アベル 5
番外編、最終回
ほんのりと、指定内程度に留めた性描写があります。ご注意ください。
王都の兵士の制止を振り切ってコルネリアはベルアダムに帰った。もはや、王命を発令しても理由を付けて戻ることはないだろう。いくら侯爵とはいえ、華奢な体躯の女性すら引き留めることがないとは、あまりに不甲斐ない。門扉の守備兵士を何名か左遷することにする。
彼女宛に何度か手紙を送ったが、返信は来ない。エリオットの協力のもと、ベルアダム侯爵領に向かっても領境に作られた検問所の審査で拒否された。ルーベンスの采配で士官に成りすましても弾かれてしまう。
腹立たしい。怒りで頭痛すらして、体中の血液が沸騰したかのように熱くなった。
なぜ、会ってくれない。なぜ、俺を拒絶する。なぜ、なぜ、なぜ。
コルネリア、俺のコルネリア。俺だけのコルネリア。コルネリアのことしか考えていない、考えられない。幼い時に知ってしまったせいだ。あの愛らしい顔立ち、しっかりしようとする心根、俺に向けてくれた笑顔。コルネリアの全てが俺の心を満たしていたから、俺は真っ当でいられた。この荒ぶる心を露見せずにいられた。
死んだ魔女が憎い。勝手に死んで、何もやり返すことすらできなかった。あの女は、ただ俺からコルネリアを奪っただけ。あの女が余計なことをしたからコルネリアは俺を捨てた。
笑顔は二度と向けられず、心根を曲げないことで俺を拒絶して、あの可愛らしい顔すら見せてくれない。コルネリアだけを求めているのに、俺に関わろうとせずに逃げようとしている。
魔女が、コルネリアが、あんな魔女さえいなければ、コルネリアが俺を捨てた。殺したかった、君を傷付けるつもりはなかったのに、俺があの魔女を斬り裂いて、君はどうして俺を嫌う。
ああ・・・ああ・・・憎い、彼女が憎い。
「王命を拒否するなど不敬罪に該当する。ベルアダム侯爵は我が国にとって反逆者だ」
「・・・ああ」
武装など学園で取った戦闘科目の実戦以来だった。ただ、今は使うつもりのない剣は鞘にしっかり収める。
準備を整える俺に、背後のソファに座るエリオットが笑ったようだ。
「よく似合っているな・・・お前が将となれば、敵兵は真っ先に狙うだろう。目付きを含めて常軌を逸していると分かる」
「お前だけには言われたくない」
ヘラヘラとした口調の王太子。だが、その目は陰り、更に瞳の色が暗くなっているはずだ。朗らかな振りをしているだけだろう。俺がおかしいのなら、こいつもおかしいのだから。
振り返って見れば、やはり感情の見えない眼差しが向けられていた。
「ルーベンスが陛下から許可を頂いて集めた王都の騎士、兵士による中隊での夜間強襲だ。過剰に実力者を招集したようだが、ベルアダムは農耕地。駐在する兵士の数も少なく、奇襲に抵抗などできはしない。すぐに終える」
「学園で学んだ戦術が功を奏すればいいな?」
「戦術など不要だ。力で押し切れる」
あの魔女に操られていた過ごした学園生活も、魔女の身の安全を守るためだと戦闘科目の授業はしっかり受けていた。受けさせられていた。あんな女に指示をされて熟した思い出には吐き気を催すが、それが今役立つとなれば良かったことなんだろう。
俺が強襲するベルアダムは、シルヴァン王国の中心にある王都の隣に位置する。周りの領地も武闘派の貴族が統治するものばかりだが、国の食糧庫と言われるベルアダムに害をなすはずがなく、立場でも立地的にも守られていた。あの農耕地というだけのベルアダムが今まで平和だったのは、王都を含む周囲の環境のおかげ。
だから、本来守備を担っている王都から進軍されれば、防衛すらまともにできずに陥落する。
攻め滅ぼすわけじゃない。ベルアダムは大切なコルネリアが統治する侯爵領。シルヴァン王国を支える恵みの大地と呼ばれる場所。焦土に変えるなど簡単だが、そんなつもりは毛頭ない。
これはコルネリアを得るための強襲作戦。俺との婚姻を拒否したことで、彼女は王命に背いている立派な反逆者だ。エリオットとルーベンスによって罪状が作られた。つまりシルヴァン王国が、コルネリアを罪人だと断じている。
だから従わせるために、コルネリアを俺のものにするために、心苦しいが決行しなければならない。
ああ、本当に胸が苦しい・・・君が手に入ると思うと、興奮で感情が溢れ出しそうになる。
俺だけのコルネリア。君には、自分が誰のものか分からせてあげないといけない。
即日に行った夜間による強襲で、ベルアダムの領都は完全に制圧できた。ベルアダムの数少ない兵士の抵抗により、何名か負傷者は出たが、連中が数に勝てるはずがなく、俺に刃向かう者はいなくなった。
コルネリアが住んでいる領主館も、多少の抵抗はあったが制圧できた。領地の主要拠点を得たことで、ベルアダム侯爵領は陥落した。
執事らしい老人に匿われそうになっていたコルネリアも、今は俺の腕の中。突然の襲撃のせいか、ショックを受けたらしく気を失ってしまったが、彼女は守られるべきか弱い女性なんだから仕方ない。
「ああ・・・コルネリア・・・」
抱き上げた愛しい温もり。コルネリアは非常に軽い。羽が生えているかのようで、飛び去らないようにしっかりと抱き締める。
苦悶と眉を寄せた顔であっても美しさは損なわず、うっすらと開いた唇が赤々と目に映る。この唇に触れたいと思ったのは、数え切れないほど。
きちんと結ばれてから触れるつもりだったが、もう我慢などできない。
「あ、貴方と結婚なんて嫌。それだけは嫌。貴方だけは嫌なの!怖い!な、殴られたときの記憶が、目を潰されたときの記憶が甦る!貴方を見てると、思い出すの!だから無理よ!結婚なんてできない!一緒にいるだけで息苦しいのに!」
執務室に運んだが、目覚めたコルネリアは抵抗した。俺との結婚を嫌がり、また俺ごと拒絶した。分からせるために服を引き裂いたから、晒した肌に興奮してしまう。傷はあれど白くて綺麗な肌、柔らかな乳房になだらかな下腹部。目にして耐えられるはずもなく、本能のまま犯そうとしたら、コルネリアは隙を突いて逃げ出した。
「貴方はおかしい!」
俺は逃がすつもりなんてないのに、懸命に走り去る姿に愛しさが募って・・・ああ、なんて可愛いんだ。逃げられないのに、一生懸命で、頬を赤くして走る様子はひたすら可愛くて愚かだった。
純粋に身体能力が俺よりも劣るくせに、逃げられるわけがないのに最後まで抵抗している。馬鹿でないのに、自分の力量が理解ができていないようだった。
そんなコルネリアに庇護欲を掻き立てられる。俺が保護して守って上げなければと思わせる。
逃げ惑う彼女を捕まえたのは庭園内に作られた林の奥。人工物はガゼボだけの深い闇の中、コルネリアを抱き締めて、嫌がって身を捻る様を無視して、俺が付けた右目の傷を晒す。
「やめて、外さないで!顔が!」
少々気になってはいたが、大したことはなかった。眼球のない眼孔は崩れていたが、それだけ。周辺の皮膚も抉られているが、それだけ。
俺の犯した罪は大したことじゃない。コルネリアの可憐な容貌を損なうものではなく、むしろ更に愛しさを感じた。彼女に傷を付けたのは俺だけなんだ。俺だけが、コルネリアの清らかな肌に跡を付けた。
ああ、でも、自分の美貌が自慢だったコルネリアのことだ。この程度の傷すら、一生背負う瑕疵になると思っている。
だから、言ってやろう。
「この傷も俺が付けた。俺の罪だ。しっかりと慰めないと、誰にも渡さないために・・・いや、こんな酷い傷ならば、どんな男だろうとも嫌がるだろう。俺以外は嫌がる。君を愛そうなどとは思わない」
そう、どんな男だろうとも君を渡さない。
「君を愛しているのは俺だけだよ。この傷ごと君を愛してる。俺だけのコルネリア・・・」
「いやぁあぁっ!!」
君の何もかもは俺だけのものなのだから・・・───。
───・・・身を離せば、コルネリアは僅かに身じろいだが、目は閉ざしたままだった。眉を寄せ、紅潮した頬で気を失っている。
無理をさせてしまったが、仕方がない。彼女が悪いんだ。何度言っても自分が誰のものか理解しないから。
手で汗の滲む額を撫でて、しっとりした頬に滑らせる。朱に染まるその頬を包みながら、顔を寄せて、俺を魅了して止まない唇にキスをした。
俺の大切な姫は目覚めることはない。疲労で意識を手放してしまったからだ。それでも、何度もキスをして赤く腫れた唇の柔らかさを堪能する。
ああ、このままでは、また求めてしまう。無理はさせたくないから名残惜しくも離れた。
俺の目に映るのは、白いシーツの上にくったりと身を預ける真っ白な裸体。俺が付けた印がいたるところにあるが、彼女は美しいまま。より扇情的な有様ですらあった。目にしたことで欲望がもたげたが、しっかり堪えてコルネリアの腹に手を触れる。
俺の可愛いコルネリア。俺達の子供は、いつこの薄い腹に宿るのだろうか。楽しみで仕方がない。俺達が愛し合った証が君の腹に宿るなんて・・・。
白く滑らかなコルネリアの下腹をじっくり撫でながら、俺は窓から外を眺めた。彼女と過ごす夜はこれで何度目だろう。もはや、数え切れないほど夜を共にすることができている。
本日は月がなく、空に輝く星の川が照明のように照らしていた。明かりのない寝室にも差し込み、不意に顔を戻せば、寝入っているコルネリアの目元にも星が煌めいて見えた。
「・・・愛しているよ」
その目元に唇を寄せて、その星を吸い取る。
コルネリアに悲しみという感情はない。俺が認めない。彼女を心から愛して、ずっと俺が共にいるからだ。俺がコルネリアを守っていくから、悲しむ必要はない。
誰よりも愛する人。絶対に、誰にも渡さない。俺の心はコルネリアだけのものだから、コルネリアは俺だけのもの・・・───。
「コルネリア自身」を愛しているから自分が付けた傷は大した事ないと思っただけ。普通に大事。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
少しでも拙作を好んでいただけたら幸いです!




