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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
本編
6/59

アリアとの逢瀬

コルネリアちゃんは見た目男装の麗人

私は馬車から姿を現したアリアに手を差し出した。差し出された女性らしい丸みを帯びた小さな手を取って、下車の手伝いをする。アリアの可愛らしさは変わらない。ふんわりとした質感のウェーブがかった栗色の髪に、澄んだ空色の瞳はとても綺麗。まるで姫君のような守りたくなる容貌の美少女。よく似合うペールピンクのふんわりしたドレスを着ているから、彼女が足を取られないように注意を払わないと。


「まあ、ありがとう!麗しのベルアダム侯爵のお手を借りるなんて、皆に羨ましがられてしまうわ!」


以前と変わらない明るさに頬が緩んでしまう。アリアの支えになるように腕を差し出せば、可愛らしい声を上げ、私の腕に手を回して密着してきた。


「きゃあっ!コルネリア自らがエスコートしてくださるのかしら!」


「勿論ですよ、可愛らしいご令嬢。お気の済むままに何処へでもお連れいたします」


私達は顔を見合わせて、品は無いけれど声を漏らして笑ってしまった。

カーラは妊娠中であるため、後々病院まで伺うことになる。それまで、アリアが望んだベルアダム領内の様々なところを案内した。

王都には劣るけれど生活水準は国内でも上位の領都。ベルアダム家が出資している様々な施設。国の食料庫とも言われる一面の田畑。その移動の最中も、馬車の窓から煉瓦造りの車道を眺めて目を輝かせてくれた。

休憩として私の屋敷に招くと、昨日はカーラに褒められた庭園に案内する。アリアの大輪の花を思わせるふんわりしたドレスの裾が引っかからないように、椅子を引いて着席を促した。


「ありがとう!コル、いえ、ベルアダム侯爵閣下・・・うふふっ、また自慢話が増えてしまったわ!」


「もう、冗談を言うのは終わりにしましょう。体がむず痒くなってしまうわ」


「自慢できるのは本当なのよ。ベルアダムを守り立てる女侯爵閣下は女性貴族の憧れなのですからね!」


私はそんな憧れられるような人じゃないのに。服装と所作で崩れた容姿を辛うじて補っているだけで、ベルアダムを守っているのは使命だから。


「貴女、王都の女性貴族達に何て言われているかご存知?人目を忍んでいるから小規模だけど、偶にお茶会が開かれるの。そこではね、貴女は男装の麗人と持て囃されているのよ!侯爵としての貴女のことを拝見されたご婦人方から広まったらしいわ!」


「男装しているつもりはないのだけど」


「トラウザーズを穿く装いがとっても似合っているもの!はぁ、私も足が細くて長ければ穿いていたわ・・・」


「貴女はその花が咲き綻んだようなドレスが一番似合うわ、アリア嬢」


「うふふっ」


顔を寄せて囁やけば、アリアは朱に染まった頬を両手で包んでくねっていた・・・少しふざけすぎたかもしれない。「コルネリアが本当に男性だったら良かったのに」なんて言い出したアリアに、メイドが用意したお茶菓子を示す。


「どうぞ、我がベルアダムで栽培した小麦と砂糖で作りましたの。お口に合えばよろしいのですけど」


「あら!私の好きなパウンドケーキではなくって?流石コルネリアだわ!」


お皿に取り分けられたケーキをフォークを使い、完璧な所作で上品に食べるアリアだけれど、一口するたびに満面の笑みになるのは幼い少女を思わせる。こうして対面するたびに、愛らしさで私を虜にさせる。本当になんて可愛らしい人なのでしょう。

美味しそうにパウンドケーキ食べる彼女を眺めながら満足感を得て、カップに注がれた大好きな銘柄の紅茶を一口飲んだ。


「・・・庭園も素敵ですけれど、ベルアダム自体が素晴らしい場所だわ」


「そう思っていただけたのなら私にとっても幸いよ」


「ええ、だってここは明るいもの。太陽の光なんて関係なく人々が明るい顔で生活している・・・農民も、町の人も、お店の店員も、貴女の手足となって働いている部下の方達もね。気付いている?一番身近にいる方々すら楽しそうにしているわ」


「御者や屋敷の使用人達?」


アリアは切り分けてあるパウンドケーキの残りをそのままに、フォークをお皿の上に置いた。背筋を伸ばし、両手を膝の上に置いて私を見るけれど、頬にクリームが少し付いている。やっぱり可愛い人だわ。

私は、緩んでしまっている自分の頬に指を添えれることで伝えた。すぐに気付いたアリアは、少し慌てて自身の口にナプキンを当てた。そのまま話し始める。


「・・・私を案内している最中に何度か指示を仰ぎに来た方々がいたじゃない?収支とか、在庫とか・・・詳しくは分からないけれど領地経営のことよね?貴女は指示を出してすぐに話を終えていたけれど、皆、微笑みを浮かべて場を辞していたわ。貴女の指示を納得して受け取り、仕事に戻っていったのだと思う」


「あら、よく見てるわね」


「いい職場ということよね!移動中や散策中に見かけた領民の方々も顔に暗さなんてなかったし、コルネリアがこの領地を懸命に繁栄させているのだと思ったの。だから、ベルアダムは素晴らしい場所なのよ」


「・・・ありがとう」


アリアからの純粋な称賛は嬉しかった。住民でない人から見て良いものならば、私のやり方は間違いではなかったと自信になる。


「本当に王都とは全然違う。あまり外出はできないけれど、どこも雰囲気が悪いし、人々の表情も暗いもの。一人の女性の為に在るような場所になってしまったから、根本的に活気がないわ。女性は貴族以外も家に籠もりがちだし、『あの人』の思うように改革なんてしてるから、思惑から外れた場合は最悪、破滅することになるのよ」


「そう・・・政治にも口を出しているのよね?」


「あの人」。つまりデイナのこと。国王すら虜にした可憐で悪意の塊の様な彼女は、国政にも発言している。自分の思うように法律を作ったり、都市改革にも手を加えているらしい。

ベルアダムから一歩も出ない私には王都の状況など届かないから分からない。王城に務めるレーヌ伯爵を父に持つアリアに、こうして定期的に教えてもらわなければ情報すら入ってくることはなかった。


「貴族間の婚姻や婚約にもあの人の許可がいるって言ったじゃない?次は平民階級の婚姻にも口を出してね・・・容姿が整った男性が結婚する場合、あの人が一度お目通りをするの。そうして、不許可にすると自分の従者として引き上げるのよ」


「下らないわ」


思ったままのことを口に出した。本当に下らない。平民は地位や立場が低いからこそ自由である。婚姻も余程の大家でなければ自由結婚で、法に記された年齢を満たしているならば誰かの許可なんて必要ないとされている。

それに口を出して、あまつさえ想い合う男女を引き離すようなことをするなんて愚の骨頂に他ならない。


「ハーレムというのが他国にはあるけれど、それを作りたいのかしら?」


「顔で選んでいる時点でそうでしょ・・・ああ、でも」


アリアは一口紅茶を飲むと、音を立てずにカップをソーサーに戻した。


「あの人に求婚が来ているらしいの。もし、それを承諾するなら他国に嫁がれるはずよ」


「え・・・?」


突然のことに理解ができなくて呆けてしまった。デイナが求婚された。もし承諾すれば他国に嫁ぐ・・・彼女は、この国全土をハーレム状態にしているのに、このシルヴァン王国から身勝手にも離れるつもりなのだろうか。


「ごめんなさい、アリア。理解できないわ・・・デイナが、今から他国に嫁ぐ?この国の王や、アベルやルーベンスも愛人にしているような状態なのに?」


「私も最初は理解できなかったわ。でも、求婚は本当みたいよ。近日中に求婚者の王太子がやって来るの」


「誰なの、その」


馬鹿な男は、という言葉は飲み込んだ。相手は王太子。ここに居なくとも、知らない方を蔑むのは不敬だと思ったから。


「その方はね、フラメル王国の王太子よ」


「・・・え?」


更に理解が出来なくなった。

フラメル王国の王太子殿下と言えば、妹姫のクローデット王女殿下が、我が国の馬鹿な男達が行った悍ましい行為の被害者だ。その王女殿下のことがあって、フラメルから一方的に国交を断絶した。その采を取ったのは王太子殿下御本人だったはず。


「なぜ?」


クローデット王女殿下は最愛の妹君と聞いている。その愛する人を貶めて汚した元凶に何故、求婚をするのだろうか。王太子殿下もどこかでデイナを見てしまったのか。見るだけで人を魅了してしまう魔性のような美少女の虜になってしまったのだろうか。


「理解、できないわ」


「私もよ。フラメル王国の王太子がいらっしゃれば、お考えは分かるかもしれないけれど・・・理解したくない。あんな人に求婚するなんてね」


アリアはデイナを名前で呼ばない。呼んだらルーベンスが飛んできて、暴言を吐かれて殺されると思っているから。デイナの男達はデイナに対する少しの疑問すら許さない精鋭達。彼女のことを囁いただけで拘束、連行、処刑された人も少なくないと教えてくれた。

ルーベンスに想いを寄せているなどと噂を立てられたアリアは怯えている。あの恐ろしい男達はアリアを監視するように王都の兵士達に通達しているから。デイナの男達の誰かが一人でも命じれば、アリアを捕らえようと飛びかかってくると、本人自ら震えながら教えてくれた。


「あの人は乗り気らしいわ。フラメルの王太子はかなりの美青年と聞くもの」


「お母様がクローデット様と同じだものね。想像するに難しくないわ」


最後に目にした姿は悲惨だったけれど、私はクローデット王女殿下には何度か拝謁したから、その絶世の美しさを知っている。世界一と謳われた美貌の王女で、様々な国の王族から求められていたと聞く。

選ばれたのが我が国の愚かで色に狂ったエリオット王太子でなければ、クローデット王女殿下も既に婚姻をされていただろう。陰りのない美しさと慈愛の心で嫁がれた国を照らしていた、はず・・・婚姻、結婚。そう、結婚。男女が神の元、夫婦となり子を産み育てるのが結婚。

もし、デイナがフラメル王国に嫁がれたのなら、アベルとの関係は続けることができない。彼を近衛騎士として共に渡らせたとしても、所謂愛人など王太子殿下が許すだろうか。

私のベルアダム侯爵家は、アベルとデイナの子供が継ぐことになっている。その誓約を結んだことで、私は侯爵としていることができているのに。


「デイナがフラメル王国に嫁いでしまったら、アベルとデイナの子供のことはどうなるの?まだ産まれていないのよね?二人の子供がこのベルアダムの後継者になると誓約されたわ。国王陛下の御前で認められたから、私はそれまでベルアダムの侯爵になることを許可されたのに」 


「あの人達がそこまで考えて発言しているわけないじゃない。私はその場にいなかったから性格な判断はできないけれど、あのときは口から出任せを言ったのよ。絶対にそう!貴女を困らせたり、馬鹿にしたくて貶めるつもりで言ったの!そうでなければ、ベルアダム侯爵家の正当な血を継ぐ貴女を排斥するなんて馬鹿な判断はしないわ!考えなしの発言なんて気にしては駄目よ!」


「そう、かしら・・・そうよね・・・ごめんなさい、色々と混乱してしまったの。公的文章も誓約書も作られたから、私は本当にあの二人の子供に侯爵家を渡すことになっているの。それなのに、あちら側が偽りを述べていたのなら・・・求婚の結果次第では、国王陛下を交えて話し合いが必要になるわね」


脳裏に浮かぶのは私に蔑みや怒りといった感情を浮かべる男達の顔。そして、抱き合っているアベルとデイナの姿。

まるで想い合っていると見せていた。実際にアベルはそうだったけれど、デイナは違う。彼女はあの逞しい腕に抱かれながらもルーベンスやレグルス、近くで侍ることを許可した男達にも甘く囁いていた。身を寄せて抱き合い、慰めの言葉を受けて喜びの口付けを贈っていた。

もし、デイナがフラメルの王太子に嫁いだら、彼らの、アベルの抱く熱愛はどうなってしまうのだろう。彼は、私を捨ててまで得た最愛のデイナを他の男性に渡すことになる。デイナのために、私を悪女と罵って、激しい暴力で罰するほど強い感情を有していた。それほどまでに愛する人を手放すことになれば、その時、死を思うほどの絶望を感じるのではないか。


私は考え事をするとぼんやりしてしまう。それが今回も出てしまって、気が付いたら心配そうに眉を下げたアリアの顔と目が合った。


「ご、ごめんなさい。考え込んでしまっていたわ」


「ううん、気にしていない。貴女なら思う事はあるだろうし」


アリアは再びカップを手に取ると、美しい所作で一口飲んでソーサーの上に戻した。その眼差しは真摯なものに変わっている。


「ねえ、コルネリア。私、ベルアダムに来るたびに思うの。この場所なら私も平穏に過ごせるって」


「急にどうしたの?」


「急じゃないわ、ずっと前から思っていた。今回、貴女に案内していただいて決心したのよ」


アリアは首を横に振ると、私の手を取って握りしめた。真剣な眼差しを向けられるけれど、美しい空色の瞳が真っ直ぐに向けられて照れてしまいそうになる。


「あの人の支配が強い王都はもう嫌。私達の元婚約者達だけじゃなく、国交断絶したフラメルの王太子すら魅了した異様な人よ?あのまま居続けたら、私もいつか・・・処刑されてしまうかもしれないわ。ルーベンスの元婚約者ってだけで監視をするような人だから」


握りしめる力が強くなるけれど、その手は震えていた。アリアは異様なデイナに恐怖を抱き、その心が悲鳴を上げていると分かる。


「貴女が治めるベルアダムで暮らしたい。出来れば神の元、修道院に入りたいの。男子禁制の修道院に入れば、あの人も私がルーベンスを取らないって分かってくれるわ」


真剣に訴えるアリアに、私はすぐに頷けなかった。修道院には戒律がある。貴族令嬢で、両親にも愛されて過ごしていた彼女には、些か厳しい環境になってしまうから。


「アリア、修道院は厳しい場所よ。貴女に合うとは思わないし、生活してみて無理だと思っても簡単に還俗することはできないのよ?」


「分かっているわ、戒律やそれに凖じた生活をする厳しい場所だって。でも、貴女の領地の修道院に慰問して分かったことがあるの。質素であっても修道女達は穏やかで満ち足りていた。貴女とも信頼を感じたし、ベルアダムの修道院ならば私だって耐えられるわ」


「・・・食後のお菓子は毎日は出ないのよ?それでもいいの?」


私の問いにアリアは言い詰まったけれど、意を決したと顔を真っ赤にしながら「私はベルアダム修道院で一生神に仕えることを誓います!」なんて宣誓した。


ああ、本当に今日は色々と情報が多い。私がすぐにできるのは修道院に手紙を送り、深窓の令嬢が生活できるのかと伺うことだけ。

デイナの結婚も、私の後継者となる二人の子供の誕生も私にはどうにもできないから、待つことしかできない。もしデイナがフラメルに嫁いでしまったのなら・・・そうなったら、再び国王に会わなければならないだろう。あの敵意と蔑みしかないところへ行かなければならないと思うと、憂鬱だと感じる。

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