なのだ? そんなに忘れやすいのなら、忘れられないような行為をすれば良いという話になる。いっそ、仕切り直した方が良いということなのだな?」


 そして、リアラが口を挟む隙を与えず、レイヴィンはリアラを引っ張って、連れて行こうとする。

 ――何処に? 

 そう質問したら、終わりのような気がした。


「君が忘れられないような濃厚なものをしてやろう」

「勘弁してください。王子は、私に口以外で酸素を吸えと言うのですか? 魚になれとでも?」

「あのな。君は本でそういうのを読んで知っているんだろう?」

「本と現実じゃ、違いすぎますよ。王子は私を、窒息死させるつもりですか?」

「……本当に、君の頭は一体どうなっているんだろうな。でも、まあいい。それくらいのこと、私が教えてやる。楽しい現実の指導時間で、四六時中べったりだな」

「結構です。間に合っています。他をあたって下……さ」

「残念だが、私が君を良いと言っているのだ。実践の相手になってもらうぞ」


 有無をも言わせない迫力。不敵に微笑するレイヴィンが、これほどまでに艶めいて、同時に恐怖の対象に見えたことなどなかった。

 体に力が入らないリアラをレイヴィンは、しっかりと抱きしめる。とうとう、道行く人の視線が集まってきてしまったが、彼はまったく気にする様子はなかった。


「さて、今度は私が君の先生だな」


 黄昏時の慌ただしい往来のど真ん中で、レイヴィンはリアラの髪を梳きながら、楽しげに嘯くのだった。                                     

【了】

ここまで、お付き合いくださった方、本当に有難うございました。


この話は、3週間くらいで脱稿した、ある意味思い出深い話です。

書き手としては、雰囲気が掴みやすく、キャラも書きやすかったので、このノリは気に入ってはいるのですが……。まあ、でもノリだけのような気もしないでもないです。設定とか諸々が……。

仕事の合間に、1日100枚ペースで書くという危険さに関しては、今思い出しても、笑えてしまいます。今回こちらに上げるにあたって、読み返してみたところ、結構とんでもない有様となっておりました。修正しつつ、あげていったのですが、また改めて見直すつもりでおります。

ちなみに、リアラは「リア充」、レイヴィンは「憐憫」、イファンは「遺憾」とそんなふうなところから名前が決まっております。

エスティーナも「S」、サンドラも「サド」

……すごく適当ですね。毎回のことですが、どうしようもないです。


書いているとき、続きのこともイメージしましたが、この話が続くとしたら、シュチェーションでどんどん書けちゃうだろうなって思いました。

多分、次は先生と生徒ネタでしょう。

レイヴィンも最後に宣言していたので。

秘密の教師生徒モノです。リアラの垂涎ネタですね。

不思議なのですが、この話は何も考えずとも、するする書けてしまうんですよね。……やっぱり私が変なのでしょうか。。


最後まで読んで下さった方々、本当に本当に有難うございました。書いていて楽しかったし、その楽しかったものを読んで頂けるなんて、書き手として、二重に嬉しいです。感謝いたします


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