第4章 ③
そんなに広くもない応接間にぽつんと二人で残されて、レイヴィンは途端に肌寒さを感じていた。
そろそろ陽が暮れる。
クオーツ王国は、温暖湿潤な気候で、過ごしやすい所だが、やはり夜は少し冷える。
リアラの格好は、あまりに薄着だった。
(あの子は、本当に、いつも無防備だ)
それを見込んで、彼女を囮にしたのに、今レイヴィンは彼女を心配している。
警備の数は増やしているが、エスティーナが現れた今日に限って、こんな形で外出するなんて、警戒心がなさすぎるのではないか。
(来るなら、エスティーナが現れた、今日、明日だろう?)
いや、彼女は自分が囮だとよく分かっていないのだから、行動を制限するのもひどい話だ。元々、彼女が狙われることを、レイヴィンは期待していたのだから……。
(私は、一体、何をやっているのだろう……)
もやもやを振り切るつもりで、派手に溜息を吐くと、エスティーナが軽く肩を叩いた。
「ほら、早く追いかけてあげないと……」
「はっ?」
レイヴィンは不機嫌な感情を、そのまま声に乗せていた。
「何で。私が? もとはといえば、君のせいじゃないか?」
「なぜ?」
振り返ると、小悪魔のように首を傾げるエスティーナがいた。
「わたくしのせいにするつもり? 彼女が逃げ出したのは、貴方のせいでしょうに?」
「逃げ出した……だと?」
レイヴィンは、今度こそ頭を抱えた。
「そんな単純な女だったら、苦労はない。大方、本でも買いに行ったんだろう? 大丈夫だ。ここ最近は特に厳重な警備を敷いているし、外は、イファンに警備を任せている。万に一つのことも起きないはずだ」
「馬鹿ね」
「何だと?」
「分からないの?」
エスティーナは艶めいた唇に嘲りの色を乗せている。昔から、年下のくせに人を小馬鹿にした態度をとるのが気に入らなかったのだ。今も、そういうところは変わっていない。
「本当に彼女が偏執的な本好きだったら、発売日の朝にとっくに買いに行っているわよ」
「…………あっ」
エスティーナは豊満な胸の前で腕組みをして、流し目を向ける。
「今の今まで、発売していたことも忘れていたのなら、それだけ貴方のことに気を取られたということだわ」
「…………それは」
……そうなのだろうか。
彼女に限っては、常識の物差しでははかれないので、何にしても自信がないのだが……。
「まったく、それを、あんなひどいことを言ってしまって……。彼女を傷つけた挙句、囮にしているなんてばれたら、どうなるのかしらね? せっかく、心を開こうとしていたのに、すべて駄目にしたのは、貴方が悪いのよ」
「君に何が分かる?」
「分かるわよ。少なくとも、わたくしは、貴方より遥かに芸術的才能に恵まれているのよ」
エスティーナは、得意げに鼻をならした。
そこには、巷の人々が礼賛している「艶やかで淑やかな姫君」の印象は微塵もない。
「私は……」
リアラを好きではない。
自分が彼女に惹かれるはずがないし、惹かれてはいけないからだ。
……だけど、やっぱり嫌われたくはない。傷つけたくないし、怖がらせたくないし、出来たら……。
(……これからも、すぐ傍にいたい)
「ああ、くそっ」
感情が追いついていないのに、足が動いていた。
走り出してから、しかし、レイヴィンは、途中で思い出して、エスティーナを一瞬振り返った。
「私は、君との結婚を避けるために恋人がいると宣言したが、彼女は私のファン向けの囮などではないぞ。君は肝心なことを見落としている」
「何よ。それ?」
「恋人がいるのだと、ぞんざいに君を振れば、彼がここに来るだろうと読んだからだ」
「はあ?」
「危険に晒しても良いような恋人役が欲しかったのは、彼のことを考えたからだ。てっきり、二人で一緒にここに来たのかと思ったが、違ったのなら、君は彼を追ってきたということになる。彼は一体何処に行ったんだろうな?」
「ちょっ……、ちょっと、どういう意味よ。レイヴィン! 貴方、あいつの居場所を知っているの!?」
珍しく動揺したエスティーナの怒声を背中に浴びながら、レイヴィンは心置きなく、力いっぱい駆け出した。




