魔女は処刑された
アリアを応接室に通して、ソファに座らせる。彼女は離れ難いと腕に回した手を外さなかったから、そのまま隣に腰を下ろした。
メイドにお茶の準備をお願いすれば、部屋には私と二人きり。後ろめたいと視線を彷徨わせていたけれど、アリアは空色の瞳で私の顔を覗き込んでくれた。
「ごめんなさい、コルネリア。カーラのお葬式なのに、帰宅を促してしまって・・・」
「レグルスが怖かったのよね?彼、貴女にも暴言や暴力を?」
アリアは首を横に振った。目を伏せてしまったから、空色の瞳が長い睫毛にかかる。
メイドがトレイに乗せた茶器を手に戻ってきた。テーブルに置いてもらうと、長年勤めてくれている彼女は配慮から即座に退室してくれる。
私は焼き菓子を手で指し示す。アリアの好きなお菓子を食べてもらって、少しでも落ち込みを解消してほしかった。だけど、彼女は手を伸ばすことすらしなかった。
無言の時間は数分ほどだっただろう。アリアはうっすらと唇を開いて話し始めた。
「以前、ベルアダムから王都に戻った日。貴女の領地の修道院に入りたいとお願いした日のことよ・・・フラメル王国の王太子が既に入国していて、『あの人』に会うために登城すらしていたの」
「そう、早かったのね」
王太子殿下がデイナに会いに来たことがアリアの意気消沈する理由なのだろうか。葬儀に現れたレグルスとどう繋がるのか、点と線が繋がらないことに首を傾げてしまう。
「私は王都のお屋敷にすぐに帰ったわ。監視対象の私にとって一番安全な場所だし、せっかくコルネリアと楽しい時間を過ごしたのに、気分が悪くなるから・・・だから見たわけじゃないのよ?」
「ええ」
相槌を打ってアリアを見つめる。私には頭頂部から流れる栗色の髪と長い睫毛と綺麗な鼻筋しか見えなかったけど、彼女が息を漏らしたあとで顔を上げてくれた。不快、そんな感情のあるアリアの顔が見えた。
「フラメルの王太子が、あの人を処刑した。お父様が・・・宮廷務めのお父様はお出迎えに参加しなければいけなかったから、その場で殺されるあの人を見たの」
「・・・えぇ?」
何が、一体、どういうことだろう。突然の展開に理解ができなくて、頭が真っ白に、思考が定まらない。
何故、フラメル王国の王太子殿下がデイナを殺すのだろう。だって、求婚の為にやって来たはず。妻に求めた美少女を感情に従って抱き締めるのは分かるけれど、殺すなんて、何が理由で。
「もしかしてクローデット王女殿下のため?」
そう、そうだった。フラメルの王太子殿下は妹姫を溺愛していた。最愛のクローデット王女殿下の尊厳と純潔を穢し貶めた元凶に恨みを抱き、求婚と偽って接触し、殺そうと考えていた・・・そういったことなのだろうか。
「それも理由の一つだと話されたらしいわ・・・ただ、魔女討伐が本懐だと仰られたの」
「魔女、討伐?」
「・・・魔女は邪悪ではないと貴女も知っているでしょう?血筋から魔法を伝えていく魔法使いの一族の女性が呼ばれる総称。フラメル王国の王族は、魔法を扱う一族だからクローデット王女殿下も魔女なの。以前、あの人が言った通り魔女で間違いなかった。そして、王女殿下が魔女なら兄君の王太子は魔法使いになるわ。同じくフラメルの王族ですものね。王太子は、同族だからこそ魔法や魔法使いの専門家でいらっしゃるそうよ」
一息付くと、アリアは体を離した。喉が渇いたようで、ティーポットに手を伸ばすけれど、客人にそんなことはさせられない。
手を上げて制すると、私がお茶をカップに注いだ。アリアはカップを手に取り、湯気の立つ紅茶を飲んだ。こくこくと喉を上下に動かして飲み切ると、空のカップを手にしたまま話を続ける。
「魔法使いが使える魔法は一種類。それも一族によって違う。フラメルの王族は『耐魔』・・・魔法を無力化する魔法が扱えるの。対するあの人は、『魅了』の魔法を扱う魔女だった」
「魅了の魔法?」
「あの人は、我が国では貴重な魔法使いの一族と言われていたでしょ?私達は一切見たことがなかったけど、見せるわけがないの。『魅了』は異性にしか効果がない。同性が恋愛対象の女性にも一応効果があるらしいけれど、あの人は女性が嫌いだから使わなかっただけだそうよ」
「じゃあ・・・」
デイナが男達に持て囃され、愛されていたのは『魅了』の魔法のおかげだった。そういうことになる。
思えば、確かにあの状況はおかしかった。学園中の見目良い男性達が、女性達を、何より家同士の結びつきのための婚約者達を蔑ろにして一人の女性に愛を囁くなんて、家の不利益になることをするはずかない。それなのに、国王も高位の貴族達も虜になって、国政に口を出す権利すら与えるなんておかしいはずだった。
何故、魔法だと疑わなかったのだろう・・・いえ、疑う前に知らなかった。デイナの魔法がどういったものか知らなかったから、そこまでの考えが及ばなかった。
彼女が、女性から見ても魅力的な美少女であったことも、意識が阻害させていたのかもしれない。
「私達のシルヴァン王国に存在する魔法使いの一族は少なくて、基本的に表には出てこないそうよ。魔法の力は凄まじいから悪用を恐れて隠しているらしいの。でも、あの人だけは違った。自分の欲に従って魅了の魔法を使い続けて、国を乗っ取るほどになってしまったの。フラメルの王太子も懸念していたそうよ。国交断絶状態とはいえ隣国だから、あの人の魔の手がフラメル王国にも及ぶかもしれないって考えたらしいわ」
「だから、魔女討伐なのね」
「そう。悪しき存在になった魔法使いや魔女を討伐するのは同じ魔法使いの役目。魔法使いの一族に生まれた者に課せられる使命だそうよ。実際、フラメルの王太子はあの人を討伐した。あの人は油断しきっていたそうだけど、すぐに拘束されて、その・・・お父様から教えてもらったとこだからよく分からないけれど、かなり残酷で凄惨な処刑方法だったそうなの。魔法使いや魔女は毛髪だけ残したとしても、それが強力な魔道具の部品になってしまうそうだから、その・・・跡形も残すことなく消したそうなの」
「・・・少し想像してしまったわ。恐ろしいのでしょうね」
「私達のような人間が見たら、失神して一生魘されるような処刑だったそうよ。だから、貴女の想像の範疇を超えるし、考えては駄目」
一人の女性の肉体が跡形もなくなるなんて、確かに考えないほうがいい。
ふと過ったのは、書庫に収められている昔の残虐な処刑や拷問に関する書籍のこと。肉食の動物や炎を用いて消失させる方法が多岐に渡り記されていた。それを思い出してしまったから身震いをする。
「デイナはもういない・・・」
別のことを考えれなければ、と浮かんだのはデイナのこと。もはや会うことはない人だと思ったけれど、存在自体が無くなった。
良かった、のだろう。彼女に対しては嫌悪感しかなかったし、聞こえた話では王都や懇意にしていた貴族の領地を荒らし回っていた。領主や子息を誘惑して好き放題。女性である私の元には来なかったけれど、足を運ばれた所は、どこもかなり悲惨な状況になっているらしい。
その原因のデイナがいなくなった。悪しき魔女の支配下にあった国が元の状態に、私が学園に入る前の平穏な国に戻るかもしれない。
「コルネリア、安心しては駄目よ。私達には問題が残っている」
少し顔が緩んでいたのかもしれない。私がアリアを見れば、その顔はギュッと顰められて不安そうで、私の顔にも力が入ってしまった。
何が問題なのだろうか。デイナに乱された国が正常になるかもしれないのに。国王も貴族も、学園時代から『魅了』を受けて正気を失っていた男性達も。
「・・・アベル達はどうなるの?」
ふと気付く。デイナを一心に愛していた男達や、アベルの気持ちはどうなっているのだろう。常に身近にいたから処刑の瞬間も立ち会っているはずだ。愛する人を失って、でもそれは『魅了』のせいで、もし対象を失ったら・・・どうなってしまうのだろうか。
「そう、それが問題なの。あの人が絶命してすぐに国王含む愛人達が苦しみだしたそうよ。取り乱して、暴れて、失神した人もいるって。何年も心を支配されて、強制的に植え付けられた愛の感情から操られていたから、突然の解放に心が耐えられなかったとフラメルの王太子が説明されたそうよ」
「それがカーラの葬儀に来ていたレグルスにも繋がることなの?」
コクリと頷くアリア。可愛らしい顔から険しさは取れない。
「魅了されていた男達は、正気に戻ったことで更に混乱した。彼らは、本来大切にしなければいけなかった婚約者や妻を虐げたわけだもの。自分の犯した罪が耐えられなくて発狂してしまう人もいるみたいで・・・エリシャの父親を覚えている?ロンド辺境伯のこと」
「勿論、一生忘れないわ。私達からエリシャを奪った男だもの」
「そう、『あの人』に操られていたから実の子のエリシャと自身の夫人を殺した。ロンド辺境伯は、もう取り返しのつかない状態に心が壊れて狂人になっている。ご領地に帰還されたそうだけど、屋敷で軟禁されているらしいわ」
「・・・それは、悲惨ね」
エリシャはお母様と一緒に死んでしまったのだから、謝る相手はもういない。懺悔もできないことで心を苛まれてしまうのは、普通の人間だからこそだろう。
恨みすらあった相手なのに、その末路を知ることで私の気持ちすら暗くなった。デイナがいなければ、と思うことしかできない。
「ロンド辺境伯は一生後悔していくわ。元婚約者のウリエル・ルノーについては詳しく知らないけれど、領地に戻ったと聞いている。彼もエリシャを殺した一人だから、今はどうにかなってしまったのだと思う。でも、他の、婚約者や妻だった女性達が無事な男達は違うわ」
「謝罪する相手がいるから罪の意識に潰されはしない?」
私が答えれば、アリアは首を横に振った。どうやら最適解ではないらしい。