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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
第5章 舞踏会と告白
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第5章 ⑥

『何で、荒れた海の時にわざわざ船を出して、アスミエル島の近くなんかで死んだんだろうな?』


 数少ない親戚がリアラに投げてきた台詞だ。

 リアラの両親は、駆け落ち同然に村を出たため、身内とはほぼ絶縁状態で、親しくしている親戚はほとんどいなかった。

 ――それのせいかもしれない。

 生まれて数度しか会ったこともなかった親戚は、口さがない言葉も平気でリアラにぶつけてきた。

 要するに、彼らはリアラの両親がブルーティアラを不正に入手し、横流ししていたのではないかと疑っていたのだ。

 暗く荒れた海を渡り、採掘場で働いている者と直に取引をすれば、市場で取引されている価格より相当安く仕入れることが出来る。確かに、状況証拠としては限りなく二人の行動は怪しい。二人は何をしに悪天候の最中、あの島まで渡ろうとしていたのか?


 リアラの母は、不治の病を患っていた。

 日増しに体調は悪くなっていたが、母は家で寝込んでいるのを良しとせず、父について行った。父は無理をして母の薬代を稼ごうとしたのではないかと、同情的なことを言ってくれる身内もいたが、結局彼らが犯罪に手を染めていたのではないかという疑惑は晴れなかった。証拠が出てこなかったから、犯罪者にされなかっただけだ。

 それを、リアラも重々分かっている。

 だからこそ、声を大にして、二人の潔白を言うつもりもなかった。

 そんなことをしても意味なんてない。リアラ一人が受け流す術を持っていれば済むことだろう。


 ――現実など、くだらない。

 そんなふうに亡くなってしまった両親も。人の死をああだこうだと詮索する人たちも。みんなリアラの横を通り過ぎてゆく人たちだ。何人も、リアラの心を乱すことはできない。何を言われたって、他人事のようにやり過ごしてしまえばいい。

 ……なのに。どうして、リアラはレイヴィンと出会ってしまったのだろう。

 彼は現実に存在はしているものの、限りなく遠い夢の世界の住人だ。

 本来であれば、リアラが近づくことはおろか、口を利いて良いような人間でもないのだ。


(そう、分かっているわよ。ちゃんと私。……だけど、この手は何?)


 たった今、レイヴィンは深刻そうに、リアラの手を握りしめている。この有り得ない現実は一体何なのだろう。たまに艶めいた溜息が聞こえてきて、益々困惑してしまう。

 リアラは、どこかの部屋に寝かされているようだった。感触としては、腕を伸ばしても勢いで転げ落ちないほどの寝台だから、相当大きいようだ。


(……ということは、まだ私は王宮にいるのかしら?)


 とっくに目覚めているのに、寝たふりを決め込むことしか出来ないのは、リアラ自身、声を出す機会を逸してしまったからだ。一体、何と声をかければいいのか……。

 生きてはいる。

 予想通り、毒物ではなかったのだ。

 体は重いが、それはサンドラの盛った粉のせいではない。ドレスの重さと筋肉痛のせいだ。


(素直に大丈夫ですと、笑えばいいのかしら?)


 いっそ、もう一度失神してしまいたいが、現実はリアラの思い通りに進んではくれない。

 レイヴィンの手がゆるゆると、リアラの頬に触れた。

 壊れ物を撫でるかのように輪郭を辿り、やがて唇をなぞり始める。


(おい。ちょっと待った……)


 レイヴィンが今まさに何をしようとしているのか、さすがのリアラにも想像がついた。

 ぱちりと目を開けると、レイヴィンはそそくさと距離を取った。危ないところだった。


「………………結構、派手な悪戯ですね。王子?」

「何だ。起きていたんだな?」

「起きていましたとも」

「ちなみに、悪戯ではないからな」

「何だ。そうだったんですか。それならいいんですが」


 いや、よくないだろう。

 言ってしまってから、言葉の重みがリアラを蝕んだ。

 今までどんな人と対しても、適当に言葉を返すだけのリアラだったが、彼に限ってそれは通用しないらしい。――悪戯でなければ、何なのか? 


「王子は、欲求不満なんですか?」

「まあな。おおかた、君のせいだ」

「……それは、すいません」


 リアラは軽く頭を下げつつ、人を呼んだ方が良いか真剣に悩んでいた。

 信じられない。変人リアラにまで本格的に触手を伸ばしてきたのなら、レイヴィンは人としておしまいだろう。


(この人、大丈夫かしら? ある意味、私より変態度が高くなっていくような……)


 身の危険を感じて、慌てて起き上がったリアラは、ドレスの開けた胸元を隠そうとした。

 しかし、その時になって白のサテン地のナイトドレスに着替えさせられていたことを知った。あの大掛かりな衣装で寝かせるのは難しかったのだろう……。

――そう、そこまでは理解できるのだが、どうしてか、胸元が開いているのが謎だった。


(一体、誰の趣味なのかしら?)


 こんなものを見たせいで、レイヴィンの欲求が無駄に高まってしまったのだろうか。

 やはり、隠しておいた方が良さそうだと、必死に腕を組むか両手で隠すか迷っていると、目の前のレイヴィンが、がくりとうなだれたのが分かった。


「リアラ。私はサンドラから、すべてを聞いたのだ」

「はあ、そうですか。お疲れ様です。それはそれは……」


 肌寒い衣装のことで頭がいっぱいのリアラが、他人事のように視線を逸らすと、伸びてきた両手に体ごと掻っ攫われた。


「…………何なんですか。いきなり?」


 やはり、今の王子は野獣的だ。今度こそ、本当に媚薬を盛られているのは彼の方かもしれない。


「頭は平気ですか?」

「君に頭の心配はされたくない」

「いや、私は真剣に……」

「私は君に謝罪もしたいが、君に対して怒ってもいるし、気持ちがめちゃくちゃなんだ」

「それは……、大変ですね」


 そっけなく言い返すと、更に拘束力が増した。もしかして、彼はリアラを圧死させることを企んでいるのか?


「サンドラが君に対して酷いことをしたのは知っている。我が妹ながら情けない。ただ本好きの友達が周囲にいなくて、君に構って欲しかっただけのようだ。それで、こんなことをするのだから、本当に最低な話だ。私がきつめに叱っておいたから、許して欲しい」

「いやいや。そんな大層なことじゃないんで、怒らないで下さい。私は招待状が届いた時点で気づいていたんですから。私もサンドラ様と同罪ですって。それに、サンドラ様とは、本の話題で盛り上がることができて、久々に嬉しかったんですよ」

「私は妹の趣味も知らなかったんだがな?」

「普通は話しませんよ。身内なら尚のことです」

「どうして、君は妹の趣味のことを話してくれなかったんだ?」

「まさか、可愛い妹君が私と一緒だなんて言えるはずがないじゃないですか。黙っていれば分からないことなら、わざわざ私が暴く必要だってないと思ったんです」

「しかし、それで、眠り薬を飲まされたのなら意味がないだろう?」

「……あれ、やっぱり眠り薬だったんですか?」

「なるほど。君は何を盛られたのかすら知らなかったんだな」

「…………あっ」


 どうやら、リアラは更に自分を追いこんでしまったらしい。

 悩ましさたっぷりの吐息と共に、感情を抑制した声音が耳元で響く。


「どうして、そんな得体の知れないものを飲んだんだ? 益々、私を呼んで欲しかったな」

「あの場で騒ぎを起こす方が駄目なことでしょう。それに、毒ではないと何となく分かっていましたし」

「だが、確信を持つほどでもなかったんだろう?」

「…………いや、その」


 余計な言葉を返せば、火に油を注ぎかねないと察知して、リアラは黙り込んだのだが、すでに遅かった。


「万が一、毒だったらどうするつもりだったのだ? 大体、眠り薬だったとしても、酒と一緒に飲むのは危険なことなのだ。効力が強くなる。最悪命を落とすことだってあるのだぞ。サンドラはあまりに無知だった。そして、それを承知で酒を飲んだ君は真の大馬鹿だ」

「…………はあ。反省しています」

「上っ面だけの反省など意味がない。君は自分を軽んじすぎだ」


 そんなことを言われたのは、両親が存命中だった頃以来だ。可哀想に。彼は本気でリアラを心配しているのだ。……なのに、リアラは素直に受け入れることができない。


「まあ、紙みたいな存在感の人間が憧れなものでして」

「ふざけているのか?」

「申し訳ありません」

「君は本当に目が離せないな。放っておくのが怖い」

「ごもっともです」

「ずっと傍に置いておきたい」

「それは、置物的な意味で?」

「違う」


 レイヴィンはようやく腕の力を緩めて、リアラをひたと見つめた。


「今までのことを悪かったと思っている。今更、こんなことを言っても本気に取れないかもしれないが、私は君を近くに置いておきたいのだ」

「私は番犬にはなれませんし、特殊能力も秘めていませんよ」 


 すぐさま言い返すと、レイヴィンは落ち着かない様子で、片手で金髪をかきむしった。


「あのなあ。君はふざけているのか? 私は一世一代の告白をしているのだ」

「……告白?」

「そうだ。その……、君が私にしてくれた教育の続きがしたいのだ」

「教育って……、まさか。あんな怪しげなネタに続きなんてあるはずないじゃないですか。王子は変態に覚醒されたのですか?」

「それこそ、まさかだ。君と一緒にしないでくれ。私がしたいのはあくまでも現実の話で、相手は君がいいという話だ」

「……やっぱり、変態じゃないですか?」


 リアラの愛想笑いは、とうとう凍りついた。


「君は一体、何を連想しているんだ? つまり、君は紙の世界の王子が好きなんだろう。だったら、私だって現実の世界の王子な訳だし、その、色々試しがいがあると思ってだな」

「……はあ」

「……て、ここまで言っても分からないのか?」

「すいません。言葉が不自由なもので……」

「あれだけ本を読んでいるのに?」

「私には本のメッセージ性が分かるほどの読解力はないのです。都合の良い妄想力にしか特化していません」

「何にしても役立たずだな。まったく」


 レイヴィンが鼻を鳴らした。

 リアラは首を傾げつつも、この先を彼に言わせてはいけないだろうことは直感していた。


(このまま切ってしまえば、良いじゃないの?)


 たかだか三か月の付き合いで、リアラとの間に何の後腐れがあるというのか? 


「あの、王子。王子が何を仰りたいのかは分かりませんが、私は紙の世界の王子が大好きなんです。私じゃない……、可憐で清楚な姫君が大好きな王子を見ているのが好きなんです。王子は現実世界の王子様ですが、私の求めている王子様ではないのですよ」

「君の言いたいことが、さっぱり分からないのだが?」

「紙の世界の王子の話です。私が好きな王子様はですね。『謎めいた王子にさらわれて』に代表される通り、全身白服で白馬に跨って女の子のもとにやって来て、歯の浮くような台詞を用いて求婚する危ない人です。私は小さい頃から、そういう話を読んで自分がそこにいるかのように錯覚するのが好きでした。きっと、これから先もそれは変わらないと思うのです」

「要するに、私は、紙の男に劣るということなのか?」

「……同じふうに比べるのもおかしな話ですが、私にとっては、そういうことです」


 リアラはにっこり笑うと、レイヴィンの腕の中からするっと這い出て、立ち上がった。


「だから、私は妄想の巣に帰るのです」

「何処の穴倉だ?」

「――自宅です」 


 きっぱり言い放つと、後ろも見ずに部屋の中を走って、扉を開ける。

 レイヴィンが放心状態なのは、背中越しにも伝わってきた。


「ちょっと待て。リアラ!」


 扉を開けたところで、我に返って叫ばれた。

 待ったら、おしまいだろう。

 とりあえず、彼に礼を言うなら、外に出てからだと、扉を閉めきってから、リアラは深々と頭を下げた。


「――ありがとうございました。王子」


 そして、すべてを振り切って歩き始めた途端、潜められた笑声が耳に届いた。

 誰何するまでもない。


「…………エスティーナ様?」

「宜しければ、自宅まで送って差し上げるわよ。可愛いリアラさん」


 視線を後ろに向ければ、エスティーナとアイゼルが二人並んで立っていた。

 聞き耳を立てていたのだろう。やはりナイトドレスはエスティーナのものだったのだ。


 リアラは溜息と同時に、苦笑いを浮かべるしかなかった。


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