初恋を忘れられないと婚約破棄されました。なら私も初恋の元へ行きます。お互い幸せになりましょう
メリンシャリーナは、美しい薔薇を見ながら紅茶を飲んでいた。
「とても美しい薔薇ですわ」
目の前に座るのは新しい婚約者、前公爵家当主であるルーカス・エルリド。
メリンシャリーナは卒業式の場で、伯爵家の令嬢の腰を抱きながら、伯爵家の令嬢は初恋の人で、忘れられないと婚約破棄されたのである。
メリンシャリーナは、では私も初恋の元へ行きますと答え、鼻で笑われた。
ルーカスは自分の父親よりも年上であるが、貴族にとっては珍しくない年の差である。
「喜んでもらえて何よりだ」
ルーカスは優雅に紅茶を飲む。
「私は男爵家を継ごうと思う」
「え?」
「このままあなたと私が婚姻し子供が生まれれれば、その子供は平民だ。なら私が持っている男爵家を継ごうかと思っている。これは嫡男にも話を通している。それに男爵家の方があなたも荷が重たくないだろう?」
「確かにそうですが、ルーカス様はよろしいのですか?」
「すでに国王にも話を通している。王族の相談役をやっているからな。これで相談役を逃れると思っていたが変わらず相談役をやってくれと言われてね。参ったよ」
「そこまで頼られていらっしゃるのですね。素敵です」
ルーカスは顔を赤らめ、照れ隠しに紅茶を飲む。
「まあ、君の存在が大きいがね」
「私がですか?」
「あの馬鹿は君が男爵家であることに不満があるようだったが、君は国王の末の姫の忘れ形見であることを知らなかった。ただの男爵家の養女だと、君を侮辱した。その上あの大帝国と貿易している唯一の男爵家であることを知らなかった。いや、知ろうともしなかった。あの馬鹿は、公爵家が何故男爵家と婚約を結んだ意味を、知ろうともしなかったのだ」
「ですが、あの方は初恋の人と一緒になれたように、私も初恋であるルーカス様の婚約者になれましたわ」
ルーカスは顔を赤らめ、そうですな、と答える。
メリンシャリーナの婚約者だったのは、スタット・エルリド。ルーカスの次男の息子だった。
元々男爵家を継ぐのはスタットで、だがそれを蹴ったのだ。
伯爵家の令嬢は母親の連れ子で、しかも養子にも入っていない。つまり伯爵家に居候している平民でしかないのだ。
あの家には次期女当主になる姉がいる。
伯爵家の初恋の令嬢は家を継げないのである。
次男であるスタットは、そのことを知っているのだろうか。
どうでもいいことだな、とルーカスは紅茶を飲む。
メリンシャリーナは、侍女に目をやり、侍女はルーカスの前にカップを置く。眉を寄せるルーカスに、メリンシャリーナはいい天気ですね、と言うかのように説明した。
「以前、口直しで添えられているレモンをもっと活用できないかと話していらっしゃったでしょう? 大帝国でレモンの活用はどうしているのか問い合わせしましたの。そしたら大帝国はミルクの代わりにレモンを入れて飲んでいると教えてもらったのです。それをレモンティーと呼ぶようですの。どうぞ飲んで下さいまし。とてもすっきりしますわ」
簡単に大帝国に問い合わせなんてできないし、それを教えてもらえることなんてそうそうできない。問い合わせができたとして、教えてもらえるのに何年かかるか。
「わざわざ問い合わせしてもらい、感謝する」
レモンティーを口に運ぶ。
メリンシャリーナはにこにこ笑いながら続ける。
「壊血病を防ぐために塩レモンにするのがいいのと、傷口の腐敗を防ぐ殺菌剤にするのもいいみたですわ」
あまりにも有益な話にルーカスは思わずむせた。
「三日前にもらしたレモンを、そんなに答えてくれたのかね? 大帝国は」
「育ての親であるママが大帝国で商売している商人の娘なのです。ママと生みの親であるお母様が親友だった縁でママの養子になったのです」
「その商売はどのぐらいの規模なんだね?」
「八割、でしょうか?」
思った以上の大商人に、ルーカスは言葉を失う。
そのとき使用人がガゼボにやってきて、耳元で報告を受け、ルーカスは溜息をついた。
「追い返せ。あいつはすでに勘当している」
「よろしいのですか?」
「王国と唯一大帝国と貿易している男爵家に対して泥を塗った。しかも育ての親の母君は大商人の娘だ。庇いきれん」
使用人は頭を下げて立ち去っていく。
「お仕事ですか?」
「問題ない」
「あのう。本当にルーカス様は私の婚約者になってよかったのでしょうか? 奥様が亡くなられて十年以上経つのに、後妻を迎えていらっしゃらないのは、奥様を愛してらっしゃるからではないのでしょうか?」
「妻は……実は男を作って出ていってしまったのですよ。家の恥なので死んだことになっています。私がそれから妻を迎えなかったのは、すでに子供が二人いたからです。ただ、それだけなのです」
「お互い幸せになりましょう」
ルーカスは顔を赤らめている自覚しながら、メリンシャリーナの手を取り、返事をするようにそっとキスをするのだった。




