第6章 ④
リアラが途方に暮れるのは、二度目の快挙だった。
こんなに短期間で、自伝が書けそうな事態に何度も遭遇するなんて、ある意味奇跡的なことだ。
「姫様は、何処に行かれたのだ?」
屈強な男たちに囲まれたリアラは、拘束されていないものの、逃げ出すことは絶対不可能な鉄の牢獄に入れられたようなものだ。
……もう嫌だ。これは夢だと、目をつむれば、背後の壁をどんと叩かれた。
とんだ「壁をドン」である。本来のやり方はこういうことなのだとリアラは潔く悟った。
「何処に行かれたのだと、聞いているのだ?」
「知りませんって。知っていたら、速攻で白状していますよ。大体、私に聞くより皆さんで捜しに行った方が……」
「うるさい!」
(……ああ、そうよね)
リアラは内省した。捜しに行って分かるようだったら、とっくにそうしているだろう。
彼らはアイゼルの力を恐れているのだ。身近に、あんな魔法使いがいたら、まず近づかない。彼は、この国の選りすぐりの護衛を一瞬で昏倒させた力を持っている。うかつに捜しに行って気取られるより、リアラに自白させた方がてっとり早いはずだ。
――でも、本当にリアラは知らないのだ。
知らないのだから、彼らのしていることは時間の無駄以外のなにものでもない。
「拷問でもして、吐かせるか?」
「確かにな。尋問では生ぬるいのかもしれない」
男たちが平然と恐ろしいことを言ってのける。
(冗談でしょ?)
凍りついたリアラをしり目に、男たちの冷酷な会話は続いた。
「そうだな。ともかく、どんなことをしても、姫様を取り戻さなければ……」
「だが、この娘、姫様とだけではなく、レイヴィン殿下とも知り合いらしいが?」
「馬鹿な。顔を見知っている程度のことだろう? 特に思い入れなんてないだろうさ。この女がどうなろうが、これ以上、我が国とクオーツ王国が揉めることはないはずだ」
ひときわ背の高い男が蔑んだ眼差しをリアラに向けた。
男たちは、リアラの価値をよく知っている。
(……その通りよね)
レイヴィンがリアラに、特別な思い入れなんて持っているはずがない。あれから適度に時も経ったし、今頃美しい恋人の一人でも二人でも百人でも作っていることだろう。
……それでいい。
――傷つくのが怖いから?
エスティーナの台詞が脳裏によみがえる。
ポケットの中にとっさに隠した指輪の輪郭を布越しに辿りつつ、リアラは深奥でエスティーナに言い返した。
(そうよ。それの何が悪いの?)
胸が痛かった。泣きたいのは、自身を憐れんだからではない。あんなに適当で酷いことを口にして拒んだくせに、こんな時に限って、心の奥底で彼に助けを求めてしまう。そんな自分の浅はかさに対しての自己嫌悪だった。
「なーに、少しばかり痛めつけてやれば、知っている情報を吐くだろう。こいつが何も知らないなんて、そんなはずはないのだ」
「だから、ほんとに私は!」
壁際に追い詰められたリアラは、もはや弁解しても不可能だと察知し、必死の思いで目をつむった。
――が、男の手はいつまでも伸びて来なかった。代わりに、わああっと地鳴りのような歓声が地上で湧き起こったのだった。
「なっ!?」
男たちが一斉に、窓辺に向かって走り出す。リアラは一瞬、エスティーナとアイゼルが戻ってきたのかと思った。さすがに、リアラを一人残したことに罪悪感を覚えたのではないかと想像したのだ。
……しかし、実際はそれよりも凄まじいことが外界では起こっていたらしい。
「あれは……!?」
男たちが指をさして、確認し、同時に首を傾げた。
「なぜ? ここに殿下が?」
「………………はっ?」
リアラは、恐怖のあまり、その場で硬直していたものの、彼らの反応に、おそるおそる窓際に近づいて行った。
「……う……そ?」
思わず、声に出してしまった。
その姿は、リアラの目には小粒程度にしか捉えられなかったが、男たちの言葉が本当だったのは十全に理解できた。
…………レイヴィン王子だ。
馬車の往来を縫い、颯爽とこちらに駆けて来る馬が一騎。黄色い声はともかく、その格好……。
金色の肩章に純白の正装姿。ちなみに、彼が跨っているのは白馬である。
「…………白馬の……王子?」
ごくりと、リアラは喉を鳴らした。
一体、何てことをしてしまったのだ。彼は……。それを現実でやったら、ただの病んでいる人なのだと、散々リアラは口にしてきたはずなのに。それなのに、彼はどこまでも真っ直ぐなのだ。
目をそらさず一点。こちらを見上げて、叫声を轟かせる。
「リアラっ!!!」
明らかに、レイヴィンはこの階に目星をつけていた。
「君を迎えに来た!! 一緒に行こう! リアラ」
リアラは羞恥心たっぷりに、こめかみを押さえた。
白馬の王子が女性名を喚きながら、走っている。沿道の方々に丸聞こえではないか。
これは王子の屈辱的な罰ゲームか、精神崩壊の前触れとしか、国民の方々には思われないだろう。彼は今後、この事態をどうやって収拾つけるつもりなのか?
「……リアラ……だと?」
そして、拷問をも示唆していた男たちは一斉に振り向いた。皆、一様に困惑しきっている。穴が開くほど凝視されて、リアラは小さくなるしかなかった。
「本当に、お前が王子の恋人なのか?」
「わ、私は……」
否定するべきか、現状を鑑みて嘘でも認めるべきか、迷っていれば、もうレイヴィンはホテルの下まで到着していた。馬を下り、窓から身を乗り出す男たちを不躾に指差す。
「彼女を解放しろ! リアラ=クラウスは、エスティーナ王女に誘い出されただけだ。私が保証する。彼女は王女の行方など知らない!」
「では、貴方がご存知なのだと!?」
男たちも、必死に食らいつく。
しかし、レイヴィンの態度は変わらない。口元に笑みを乗せ、冷ややかに言い返した。
「私だって知らない。彼女を巻き込んだと手紙が届いたから、わざわざここに出向いてやったのだ。嘘は言っていないぞ。何なら届いた手紙を提示してやっても良いが?」
「…………その装いで、わざわざこちらに?」
男たちは、残念そうな目でレイヴィンを見下ろしたが、彼は毅然と胸を反らせた。
「王子の正装だ。何か不服でも?」
「いや、別に……」
偉そうにふんぞり返られたら、それ以上、かける言葉なんてないはずだ。
話は終わりだとばかりに、レイヴィンは男たちの後ろで丸くなっているリアラを呼んだ。
「リアラ! 君に話がある。ここに来てくれ!!」
「……お、王子」
リアラも窓から顔を出して、レイヴィンの姿をはっきりと視認した。レイヴィンが窓の下に近づき、勢いよく両腕を広げる。
「さあ、来い! リアラ!!」
「ええっと……」
まさか、ここから飛べというのだろうか? 飛んで、胸の中に下りて来い……と。
ホテルの最上階。……とはいっても、三階だが、それでも十分高い。
「王子! 有難うございます。今、行きますから。そこで待っていて下さいね」
「…………えっ?」
再び、ホテルの中に引っ込んだリアラを唖然としたレイヴィンの声が追いかけてきた。
でも、こんな所から飛び降りて、レイヴィンが受け止められなかったら、それこそ命がないではないか。
(紙の世界のお姫様ならするんだろうけどな。ああ、エスティーナ様でもやるかも……)
そんな想像をしつつ、早足で部屋を出て行こうとするリアラだったが、すっかり男たちの存在を失念していた。
「ちょっと待て。話は……」
まだ逃すまいと、リアラを追いかけてきた長身の男の前に、ここぞとばかりに、エスティーナの侍女、マイラが立たはだかった。
「お待ちなさい。姫様はレイヴィン王子に彼女を迎えに来るように依頼していたのでしょう。だから、安心してここを発たれた。だったら、私も姫様の意志を継ぐだけです」
マイラに続き、次々とリアラの前に侍女たちが立ち並び、男たちを取り囲んだ。
「ここは任せて、行って下さい。リアラさん」
「リアラさん! 王子のお話をきちんと聞いて下さいね!」
「……ああっ。はい、しっかりと聞いて参ります」
方々から、応援文句が飛んできて、リアラは閉口した。何だか、とんでもないことになっているようだ。これでは、まるで王子とリアラが熱烈な恋に落ちているようではないか。
(恋になんて落ちてないわ。王子も私も、恋愛ではないもの)
しかし、気にならなかったわけではない。いつだってリアラは彼のことを気にしていた。
(…………それって、どうなの?)
そうして、悶々とした気持ちに翻弄されつつ、何とかホテルの下までやって来たリアラに、待ち構えていたレイヴィンはいつにも益して麗しい相貌を曇らせていた。




