1 気がつけば異世界の魔法図書館
(スキル“司書の索引”ーー付与しました…)
頭の中で、誰かの「声」が聞こえた。
目を開けると…
僕の目の前に広がる光景は、現実のものとは思えなかったーー
中世ヨーロッパの図書館にでも迷い込んでしまったのか?
重厚な木製の書棚が、周囲をぐるりと取り巻いている。
どれも吹き抜けの天井まで届く異様に高い書棚ばかりだ。
しかも、空中に浮かんでいる本まである。
ここはどこだ? 異世界とでもいうのか?
僕はいつ、ここに来たのだろうか?
ぜんぜん理解が追いつかない。
僕は27歳で、地方都市の図書館で司書として働いていた(たしかに昨日は出勤した)…はずだ…
いつも静かで、訪れる人に最適な資料を届ける――読者好きの僕には、最適な仕事だった。
でも、ここは…?
まるで森のように並ぶ膨大な数の書棚に収蔵されているのは、重厚な上製本が多いが、並製本はもちろん、手作りの小冊子まである。
それらが一見、無秩序に置かれているように見える。
手近の棚から、一冊抜きだそうと手を伸ばしかけたら、またあの「声」がした。
(スキル“司書の索引”ーーを使用しますか?)
こんどは「声」が話しかけてきた。
僕はいったい、どうしてしまったのだろう?
これが幻聴というやつなのか?
いや、でも、それならこの目の前の図書館は?幻覚?
もしこれが幻聴でも幻覚でもなく、本当に僕がこの異世界に転生…いや転移…したのだとしたら…?
さっき「声」は、スキルと言わなかったか?
転生ものの小説によくある、主人公の転生後のスキル…それなのだろうか…?
…ええい。迷っててもしかたない。郷に行っては郷に従え、習うより慣れろ、だ。
僕は思い切って言ってみた。
「スキル“司書の索引”を、使用する」
その瞬間ーー
書棚に並んだ本の背表紙が一斉に光りだした。
背の下のほうに、淡い刻印が輝き出し、そこに記号らしきものが浮かび上がってきた。 F、W、 A、 E、 L、 D、S、 G、さらに番号も…。一冊ずつ、すべて違うようだ。
職場の図書館で使っていた索引の感覚を思い出す。あれは分類記号じゃないか。
再び頭の中で「声」が話した。
(もしスキル“司書の索引”について、利用法などの説明が必要でしたら、お申し付けください)
「ちょ、ちょっと待って…!」
思わず僕は叫んでいた。
「たしかに説明はしてほしい。でも、その前に、そもそもキミは何者なの? まずはそれを教えてくれないか?」
「私はスキル“司書の索引”に付属するナビゲーター魔法でございます」
「付属するナビゲーター魔法?」
「はい。スキル“司書の索引”の魔力の一部として存在し、魔法を執行する当人ーーつまり、この場合はあなた様でございますがーーとコミュニケーションをとり、魔法の執行を円滑にするお手伝いをするのが役目でございます」
「へ、へえ…」
と言ったものの、僕の頭は混乱した。
「えーと…それじゃあ…つまり…キミの名前は“司書の索引”の付属ナビゲーターってことでよいのかな…?」
「はい。それで合っていますが、長過ぎるようなら、単に『司書の索引』、あるいは、単に『索引』とお呼びいただければと思います」
「なるほど…」
僕は、あらためて周囲を見渡した。
中世ヨーロッパの大学みたいな、膨大な蔵書を誇る図書館であることはわかるのだが…
「じゃあ、『索引』さん…。聞きたいことが山ほどあるんだけど、まずはこの場所について教えて」
「はい。この場所は、この世界の中心ともいえる王立魔術魔法大学の中央図書館でございます」
「王立?ってことは、この世界には王様がいるの?」
「申し訳ありません。私はあくまでもスキル“司書の索引”のナビゲーターですので、それに関すること以外はお答えできません」
「この図書館については教えてくれたのに?」
「中央図書館とスキル“司書の索引”は密接な関係がございます。というより、スキル“司書の索引”は、当中央図書館内でしか発動しない魔術でございます。そのため、当図書館に関するご説明は、私にも可能でございます」
「なるほど…。じゃあ、この図書館についてもっと詳しく教えてください」
「かしこまりました。当館は、魔法関連書に関し、王国最大の蔵書数を誇る図書館でございます。数百万冊の魔法書、魔術書、魔導書、禁書などが収蔵されております。しかしながら、当図書館は別名『混迷の塔』とも呼ばれております」
「混迷の塔?そんなに知識が集まっているのに…?僕の図書館のイメージは、混迷とは正反対だけど…」
「おっしゃるとおりです。通常なら、当図書館はその膨大な魔法知識で、王国を照らす光の塔となっていたはずなのです。しかし、現在そうはなっておりません」
「どうして?何があったの?」
「その原因は、魔法書の収蔵箇所の混乱にあります。より正確にいえば、収蔵ルールの混乱です。あらゆる魔法書が、時代時代で乱雑に、統一的なルールもなく書棚に置かれたため、膨大な蔵書の中から、目的の本を探し出すことが事実上不可能になってしまったのです」
「こんなにたくさんある本の中から、目的の本を探し出せない…ってこと?」
「そのとおりでございます」
「え?じゃあ、どうやって図書館を使うの?」
「図書館利用者は、まるでくじ引きのように本を引いて、偶然当たった本を読む、という利用法が一般的でございます」
「それは…」
図書館とはいえない…と思ったけど、僕は口をつぐんだ。「索引」がまだ続きを話していたからだ。
「当図書館の館長マルカディウス・ノクタリウス様は、当図書館、ひいては王国の存亡を賭けて、長年にわたり準備をしてきた魔術的な儀式を、ついに執り行いました。伝説の禁断魔術を執行したのでございます。その禁断魔術が、私がその一部をなすところの「スキル“司書の索引”」です。そして、このスキル“司書の索引”の行使者として召喚されたのが、あなた様でございます」
「……は?」
いま、「声」はなんと言った?
「つまり、あなた様はスキル“司書の索引”を執行するために召喚された、当図書館の新任司書なのでございます」
「え、あの、ちょ、ちょっと待って…『新任司書』? それに…僕は『召喚』されたの?」
「はい」
「いつ?」
「つい先ほどでございます」
「先ほどって…。もしかして、僕が突然ここに来たのは、召喚されたから?」
「はい、そのとおりでございます」
「館長が召喚したの?司書にするために?」
「はい、そのとおりでございます」
「え、館長はどこに?どこにもいないじゃない?」
「いえ、館長なら、先ほどから、あなた様の後ろに…」
「ええっ!?」
慌てて振り向いた僕は、すぐ近くの書棚の間に、一人の老人が倒れ伏していることに気がついた。
これまで、林立する書棚に目を奪われて、そちらばかり見ていたため、そこに人が倒れていることに、まったく気がつかなかったのだ。
その白髪の老人は、うつ伏せに倒れていた。すぐそばには倒れた書見台もあり、その近くには一冊の魔法書が落ちていた。
老人は目を閉じ、微動だにしない…
「ま、まさか…」
僕はそっと老人の首筋に指先をあててみた。
脈はなかった。




