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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
第2章 お風呂でばったり(妄想痴女は見た)
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第2章 ⑤

 ーーそれから。

 レイヴィンは、リアラについて、色々と考えるようになった。


 断じて、お風呂でばったりした挙句、自分の裸を見られて、意識したというわけではない。

 ……ないのだが……。


 しかし、痛ましいことに、どうしても、あの時の彼女の弛緩したにやけ顔が頭から離れなくなって、考えずにはいられなくなってしまっているのは事実だった。


(……私としたことが何たる有様だ)


 レイヴィンにとってのリアラは、体裁上、都合の良い道具となりうる存在で、社会的にも、その性格的にも、上手く使いこなせるだろう「駒」となるはずだった。


 ーーしかし、彼女の性格は、レイヴィンの想像を越えて、遥かに変態だったのだ。


(私は、人選を間違えたのだろうか……)


 多分というか、絶対的にそうだろう。

 傍から見れば……。

 しかし、今更役者を変えている時間もないし、レイヴィンは決して彼女が嫌いなわけではないのだ。


 ――リアラ=クラウス。


(どうしたものか……?)


 しょっちゅう、私邸に会いに行けば、イファンに変態娘が好みなのかと誤解されそうだし、……かといって、放置というのも、巻き込んでしまった負い目と義務から、良くないことのように思えた。


 それに……。

 ただ単に、レイヴィンが全裸を見られて、彼女を意識しているというのなら、やっぱり、自分も変態なのだ。


(彼女に感化されて、変態になるのだけは、絶対に嫌だ)


 ――と、そういうわけで、七日前から、時間が空くと、レイヴィンは私邸の中には入らず、少し離れたところに馬車を止めて、彼女の様子を見守るようになった。

 元々、その方が都合も良かったのだ。


「なんで、こんな簡単な作戦を、私は思いつかなかったんだろうな?」


 不敵に笑っていれば、鋭く突っ込む相手が傍らにいる。


「いや、これ、犯罪的な付きまとい行為と同じですよね?」


 護衛のイファンだった。


「仕方ないだろう。これが一番建設的な方法なのだ。この程度のこと。彼女の読んでいる書籍の方がよほど犯罪っぽいぞ。…………私はな、イファン。彼女とは、近くて遠い存在程度の付き合いでいたほうが、良いのだと判断したのだ。それに、こうしていた方が、彼がここに乗り込んで来た時、すぐに私が対処できる」

「…………まあ。自分としては、言いたいことはお伝えしましたし、もう、どうでもいいんですけどね」


 熱く語れば、イファンは、そう淡泊に言ってレイヴィンから顔を背けた。

 欠伸をしているらしい。

 多分、それがなかったら、語尾に「殿下が変態だろうが何だろうが、自分は関係ないのです」と付け加えていたことだろう。


(まったく、付き合いが長い分、嫌な感じだな)


 多分、レイヴィンの企みは、イファンからすれば、馬鹿げたことなのだろう。

 ……分かっている。

 だけど、彼はレイヴィンが歩んできた苦難の子供時代を知らなすぎるのだ。

 

(私だって、好き好んで、こんなことしたくないんだからな……)


 狭い馬車の中で、一方的に険悪な空気が広がっていたが、ぽつぽつと、静かに降り始めた雨によって、レイヴィンの中で燻っていた怒りは、簡単に鎮火されてしまった。


 朝は晴れていたはずなのに、季節の変わり目のせいか、天気も変わりやすいようだ。

 これから、レイヴィンは、王宮に帰って、もう一仕事しなければならないのだ。

 でも、雨が降っているというだけで、戻ることが億劫になる。 

 私邸の中の様子は、こちらからは、分からない。

 雨で視界が悪いこともさることながら、大木の陰に、隠れるように、馬車を止めさせているから、庭をかすめ取るようにしか見えないのだ。


 この木陰を離れてしまえば、リアラが外に出た拍子に、簡単に気づかれてしまうだろう。


(まあ、こんな雨の日に彼女に限って、外に出ることもないだろうがな)


 レイヴィンは、その点に関しては、不思議なくらい安心していた。


 本の発売日でなければ、極力外に出ないと、公言していたのは、リアラ自身だ。

 どうせ、彼女のことだ。

 この雨の中、宛がった部屋で、持参の怪しい本に集中していることだろう。

 レイヴィンが後で天気のことを聞いたところで、雨が降っていたなんて、知らなかったと、言うに決まっている。


 ――しかし。

 ふと見遣れば、頭を手で押さえて、外に駆けだしてきた人物がいた。


「あれは……?」


 駆け足だったので、正確に誰なのか特定できなかったが、元々、私邸に給仕の者はいないのだ。雇うつもりだったが、リアラが拒否をして、レイヴィンも危険に巻き込む人間が増えることを懸念して、彼女の意見を了承したのだ。


 ……ということは、彼女に秘密裏につけている護衛を除けば、ここで今、生活している人間は、一人しかいない。


「リアラ?」

「洗濯物じゃないですか?」


 あっさりと、イファンは指摘した。

 果たして、その通りだった。

 馬車の窓枠に肘を乗せて、目を凝らしていたレイヴィンは、用を済ませて、私邸に戻って行くリアラを、しっかりと確認した。

 洗濯物らしき布類を、身にまとっている白いエプロンの中に包みこむようにして、早歩きでレイヴィンの視界から消えて行く。

 レイヴィンにしてみれば、信じられない光景だった。


「…………ちょっと待て。イファン、彼女は家事をするのか?」

「ご存じなかったのですか? 彼女、一通りは出来るみたいですよ」


 嫌味なくらい、素早い返答だった。


 レイヴィンにとって、リアラの印象は、四六時中、本の世界で過激な妄想をしている可哀想な女の子というものだった。

 だが、イファンはあっけないくらい、簡単にそれを覆してしまう。


「リアラ嬢につけている護衛の話では、毎日大体決まった時間に、掃除、洗濯、近所に買い物に出てから、食事の準備もしているらしいです。まあ、食材の買い物は、本を買うついでなんでしょうけど?」

「…………そうなのか」

「いつ殿下が来るのか分からないようで、毎日、三人分、食材を用意して料理しているそうです」 

「……ちょっと、待て。私は知らなかったぞ」

「知ったところで、どうってことでもないでしょう? 自分が報告したところで、殿下は、彼女の調理したものを召し上がることができるのですか? 無理でしょう?」


 …………確かに。

 否定はできない。


 レイヴィンは、頭を抱えた。

 そういえば、ふらっと夜に私邸に訪れると、リアラは必ずレイヴィンに、食事をするのかどうか尋ねてきた。

 レイヴィンは一度も食べると答えたことがない。

 彼女の用意した得体の知れない料理など食べられたものではないと、勝手に判断していたからだ。


(私が食べるはずもない食事を、彼女は毎日作っているのか?)


 実際、食卓に並んで口にできるかどうかは分からないが、レイヴィンの良心はひどく痛んでいた。


「胃薬と心の準備が必要ということ……か」

「薬はいらないはずですよ。彼女の料理の腕は、普通でした。可もなく、不可もなくです」

「…………なに?」

「一度、腐ってしまうからと、持たされたことがありました」


 レイヴィンも食べたことのないリアラの手料理を、イファンはとっくに食べていたらしい。


(……何たることだ……! と、怒るわけでもないけどな)


 ちょっと胸のあたりが痛いのは、イファンが話してくれなかった寂しさのせいだろう。


「殿下。もしも、彼女が本当に料理下手だったら、頼んでもいないのに、わざわざ、こちらに申告してくるでしょう。彼女はそういう損な人です」

「うん、まあ、そんな気もするが」


 リアラは、変に正直な娘だ。

 だから、隠せば良い趣味を表沙汰にして、変態の称号を手にしてしまっている。


 イファンは、てっきり、リアラのことを、苦手視しているのだと、思っていたが、彼女に対して、おかしな偏見を抱いているのは、むしろ、レイヴィンの方らしい。

 いいようのない罪悪感を抱き始めた自分の気持ちがよく分からない。


「……じゃあ、そうだな。罪滅ぼしに、久々に、少し、寄ってみるか」

「えっ。ちょっと、殿下。正気ですか? 罪滅ぼしって?」


 図らずも、馬車から外に出た途端、レイヴィンの空腹を刺激する香りが漂ってきた。

 奇しくも、これはレイヴィンの好きな……


(かぼちゃのスープか……?)


 そういえば、今日は忙しさに託けて、朝にパンを一口齧っただけだった。

 今、この家の中で、忙しなく、リアラが料理をしているのだろう。

 家事全般ができるという、イファンの話したことは、嘘ではなかった。


「あの、殿下。しかし、勝手に彼女の料理なんて食べない方が良いですよ。食べる時は、自分が毒見をしてから……」


 後ろでイファンがくどくどと、何か口にしているようだが、レイヴィンは気にも留めず、私邸の真っ白な扉をノックした。

 ぱたぱたと、子犬のように、リアラが駆けて来る。


「あれ? 今日は早いんですね。おかえりなさい。王子」

「えっ、あっ。そうだな。うん」 


 レイヴィンは、自分でも不思議なくらい、体を硬くしていた。


「……ただ……いま、…………戻った」


 小声で口に出すと、リアラは求めてもいないのに、満面の笑みを浮かべた。


(なぜ?)


「こんにちは」でもなく、「ご無沙汰しています」……でもなく「おかえり」と彼女は言うのだ?

 レイヴィンは、自分の顔が赤くなっていくのが怖かった。


 ……不自然ではないはずだ。

 ここはレイヴィンの家なのだから……。


 しかし、今までのレイヴィンの人生の中で、「おかえりなさい」と他人から言われた記憶がないことに驚いていた。


(大勢の人間から、頭は下げられても、こんな有体の挨拶をされる機会もないなんてな)


「……どうしたんです。王子? 王子にしては変ですけど?」

「いや、別に。今度は、そういうネタかと思っただけだ。危ないところだった。普段、私は君にお帰りの挨拶などされたこともなかったからな。私と会えなかった七日間のうちに、君が急にネタを現実に転用させ始めたのかと……」

「これがネタ? まさか。私はいつも、王子にちゃんと挨拶していますよ。多分、いつもはイファンさんが、最初に玄関から入ってくるから、王子はついでの状態になっているのでしょうね?」

「……………………ついで? 私が?」


 背後で、イファンの肩が震えていることに、レイヴィンは気づいた。

 笑っているのだ。こいつ。


「……それに」


 リアラは大きな瞳を更に見開いた。


「さすがに、「おかえり」の挨拶で萌えるほど、世の中甘くはありませんよ。せめて、裸にエプロンくらいの妙技がなければ」

「…………はっ、裸?」

「王子から遠いところの話ですね」

「そうか」


 やっぱり、彼女は意味が分からない。


「……まっ、まあ、そうだな」


(露出狂の本の話ならば、もう何も言うまい)


 リアラは、どこまでもリアラだ。

 特に、レイヴィンに色目をつかっているわけでもない。

 あくまで、我が道を猛進しているだけだ。

 ーーおかしいのは、レイヴィンの方だ。

 自分が勝手に思い込んでいたリアラ像と微妙なズレを確認してしまったから、戸惑っているのだろう


「あ、王子。外套、掛けましょうか? 雨で濡れていますよ。あっ、イファンさんも」 

「ああ。…………頼む」

「リアラさん」


 イファンはそそくさと、リアラを手伝い、外套を干すために二人で居間の方へ歩いて行ってしまった。


 ーーが。

 リアラの白いエプロンに、一瞬目を奪われたレイヴィンは、一人その場に立ち尽くす羽目となってしまった。


(……リアラが裸にエプロンなどというから、つい意識をしてしまったではないか)


 もはや、言い逃れのできない変態である。


(いや、私は、ただひらひらの「エプロン」という代物が珍しかっただけだ。エプロンに彼女の言う「萌え」というものを感じただけなのだ)


 そこまで心中で独白してから、レイヴィンは更に深みに陥った自分を思い知った。


(裸でもないのに、萌えるのか? そのほうがむしろ変態ではないのか?)


「……落ち着こう」


 深呼吸をする。 


(…………リアラ=クラウスは、まともな「女」ではないのだ)


 だからこそ、レイヴィンの思惑通りに、利用できるのだ。

 怯んだら、いけない。

 可哀想だと同情してしまえば、「女」だと意識してしまったら、レイヴィンは目的を達成できなくなってしまうだろう。


「まったく、どうしちゃったんです。王子?」

「うわっ!」


 打ちひしがれているそばから、至近距離にリアラがいて、レイヴィンは後ろに倒れそうになった。 

 リアラは心底分からないといったふうに、首を傾げている。


「今、丁度スープが出来たところなんですが、召し上がりますか?」


 まさしく、それが目当てだったので、レイヴィンはこくこくと何度もうなずいた。

 リアラはぶつぶつと「イファンさん食べるかな……」と独り言を呟いていた。


「それは、君の素顔なんだよな?」

「…………はあ?」


 リアラは、珍しく驚いていた。


「ネタを仕込んでいるわけではない……よな。その、料理系の?」

「女主人公が料理できないっていうのは、いまどき、ありきたりすぎますよ」

「……君は出来る……らしいではないか?」

「別に、豪勢なものを作るほどの腕は持っていませんよ。食費を余分にもらっているから、適当に作っているだけのことですし。今日だって、ただのかぼちゃのスープですからね。媚薬でも入ってたら、ネタにはなるかもしれませんが……」


 ……媚薬?

 レイヴィンは真摯な面差しで、口を開いた。


「盛ったのか。やっぱり?」


 今日の不調はそのせいではないのかと、納得させようとしたら、


「私はまだ犯罪者じゃありません」


 あっけなく一蹴された。

 そして、強い口調で念を押してくる。


「盛りませんよ」

「本当に?」

「むしろ、どうして、そうなるんです。媚薬なんて、ときめく小道具を持っていたら、私の人生は、かなり前から大きく変わっていましたよ」


 リアラは、うんざりしたふうに肩を落とした。

 どうやら、彼女でも、不機嫌になることがあるようだ。

 レイヴィンは慌てて、釈明した。


「いや、てっきり私は、君という人間は、暇さえあれば、怪しげな本ばかりを読んでいるのかと思っていて……だな。料理などしないだろうと思っていたんだ」

「ああ、何だ。そういう意味だったんですか?」


 淡泊に首肯したリアラだったが、次の瞬間から、うっとりと口元を緩めて、目を潤ませた。


「本が手元にあれば良し。なければ、脳内ですれば良いのですよ。料理している時だって、洗濯している時だって、頭の中は自由ですからね。妄想は経済的で、お金もかからないし、誰にも迷惑かけないし、一人で手軽にできる素敵なことです」


 いつもの調子で、痛い台詞を連発したリアラは、レイヴィンから距離を取りつつ、言った。


「ああ、ほら、王子。早くしないと、冷めてしまいます」


 彼女は台所に向かっているようだった。

 走り出した彼女の靡く髪と、小さな背中を、レイヴィンは凝視していた。

 今回は別に、エプロンに気を取られたわけではない。


「…………誰にも迷惑をかけない? 一人で、出来る?」


 ともすれば、ただの根暗の言い分にしか過ぎない今の一言に、レイヴィンは何とも言えない引っかかりを覚えていた。


 ただの偏執的な本好きと、リアラは何処か違うような気がしたのだ。


 彼女は、ただ単に本の世界に入り浸りたいだけなのではないか?


 ――もしかしたら。

 孤独という現実から、目をそむけていたいだけではないのだろうか?

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