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イーグル・アイ  作者: 香田 拓人
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真夜中の狙撃手

  巨大な繁華街の一角に建つ7階建て雑居ビルの非常階段、最上階踊り場からは、ビル正面を横切る様に道路が走っているのが見下ろせる。その道路沿いに視線を右に移動して行くと、道路向かいに面して店名「不夜城」のホール入口が臨める。

 

 俺は、最上階の踊り場から眼下に見える街を見下ろしていた。歩道にはナナカマドの街路樹が赤い実をつけ、遠くに見える公園のイチョウの葉は黄色く色づいていた。俺は既に2時間も冷たい秋風に吹かれながら、ビルの非常階段から見える不夜城の入口を双眼鏡と肉眼で、交互に凝視し続けていた。

 

 不夜城は 中国系の店だが、韓国や東南アジア系の女も働いていて、その働いている女の人数は50人を超える。この界隈では「まず大きい店」に入るだろう。

 

 店の客は勿論、日本人ばかりではなく、働いている店の女に合わせるようにアジア系の客が多い。

  毎夜、店の中では、中国語、韓国語、複数の東南アジアの言語が飛び交い喧噪に沸いている。この街に「この手の店」が増え始めたのは10年程前からだ。最初は小さな店ばかりだったが、本格的な勢力を持つ中国人の組織が入り込むと、大きな規模の店も見られるようになって来た。それを経営している組織は、「チャイニーズ・マフィア」と呼ばれていた。

 その組織は、表面上の商行為だけでは無く、裏では「密輸、詐欺、売春、麻薬密売」とあらゆる分野の非合法行為を生業としいる。最初は取るに足らない勢力だったその組織も、規模が大きくなるに従い、もともとこ街に既存し「シノギ」を持っていた地元組織と、バッティングするのは当然の成行きだった。

 

 昔なら、両者の「抗争」により、雌雄を決する事も出来ただろうが、暴対法から始まった各種の「法」の前で、組織的な抗争は警察の介入を招き、甚だ愚かしいだろう。


 午前1時、ビルの屋上から見下ろす街はまだ、人も車も眠る事を知らない。


不夜城の前の路上に、1台のグレーのセダンが横付けされた。フロントガラス以外は「フル・スモーク」されている。双眼鏡で車のナンバーを確認すると、標的を載せて来た車と同一であるのが解った。

 ひとつ、深呼吸とも溜息ともつかない息を吐き、保温用のグローブを外し、寒さで強張った肩と腕、特に指をストレッチした。

 

 傍らに置いていたゴルフバックを引き寄せファスナーを開け、中から取り出したのはゴルフクラブでは無く、それは全体を黒く艶消し塗装された軍用狙撃銃「レミントンM24」だった。


 依頼された標的は、この街の裏社会で幅を利かす、チャイニーズ・マフィア「龍頭」の幹部だ。


 俺は、銃口に取り付けられたサイレンサーを締め直し、銃の照準を容易にする為の2本の脚を開き、床に置いた。銃口を射線に向け、左手でストックを支えながら、スライドを引いた。弾丸は「ガシャッ」っと乾いた金属音とともに薬室に装填された。スコープの射距離設定を確認する、「250m」を目盛は表示している。


 俺は、俯せの姿勢になり左右の足を左右に開き、さらに上体を軽く起こし、両手で銃を引き寄せ、右肩の付け根にストックを固定した。銃自体は2つの脚で支えられている為、銃の重量を感じる事は無い。銃は脚と両肘に支えられ、俺の身体と一体になったかの様に安定した。スコープのカバーを外し、不夜城の方向を照準すると、縦方向と横方向に十字表示されたレチクルと、拡大された不夜城の玄関が重なった。

 

 不夜城からは酔客が店の女に見送られながら、吐き出されている。酔客達は一様にだらしなく酔い、帰り際、女に抱きつかれて喜んでいる。

「いい気なものだ」

 俺は心の中でつぶやいた。


 若い男が1人、店から出て来て周囲を窺っている。「龍頭」の幹部が連れているボディーガードだろう、

 さすがに抗争の最中とあって、飲み歩く時も身辺を固めている。しかし250メートル離れたビルの踊り場に蹲る俺に気づく筈も無い。


 横付けされた、グレーのセダン助手席からも男が降りて、先ほど不夜城から出てきた男と同様、周囲を警戒している。


 やがて不夜城の玄関が開き、店の女に抱きつかれながら龍頭の幹部が出てきた。

俺は大きく息を吸い込み静かに吐いた。

引き金に静かに右手人差し指を置く。

助手席から降りた男はセダンの後部ドアを開け、幹部が乗るのを待っている。女はひとしきり幹部に抱きついた後、やっと身体を離した。幹部はセダンに乗り込む前に、俺の方向に背を向ける形で見送る女に、左手を挙げた。


 その瞬間、スコープは幹部の後頭部を捉え、右手人差し指に力が加えられた。

 銃口から瞬間的に発せられる青白い閃光、サイレンサーからは咳こむような鈍い発射音、右肩に伝わる銃の反動、一瞬に全てを感じながら、スコープの中、前のめりに崩れて行く「標的」を追った。右手は無意識にスライドを操作し、発射された弾丸の薬莢は排出され、次弾が薬室へと装填される。


 不夜城前の路上では、見送った女が錯乱状態で悲鳴を上げ、男達の間で怒号が飛び交い、助手席から降りていた男は幹部の両脇に腕を入れ、セダンの中に引きずり込み、ボディーガードの男はセダンを盾に、さらに周りを警戒している。男の「肩から上」しか確認できないが、男の手には拳銃が握られているのかも知れない。


 俺は身体を起こし、薬室に装填されていた弾丸をスライドを引き、取り出した。傍らに落ちている空の薬莢を拾い、スコープにカバーをかけ、双眼鏡と一緒にゴルフバックに収めた。


 肉眼で不夜城に目を向けると、幹部を引きずり込んだセダンが、その場を走り去るのが見えた。

 俺はゴルフバッグを右肩に担ぎ上げ、静かに非常階段を降りて行った。


 銃から発射された「7.62mm」の弾丸は幹部の後頭部に命中し、頭蓋骨を貫通して額から抜けていた。

 

 即死だった。


 

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