アベル 3
父には休めと言われたが、この時だからこそ王都の防衛を強化すべきと言い包めることができた。俺とはあまり関わりたくないから、早々に話を切り上げたかっただけかもしれないが。とにかく、王都の防衛面に関することで俺はある程度の権限を得た。
出入りに関して制限を設けることも可能になった。情報は報告という形で俺の元に集まり、精査をして采配を振るう。ある事情の女達、つまりは魔女に操られていた男から被害を受けた者達は、どの位にいようとも厳しい審査を受けて、王都からの脱出を禁じた。彼女らを支援しようと他領から出てきた者も、門前の審査で立ち入りを禁じる。
魔女が頂点にいた時であれ、生活基盤がある王都から脱しようともしなかったのに、何を恐れてか逃げ去ろうとする女達。その恐れに理解を示すことはない。逃亡の許可することもできない。一人でも許せば、コルネリアに逃げ道を作ることになるからだ。
ある日、制限を設ける前に姿を消していたレグルス・オルトリンデが、私用の大型馬車に乗って王都に帰ってきた。門前で審査をした兵士を、問答無用で振り切ってオルトリンデ家に戻ったようだ。兵士からの報告では、他の乗員の是非も問えず、レグルス本人の威圧感に押されてしまったらしい。
記憶では、あの男は長身で筋肉逞しい大柄の体躯をしていた。学園では戦闘科目で殆ど二位の位置にいた男。一位にいた女のことは、あまり思い出せないが、とにかく俺の同級では最上級の戦闘能力を持つ。並の兵士では気圧されてしまうのだろう。
積荷も乗員も捜査させずに、早々と場を去ったレグルスに思うことがないわけではない。いつの間にか王都から去っていた男が、防衛強化中の王都に理由を告げず戻ってきた。
それは正直に言えないことがあるからだ。きっと元婚約者に関する事だろう。事前にルーベンスと接触していたことで、察することができた。
レグルスの外出と審査拒否は不問とする。情報捜査の範囲を広げたことで、カーラ・マッケンジーと、その彼女が身を寄せていた病院の火災事故を知ったからだ。俺の管轄外であるし、何もかもを知るだろうレグルスに任せればいいこと。
「派手に動くと注目を集める。貴殿は諜報員を活用したほうがいい」
ルーベンスに報告するため登城した折に、偶然再会を果たしたレグルスに教えた。
奴は瞬きをして呆けていたが、すぐに微笑みを浮かべる。ジャレッドの近衛騎士隊長になっていたようだが、部下のいないことで口は緩んでいた。
「ご助言をありがとうございます。このようなことは二度と起こすつもりはないので、ご心配なく」
ああ、この男は狂っている。
俺にはすぐに分かった。何に関する事なのか察し、それが重犯罪であろうとも罪悪感などないから、弁解もせずにそのまま答えたからだ。
好感が持てるわけではないが、ルーベンスとは違って自分を偽らない。もしくは、偽ることができないのだろう。
ただ、以前は共に魔女に侍っていただけの男の人間性に触れても嫌な感覚は与えられなかった。むしろ気が合うのかもしれないとすら思った。ルーベンスよりは友好的に接することができるだろう。
ノヴァ・ガリアードが、そのルーベンスを介して王命発令を願い出たと知ったのは同日。
奴は、自身が別の男に渡した元婚約者を取り戻そうとしていた。魔女に操られたことで、恋人だった元婚約者を手放した・・・思い出せば、確か傷害事件を起こしている。その元婚約者を剣で斬り付けたはずだ。現場に居合わせたというよりも、ノヴァが魔女から虐められたと聞いたことで、その婚約者を殺そうとした場に連れて行かれた。ノヴァは魔女に願われたから傷付け、俺達は魔女に悪とされた元婚約者を罰しようと集った。
その時にコルネリアとも会ったことを思い出す。彼女は、ノヴァの婚約者パトリツィア・オルセインを抱き締めていて・・・俺は、怒りに任せて睨み付けていたはずだ。大切だと思い込まされていた魔女を虐げたと、勝手に思い込んで。
いや、今はあまり考え込むことは良くない。
苛立っているノヴァは話にならないことで、ルーベンスから説明を受けた。
ノヴァは財務執行官という立場を利用して、パトリツィアの現在の夫ノリス男爵に謂れのない罪を被せるつもりらしい。宝石鉱山のある領地にて不明瞭な収支があると捕縛し、その後は貴族として再起不能になる程度の犯罪を捏造し、厳罰に処すそうだ。
罪もない男爵を貶めるのは感心はしない。だが、それがコルネリアのことだったらと思うと、俺には何も言えなかった。コルネリアが他の男の妻になる。何よりも絶望であり、想像しただけでも頭が沸騰するほどの怒りを感じた。勝手に酷い形相となった俺を、ルーベンスが諌めるほどだった。
だから、恋人が他人の妻になったのはノヴァ自身の過ちではあるが、取り戻すことに異は唱えられない。もし同じ状況に陥っていたのなら、俺も同じ事をするだろう。
「ノヴァの職務に関しては、きちんとリカルド国王陛下から許可を得ている。彼が当日滞りなく完遂できるように、君には憲兵隊の指令と随行の兵の選出をしてほしい。首都警備の兵士達が勘違いして邪魔をしないように伝達も頼んだ」
「王都の憲兵は俺の管轄外だ」
「国防の担い手であるフィガロ公爵家の名を出せば済むことだ。私も忙しくてね、個人個人に手を回すことはできない」
「・・・公爵家の人間に頼み事をするなど、お前は大物になるだろうな」
ルーベンスは目的を同じくする仲間。ただそれだけ。必要以上に関わるつもりはなかった。
俺は、悪鬼にも勝るとも劣らない表情のノヴァに顔を向けた。一言も発さないが、険しい顔が沸々とした怒りを抱えていると分かる。
「当日の指示は貴殿に任せる。憲兵隊には俺から通達しよう」
ギロリという音が聞こえるかのような鋭い睨みを、ノヴァは向けてきた。それでも伯爵位であるために一礼をして、ルーベンスの執務室から出て行く。
最低限の礼節しかできない様子だが、その気持ちが分かることで何も言えない。
「あのバカ女に操られていた時も気性が激しいと思っていたが、どうやら生来のものみたいだね」
「それを本人の前で言ってみろ。斬り殺されるぞ」
ルーベンスの軽口を諌めて執務室を後にする。
こうして、着実に俺達は「進んで」いる。いずれ、全ての男女が元通りになり、コルネリアも。
「俺の側に戻ってきてくれる・・・」
思わず口から漏れた。気が緩んでいた。宰相の執務室から出た廊下で漏らしてしまったが、歩き進むことで誰の耳にも届いてないだろう。不審に思われる心配はない。
願うような独り言。俺の願望。叶うことをひたすら心の中で思い続ける。
ここ数日のこと、王都では平民階級の女の失踪が報告されている。それは一人、二人などではなく、両手の指ですら数えられないほどの件数だった。捜索願は女達の家族から出されている。防衛面において、内部に犯罪組織が潜伏している可能性があるとも報告を受けたが、俺は捜索の必要はないと判断を下した。
原因は分かっている。他でもない、女達が失踪したのは魔女の被害者だった男達が行なっていることだ。個人個人で捨てた女に縋り、拗れたことで誘拐や監禁などに発展したのだろう。その数の多さから、すぐさま明るみになり、犯罪者が横行しているなどと噂になっている。
魔女は平民階級にも手を伸ばしていた。余程の美男でなければ、俺達、貴族階級のように愛人にはしなかったが、身の回りの世話や警護のために使役していた。
そんな女が死んだことで、解放された平民の男達は、犯罪を犯してまでも女達を手に入れようとしている。金銭面でも地位からも、手管の無さから手段を選んでいられないのだろう。
女を求めるのは貴族階級とて変わらない。始まりはナーズリー男爵夫人の誘拐未遂事件。その首謀者である夫人の元婚約者が、裁判によって夫人との復縁を認められた。判決が下った瞬間、男爵家側の阿鼻叫喚となったそうだが、感情的になればその判決が覆るはずもない。
この裁判の結果が後押しになり、次々に別れた男女は結び付けられている。女側に婚約者がいようとも、夫がいようとも、その男との間に子供を産んでいようとも、本来の婚約者や夫が望めば、関係は戻される。正常化される。
泣いて叫んで逃げ出そうとも、王都を防衛する兵の大半は俺の指揮下。どう足掻こうが、一人として逃げられるわけがない。
ルーベンスの婚約者アリア・レーヌも王都から脱出しようとした。理由は亡くなった友人の葬儀に参加するためだと報告されたが、すぐに許可を下すことは躊躇われた。
亡くなった友人とはカーラ・マッケンジーのことだろう。コルネリアのベルアダム侯爵領で最期を迎えたとされたため、墓所はベルアダムになる。
情報を得ていることで、アリアの理由に嘘偽りはない。ただ、そのまま逃げられる可能性があった。ルーベンス本人から、アリアに嫌悪感を持たれているため、在所を変えるかもしれないと聞いていたからだ。
「どうする?」
「彼女は根っからの令嬢でね。遊興以外で王都から出たことはない。なんの準備なく他領に逃亡や潜伏なんてできやしないんだ。だから、許可を出しても構わないよ。カーラ嬢は仲のいい友人だと聞くし、葬儀くらい出席させてあげたいしね」
「・・・死んでいない友人の葬儀とは笑えないな」
カーラ・マッケンジーの所在はすでに感知している。レグルス本人から、落ち着いたら会わせてあげようと話してきたからだ。あの狂った男の中では、俺は信用に値する人間らしい。
「それに、近日中に領主のコルネリア嬢には王命が下る。リカルド国王陛下より召喚命令だ。彼女は真面目な性格なんだろう?君主の命令を無視することはしない。君が無事にベルアダム侯爵である彼女を手に入れれば、アリアを助ける人間はいなくなる」
「・・・コルネリアが、ついに王都に」
戻って来る。何よりも愛しい人に再会できる。すぐに会おう。会わなければ。久し振りだと言葉を交わして、謝罪をして、必ず許してもらえれば、そうすれば・・・。
「珍しく口元が緩んでいるよ。嬉しそうだね、アベル」
「・・・いちいち言わんでもいい」
口元を引き締めて、報告の兵士にアリアの外出許可認定を告げる。
これ以上、信用できないルーベンスには気持ちの高ぶりを見せないように、しっかりと引き締めなければ・・・───。




