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アウトソール

アウトソール2

作者: 雄郎

<1>

「大島くんってこないだテレビ出てたよね?」

大島タカは白井マイに突然話しかけられたことで、心臓が口から飛び出そうになった。

黒髪のショートヘアーに大きな瞳。クラス一番の美少女が朝一番で自分に声をかけるなんてありえないと思ったが、夢ではないことは確かだった。

「まあね」

「すごいよね。なんだっけ、パールクル?」

「パ、パルクールだよ」

「パルクールかぁ。島崎くんも出てたよね。なんか凄い技をやってた。あっ、今日は島崎くん休みなのかな?」

「ああ、ユウキはたぶん休みだと思う」

この時間がいつまでも続けば良いと思う反面、会話を続けることができな自分のコミュニケーション能力を呪った。

「先生が来た。じゃあね」

マイはそう言って、自分の席に戻っていった。フワリとシャンプーの良い香りがタカを包んだ。

(幸せだ)

「お~い、みんな座れ。朝のホームルームを始めるぞ。特に連絡することはないが、今から進路調査表を配る」

残り香を堪能していたタカであったが、進路調査表という言葉に現実に引き戻される。

「島崎は休みか?おい、大島。お前この調査票を渡しておいてくれ」

中年の男性担任がタカの席に近づいた。加齢臭が白井マイの香りをかき消した。

「なんで俺なんですか?」

貴重な香りをぶち壊されたことで、苛立ったタカは不服そうにユウキの調査票を受け取った。

「お前ら仲いいだろ」

といって担任は教壇に戻った。

「提出期限は来週の金曜日までだ。進路なんてまだ先のことだと思うだろうけど、高校生活は短いんだからな。

2年で何も考えてないと、3年のとき苦労するぞ。あと一ヶ月で夏休みだ。この夏休みを有意義に過ごすためにも

早めに進路は決めておけ。何か相談があるなら、遠慮なく先生に言えよ」

タカは机にある二枚の調査票を見た。

(進学か就職か・・・・。やっぱり進学かな。ユウキはなんて書くんだろう)

「そうだ夏の全国大会にうちのバド部が出場するらしいぞ。なあ白井?」

おーっ、すごいという声が次々に上がり、教室の生徒たちががマイのほうを見る。タカもその流れでマイの顔を見た。

「お前、2年だけどエースなんだってな。みんなも応援にいくように」

「いや、そんなんじゃないですよ」

照れた様子も可愛いなとタカは思った。マイの周りにいる女子が、頑張ってー、応援にいくよーと声をかけていた。

(白井マイがバドミントンが強いって知ってたけど、そんなに強いのか。あれだけ可愛くて、スポーツも出来たら最強だな)

タカはマイから再び調査票に視線を戻した。そのときポケットのスマートフォンが震えた。こっそりとスマートフォンを取り出すと

画面には島崎ユウキの文字があった。

「今日学校サボる。放課後、トンネル公園で練習しよう!」

小学生かよと思いながら、了解とタカは返事をメッセージを送った。



<2>

放課後、タカはトンネル公園に向かった。トンネル公園は高校近くにある大型の公園で、タカとユウキはここでよくパルクールの練習をしていた。

野球グランドほどの広さの芝生があり、奥に小さな林がある。林の横にトイレとアスレチック遊具が置かれているエリアがあった。タカは林の中にユウキの姿を見つけた。

ユウキは木にぶら下がり、体を振っていた。振りの勢いは次第に強くなり、ユウキは手を離した。その瞬間に膝をお腹にひきつけ、腕を下げて膝においた。

空中で小さく丸まったユウキの体は回転をはじめ、半回転したところで体を開き、足を伸ばして地面に着地をした。

「おい、なんで今日学校サボったんだよ」

「別に学校なんて良いんだよ。ちゃんと単位の計算はしてるから」

ユウキはその場でバク宙をした。そして、細い木の根を使ってバランスを取りはじめた。

「お前が休みだと俺に迷惑がかかるんだよ。これ今日配られた進路調査票。提出は来週の金曜日だって」

うんと言って、ユウキはタカが差し出した調査票を受け取り、クシャクシャにしてポケットに入れた。

「お前それ提出物だぞ。鞄はないのかって、持ってるわけないよな」

ユウキはTシャツにスエットパンツという格好。トンネル公園から家が近いユウキは何も持たずにこの公園に来ることが多かった。

タカは背負ってきたリュックを下ろして、シューズとスエットを取り出した。制服のズボンを脱ぎ、スエットに着替え、

靴を革靴からランニングシューズに履き替えた。上着を脱ぐと、準備体操を始めた。

「こないだのテレビ見た?」

「何の?」

「いや、5月の練習会に取材に来てたテレビだよ。放送日も教えてくれたじゃん」

「うーん、忘れてた。どうだったの?」

「まあ放送されたのは5分くらいかな。マサトさんが喋っていて、他は俺たちの動きが使われてた。お前のダブルコークが映ってたよ」

「そうか」

「そうかって興味ないのかよ。学校で色々な奴にテレビのこと言われたんだぜ。あの白井も声かけてくれたし」

「白井?」

「白井マイだよ!バドミントン部の」

そんな奴いたっけとつぶやきながら、ユウキは木にぶら下がり、懸垂を始めた。

タカはユウキが他人に関心が薄いことは知っていた。しかし、年頃の男子がクラストップの美少女にも興味がなかったとは、と驚いた。

(こいつはどこを見て生きてるんだろうか)

「ちょっと走ってくる」

「ほーい」

走り出そうと思うと、芝生の向こうに知っている人影を見つけた。

「あっ、マサトさん!!」

「おー!お前らいたか」

ユウキは懸垂をやめて、タカと一緒にマサトの元に駆け寄った。

「今日は仕事はどうしたんですか、ついに首になりました?」

「バカ、今日は休みだ。なんとなくこの公園で練習したくて、来たんだ」

「マサトさん、今日は俺のプレシを見てくださいよ」

ユウキはマサトの手を引いて、アスレッチク遊具のほうに連れて行く。

「ちょっと待てよ。ちょうど良い機会だからお前らに良いニュースがある」

「またテレビ取材があったんですか?」

とタカが言った。マサトはもっと凄いことだと言った。

「日本でアートオブムーブメントが開催されることが決定したんだ」

「マジですか!!」

タカとユウキは同時に大声を出した。

「ああ、そこで日本人の出場者を募集している。まだオフィシャルのリリースは出てないけどな。

出場希望者は2~3分程度の動画を大会運営に送って、それで出場者が選考される。たしか

海外からは8人のトレイサーがくる。有名どころばっかりだ」

「日本人の出場枠は?」ユウキが食い入るように聞いた。

「3~4人ってところだ」

「タカ、今日カメラ持ってきた?」

「学校帰りだぞ。持ってきてるわけないだろ、ってお前出るつもりなのかよ」

「もち」

タカは思わずユウキの顔を見た。その表情からは自信というものしか読み取ることが出来なかった。

「動画を送るだけなら誰でも出来るんだぞ。タカも挑戦してみたらどうなんだ?」

「俺はあんまりそういうのは興味がないです。マサトさんはどうするんですか?」

「俺はもう年だし、裏方のほうで色々と準備を手伝うことになっているんだ」

「動画を送るだけって、そんな言い方はないですよ。俺は絶対に出場しますよ」

ユウキは眉を上げて、ちょっと不服な顔つきをした。

「おう、頑張れ」

「だから、早く俺のプレシを見てください」

ユウキはさっきよりも強い力でマサトを引っ張った。先に行く二人の後姿をタカは見ていた。





<3>

梅雨が終わり、日中の気温が徐々に上がっていく。だが、早朝の空気はまだ冷たかった。

シャツ一枚だけで外に出たことを少し後悔したタカであったが、走ればすぐに暑くなるだろうと思った。

靴紐を締めなおし、ゆっくりとしたペースで走り出した。

(期末テストも近いよな)

走るペースがだんだんと上がっていく。

(アートオブムーブメントか。パルクールは競い合うものじゃない。もっと己を強くするためにあるものだよな)

タカは階段を駆け上っていく。

(やべ、調査票まだ出してない。とりあえず進学希望にして、適当な大学を書いておくか)

息が乱れて、筋肉に疲労が溜まっていく。それらがタカの思考を肉体に向けていった。

階段の終点まであと少しになった。気が緩み始めると、スピードがやや落ちた。

(落とすな。もっと走るんだ)

地面を力強く蹴り、足を上げる。腕の振りを早くし、スピードがまたグンと上がった。

同時に呼吸が荒くなるが、かまわずに走り続ける。

最後の一段を踏み終え、スピードをゆっくり落としていき、止まる。

乱れた呼吸を整え、額の汗をぬぐう。もう、早朝の空気はどこかに消えていた。

息が戻ったところで、ゆっくりとしたペースで階段を下りていった。

時計を見ると、思ったよりも時間が過ぎていたので、急いで家に戻った。

「ただいま」

帰宅。シャワーを浴びたかったが、時間がないので、すぐ制服に着替えた。

「タカ、朝ごはんはどうするの?」

着替えている最中に母親が声をかけてきた。

「ジュースとバナナだけでいいよ」

「お昼までもつ?」

「朝起きたときにヨーグルト食べたから大丈夫だよ」

「そう。急に早起きしだして、まったくどうしたんだか。ジュースとバナナは机においておくよ」

返事はせずに着替えを済ませて、リビングへ入る。テーブルの上のジュースを一気飲みして、バナナを掴んで、家を出た。

駅に向かいながら、頭の中で色々な場所の距離を測っていた。

(ここなら跳べる、ここは少し助走をつけないといけない)

タカは自分の跳べる直感を鍛えるために、外に歩くときは様々なところの距離を見ていた。階段、手すり、横断歩道

地面のマークをつなげていって、自分がそこに立ったときに跳べるかどうかをシュミレーションしていた。

もともと街を歩くときは自分がパルクールしているところを想像しながら歩いていたが、もっとそれを深くしていった結果、

こういう街の見方をするようになった。

スマートフォンが震えた。直感でユウキだと思った。

(今日学校サボる。放課後、トンネル公園で練習しよう)

了解と送信した。







<4>

早朝に走ると、授業中に猛烈な眠気がやってくるということをタカはこの1週間で学んだ。

放課後、いつも通りにトンネル公園に行くと、珍しくユウキが真剣にストレッチをしていた。

「お前、ちゃんと学校こいよ。担任が怒ってたぞ」

「ああ」

聞いてんのかよと思いながら、ズボンを脱いで、スエットを着た。

ユウキの横にランニング用のバックパックが置いてあった。

「バックパックなんて珍しいね」

「うん?カメラ持ってきてるからね」

ユウキはバックからカメラを取り出した。小型のコンパクトデジカメだ。

「お前カメラなんて持っていたっけ」

「ほしいって言ったら、親が買ってくれた」

「すげーな」

「別に。もっと良い奴がほしかったけど、いまはとりあえずこれでいい」

といったユウキはタカにカメラをほうり投げた。

「おい、ちょっと!」

慌てて受け取ったタカはユウキの雑なカメラの取り扱いに怒った。

「なんでお前が怒るんだよ」

と言ってユウキは笑いながら、立ち上がった。

「ダブルコークするから、ちょっと撮って」

「お、おう」

タカはカメラを起動させ、ユウキは深呼吸した。

アングルはどうすると聞こうと思ったが、ユウキの集中している様子を見て、言葉を飲み込んだ。

ユウキは円を描くようなステップを踏み。加速していく中で上半身を少しだけ反らして、地面を蹴った。

足を大きく上げ、体が水平状態になって宙に浮く。同時に体を捻る。静止した空間の中に高速回転する物体が現れる。

一瞬だけ現れた高速回転する物体は地面に足をついて回転を止めた。

(もう完璧じゃないか)

高さ、捻りのスピード、着地、どれをとっても完璧だとタカは思った。

「ちょっと見せて」

タカはカメラを撮影モードから再生モードに切り替えて渡した。

「あれこれどうやって見るの?」

「お前のカメラだろ。ここを押すんだよ」

「スローとかは?」

「たぶんここだ」

タカはユウキの横からカメラを操作して、さきほどのダブルコークの映像を再生させた。

(前はもっと重心が低かったのに。いつのまにこんな高さがでるようになったんだ)

タカは改めて感心した。映像で見ると、よりその完成度を分かる。

「駄目だ」

「えっ、やっぱアングルが駄目だった?」

「違う。俺が駄目だ。もう一回やるから撮って」

ユウキの言葉にタカは面を食らった。成功しているのに、なんで駄目なんだろうか。

タカはさっきとは少し違う角度からユウキを撮った。またユウキは深呼吸をして、ダブルコークの体勢に入っていく。

(何が駄目なんだ・・・)

ユウキの動きを一瞬でも見逃さないと、タカは目をしっかりと開けて、集中する。

さっきと同じように成功している見えるが、ユウキの顔は明らかに不服そうだった。

「今のも違うだ。もう一回」

タカはユウキのもう一回を10回ほど聞き、そのたびにカメラを回した。

ユウキは自分以外には分からない何かを必死に修正していた。

それが見た目に分からないタカは少し苛立ちを覚えた。

「お前、何が違うんだよ。もう完璧じゃん」

「いや、全然違うよ。ごめん。これが最後だから」

結局、ユウキのこれが最後はあと7回続いた。最終的に不服なまま、ダブルコークの練習を終えた。

「ごめん。おわびにタカの動きも撮るよ」

「いいよ。俺はそんなのは興味ないんだから」

「えっ、タカはアートオブムーブメントでないの?動画もけっこう撮りためてるじゃん」

「あれは成長の記録っていうか。別に提出するためのものでもないし」

「タカの技のつなぎとかプレシの精度はスゲーと思うんだけどな」

「そんなのはコンペディション向きじゃないよ。俺、バク宙すら出来ないんだぜ」

「バク宙なんかより、プレシのほうが何百倍難しいよ」

「えっ?」

「動画撮らないなら筋トレ大会しようぜ。懸垂勝負だ」

ユウキは子供みたいな表情になった。さきほどまでの真剣な顔の面影はどこにもなかった。






<5>

8月。蝉の鳴き声が響き渡り、太陽の容赦ない光がアスファルトを照りつける。

タカは外の暑いムワァとした空気とクーラーのヒンヤリとした空気を交互に感じながら、高校2年生の夏休みを過ごしていた。

6月の後半から始めた早朝ランニングは三日坊主になると思いきや、意外と続いていた。

この時期になると日中に練習するよりも、朝のほうが涼しいので集中して練習できることに気づいたタカは今まで以上に朝の練習に力を入れていた。

ある日、近所の公園にある遊具を使って動きの練習をしていた。その公園にあるブランコの前にある腰ほどの高さのレールを使って、ヴォルトフロウを組んでいた。

良い感じのフロウが出来たので、撮ってみようと思い、カメラに三脚を取り付けて、撮影を開始した。

「あっ、全然ズレてる」

カメラの画面には最初は自分の姿が映っていたが、フロウの最中で画面の端に姿を消した。

「撮ろうか?」

急に声を掛けられた。後ろを振り返るとジャージ姿の白井マイがいた。

「うぇええ、なんで」

タカは素っ頓狂な声を上げて、1メートルくらい後ろに下がった。

「驚きすぎじゃない」

「お、おはよう」

あはははと大声でマイが笑った。

「大島くんって面白いよね」

「そうかな」

「いまのがパルクール?」

「うん、練習してたんだ。白井さんは?」

「私は朝のランニングだよ」

「ああ、全国大会だっけ?」

「ううん、負けたの。」

くっそ地雷を踏んでしまったとタカは自分で自分を殴りたい気分になった。

「あっ、ごめん」

マイは大きな目を一層に大きく広げた。

「えっ、別に謝る必要ないよ」

「そ、そう。でも、バドミントン強いんでしょ?」

マイはレールに腰かけた。

「うち両親がバドやっていて、その影響で小学生の頃にバドミントンを始めたの。

他にやることもなかったし、親は私がバドやっていると凄い嬉しそうだったから」

マイはレールを手で掴み、足をブラブラさせた。

「私、自分で言うのもなんだけど才能はあったと思うんだ。中学生くらいまでは人と対戦して強いって感じたことはなかったの。

でも、高校生くらいになって、上には上がいるんだって。才能だけじゃ通用しない世界なんだって思った。パルクールではそういうことある?」

「うーん、まああるといえば、あるような」

「大会とかあるの?」

「あるっちゃあるけど、それはパルクールじゃないというか」

「どういうこと?」

「いや、その辺は難しいんだよ。でも、白井さんが言っていることはなんとなく分かるよ」

嘘だった。タカはマイの言っていることがよく分からなかった。

「そう?まあ、もうバド辞める理由が見つからないし。内申のことあるから、卒業までは続けるけどね。ねえ、大島くんはバク宙とかはできるの。

島崎くんは体育の時間とかにバク宙とか色々やってんじゃん。あれ女子に超人気だよ」

「お、俺はそういうのはできないよ。ユウキは別だから」

「へー、そういうものなんだ。でも、私パルクールの動画とか見たけど、みんな宙返りしてるじゃん」

マイはレールから降りた。

「スタイルが違うっていうか」

「色々あるんだね。けど、将来はスタントマンとかになるんでしょ。テレビも出てたし」

スタントマンになった自分はあまり想像できなかった。

「将来のことは分からないよ」

「だよね。私もとりあえず進学かなと思ってる。あっ、そろそろ時間だ。これから部活だから。頑張ってね」

マイはそう言って、走って公園を出て行った。

「白井はなんでバドやっているんだろう」

タカは小さくつぶやいた。




<6>

9月。夏休みが終わったが、教室内には夏の暑さが残っていた。

「いいかー、来週には実力テストだ。しっかりと勉強しろよー」

帰りのHRが終わった。タカは今日はどこで練習しようかと思い、ユウキのほうを見た。

席にはユウキの姿が見えず、なぜかマイと目が合った。

「島崎くんは?」

マイが声をかけてきたが、タカとしてはこっちが聞きたいよと思った。

「いや知らないけど」

「島崎くんなら、さっき先生と一緒に教室でたよ」

と隣の女子が教えてくれた。タカとマイはお互いに顔を見合わせた。

「島崎くん、何かやったのかな?」

「あいつ夏休みの宿題やってないんじゃないの」

5分ほどして、ユウキが教室に戻ってきた。教室にはタカとマイの他には数人の生徒しか残ってなかった。

「おい、ユウキ。今日はどこで練習するんだよ」

「タカ、俺、学校やめるわ」

「はあ?」

タカとマイの声が揃った。

「マサトさんから連絡が来た。アートオブムーブメントの出場が決まったんだ」

「お前マジかよ!?」

「えっ、なにアートオブムーブメントって?」

マイはまったく何が起きているのか分からないという様子だった。

「マサトさんがイギリスのチームに知り合いがいて、その人がイギリスで練習しないかって誘ってくれたんだ」

「イギリス!?」

「ねえ、ちょっと話がよく分からない。イギリス、チームって?」

「親に話したら、お前がやる気ならお金は出すって言ってくれて。これってスゲーチャンスじゃん」

「いや、将来どうするつもりなんだよ」

「分からない。でも、最初からアートオブムーブメントで優勝するというのは決めてるんだ。

ごめん、今日はちょっと大会運営の会社と話があるから、練習できない」

ユウキはそう言って教室を出た。

「なんだよ」

色々なことが突然に起こりすぎて、タカはパニックになりそうになった。

どうするんだよって思い、ふとマイの顔を見ると目が赤くなっていた。

「白井さん?」

「・・・ごめん」

といって、マイは走って教室を出た。タカはもう倒れそうになった。



<7>

放課後。トンネル公園。アスレチックエリアにある平行棒の上でユウキは立っていた。

何度かその上でバランスを取りながら、歩こうとしたがなぜか出来なかった。

今までは何も考えずに歩けていたのに、今日に限って歩くことができなかった。

(ユウキは海外に行って、白井は泣いて、今日の俺はバランスができない)

「タカ」

振り返るとマサトがいた。

「マサトさん」

タカは平行棒から降りた。

「仕事はどうしたんですか?」

「サボりだ」

「ユウキと一緒じゃないですか」

マサトの格好はジーンズにシャツで、いつものパルクールする格好ではなかった。

「マサトさんがユウキを海外に誘ったんですか?」

マサトはしばらく黙って、ゆっくりと話し出した。

「昔、一緒に練習したイギリス人がいてな。家に泊めていた時期もあった。そいつにユウキがアートオブムーブメントが出ることを話したら

こないかって誘ったんだ。俺は最初迷った。あいつは学生だし、そこまでパルクールに向かわせて良いのかと。でも、日本人がアートオブムーブメントに出るチャンスなんて

滅多にない。あいつはそれを掴んだ。それだけじゃなくて、あいつは優勝したいとまで言った。なら、こういう選択肢を与えることも一つありじゃないかと思った」

「あいつ学校やめたんですよ」

「知ってる。俺は止めたんだ。イギリスに行くのを冬休みとか春休みにしろって言っても、あいつは全然聞かなかった」

「俺はもうわからないです」

「あいつはあいつの選択をしたんだ。俺たちが出来ない選択をした」

「選択?」

「タカも選択したろ。お前の動画も評判よかったぞ」

「落ちましたよ。やっぱり俺には向いてなかったんです」

「コンペディション向きじゃなかったってだけさ。普通にネットに出せば、ちゃんと評価してくれる人はたくさんいる。

ちょっと動こうか?」

「マサトさん、普段着じゃないですか」

関係ないよと言って、マサトは平行棒の上に立って、サイドフリップをした。

「マサトさん、俺にフリップを教えてくださいよ」

「お前、フリップは嫌いだろ。嫌いな動きはどれだけ練習しても上手くはならないぜ」

「でも」

「お前にしか出来ない動きがあるんだ。俺にも、ユウキにも、誰にも出来ない動きが。それを選択しろ」




<8>

マサトとタカは1時間ほど動いた。マサトは夕方からバイトなんだといって、公園を出て行った。

タカはそれからまた少し練習して、日が暮れる頃に駅のほうへ向かった。

「あれ、タカじゃん?」

「シンジ?卒業以来じゃん、久しぶり」

「お前その格好は何?まだパルクールしてたの?」

タカは自分の格好を見た。シャツにスエットといういかにもパルクールしてますという格好だった。

シンジはタカの中学のときの同級生で、かつては一緒にパルクールをしていた二人だった。

「まあな。お前は北高だっけ?」

「そう、男子校はむさいぜ。お前は片高だっけ、共学はうらやましいね」

「同じだよ。彼女できる奴はどこいっても出来るんだよ」

「あっ、お前ちょっと前にテレビ出てたよな」

「お、おう」

「凄いよなー。中学の頃、ダサい格好してパルクールの動画を撮ってさ、ネットに上げたら、スゲー叩かれたとの覚えてる」

「そんなこともあったよな」

「俺たちはすぐに飽きちゃったけど、お前だけはパルクールにのめりこんで、普通に一人でも練習するようになったじゃん」

「そうだったけ?」

「みんなはお前のことバカにしてたけどさ、俺は凄いなって思ったんだ」

タカはシンジの顔を見た。

「凄い?」

「好きなことを見つけるのは凄いことなんだぜ。世の中に生きている奴でどれくらいの人間が自分が本当に好きなことをやれてると思う?

俺の親父なんかいっつも仕事の愚痴ばっかりで、休みの日は寝てばっかり。まあ、そういう俺も部活もせず毎日ダラダラと過ごしているけどな。

まあ、いつか見つかるさって思いながら、年をとっていくのかもしれないけどな」

「お前ちょっと変わったな」

「そう?パルクールは良いと思うぜ。金もかからないし、勝ち負けもないし。本当に好きな動きを追求できる」

「じゃあ、お前はまたパルクールやる?」

「うーん、それは勘弁。のめりこむなら女を作ることだな。今の俺にはそっちが大事だ」

なんだよそれと言ってタカは笑った。女を作るという言葉に白井マイの顔が浮かんだ。同時に彼女の泣き顔も記憶もよみがえった。

白井の泣き顔にはクラス一の美少女の面影はなかった。

(なんで白井マイは泣いていたのか。何で今日俺はバランスが出来なかったのか)

もっと強くなりたい、ふとタカは思った。





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