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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
第3章 看病ネタと邪まな気持ち
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第3章 ④

 王宮の仕事を、夜通し枕投げをしていたことで、休むわけにはいかない。


 レイヴィンは、その日、執務室で眠気を堪えながら、決裁書諸々と睨めっこしていた。

 簡単なことだったら、悩む必要はない。だが、重要な決裁の場合は頭を働かせなければならないので、時間がかかる。


(特に、アスミエル島の橋梁の件はなあ……)


 レイヴィンの領地、アスミエル島の橋梁工事については、長年の懸案事項であった。

 島と陸地との距離はそれほど離れていない。だが、ここの海域は潮の流れが速く、うかつに渡ろうとすると危険なのだ。

 地元の漁師などが風の流れを読み、定期的に船を運航しているが、橋を建設するとなると、工事は大々的なものになるのは間違いなく、死人が出ることも覚悟しなければならない。

 更に、橋梁をつくることで、島に活気が出ることは間違いないが、同時に、島の豊かな自然が破壊される可能性は高く、今はレイヴィンの指示で行っている希少な石の産出も、輸送経路が確立することで、利権を求める業者が参入して来る懸念が大きかった。


(今も、仲買人が暗躍しているというしな……)


 ブルーティアラを国宝に認定したのは、レイヴィンの父である現国王だが、そのおかげで、市場価値が一気に跳ねあがり、希少な国宝の他国への横流しが横行してしまっている。


(駄目だ。やっぱり、この件は先延ばしだな)


 とてもではないが、今日この件を決裁する元気はない。


 つい我慢できず、小さな欠伸をしてしまったら、イファンがしっかり目撃していた。


「……眠いのですか?」


 普段、仕事中は声をかけてこないイファンが質問してくることとは珍しかった。

 そもそも、イファンは、リアラを見張っている機会が多くなっていたので、彼が王宮にいることも珍しいのだ。


 ――何だか、逆に怖い。


 レイヴィンはリアラの言葉を思い出していた。


(こいつが私に気があるのか? それとも私がこいつに気があるように見えるのか?)


 顔がまともに見られなくなって、レイヴィンはそっと顔をそむけた。


「まあな。しかし、お前の方が、眠そうだが?」


 気遣ったのは、徹夜のレイヴィンから見てもイファンの顔色は悪く、目の下が黒くなっていたからだった。そうでなければ、もう少し距離を取ろうと無言を貫いていたはずだ。


「自分は良いのです。問題は貴方のことですよ。殿下」


 イファンの声は、怒気を孕んでいた。


「私のこと? そりゃあ、夜更かしが過ぎたのは体に悪かったと思うが……」


 ぼんやりと呟いた一言が悪かったのだろう。イファンがかたかたと揺れ始めた。


(何だ?)


 さすがにその怪奇現象に、レイヴィンの目もすっかり覚めてしまった。


「おい。イファン。どうした? お前、変だそ?」

「………………殿下。昨夜は……、何をなさってらしたのでしょうか?」

「ああ、久々に、徹夜で激しい運動をしてしまったな」

「てっ、徹夜で! 激しい運動とは、一体……?」

「……ああ、分かってる。全部、私が悪いのだ。まさか、私もこんなことになるなんて、予想もしていなかったのだからな」


 イファンは、なぜか啜り泣きを始めていた。


「どうしたのだ、イファン。一体?」

「自分は、怖くなって……。昨夜、あの部屋の扉が開けられませんでした。開けたら最後だと……。しかし、こんなことになるくらいなら……!」

「えっ? 何が最後なんだ?」


 レイヴィンは顔を顰める。

 イファンの凄みを含んだ声は、寝不足の頭には、ひどく響いた。


「どたんばたんと、一晩中……床が抜けそうなほど、音がしていたんですよ?」

「ああ、それはすまなかったな。リアラが、あれでいて、なかなかしつこくって」

「ねっ、粘着系だったんですか? 痴女で変態で粘着系……とは一体?」

「どうして、お前はそんなに深刻そうなんだ?」

「これが深刻でなくて、何なんですか?」

「…………私は楽しかったんだがな」 


 ……枕投げ自体は。


 しかし、イファンは皆まで聞かずに、その場に膝をついた。


「一時の快楽におぼれて、周囲が見えなくなるなんて、国王陛下とお妃様には何と? 殿下。リアラ嬢だって、未婚のお嬢さんなんですよ」

「私は、快楽におぼれているように見えるか?」

「そうでなかったら、……どうかしてしまったのだと思います」

「……なるほど、そうか。やはり、そう見えるか」


 ーーやっぱりか。

 

 リアラも、そんなことを言っていた。血迷っただの、乱心しただの……。


 たしか「本能」だとも言っていた。


 言いにくいことをばっさりと言う娘だ。でも、彼女がそう思うのも無理はないことだ。


 レイヴィンは、リアラのことを絶対に好きにならないと、宣言していたのだから……。


 魔が差した。

 いや、それだけではない。


(……腹いせの意味もあったのだろうか?)


 苛々はしていた。それは、彼女に出会った当初から、ずっとだ。

 今まで、レイヴィンは人に無視されたことなんてなかった。いつも、大勢の人間から傅かれ、注目を集める立場だった。

 それが良い意味でも悪い意味でも、必ず、反応は返ってきた。


 ――なのに、リアラは違う。


 彼女は絶対にレイヴィンを見ない。反応なんて示さない。彼女が唯一心を開くのは、紙の中の人物にだけだ。


(……話すつもりなんて、なかったのにな) 


 リアラに、イファンが恋人なのだと、とんでもない誤解をされたことに、怒りが抑えきれなくなった。それで、つい、恋人なんていないと、口走ってしまった。

 だけど、彼女は案の定、素知らぬ顔で、レイヴィンのことなどどうでも良さそうだった。

 手ごたえがなくて、物足りなくて、レイヴィンは再び言葉を重ねてしまった。


 ―――リアラこそがレイヴィンの恋人役なのだ……と。


(だけど、やっぱり、リアラには響かなかった……)


 レイヴィンの心に怒りの燃料を投下するように、恋人役の終わりについて尋ねてきた。代わりがいたらお願いしたいなどと、よくもまあ、いけしゃあしゃあと……。


(私の自尊心は、ぐちゃぐちゃだな)


 ここまで一国の王子を虚仮にした女はいないのではないか?


(だから、きっと私も自棄になっていただけだ。そうだ。……………そうに違いない)


 よりにもよって、リアラだ。

 欲求不満にもほどがあるのではないか?

 あんな変態痴女に、まかり間違っても、好意を抱くはずがない。


 だけど、昨夜のあれが一過性の発作だったと思えない自分もいた。

 もしかしたら、自分はまた同じことを繰り返すかもしれない。

 いや、その確信も生まれつつあった。

 …………最悪なことに。


(この、由緒正しき、クオーツ王国の第二王子ともあろう私が……、あんな)


 ――だけど……。


(彼女といるのは、楽しいのだ……)


 言いたいことをぶつけて、笑って、一緒に疲れて……。


 ーー昨夜、多分初めて、リアラが愛想笑いではなく、心の底から笑ってくれたように見えた。


 髪の毛がぐしやぐしゃだろうが、ドレスがくしゃくしゃだろうが、関係ない。


(あの子は、意外に優しいのだ。昨夜だって湯あたりした私を見守っていてくれたではないか……)

 

 それに、リアラが私邸で食事を用意してくれるから、レイヴィンの食も進むようになった。

 自分のことには鈍感なのに、レイヴィンのこととなると鋭くて、顔色が良くないとすぐに指摘してくる。

 自分第一で、外見を飾り立てる女性ばかりを見てきたせいか、レイヴィンにとって、リアラのような女性は初めてで、困惑してしまうくらいに新鮮だった。


「イファン。リアラのことはもう彼にばれてしまったんだろうか?」

「あれだけ情報を流せば、さすがに気づくでしょう。もっとも、どこの報道機関も、彼女が殿下の恋人だなんて、信じていませんけどね。でも、彼なら、本気にするのでしょう?」

「ああ。彼なら信じるだろう。でも、そうか。彼以外誰も信じないか……。だからこそ、私は彼女を恋人役にしたんだったな」


 我ながら、馬鹿なことをした。

 今更ながらレイヴィンは後悔した。本当に今更である。


「なあ、イファン。せめて、リアラの警備を三倍にしてもらえないだろうか?」

「またそんなことを仰ってるんですか。これは、貴方が始めたことではないですか?」

「王宮に誘い出せれば、身の安全も保障できそうだが、リアラは王宮には来てくれないのだ。いくら護衛がいても、彼の力も未知数だし、私邸に一人にしておくのは危ないと思う」

「殿下は囮の意味を失念されてしまったのですか? 婚約披露パーティまであと少しです。彼が来るなら、今日明日の世界なんですよ。今が大事な時じゃないですか。それなのに」

「…………何だかなあ、それ、もう、どうでもよくなってきたような気がしてな」

「はあっ!! 何ですか。それは!」

「すまないな。イファン」


 レイヴィンが深く頭を下げてから顔を上げると、しかし、イファンは殺気を隠そうともせず、立ち上がり、素早く腰の短銃に手を置いていた。


「…………おい、イファン、どうした?」


 過労のために、いよいよ頭がどうにかなってしまったのか?


(それとも、こいつ……。本気で私に気があって、嫉妬に狂って、こんな真似を?)


「待て、イファン。早まるな」


 焦燥感にかられて、両手を挙げようとしたレイヴィンだったが、その時になって、イファンの視線が自分の背後の扉に向けられていることを察知した。


「…………どうした?」

「殿下。お静かに」


 ゆっくりと銃を構え、扉に近づいて行こうとした刹那、蹴破るような勢いで、扉を開けたのは、レイヴィンにとって想定外の人物だった。


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