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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
狂ってしまった男
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アベル 1

魔女の被害者だけど、コルネリアからすれば完全な加害者であるアベル視点のお話です。


こちらはpixivでも掲載していないので、小説家になろう限定の番外編となります。

デイナは俺の恋人で、色んな男達を魅了する美しくもか弱い人だ。

彼女は、国中の女から嫉妬や悪意で命すら狙われているから、俺が、俺達が守らなければならない。デイナから直接願われたのだから、何者からも守らなければならない。

自身の自業自得で見苦しい顔になった俺の元婚約者のコルネリアからも、他の男達の縋ってくる浅ましい元婚約者共からも、すれ違いざまに攻撃するだろう下賤な女、生きていることすら罪な存在価値のない女からも俺達は守り続けた。デイナがそう訴えたから、何振り構わず女共を排除した。


そうして続けていけば、シルヴァン王国にいる女共は息を潜め、公の場に姿を現さなくなった。どこにいても、どこであろうとも俺達のデイナが頂点に君臨している。

リカルド国王の隣の玉座に座るのはデイナで、二人の王子に代わる代わるエスコートされて夜会の中心にいるのもデイナ。宰相の息子のルーベンスは傅き、騎士団長の息子のレグルスは近衛騎士だと侍る。ウリエルやノヴァ、その他の貴族達に愛を囁かれる彼女を俺は心の底より愛している。

そうだと、デイナが言ったから。デイナに愛するように言われたから俺は愛していた。

何よりも優先すべき最愛のデイナ。俺が愛しているのはデイナ。デイナだけ。



そのデイナが突然来訪したフラメルの王太子によって捕縛され、そいつが連れてきた魔法使いが召喚した異形の獣に食われた。悲鳴を上げると群がられて噛み付かれて、魅力的な肉体は無残に食い千切られる。愛らしい顔が苦悶の表情を浮かべながら、口から叫び声と血反吐を吐き出した。

止めなければ、と俺達の邪魔をするフラメルの騎士共を退けようとするも、彼女の頭が獣の牙で噛み砕かれたとき、心に渦巻いていた怒りと悲しみが一瞬で消え失せて。


『ぎゃぁあぁぁぁぁぁあっ!!!』


代わりに浮かんだのは別の顔。俺は見下ろしていて、手にした火かき棒で右目を貫いていた。暖炉の火で熱していたから肉が焼けた臭いと濃い血の臭いがする。鮮明に臭いすら思い出して、俺が目を突き破った女の、彼女の腫れた顔が、コルネリアが、苦しそうに咆哮のような悲鳴を。


「あ、あぁ・・・コ、コルネリア?」


コルネリアが苦しんでいる。激痛のせいで藻掻いている。それなのに俺の手は焼けた火かき棒を振り上げて、何度もコルネリアに振り下ろして。体にも、抉るような傷跡を。

人に危害を加えるなどしない善良で純粋に力のないコルネリアを、一方的に何度も殴って。


「ぁ・・・コルネリア?コルネリア・・・うぅ」


彼女はここにはいない。これは記憶。もう五年も前の記憶で、俺は彼女に凄まじい暴力を加えていた。今の彼女は俺の側にはいない。おかしくなっていた俺が暴行して、一方的な婚約破棄で関係を断ち切ったから。愛する彼女は、俺の側には。


「あ、ぁぁ、あぁあぁぁぁっ!!コルネリアァァアァァッ!!」


なぜ、どうして、あんな酷い暴力を振るったのか分からない。

頭が痛い。激痛が走ったことで両手で抱えながらも蹲る。視界にあるのは切り揃えられた短い芝。フラメルの王太子と話すためにと、王城の整えられた中庭に来て、それで今は痛みに耐えようと身を屈めている。

コルネリアに罪はなかった。俺の言いがかりで、誰が言いがかりを、ああ、俺は「あの女」に、あの女が言ったから従っていた。コルネリアに殺されそうになったと嘘を付いて、そんなはずがないのに従ったせいで、コルネリアを傷付けた。


怒りが込み上げてくる。それが原動力になったのか、顔を上げることができた。見えたのは化け物のような獣達が肉を食らう様子で、もはや原型は留めていない女の死体。血みどろの肉片が食い千切られ、骨すら噛み砕かれている。

ああ、「あの女」は死んでいる。獣に食い殺されている。

俺の燃えたぎるような怒りを置き去りにして、心中で渦巻くこの強い感情をぶつけることもさせずに、勝手に殺された。


「ぁ・・・ぁ、ぐ・・・う、ぁ・・・」


手近にあった松明の灯る燭台を掴み、どこぞに投げつける。心が荒ぶって破裂しそうで、どうすればいいのか分からない。頭の痛みも凄まじく、紛らわしたくて低木の枝葉を引き千切る。心臓が早く脈打っていると分かるほど強い鼓動にもんどり打ち、正常に呼吸ができないから苦しくて堪らない。


「あぁぁぁぁああぁぁぁ」


誰かが吠えている。叫んでいる。暴れているようで、別の男が押さえているようだった。二人は言い合いをしていて、また発狂したかのように何かを叫んでいる。

その合間も複数人駆け出す足音がした。地響きのように伝わって、数の多さが分かる。ああ、そうだ。あの女に侍っていた貴族達は、鍛え抜かれた肉体に見合う実力のある者が多かった。彼らが一斉に、慌てたように走ったら地面すら揺らすだろう。

そんな現実逃避をするかのように思っていたら、別の声が響く。


「いいからアリアに会わせるんだ!私と彼女は婚約を結んでいる!すぐにでも婚姻を結ばせろ!」


「お、落ち着いてください、ルーベンス殿。貴方とアリアの婚約は破棄されていまして」


「クローデット・・・」


複数の言葉が頭痛に響く。痛みを更に強めて、視界すらぼやけて・・・「あの女」を綺麗に平らげた獣が消えると、フラメルの王太子が部下を引き連れて立ち去ろうと歩いていた。背後を追うように、顔色の悪いリカルド国王が続いていく。

その様子を背景に俺を見下ろす男がいた。金髪に青い瞳の、エリオットが見下ろしている。


「取り戻さなければ・・・彼女は、私の」


焦点の合っていない目がただひたすらに俺を眺めていて、そして、俺の視界は真っ暗になった。


コルネリア、俺のコルネリア。どうして傷付けて苦しめたのか分からない。彼女は俺の婚約者。学園を卒業したら結ばれて花嫁となる人。俺の最愛の女性。

幼い頃に出会い、一目で俺の心を奪った。一人前になれば、彼女の夫としてベルアダム家を継ぎ、共に人生を歩んでいくはずなのに。


コルネリアはいない。俺の側にいない。あの可憐で愛らしい笑顔を、二度と見ることができない。

俺が潰した。彼女の顔と共に願っていた未来を潰した。彼女が向けてくれていた愛を潰した。俺はきっと、いや、確実にコルネリアに恐れられている。凄まじい暴力を与えた男だから。最後に顔を合わせた時も、罵声の怒号を浴びせたからだ。


ああ、でも、愛しているんだ。自分がおかしくなる前の記憶が、共に過ごした思い出が、彼女への愛を滾らせている。ずっと心に浮かび上がるのはコルネリアのことだけ・・・落ちた意識の中でも、彼女はここに・・・───。






───・・・気付けば、王都にあるフィガロ家のタウンハウスの自室にいた。ベッドに寝かされていた。見慣れた天井から顔をそらし、体を起き上がらせれば、看病のために付けられていたらしい従者が部屋を出ていく。

恐らく父を呼びに行ったのだろうと思って、空虚な感覚のある胸を手で押さえた。

何もない。俺の心には何も、いや、在った。


浮かぶのはやっぱりコルネリアの姿。彼女の愛らしい顔が苦悶の、右半分は肉が抉れて真っ赤に染まっている腫れ上がった顔が浮かぶ。俺が潰してしまった顔だ。恐れる彼女は俺から去ろうと、消え失せて。


「コルネリア・・・」


その姿を逃がしたくないと自分の胸を抱いたところでコルネリアはいない。俺の腕の中にはいない。最低で最悪な裏切りをしたから、彼女はもう俺の側にいなかった。

本来ならば、結婚していた。神や、友人に家族に祝福されて俺達は結ばれていた。並び立ってベルアダム領を統治して、俺達の間には子供が何人も生まれていたはずだ。それなのに、なぜ、こんなことに。

虚しさに涙が浮かびそうになったが、近付いてくる足音から耐えた。少し潤んだ目を寝間着の袖で拭えば、扉は勢いよく開いて父が顔を出す。

険しい顔で、焦燥感のある雰囲気と足取りで、今だにベッドに身を預ける俺に近付いてきた。


「アベル、大丈夫か?フラメルの王太子との会合の場で倒れたと聞いたが・・・その、デイナは」


腹立たしい名前が俺の耳に入った。コルネリアを失った悲しみを上書きする怒りが込み上げて、俺は父に向かって調度品や小さな家具を投げた。気が付いた時には、物が散乱した部屋の中で佇み、怒りの形相を浮かべている父と睨み合っていた。

気が触れたと俺を罵る父は、距離こそ開けているが、その罵倒は止まない。腕を伸ばして指で差し、俺に向かって吠えている。従者達が間に入ることで、距離が詰まることはない。安全圏から俺に向かって癇癪を起こしている。


「魔女に操られた期間が長かったことで狂ったようだな!!頭のおかしい愚か者が!!」


投げ付けられる言葉の中に気になるものがあった。魔女に操られた、ということ。

その発言が気になった俺は、手にしていた椅子を父の脇に放り投げて破壊をすると、ベッドに腰を下ろす・・・やり過ぎたな。まともな形を保っているのはこのベッドしかない。

そんなことが思えるほどには落ち着いたことで、察した父もなじることを止めた。従者を盾にしながらも、座り込んだ俺の前に移動して、苛立った声で説明をする。




俺は、どうやらあの忌々しいデイナの「魅了」の魔法で心を奪われていたらしい。あの女に素直に従っていたのはその魔法のせいで、命令されたからコルネリアを傷付け、フィガロ家の不利益となる婚約破棄までしてしまったそうだ。

数年に及ぶあの女との日々も、記憶があることで理解できた。本来ならば、愛も恋心すらも抱くことのない淫乱で下品で我儘なデイナに、この身を捧げるように侍っていたのは理解できた。

ただ理解したところで、この理不尽な状況に納得ができるわけがない。

一人の頭の足りない女が原因で、俺は真に想うコルネリアを失った。彼女は領地に引き籠もり、この王都に近付くことはないそうだ。しょうがない、デイナが女達を虐げて、俺を含めた操られていた男達が従ったのだから、コルネリアがいないのは仕方ない。

仕方ないが、恋しい。コルネリアが恋しくて堪らない。脳裏に浮かび上がるのは彼女の笑顔、最後に見た可愛らしい笑顔。学園に入学したら、一緒に校舎を回ろうと話した前夜のこと。

あの夜、ただ手を握り合うだけだった清らかな夜を最後に、俺はコルネリアの側にすらいれず、あの我欲の塊であるデイナのせいで。


感情が抑えられなくて歯を食いしばれば、ずっと説明していた父は後退る。この感情の清算を、もはや姿すら残っていない死人にはできないから、父にぶつけるしかなく。


「馬鹿な魔女に従えば家名に傷は付かないと怖じけたお前のせいだ!!」


気付けば、父に殴りかかっていた。控えていた従者達が庇い、その何人か殴り倒すと、隙を突いて羽交い締めにされて、床に押し付けられた俺は父を見上げる。


「頭を冷やせ馬鹿者が!国王陛下すら操っていた魔女が倒されたことで混迷を極めている!現状を知り、正そうと動いている最中なのだ!お前のように癇癪を起こしている場合ではない!」


癇癪を起こしているのはお前もだろう。

複数人から強い力で床に押し付けられているせいで、声も出ない。


ああ、コルネリア。君に会いたい。君に謝りたい。どのような罰も受けるから、君の許しがほしい。

邪魔をしていた魔女は死んだんだ。また、君と一緒に、これからはずっと一緒に。


脳裏に浮かんでいる彼女の姿。怯えた様子でいるのは俺の罪悪感が見せているのだろうが、それでもその華奢な体を抱き締めたい。もう傷付けることはしないと告げて、再び君からの愛情を得たい・・・───。

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