景気の良い話
無い。どこを探しても、まったくもって出てくる気配すらしない。
「どこに行ったんだ……」
明日は会社で重要な会議がある日だった。私はその仕事を自宅に持ち帰って、休日を返上して、やっとの思いで資料を作成した。はずだった。
今朝方やっと完成した手書きの資料は、仮眠から目覚めてみると、綺麗さっぱり消えていた。おかしい。ちゃんと机の上に置いておいたはずなのに。一体全体、どこに行ったというのだろうか。
「一応、家族にもどこかで見ていないか確認してみるか……」
柄にもなく独り言をつぶやいてしまうのは、それだけ気が焦れている証拠なのだろう。実際、あの資料がなくなると会議はめちゃくちゃになってしまう。そして私はクビになる。実に景気の悪い話だった。
とはいえ、自分の厄介事に家族を巻き込むのは気が進まなかった。というのも私は資料を作るために、休日の家族サービスを蔑ろにしてしまっていたからだ。
妻からは「台風が近づいているから屋根の補強をして頂戴」と言われた。小学一年生の娘からは「一緒にお庭で焼き芋を作ろう!」と言われた。五歳になったばかりの息子には「今度ゲームの発売日だから、一緒に買いに行ってー!」と言われた。私はその全てを無視して、仕事に没頭していた。それだけに、自分から声をかけるというのは、少しばかりバツが悪い。
五分ほど考えて、結局私は一人で資料を探すことに決めた。それから家中を探し回ったが、夕方になっても、とうとう資料は出てこなかった。
日が暮れかけてくると、いよいよ私は本気で焦りだした。まずいぞ。最早きまりの悪さを気にしている場合じゃない。このままでは景気の悪い話が現実のものになってしまう。
とりあえず最初に、庭先にいる娘の元へと行って、話を聞いてみることにした。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだが。パパの机の上にあった書類、知らないか?」
すると娘は「知ってるよ」と短く答えて、おそらく芋を焼いているのであろう焚き火を指差した。
「あのね、お庭の葉っぱで焚き火しようとしたんだけど、なかなか火がつかなくて。だからパパの部屋にあった紙を燃やしたの。おかげで、よく燃えてるよ! もうちょっとで焼きあがると思うから、パパ、もう少しだけ待ってね!」
娘の言葉に呼応するように、炎はパチパチと音を立てて、景気良く燃え上がっていた。
【了】
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