第3章 ③
エスティーナがクオーツ王国に来たのは、久しぶりのことだった。
レイヴィンの方が自領に近いことから、パルヴァ―ナに足を伸ばす機会が多かったのだ。
(……まさか、こんな形で来るなんてね)
自嘲気味に微笑みつつ、エスティーナはドレスと揃いの純白の日傘を窄めた。
パルヴァ―ナに比べて、この国は日差しが強い。
以前に比べて、高層建築が増えた気がしたが、日よけにはなってくれなかった。
眩しい日差しは、北国育ちのエスティーナの白い肌を、容赦なく焼いているような気がした。けれども、雑踏の中で、傘を広げるのは歩行者の迷惑になる。
ここは、世界有数の大都市セレン。
大勢の人が集まり、先進的な文化と思想が生まれる場所だ。
人波と活気は、この国の勢いを示している。やはり自分の国は田舎なのだと、痛感せざるを得なかった。
いくら長い歴史と国家の誇りを持っていても、閉鎖的で画一的な思考は、いずれ国を滅ぼすかもしれない。エスティーナは手でかさを作って、周囲を見渡した。
―――レイヴィン殿下、渾身の一作!
大文字で書かれた特大ポスターが、書店のガラス戸に張りだされている。
思いがけず、エスティーナの顔が綻んだ。相変わらず、売上げは好調のようだった。
(身分差の……くだらない悲恋物語が、まさか、ここまでとはね……)
こんなに流行するとは、思ってもいなかった。さすが自由主義の発展しているクオーツ王国だ。パルヴァ―ナだったら、身分差があるという設定だけで、まず出版ができない。
(やっぱり、わたくしは、この国好きだわ)
でも、ここで何らかの変化を起こすことができなかったら、エスティーナは二度とこの国に来ることはできない。再び、レイヴィンと会うことも叶わないだろう。
(悲しい……のかしら?)
よく分からない。実感がわかない。
それでも、エスティーナがフラれた格好になってしまったことで、この国との未来は暗く閉ざされたものとなってしまった。
「おっ、お待ちください! 姫様」
背後から息を切らした侍女たちが、人ごみを縫って追いかけてくる。
正直、待たないつもりで歩いていたので、彼女たちに追い着かれたことが屈辱だった。
「一人で歩くのは、おやめくださいとお伝えしたはずです!」
「……そうだったかしら?」
侍女三人の中でも最年長のマイラが息を切らしながら、叱りつけてきた。
「そうです。お伝えしましたとも。アイゼルはもういないんですから、こんな無防備な真似はおやめください」
「じゃあ、無防備でなければ良いということよね。わたくし、レイヴィンの所に行くわ」
「姫様っ!?」
侍女たちが目を瞠っている。エスティーナは、勝ち誇ったかのように、くすくす笑った。
「平気よ。この国は安全だもの。この程度の我儘くらい、許してちょうだい。どうせ、ここから戻ったら、わたくしは顔もよく知らない男の人と結婚するのだから……」
そうだ。間もなくエスティーナには自由がなくなるのだ。
両親や臣下の猛烈な反対があっても、こうして一人でお忍び旅行が出来たのは、結婚前の最後の頼みだと彼女が譲らなかったからだ。だからこそ、何としてもここで目的を遂げて、気持ちを楽にしてから帰国したかった。
(……アイゼル。ここにいるのなら、とっとと姿を見せなさいな)
彼が消えて三か月。
エスティーナは瞑目し、自分の憶測が当たりであることを切望した。




