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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
第5章 舞踏会と告白
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第5章 ④

 リアラは、途方に暮れていた。

 計算外の一手だ。まさか、本当に何かを盛ってくるとは思っていなかった。

 得体の知れない白い粉が投入された葡萄酒。


(さて、どうしたものか……?)


 ここでそれを飲めば、死ぬかもしれない。毒ではないと予想しているが、初対面の人間を信用するほど、リアラの性格も良くはない。

 だからといって、王女から手渡されたグラスを返すことはおろか、その場に落とすことなんてもってのほかだった。


(一服盛られたと、叫んで回る?)


 いや、しかし、そんなことをして、毒物でも何でもなかったら、どうするのだ。リアラはどう思われても構わない。だが、自分が事を起こせば、レイヴィンを巻きこんでしまう。


(王子は、いずこに?)


 目を凝らせば、何やら見知らぬ金髪美人と、華麗にダンスを踊っていた。


(まあ、そんなものよね……)


 もはや、苦笑するしかなかった。


「あら? お酒、飲めませんか? 飲めないほどではないと聞いていましたが?」

「さすが王子の妹のお姫様。情報収集能力が半端ないですね」 


 リアラは、皮肉いっぱいに口角を緩めた。

 何もかも馬鹿馬鹿しくなってきた。リアラがここまで危機的な状況に陥っていても、現実の王子は美人にデレデレしている。これが世の中というものなのだ。

リアラは覚悟を決めて、微笑した。

 ――そして。


「……分かりました。仕方ないですね。これが私の人生……ということで」


 言うなり、赤い液体を一気に飲み干したのだった。


「ちょっと!?」


 すべてを無視して、咳き込みそうになりつつ、胃まで流し込み、ようやく顔を上げると、サンドラが青白い顔で一歩退いた。

 よく分かる。リアラが怖いのだろう。


「貴方、大丈夫ですか?」

「いいえ。大丈夫じゃないですよ。私は常に正気ではないのです。ご希望通りの馬鹿なのです。ご理解頂けましたか?」

「本当に馬鹿だわ。貴方はすべて知っているのに兄様に話さない。それで、こんな……」

「ええ、はい。私は知っていました。でも、それはサンドラ様が教えてくれたからです。私の家を灰だらけにして、脱衣所に閉じこめたのは、自分だと告白してきたのは、あの招待状を送ってくれた貴方でしょう?」

「そうよ。貴方だけには気づいてもらいたかったの。貴方と二人でちゃんと話がしたかったから。ここは賑やかすぎるわ。場所を変えましょう。ついて来て」

「もしかして、遅効性の毒ですか?」

「さあ、どうかしら」


 ここまで来ても、まだ秘密にするらしい。

 サンドラはリアラを連れだって、廊下に出た。所々で声を掛けられるが、さらっと流して、早足で行く。王族は皆、歩くのが早いのだろうか。目を回しながら、リアラは後に続いた。

 結構な距離を歩いたと感じたら、通路の一番奥の部屋の扉を彼女は躊躇なく開けた。

 舞踏会場とは違い、その部屋には扉がついていて、閉めてしまえば完全な個室となる。


「ここなら邪魔が入らないわ。王宮楽団の控室よ。宴が終わるまで彼らはここには来ない」

「しかし、主役が会場にいないのは、いかがなものかと?」

「大丈夫。さっき言ったでしょう。衣装替えをするって。みんな、そう思っているから、平気よ。主役の強みね」

「ああ、そうでしたね。今日はサンドラ様のお誕生日でした。……おめでとうございます」


 忘れていたとばかりに、リアラが慇懃に頭を下げると、これみよがしに溜息を吐かれた。兄妹だけあって、さりげない仕草は似ているようだ。


「あの招待状で気づかなかったら、どうしようかと思ったわ」

「あれは、『少女きらきら』の先月号の付録じゃないですか、分からないはずがありません」

「やっぱり、まだ買っているのね? 対象年齢は十五歳だったはずなのに」

「心は常に十五歳です。別に良いじゃないですか。男の子が冒険友情物語を好きなように、女の子は、恋愛どきどき物語が好きなものです。これは自然の摂理です」

 

 リアラはにこにこと支離滅裂なことを口にしている。げんなりしたサンドラの表情でそれは分かっていたが、止められないのだから仕方ない。


「サンドラ様は『謎めいた王子にさらわれて』がお好きなんですね? 一つ屋根の下と、密室に閉じ込められるくだりは『謎めいた王子にさらわれて』の一巻と同じです」

「なんだ。やっぱり気づいていたんじゃない」


 サンドラは、あっさりと肯定した。そうだろう。リアラには分かっていた。

 彼女はこの話がしたくて、リアラに悪戯をしたのだ。構って欲しかったのだろう。


「私、小さい頃から恋愛の本が好きだったの。でも、周りは誰も読まないし、そんなの読んでいるとばれたら大変だと思って、ずっと隠していたのよ。そしたら、兄様付きの新聞記者から貴方のことを聞いて、色々、調べたわ。現実満喫中の兄様が、貴方のような人を選ぶなんて有り得ないって、すぐに分かったけど」

「それで、私のような害虫を駆除しようと?」

「それは違うわよ。貴方の部屋、汚いって聞いたから。温かくなったら、紙を食べる虫が大量発生するでしょ。天日干しが出来ないのなら、今のうちに対処しなきゃって、だから、王宮図書館で使っている特別の駆除剤を善意で撒いてあげたのに」


 まさか王女様に本の保存法について、説教される日が来るとは思ってもいなかった。


「あれが善意ですか? まあ、本は復活したので私は良いんですけど」

「兄様の護衛にやらせたの。だからかしら? 少し使用量を間違えてしまったようだけど」


 少しではない。多過ぎだ。多分、王宮用の量を散布したからだ。

 リアラの小さな家では対応しきれず、灰のようになってしまったのだろう。


「でも、ほら、結果的には貴方と兄様の一つ屋根の下でが成功したじゃない? ちょっと悪いことしたと思って、イファンの部下に秘密裏に命じて、兄様と密室にしてあげたのに」

「いや、あれは現実に閉じ込めちゃ駄目ですよ。サンドラ様」

「どうして? 『謎めいた王子にさらわれて』の最大の見せ場でしょう?」

「実際は、ただ私が王子の裸を見ただけに終わりました」

「じゃあ、貴方も脱げば良かったじゃない。世界が広がったかもしれないわ?」

「さすが兄妹。発想が似ていて、私は全力で逃げ出したいくらいです」

「今まさに、逃げ出そうとしているのでしょう。貴方は兄様の所を出て行くんだって聞いたわ? せっかく、面白くなってきたところなのに、つまらないの」

「逆に、いつまでも私が王子の傍をうろついていたら、現実問題、良くないですから」

「そうかしら? 現実できらきらしている兄様と、妄想でぎらぎらしている貴方と、面白すぎる組み合わせだと思ったのよ。貴方だって、兄様のこと気にしているんでしょう。今日まで私邸に残ったのだって、未練があったからで……」


 そうかもしれない。

 でも、そんな気持ちを持っている自分が信じられない。

 ばかばかしいと、リアラは自分で己の感情に蓋をした。


「サンドラ様。私が王子の私邸に残ったのは、貴方から招待状が届いたからです。さすがにあんなものが届いたら、無視なんてできませんよ。本好きな人は裏切れません。でも、『謎めいた王子にさらわれて』の主人公が恋敵に毒を飲まされそうになるという部分まで、熱心に真似るのは駄目です。本好きでも、夢と現実の区別だけはしっかりつけないと……」

「それ、説教? 貴方に言われたくないわ。一番、夢見がちなお子様は貴方の方でしょ?」

「まあ、そうですよね。……すいません」 


 リアラは、肩を竦めて、額の汗を拭った。

 何やら体が熱くなってきたが、やっぱりあの粉末は、毒だったということだろうか?


「そうです。サンドラ様のおっしゃる通り。私はずっと大人になれないんですよ。現実が怖いんです。確かなものが何もなくて。知りたくないことばかり知ってしまうって、とても不愉快なんです。――だから。出来れば、永遠に逃げていたいのです。私は」


 サンドラが首を傾げた。


「意味が分からないわ」

「でしょうね。サンドラ様はすぐに大人になる。紙の世界に憧れるのも一時のことです」

「不親切な人ね。……でも、馬鹿にしないで頂戴。私、貴方のこと少しだけ分かったわよ」


 リアラを見上げたサンドラは、真っ直ぐ、視線を向けてきた。


「貴方、本当は悲しい人なのね?」

「…………えっ?」


 そうなのか? 

 リアラも知らない自分の一面を指摘された。

 今のは、感傷的な言葉だったかもしれないが、意識したものではなかったのだ。


「『謎めいた王子にさらわれて』の王子は、主人公の危機に駆け付けて、気持ちを汲んでくれるのにね」 

「あんな間の良い王子、現実にいません。現に王子も綺麗な人と踊ってましたし」

「ふーん、つまるところ結局、貴方、兄様にフラれて落ち込んでいるだけじゃないの?」

「フラれる? 私が王子にですか? フラれるも何も……」


 反駁しようとしたら、リアラより頭一つ小さいサンドラが片手を差し出してきた。


「知ってるわ。貴方が会場に来た時から見てたから。貴方、本当は歩くのもしんどいんでしょう? 兄様のために猛練習して足が痛むんじゃないの?」

「それは、王子のためではなくて……ですね」


 ただ単に、エスティーナから逃れる術がなかっただけなのだが……。

 サンドラはリアラの言葉を待ってはくれない。


「無駄口はいいわ。私が一緒に踊ってあげると言っているの。踊るの? 踊らないの?」

「…………えーーーっと。そうですね。下手で良ければ、お願い致します」 


 ここで拒否する勇気はなかった。

 きっと何とかなるだろうと、リアラはサンドラの誘いに乗った。音楽もなしに、月明かりと淡いランプの灯だけを頼りに、ステップを刻む。

 目蓋が重い。……が、悪くない心地だ。

 この倦怠感の正体が何であれ、もうどうだって良かった。


「それで、『少女きらきら』の最新号なんですが……?」

「えっ。この期に及んで、貴方の気になることは、そこなの?」


 二人の変人の会話は、一曲終わっても、リアラの体力が尽きるまで延々と続いた。


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