忌み嫌われた剣士
その日はどんよりとした雲が空一面を覆っていた。
そのせいかは分からないが、いつも洗濯物を昼時に干しているおばあさんも、畑仕事をしているおじいさんも見当たらない。嫌になるほど村は静かだった。
この世界には自分以外居ないのではないかと錯覚するような静けさ。
ジルはただただ、目的も無く村を歩いている。
彼の父と母は彼が若いうちに、彼の手の届かないところへと旅立っていってしまっている。彼の生計を支えているのは、彼の作った野菜だけだ。
父と母が残してくれた野菜畑。
収穫期になると緑豊かになるそれは、今では馬や、兵士たちの足跡によりひどく荒れてしまっている。
畑の近くにあるジルの家。
中も外も荒れ果て、酷い有様だ。
どこの家も同じようなものだった。
「……」
もう少し先まで歩いてみる。
「ここも、やっぱりそうだよね」
ジルは一軒の家で足を止める。
村長宅。
村長の娘であるレティシアとジルは、友人とは一線を画した以上に仲のいい存在だった。
彼はレティシアを想い、レティシアは彼を想っていた。
しかし今の村長の家には彼女は居ない。
レティシアは彼の目の前で、自らの国の騎士団によって保護されてしまった。
奪われてしまったのだ。
すべてがなくなってしまった。
彼の住んでいた村は隣国の侵攻により壊滅。
救援に来た自国の騎士団によって、事態は沈静化したものの、生き残ったのはわずか。
そのわずかな村人も、保護され帝都へと連れて行かれてしまった。
ジルは一人、取り残されてしまったのだ。
とある『魔剣』のせいである。
忌み嫌われるその剣をジルは、レティシアを守るために持ってしまった。
持ってしまったがために、彼は誰も居ない村へと置いていかれてしまったのである。
「クソ……ッ」
村を壊されてしまった悔しさを、何度も彼は地面へと叩きつけた。
「忌み嫌われ、剣と運命を共にすることになった少年よ」
先ほどまで誰の気配も無かった村に、複数の気配が突然現れる。
彼の目の前に立っていたのは黒い鎧を身にまとい、片目に眼帯をした白髪の男だった。
その男の周りにいる人間も彼と同じような鎧を身に纏っていた。
「我が名は黒翼の騎士団団長、シュラだ。少年よ、名はなんと言う?」
「……ジル」
「『命喰らい』の魔剣、エペタムを持った少年、ジルよ。私たちと一緒に来い」
「何で?」
突然の男、シュラの提案にジルは訝しげな表情を浮かべる。
「隣国、アースドルド王国を、すべてを奪った奴らを消し去りたくは無いか?」
シュラのその言葉にジルは息を呑む。
「……アンタらについていけば、それは達成できるのか?」
「ああ、我々は黒翼の騎士団。国王直属の機動騎士団だ。護衛専門の聖櫃とは訳が違う。我々と共に、この国を勝利へと導こうではないか」
「……行くあても無いからね、アンタらについていくよ」
今のジルは居場所があれば何でもよかった。
シュラは彼に居場所を作った。
戦場という、最高であり最悪の居場所を。
ウェンスドリア帝国はかつて隣国の侵攻に苦しんでおりました。
彼らには、隣国の攻撃になすすべがなかったのです。
魔法も、剣も、彼らには敵いませんでした。
やがて国民が諦め始めていた時、一筋の光が差し込みました。
全てを焼き尽くすことのできる力を持つ『火焔の戦乙女』
水を自在に操り、氷による圧倒的な魔法を見せる『水氷の戦乙女』
神の鉄槌を下すことの許された『雷光の戦乙女』
風のような速さで全てを圧倒する力を持つ『旋風の戦乙女』
木や土を自在に扱い、護ることを得意とした『自然の戦乙女』
温かな光で全てを癒し、助ける『極光の戦乙女』
底が見えないほどの闇を相手に見せ付ける『常闇の戦乙女』
そして、命を喰らい命を救済する『宣託の剣士』
彼らの魔法と神から授かったという遺物を使うことにより、ウェンスドリア帝国は隣国との戦争に勝利しました。
王は彼らに褒美を与えようとしましたが、彼らはそれを断りました。
『私たちはこの国が再び危うくなった時に再び参じます』
一言そう残し、彼らは消えてしまいました。
やがて戦乙女と剣士のことは神話として語り継がれております。
ウェンスドリア帝国が危険になった時、きっと彼らは再び舞い降りてくれると信じて。
その時まで、私たちは耐えましょう。
―――とある人物の日記より抜粋
1話目から結構ぶっ飛ばした内容ですが、2話目からはそこまでぶっ飛ばないはずです。投稿ペースはできれば週1。厳しければ週2になる可能性があります。