第5章 ⑤
リアラがいない。今の今まで、壁際にいたのに……。
レイヴィンは、心の底から悔やんでいた。
サンドラとの対面なんてどうでもよかった。リアラと過ごすことが大切だったのに……。
下心満載の男たちが彼女のもとに集っていたのを、レイヴィンは目撃していた。すぐに救いだしてやりたかったのに、自分のもとにも女性が集まってしまい、身動きが取れなくなってしまった。
――しくじった。
イファンや他の護衛が王宮警備の任務に駆り出されている以上、レイヴィンにつけられた数少ない護衛以外役に立たない。そして、彼らは任務に忠実に、レイヴィンを見張ってはいるだろうが、リアラまで護る気はないのだ。
そもそも、彼女は一般人で、恋人役を解かれた今、命の危険を心配する必要などないのだから……。
レイヴィンは、イファンに彼女に護衛をつけるよう命じたが、自宅が灰だらけになっただけ、密室に二人を閉じ込めた程度の犯人を捕まえるために、人手は割けないと断られた。
(だからこそ、私が……)
リアラの安全は、レイヴィンの手にかかっていたのだ。不審人物がいれば、王宮選りすぐりの衛兵たちが仕事をしてくれるだろうと信じているが、今のリアラは違った意味で危険だ。不審人物でなくとも、軽い気持ちで男達が寄ってくるに違いない。
レイヴィンは、今の今まで一緒に踊っていた女性を引き離して、廊下に出た。
「どうしたのよ。レイヴィン?」
金髪に小ぶりな銀色の王冠を頂いている女性は、小娘のように小首を傾げた。
「どうしたもこうしたもありませんよ。貴方のせいですからね。母上!」
「何でそんなことを言うの? わたくしは女の子に囲まれて困っていた貴方の危機を救ってあげたのに。いつから、こんなに可愛くない子になってしまったのかしら?」
話し方も少女のようだが、その格好もまた若作りだ。
エレーム妃は今年四十四歳となる。三人の子供は、今宵のサンドラの誕生パーティを経て、全員成人を迎えた。年齢的にもそろそろ落ち着きを期待したい年頃だが、まったくその気配がないのが困りものだった。華やかなアイボリーのドレスは、裾にたっぷりとフリルがあしらわれていて、ある意味主役のサンドラより、少女趣味となっていた。
普段のレイヴィンなら、苦言の一つも口にしていたかもしれない。
「今夜の私には、連れがいるんですよ」
「ああ、貴方の連れの子でしたら、サンドラと一緒だと思いますよ?」
あっさりと断言されて、レイヴィンはいろんな意味で、うろたえた。
「……なぜ、それを?」
「貴方がずっと見ていたから。藍色のドレスの子。だから、わたくしも気になって見ていたのよ。そしたら、サンドラが彼女を迎えに来て、二人でここを出て行って……」
「…………サンドラ?」
分からない。一体、妹は何を企んでいるのか
一人でいるリアラに声をかけるくらいなら、化粧の濃い女たちに囲まれて、辟易しているレイヴィンを連れ出してもらいたかった。
(リアラとは、一対一で会わせたくなかったのに……)
「ともかく、母上。私はここで退席します。ごきんげんよう」
「あっ、ちょっとレイヴィン!」
レイヴィンはまだ何か言いたげの母を振り切って、王宮内を走った。
何処の部屋にいるのかと、一室ずつ回る腹を固めていたら、しかし、すぐにイファンと鉢合わせた。
「どうしたんです。殿下。そんなに慌てて?」
「イファン。リアラを知らないか?」
「リアラ嬢でしたら、サンドラ様と、二人で奥の楽団の控室に行かれたのを見ましたよ」
「どうして? なぜ、止めなかったんだ?」
きつく睨みつけると、イファンは目を白黒させた。
「いや、しかしサンドラ様ですよ。見た目年齢はともかく、精神年齢は近いでしょうから、二人でお話したいこともあるんじゃないですか」
「……二人で、話したいことだと?」
「何か自分は、おかしなことを言いましたか?」
レイヴィンは、不機嫌なまま無言でイファンの横を素通りした。
やっぱり腑に落ちない。誕生パーティまでと、何とかリアラを私邸に留めたのだ。そうして、今日まで彼女は律儀に役目を果たしてくれた。けれども、期限は今日までだ。
今夜が本当の最後になってしまうかもれしないのに……。
無駄に時間を使いたくない。
「殿下。どうしたのです? そんなに、リアラ嬢が気になるのですか?」
「ああ。気になるな」
「はっ?」
「気になって仕方がない。それがどうした?」
開き直った。けれど、あれだけ頑なだった気持ちも、認めてしまえば楽になる。
(そうだ。自分は彼女に惹かれている。それの何が悪いのか?)
レイヴィンは背後から追ってくるイファンを無視して、奥の部屋の扉をノックなしで乱暴に開けた。……と。
「リアラ!」
薄暗い部屋の中では、ドレスの裾を摘まんで、典雅にお辞儀をしたリアラがいた。
彼女の前には、サンドラがいる。二人でダンスをしていたのか?
(何てことだ。私より先にサンドラと踊るなんて)
意外なほど、衝撃を受けている自分自身が最大の謎だったが、レイヴィンは大股で室内に足を踏み入れると、リアラの腕を引っ張った。
「君は、どうして私を呼ばないんだ?」
「呼ぶも何も、王子は美女とダンスの最中だったじゃないですか」
「言伝くらいはして行くべきだ。心配するじゃないか?」
「………心配?」
そこに引っかかりを覚えているリアラが許せなくて、レイヴィンは語気を強めた。
「そうだ! 私が心配するんだ」
「どうも、ありがとうございます」
まさかの棒読みが答えだった。
打ちひしがれるレイヴィンに、リアラは息を切らしながら、いつもの頼りない笑みを浮かべた。
「それで、どうして、またここに王子がいらしたんです? 一緒に踊っていた金髪美女はどうしたんです。もっとお相手を……」
「あれは私の母だ。何をどう勘違いしたら、そんな発想ができるのだ?」
「…………えっ。お母様ってことは?」
その時、リアラは前触れもなく、後ろに傾いだ。
着慣れないドレスのせいかと、とっさに彼女を支えたレイヴィンだったが、すぐに異変に気が付いた。いくらダンスをしていたとはいえ、彼女の呼吸は荒すぎやしないか?
「どうしたんだ。リアラ。今度は何のネタだ?」
「ありがとうございます。このドレスで床に倒れたら、大惨事になるところでした」
「そんなことはどうでもいい。それより、君は……」
強く抱きしめたら、くったりとリアラが体を預けてきた。これこそ、あり得ない事態だ。
「どうしたんだ。リアラ? やめてくれ。私をからかっているのか?」
これが冗談でないのなら、一体、何なのか?
「リアラ!」
弾かれたように、叫ぶ。
「……殿下、これは?」
イファンの目がサンドラに向かっていることに気づいたが、それどころではなかった。
――レイヴィンは自分でも怖いくらい血の気がひいていくのを感じていた。




