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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
第5章 舞踏会と告白
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第5章 ③

 それから、リアラは粛々と、エスティーナの淑女の嗜みと称したしごきに耐えた。


 エスティーナは毎日のように私邸に訪れ、貴族の立居振舞いと礼儀作法、アイゼルが出来ないだろうと助言してくれたダンスまで指導してきた。


 重要な本の発売日は安息日と決めているリアラを、エスティーナが憤怒の形相で書店まで追いかけてきたこともあった。

 更に、夜はレイヴィンに王族の家族構成について、延々と話を聞く羽目となった。


 ……忙しい。

 間違いなく、人生で最高に近いほどリアラには余裕がなくなっている。


 正直なところ、いつものリアラだったら、そんなこと知ったことではないのだが……、今回ばかりは、どうしても、拒否できなかったのだ。

 いや、拒否しても良かったのだが、多分リアラが嫌がったところで、逃げ切れないだろうという自覚は持っていた。


 嵐のように周囲を巻き込みながら、あっという間に時は流れ、誕生パーティ当日がやって来た。

 レイヴィンは、もはや七日間で口癖になってしまった言葉を投げてきた。


「…………一体、どうしたのだ。君は?」

「何がです?」


 無理が祟っているせいか、瞳孔が開き切った機械的な笑みしか返すことができないリアラに対し、レイヴィンは額を押さえている。呆れているのか、嗤っているのか分からない。


「何が……とはこっちが聞きたい。君、変だぞ?」

「変態に向かって、変とは笑止千万です」

「いや、君は変態だし、いつも変なことばかり口走っているが、今回は口走るだけでなく、行動も伴って変だ」

「行動的な変態になれて、光栄です。躍動感も出て、マンネリ化せずに済むでしょう」


 リアラがきびきび言い返すと、レイヴィンは深い深い溜息で応酬してきた。


「私は言ったはずだ。別に、君は壁に突っ立っているだけで良いし、私は君に何かしろと強制していないのだぞ。勝手に苦労して私を恨まれるのは本意ではない」

「王子、度を超えた変人を甘やかすのは良くありません」

「甘やかされている自覚もないくせに、よく言う。むしろ、私に甘える君を見てみたいぞ」

「ほらほら、時間がないわよ。わたくしの侍女たちを貸してあげるから、さっさと着替えさせてもらいなさいな」


 ぱんぱんと手を叩いて、エスティーナは不毛な会話を打ち止めする。

 いよいよだと、リアラは後ろに踏み出したい足を、覚悟を固めて前に出した。

 エスティーナの侍女たちは、年長者のマイラを筆頭におそろしく手際が良かった。


「すいません」


 他人様の前で下着姿になることなんて、一度もなかったリアラにとって、自分の貧相な体を衆目に晒すこは罪にも等しいことだったが、侍女の皆さんは慣れているのだろう。

 むしろ、鏡台の椅子で石像のように固まっているリアラの緊張を解こうと、こちらが痒くなるくらい、リアラの容姿を褒め称えてきた。


「謙遜することなんて、ありませんわ。リアラさん。貴方は化粧しなくても、そこまで愛らしいのですから、衣装と化粧で、格段に美しくなられることでしょう。任せて下さい」

「そうですよ。あの姫様が「飾りたくなる娘」と仰ったのです。貴方は相当美しいのです」


 多分、彼女たちは、リアラを正しく理解していない。

 そう感じたが、わざわざ口に出して訂正するのも面倒で、リアラは適当な笑顔で受け流すことにした。

 気が付けば、一時間も経たないうちに、鏡の中に見知らぬ淑女が映り込んでいた。


「…………あの、そこに、知らない人がいます」

「リアラさんです」


 マイラが生真面目に答えた。


「素敵ですわ」

「本当に、華があって……。髪を結いあげたから、色気が出たのかしら?」


 ――色気? 何だ。それは? 


 彼女たちの言う通り、今のリアラは楚々とした美しさの中に、妖艶さも揃えた美人だ。

 充血した目が目立たないよう、白い肌が更に映えるよう、見事に化粧が施されている。

 長いだけでぼさぼさの灰色の髪は、綺麗に頭上で束ねられてすっきりした。髪飾りと、耳飾り、首飾りは揃いの銀色で、きらきらと光っていっそ神々しいくらいだった。


 だけど、ここまでいったら別人だ。こんな女性はリアラではない。


(調子に乗ったら、駄目よ)


 リアラの人生で、一番人間的な顔をしている時が今であったとしても、世の中には綺麗な人なんて山のようにいるのだ。自分は自分だ。それ以外の何者にもなれはしない。

 だが、気持ちを引き締め、廊下に出たはずのリアラの前には、ぽかんと口を開けて直立しているレイヴィンがいた。


「お待たせしました」


 大丈夫だろうか? 待たされ過ぎの疲労で、口元が弛緩してしまったのか?

 リアラはそう思い込もうとした。試しに愛想笑いをしてみせたら、我に返ったらしい、レイヴィンが両目を細めて、警戒心たっぷりに近づいてきた。


「……誰だ。君は?」

「残念ながら、私はリアラ=クラウスですよ。彼女たちは匠の仕事をしてくれたまでです」

「本当にリアラなのか?」

「ええ。中身は変態です。たとえ、着ているものが上等でも、画期的な変化はありません」

「違う。私がしているのは、ドレスの話ではなくて……。いや、まあ、確かに、そのドレスは素晴らしいが、……うん。だけど、露出が多いのは感心しないな」

「一応、すいません」

「謝らないでくれ。居た堪れん」


 レイヴィンは、横目でリアラの胸元に目をやり、すぐさま横を向いた。

 このドレスは、エスティーナの趣味だ。

 リアラの目が青灰色であることから、青系のドレスが良いと判断したエスティーナは、手持ちのドレスの中から、一等高級な藍色のドレスをリアラに貸してくれた。胸元が開いているのは、ネックレスを強調するためだと話していたが、レイヴィンの言う通り、露出が過ぎるとは感じていた。


「………………その、綺麗だ。リアラ」

「えっ、ああ。有難うございます。王子も、王子様のようで素敵ですよ」

「私は本物の王子だ。まったく誉め甲斐のない女だな」


 やはり社交辞令だったようだ。ならば良い。本音で誉められた日には、リアラは鳥肌を立てるだろう。


「……時に、本は持参しちゃ、まずいですかね?」

「駄目に決まっているだろうが……。とにかく、外で馬車も待たせている。もう行くぞ」


 そして、レイヴィンは、ぎこちなく腕を差し出してきた。

 漆黒に金の縁取りが入った縦襟の礼服は、リアラが数々の本で想像してきた王子そのものだった。

 その王子様がどういうわけか、片腕をこちらに向けている。

 リアラはきょろきょろ周囲に目を向けるが、自分以外、人がいないことを知って愕然とした。


「早くしてくれ。恥ずかしいだろう?」

「やっぱり、これは必要なことでしょうか。何なら、イファンさんと王子でどうでしょう?」

「おかしなことを言うな。本気で怒るぞ。礼儀の一つだ。男が女をエスコートしないわけにはいかないだろう」

「……ですよね」


 そういえば、自分は女だったと、渋々レイヴィンの腕に手を絡ませる。


「まあ、役得ですよね。舞踏会と王子と馬車だなんて、古典的王道まっしぐらじゃないですか。とりあえず、今は他人事のように楽しんでおかないと損かもしれません」


 リアラが開き直って、笑顔になると、レイヴィンは耳まで真っ赤になっていた。


「いや、だからって、ちょっと押し付けすぎだろう。感触がだな……」

「……何を照れていらっしゃるのか。お気になさらず、私は立派な貧乳です」

「そういう問題じゃないだろ」


 喧嘩一歩手前の言い合いをしていたら、あっという間に、四頭馬車は王宮に到着した。

 王宮といえば、リアラは最奥のレイヴィンの執務室しか尋ねたことがなかったが、国を挙げてのパーティともなると、一番大きく目立つ場所を使うらしい。

 リアラも国立公園を通る際、その威容は目にしていた。

 古代の神殿のような特徴的な白亜の宮殿。建物の支えとなる大きな大理石の柱が入り口を囲むように立ち並び、その正面に赤い絨毯と幸運の象徴である桃色の花が敷きつけられていた。

 リアラは、花を踏まないように進みたかったのだが、レイヴィンは早足でそれは無理そうだった。彼は慣れた足取りで、出迎えの人々の美辞を適当にあしらい、リアラの存在を隠すように、あっという間に、中央のホールから優美な音楽が流れる会場へとなだれ込んだ。息切れしているリアラを見向きもしない。

 こんな私ですいませんという心境だから、文句なんて言わないが、やはりパーティなんて一生に一度で十分だと、リアラは早くも疲れ切ってしまった。

 けれど、誕生パーティは今まさに始まったばかりだった。

 主役のサンドラが満面の笑みを湛え、列席者に礼を告げる。

 巨大なシャンデリアの眩しい照明に、鮮やかに映える薔薇色のドレスは、リアラと対照的で露出が最小限に抑えられていたが、背中には可愛らしい大きなリボンが強調されていて、彼女の可愛らしい魅力を最大限に発揮する工夫が為されていた。サンドラに対し、人見知りの激しい印象を抱いていたリアラだったが、今日の彼女はさすがというべきか、しっかり王女の顔となっていた。


(あの可憐なお姫様が私に会いたい……と?)


 ……分かってはいる。

 リアラだけは彼女の気持ちを理解しているはずだ。

 あの招待状を寄越した彼女が本当にリアラに会いたいならば、レイヴィンは邪魔な存在に違いないのだ。


「とりあえず、君は一時的にでも私から離れた方が良いだろう。私は嫌でも目立つんだ。すぐにサンドラを連れて来る。一目会えたら、あの子も納得すると思うんだ」

「……そうですか」


 やはり、レイヴィンはサンドラの狙いに気づいていない。彼は何も知らないのだ。


「君は壁際で、酒でも飲んでいるといい。そうすれば、誰もダンスに誘って来ないはずだ」


 すでに、レイヴィンの登場に大勢の女性が目の色を変えている。

 リアラはひらひら手を振った。最初から、レイヴィンを巻き込むつもりはないのだ。


「まあ、二人でいない方が良いというのは、賛成です。王子は行ってらしてください」


 一瞬、口元をひきつらせて、レイヴィンはそそくさと背中を見せる。


「いいか、リアラ。大人しくそこで待ってるんだぞ。君と最初に踊るのは私なのだからな」

「はあ」 


 何を言っているんだろう? 下手なダンスを観衆の前で披露するなということか?


(お酒もねえ……。面倒だよなあ) 


 広大な舞踏会場では、前方の一段高い場所に、座席が用意されていて、数百本の薔薇が飾られていた。あれが主賓席だ。今は主役のサンドラも、国王と妃の姿もないが、乾杯の合図直後は着席していたはずだ。単に、人が多くて見えなかっただけだろう。

 主賓席からやや距離を置いたた中心部では、早速、男女がくるくると優雅に踊っていて、リアラが立ち尽くしている出口付近では、沢山の給仕が酒の入ったグラスを賓客たちに配っていた。踊りたくなったら、給仕にグラスを預けるか、円卓の上に酒を置いていくといった作法のようだ。

 軽食は別室に用意されているが、そちらの部屋に行くと益々、社交の意味合いが強くなるので、避けるようにと、エスティーナとレイヴィンからは釘をさされていた。でも、酒を持った給仕の所まで行くのもだるい。正直、ダンスの練習をしすぎて、足が限界なのだ。

 サンドラは何処だろう? 

 呆然としていたら、沢山の男たちがリアラを取り囲んでいた。


「…………えっ?」

「どうです。一曲。私と」

「お嬢さん、私と一緒に」

「本当に私のことですか?」

「貴方以外誰がいるというのです?」


 リアラは本気で彼らが心配になった。見目麗しい女性なら、この場に大量発生しているではないか。何もリアラでなくともいいはずだ。

 しかし、リアラは彼らが自分に近づいてきた理由を速やかに察知した。 

 彼らの肩越しに繰り広げられる光景。

 若い女性が集まり、人だかりが出来ている一角があった。

 楽団が奏でる音楽をぶち壊すように、黄色い声がこだまし、その中心に頭一つ高い金髪の青年。レイヴィンの姿をリアラは発見してしまった。


(そうか、王子がいるから、男の人たちは溢れてしまうのね……)


 彼らは仕方なくリアラを誘っているに違いない。


 ――でも、困った。


 リアラは微妙な笑みの下で、猛烈に対策を練っていた。

 十八年間の半生で、男の人から手を差し伸べられたこともないのだ。

 上手い断り方など知るはずもない。いっそ、本好きの妄想狂なのだと素直に話してしまいたいところだ。


 ――その時だった。


「ごめんなさい。彼女は無理を言って、私が招待したんです」


 涼やかな……、しかし、幾分あどけなさを含んだ声が緩やかに耳に届いた。

 聞き覚えのある声音に、リアラは、おそるおそる横を向いた。


「……サンドラ様」


 桃色の小さな唇を綻ばせて、額の金のティアラを輝かせながら、今夜の主役・サンドラはリアラだけを見ていた。自ら出向くほど、リアラに言いたいことがあったらしい。


「これはこれは、サンドラ様。今宵はめでたい席にお呼び頂き大変光栄でございます」

「お美しくなられて。どうです? 一曲」

「お誘い頂き、大変嬉しいのですが、私そろそろ衣装替えをしなくてはならないのです。その前に彼女とお話しをしようと思って。また後ほど、改めてお願い致します」

「それは、残念」

「では、また後ほど」


 男性たちは、こぞってその場を去って行った。リアラは、ほっと息をついた。


(凄いなあ。王族は……。あしらい方に無駄がなくて、ついでに美しい)


 しみじみと、感心していると、サンドラはそそくさと給仕のもとに行き、葡萄酒の入ったグラスをリアラのもとに持ってきた。


「ありがとうございます」


 何と気の利く王女なのだろうと、目を潤ませ、手を伸ばしたリアラを避けるように、彼女は、おもむろに胸元から四角く折り畳んだ包みを取り出して広げ、中の白い粉末を一気にグラスの中に流し込んだ。


「……はっ?」


 一連の行為を、誰一人として見ていないようだった。彼女は死角を計算していたのだろう。淀みなく会場では、壮麗な円舞曲が奏でられている。


「はい、どうぞ」


(…………何ですと?)


 サンドラは、何事もなかったかのように、満面の笑みのまま、リアラにグラスを差し出してきた。


「――あ……っと、ありがとうございます」


 リアラは虚ろな目で礼を言った。


(そうだった。すっかり忘れてたわ……)


 これは招待でもなんでもない、悪質な遊びなのだ。



 ――それは、サンドラから招待状を受け取った時、リアラだけが気づいた事実だった。


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