人類滅亡後の長崎のとある街にて、マタンゴさんのへーわなお掃除の時間
崩れた四角いビルの隙間からお日様がひょっこりと顔を出し、暗闇に包まれた時の止まった世界に今日も変わらず穏やかな朝が訪れました。
のんびりと空へと昇ったお日様は街をぽかぽかと温め、割れた車窓の隙間から差し込む木漏れ日の様な光で、路面電車の座席で眠っていたキノコの魔物、マタンゴさんはふわあ、と目を覚ましました。
「むにゃー」
マタンゴさんは眠たい目をこすりながら今日も一日元気に過ごすため、コレクションでもある缶詰の山を眺め、じっくり悩んでからサバの味噌煮の缶詰をお弁当に選んでお気に入りのポーチの中に入れました。
「よいしょっと」
高低差のある乗降口からピョン、と飛び降りたマタンゴさんは草花で彩られた線路を歩きます。
太陽に照らされた広々とした道の真ん中を堂々と歩くと、それだけでなんだかワクワクしてきました。
「ぶもー」
「こんにちはー」
横断歩道に差し掛かると立派な角を持った牛の魔物が白線の上を歩き、マタンゴさんは挨拶をしてから渡り終えるのを待って、再び先に進みました。
おうちを出たマタンゴさんは大きな商店街に辿り着きます。
この場所には美味しい食べ物も面白いおもちゃもたくさんあるので、彼はとてもこの場所を気に入っていました。
「どれにしようかな?」
今日の目的はコレクションを集める事です。マタンゴさんは鉄の宝箱を見つけ、よじ登ってそこに入っていたたくさんの缶詰を前ににっこりしてしまいました。
中には錆びついたパイナップルもいくつかありましたが、これは手に取ると爆発してとてもびっくりしてしまう食べられない果物です。
マタンゴさんは出来るだけ刺激を与えない様に缶詰をそーっと掴み、無事にごはん兼コレクションを手に入れました。
「わーいわーい」
お宝を手に入れたマタンゴさんはきゃっきゃとはしゃぎます。するとそこに大きな口の魔物のお友達、ガブリンがやってきました。
「やあ、こんにちは。いいものは見つけた?」
「あっ、こんにちはー。いっしょにたべようよ!」
マタンゴさんは楽しい気持ちを分け合おうと先ほど手に入れた缶詰を差し出しました。
ですがガブリンはうーん、と悩んでからこう告げます。
「うん、もちろんそうしたいのは山々だけど、君はこんな所で何をしているんだい? 今日は月に一度の大掃除の日だよね」
「わわっ、そうだった!」
マタンゴさんは今日が大事な日だった事をすっかり忘れていました。彼は大急ぎで走り出し約束の場所へと向かいます。
「そんなに慌てなくてもいいよ。まだ朝ごはんを食べてないよね。ほら、これでも食べなよ」
「ありがとー!」
呆れた様に笑うガブリンは並んで走りながらもぎたての新鮮なビワを手渡し、マタンゴさんはお礼を言ってむしゃむしゃと食べます。
甘くみずみずしいビワのおかげで喉も潤い、おなかも心も満たされたマタンゴさんは力が溢れ出しました。
マタンゴさんはガブリンと共に広い公園にやってきました。
遊具が何もない公園には大きな石像や噴水、錆びついた鐘等があり、街の人たちは一足先にお掃除を始めていました。
「んしょ、んしょ」
マタンゴさんはまず不安定な足場が組まれた大きな石像の下に向かい、一生懸命手を伸ばして湿らせた白い布で汚れを拭きます。
「落ちない様に気を付けてね」
「うん、わかったー。わたたっ」
オウムガイの怪物は気を付ける様に注意しますが、返事をしたマタンゴさんはうっかり足を滑らせ落っこちてしまいました。
ですがこうなる事がわかっていた怪物は触手を伸ばし上手にキャッチします。
「まったく、言ったそばから」
「ありがとー」
マタンゴさんはお礼を言った後、大きな石像を見上げました。
まだお掃除は途中ですが、最初見た時よりも少しだけ綺麗になっていました。
「ねーねー、これってなんのせきぞうなのかな」
「さあ。神様の石像だったと思うけど」
マタンゴさんがそう尋ねるとオウムガイはそう答えます。
ですがそれはうろ覚えの知識だったので、自信をもってそうだと答える事が出来ませんでした。
「違うよ、これは有名なニンゲンの石像らしいよ」
「ニンゲンって?」
「わかんない」
「私はぷろれすらーって聞いた事があるね」
「ぷろれすらーって?」
「わかんない」
「そっかー」
この石像が何なのか、魔物たちは誰もちゃんと答える事が出来ませんでした。
ですがマタンゴさんはしばらく悩んだ後、また足場を登って石像を丁寧に磨きました。
「でもたいせつなものなんだよね。ならたいせつにしないとね」
「そうだね。さ、お掃除を続けようか」
ですがこの石像がなんであるかは関係ありません。
大切なものだから守り続ける、それ以上の理由は必要ありませんでした。
マタンゴさんは続けて錆びついた鐘の近くに行き、魔物と一緒に色鮮やかな四角い紙を折って飾りを作っていました。
「ねーねー、これってなんなのかな」
マタンゴさんは飾りを作っている最中、また気になって魔物に尋ねます。
その何かは鳥の様に、あるいは花の様に見えましたが、自分が何を作っているのか、何をしているのかもマタンゴさんはわかっていませんでした。
「多分何かの食べ物じゃないかな。確かこれを千個作れば世界が平和になるそうだよ」
「へーわって?」
「戦争がない事だよ。僕は戦争をするために作られたんだって」
「せんそうって?」
「さあ。水とか食べ物が無くていろんな所で喧嘩したとかなんとか。わかんないけど」
同じ様に何かを作っていた機械仕掛けの魔物もやはりちゃんと答えられませんでした。
他の魔物たちも何をしているのかはわかりませんでしたが、取りあえず同じように何かを作ります。
「ならこれを食べてお腹いっぱいになれば平和になるって事かな」
「そうかもね」
「そっかー」
食いしん坊のガブリンはそう結論付けマタンゴさんは納得します。
確かにお腹がいっぱいなら幸せな気持ちになれるので、それがへーわなのかもしれません。マタンゴさんは紙を折って何かの食べ物を作りました。
「うーん、うまく出来ないなあ」
「ここはこうするんだよ。ほら」
「わあ、上手に出来たよ。ありがとね。これでへーわになるよ!」
「ぼくにもおしえてー」
「わたしもー」
「(にこにこ)」
機械仕掛けの魔物はガブリンに折り方を教え、他の魔物たちも上手に何かを作るため集まります。
言葉が話せない仮面の魔物もまた友達に優しく身振り手振りで伝えながら、鋭い鉄の爪をハサミの様に使い四角い紙を作っていました。
「でもけっきょくへーわってなんなのかなあ」
「何なんだろうね」
ですがやっぱりここにいる皆はへーわが何なのかもわかりませんでした。
けれど皆と飾りを作る作業はとても楽しいので、もしかしたらこれがへーわなのかもしれないと、マタンゴさんはそう思う事にしました。
最後にデッキブラシを持ったマタンゴさんはスキップをしながら水が止められていた噴水へと向かい、勢いをそのままに飛び込みました。
「そーれ!」
「うぱっ!」
先に噴水で掃除をしていたウーパールーパーの魔物はびっくりしてしまいましたが、お友達がやって来てすぐに笑顔になり、口から水鉄砲を発射します。
「遊んでないでお掃除をしようね」
「はーい!」
「うぱー」
ただはしゃぎ過ぎたせいで半魚人の魔物に怒られてしまい、マタンゴさんはほどほどに遊びながらデッキブラシを動かし、水浸しの底の部分をゴシゴシとこすります。
シャオ、シャオと心地よい音が奏でられるたびに汚れが落ちていきます。
水遊びをしているのと大差ないので、マタンゴさんはこの場所でのお掃除が一番大好きでした。
「うぱー!」
ウーパールーパーの魔物も勢いよく水を出して汚れを落としていき、噴水はお友達の笑顔と虹色の光で満ち溢れました。
何故この場所が大切なのかはわかりませんでしたが、ここに集まって皆でお掃除をするととても心がぽかぽかして幸せな気持ちになります。
だからきっと大切にしなければならないのだろうと、虹を見上げたマタンゴさんはそんな事を考えました。
皆で一生懸命頑張った結果、公園のお掃除はお昼過ぎくらいには終わり、くたくたになったマタンゴさんは噴水を背にして休憩しました。
「ふにゃー」
ですがそれはどこか心地よいものでした。山奥の清流の様な噴水の音を聞き、マタンゴさんは充足感に満ち溢れゆっくりと瞳を閉じます。
「うぱー」
「むにゃー」
ここはお昼寝にはちょうどいい場所です。お友達も自然と集まり、マタンゴさんと同じ様に瞳を閉じて疲れを癒しました。
結局最後までニンゲンが何なのか、せんそうが何なのか、へーわが何なのかマタンゴさんにはわかりませんでした。
ですが毎日がとても楽しいので、難しい事は考えなくてもいいかな、と彼は結論付けました。
今日も明日も、明後日も、この時が止まった世界には穏やかな日々が続きます。
明日は何をして友達と遊ぼうかなと、マタンゴさんは幸せそうに夢の世界に旅立っていきました。




