学生時代の男子生徒達は揃いも揃って愚か!
あれは学生時代。入学式から、男子学生も教員すらも一人の美少女に魅了されていた頃。
男性達はなりふり構わず夢中でしたから、すでに魔女は牙を剥いていらっしゃったのでしょう。その美少女デイナ様こそが、魅了の魔女だったそうですもの。
その事実が判明したのは、わたくしがシルヴァン王国を出国して暫く経った頃。判明かつ彼女の処刑を目にしてはいないので詳しくは分かりません。
ですが、学生時代の熱狂は本当に凄まじいものでした。美しい男性も、精悍で逞しい方も、顔立ちが良く高位の男性達は全てデイナ様に心を奪われていました。学業を疎かにするほど彼女に侍り、愛を囁やき、守るように側にいらっしゃった。
授業中も休み時間も、昼食の時間も、帰宅時も。男性達は常にデイナの元にいました。わたくしの婚約者だったジャレッド王子殿下も、わたくしが愛でたくて堪らなかった麗しい女性達の婚約者もです。美男達はデイナ様のもの。そう言っても過言ではありませんでした。
異様な学園生活だったと当時から思っていましたが、彼らは我々女性陣の言葉に耳を傾けることすらせず、王家からもデイナ様は特別だとお咎めはなく、彼女のための学園が出来上がっていきました。
王家の分家であったディルフィノ公爵家であっても、主君に訴えることはできず、実害がなかったことで黙認していました。
婚約者や妻を蔑ろにして別の女性に夢中になってはいますが、一時の気の迷い、学生だからこその遊びなどで片付けられていました。
そうして悠長にしていたら、遂に被害者が現れたのです。わたくしの同級生だったパトリツィア様が婚約者のノヴァ殿に斬りつけられたのを皮切りに、アドリアーヌ王妃殿下、隣国のクローデット王女殿下と次々に男性達は虐げて苦しめました。他の令嬢達、平民の女性達も辱められ傷付けられ、捨てられて悍ましい有り様に。
それがデイナ様によるものだと分からなかったわたくしは、その時はクローデット王女殿下の受けた暴行に怒り狂っておりました。王家と男性達に憤りを感じて、学園の訓練所で木剣を素振りしておりました。
あの場に、わたくしが女性達が傷付けられた場にいれば、皆様は被害に遭われなかったと、木剣を振って感情を抑えようとしたのです。
『レイチェル!!』
初めは名を呼んだ方が誰か分かりませんでした。聞いたことのない怒号、いえ、今までは発したことのない声量でしたもの。喉を痛めたのか、噎せていたジャレッド王子殿下へと視線を投げました。
目にして思ったのは「ご自身の母君を虐げ、クローデット王女殿下の凌辱を眺めた卑劣漢」でした。
『まあ、ジャレッド王子殿下。随分と大声を出されましたわね。慣れないことをされるから喉を痛めるのです』
チラリと視線を動かせば、王子殿下にぴったりと身を寄せるデイナ様と、その背後に控えている険しい顔のレグルス殿がいました。
ジャレッド王子殿下を含めて非道なことをされた面々だと、わたくしの心の炎は燻ったものです。
『う、うるさい、口答えをするな!ごほっ・・・お、お前が僕のデイナを辱めようと画策していると聞いた!デイナに愛人の男達を差し向けて凌辱するつもりだとな!!』
口答えという文言、お前と呼ばれたこと、存在しない愛人の男達、わたくしが複数人による強姦の示唆したとのこと。
これらがわたくしの炎に焚べられて燃え上がったとは説明せずとも分かるはずです。
この由緒正しき高貴なるディルフィノ家の女であるわたくしが!ジャレッド王子殿下などの婚約者にならなければ騎士として弱い方々を守るという夢に燃えていたわたくしが!!婦女への暴行の指示を出したと!!
次いで、わたくしに対する言葉遣い。十代の高位貴族であるのに愛人がいるなどという侮辱。それらも全て怒りとなりました。即座に手にしていた木剣をへし折らなかったのは、褒められるべきことですわね。
『淫乱で邪悪なお前など僕の婚約者には相応しくない!!この場で斬り殺し、お前との関係も断ち切ってくれる!!』
ジャレッド王子殿下は吠えながら、わたくしに手にしていた剣を向けました。勝手に罪を捏造して、わたくしに剣先を向けたのです。ええ、これは、許されざることでしょう。
『デイナ、愛する君は僕ぶぎゃあっ!!?』
戦闘においてよそ見など致命的な行い。腕に抱く可愛らしいデイナ様に良いところを見せようとしたのでしょうが、わたくしはそのような隙は見逃しません。
素早く、突進するように駆け寄ると、懐に入って木剣の柄で顎をかち上げました。デイナ様から手が外れ、僅かに浮いたジャレッド王子殿下は後頭部を打ち付けるように地面へと落ちました。いえ、わたくしが落としました。
『え、え・・・えぇ?』
突然倒れたジャレッド王子殿下に、デイナ様は綺麗な薄桃色の瞳を丸くして、キョロキョロと聞こえてくるような動作で、わたくしと王子殿下を交互に見ていました。
非常に可愛らしかったですわ。邪悪な方とは知らなければ、わたくしはお友達申請をしていたでしょう。
『ジャレッド、いつの間に倒れて・・・あ、あんたが倒したの!?あんたみたいなひ弱そうな女が!?』
些か言葉遣いがよろしくありませんでしたが、わたくしは許しました。
相手は非戦闘員の女性。わたくしに剣先を向けたわけでもありませんでしたし、戦闘課目の授業でお見かけしたこともありませんでした。戦う力のない方に、わたくしは刃は向けませんもの。
『ええ、非常に無礼なことを仰ったので先手必勝で一撃を加えさせていただきました』
『ぶ、無礼って!あんたね、この人は王子様よ!!』
『わたくしの婚約者でもありますので存じております。権力を傘に着る無礼者です。ディルフィノの令嬢たるわたくしを卑劣な女だと罵ったのですよ。許されざる物言いですわ』
『えぇ?この女、すごく偉そうなんだけど!ジャ、ジャレッド!』
後退していくデイナ様。その女性らしい豊満な体を、控えていたレグルス殿が抱き締めました。わたくしから覆い隠すように。一体、何だというのでしょう。わたくしが、婦女に暴力を振るうと思っていますの。
そのように考えて怒りの炎が火力を上げたとき、呻きながらジャレッド王子殿下が身を起こしました。
『こ、この野蛮な女が・・・剣しか取り柄がない不細工が、僕の顔を』
『今すぐ貴方のお顔を踏み潰してもよろしいのよ!!お顔すら取り柄ではなくなるようにして差し上げましょうか!!』
ビクッとジャレッド王子殿下の体が跳ねたのが見えました。
荒ぶるほど気は強くなっていたようですが、所詮はジャレッド王子殿下。生来の情けなさを失うことはないのでしょう。
現在もそうですしね。
『ふ、踏み潰すなんて、こ、公爵家の令嬢が』
『声が震えていらっしゃいますわ。雄々しかったのは最初だけですか。全く情けない!』
『ひっ!』
『何より、わたくしが婦女に対して暴行を指示するなどと不名誉極まりない捏造許し難し!貴方がわたくしを悪と断ずるなら、わたくしも貴方を悪と断じます!!さあ、剣を向けなさい!!互いの正義のために、いざ尋常に勝負!!』
『ひぃいっ!?レ、レグルス!!この暴力女を止めろ!!』
『ご自身で止めてご覧なさい!!』
未だに地面に腰を下ろしていたジャレッド王子殿下の胸元を掴み、引き上げて立たせました。怯えか、怒りかで震える王子殿下に、何度も何度も木剣を叩きつけました。
勿論、体は打ちません。殿下が弱い力で握っていた剣に向かってです。私が叩き付けるたびに落とされるから『剣はしっかりと握る!!!』と何度も檄を飛ばしたものですわ。
『わたくしは!高貴なるディルフィノ家の令嬢!騎士を目指した者!そのわたくしが!力なき婦女を害そうなどと!するはずがありませんでしょう!!貴方は一体何をお考えていらっしゃいますの!!いえ!何も考えていない格好だけの方ですものね!!わたくしがどんな思いで騎士の夢を捨てたのか!!一生お分かりにならないでしょう!!』
『あ、ぐっ、う!手がぁ!』
何十回目の剣の落下。結局、ジャレッド王子殿下はわたくしの打ち込みに耐えることができない。貧弱で軟弱で、蔑みたくはないのに蔑んでしまいました。
このような弱い方と結婚しなければならないなんて、弱きを救う騎士には成れず、妃として仕えなければならないなんて。私の思い描いた夢は、先にある幸せは決して訪れないのだろう、と。
もはや剣も持てずに蹲るジャレッド王子殿下を見下していました。わたくしを悪辣だと罵った口は荒い呼吸を繰り返すだけ。わたくしを睨み付けることもなく、地面へと視線を落としていました。
弱さの権現。それがジャレッド王子殿下。意中の女性に雄々しい姿を見せただけの方。
『・・・言いたいことはございますか?』
『う、腕が痛い・・・』
『それだけですか!本当に情けない方!虫唾が走ります!』
戦意を喪失した者に追撃はしない。それが騎士。
わたくしは王子殿下から、抱き合っているレグルス殿とデイナ様へと顔を向けました。お二人共、美しく整ったお顔が引き攣っておりましたが、レグルス殿はジャレッド王子殿下の側仕えのはず。主のために加勢をしなければならなず、美少女を抱き締めている場合ではありません。職務怠慢ですわね。
『主も主なら、従者も問題児ですわね。レグルス・オルトリンデ殿。貴方はジャレッド王子殿下に仕えていらっしゃるはず。殿下を守るために在るのに、傍観に徹するなんてしょくむ』
『デイナを殺そうとするつもりだな!そのようなことは僕が許さない!!』
血管が切れました。ええ、比喩的表現で血管がブチッと切れたのです。
『レグルス・オルトリンデ!!これまでのわたくしの発言を聞いてまだ婦女に危害を加えるなどと宣うつもりですか!!よろしい!剣を抜きなさい!!貴殿が悪だと断じたわたくしと勝負なさい!!』
許せなかった。わたくしをそのような悪辣な存在だと宣うのが許せなかった。
レグルス殿はデイナ様から身を離し、わたくしに剣を向けた。一歩踏み込んで、と思った瞬間、体格からは想像できない素早い足取りで距離を詰めて、わたくしの心臓に向けて刺突しようとした。
目にして分かった。感覚が教えてくれた。わたくしの体は刺突を躱すために回ると、そのまま木剣を振り上げて剣を弾き飛ばす。
『!!』
驚いたお顔をされていましたが、わたくしの力量を見極めきれていなかったレグルス殿のせいです。
『ディルフィノ家と並ぶ武門の名家の嫡男がこの程度ですか。たかが知れますわね』
わたくしの言葉に怒られたようで、レグルス殿は剣を拾い上げると、間を置かずに斬り込んでいらっしゃいました。
剣を躱し、木剣で打ち付けて落とし、動きの最中で背後を取る。その繰り返し。
一度も優位に立てなかったレグルス殿は疲れ始め、両手をついて地面を眺められていました。肩が上下されるほど呼吸をされていた。体力を失ったようでしたわね。この程度のことで情けない。唸るほど立派な体躯は見せかけでした。
『終わりですか、レグルス・オルトリンデ。全く、貴方方には心底失望しました』
馬鹿な男性二人にも分かりやすく溜め息を漏らしたわたくしは、一人恐々とされているデイナ様に近付いた。
『っ、おい!デイナに』
『止めろ!デイナを傷』
『まだわたくしが婦女に暴力を振るうなどと言うなら貴方方を二度と立てぬ体にしてもよろしいのよ!!!』
戦う力を失った者に対する発言ではないとは分かっていました。ですが、わたくしは完全にブチッとしていましたので、配慮も出来ずに勢いで言い放ったのです。
ジャレッド王子殿下もレグルス殿も口を噤まれたのですから、ご自身ではわたくしに勝てないと理解していただけたようですわね。
今はどう思っていらっしゃるか分かりません。操られていた方々は皆、同じこと同じ口調で荒ぶっていらっしゃったので・・・魔女の力は如何様なのものか今では不明になりましたが、単純な言動しかできなかったのかもしれません。雑な方でしたし、いい加減に操っていらっしゃったのでしょうね。
『な、何よ!ジャレッド、レグルス!この暴力女が私を虐めようとしているわ!助けて!』
わたくしの背後に伏している二人に話しかけたようですが、わたくしはそんなデイナ様の手を掬い上げ、伝説の騎士がするように唇を寄せた振りをしました。
『貴女が邪悪でなければ、わたくしはお友達申請をしていましたわ。折角、誰もが振り向くほど華やかで可愛らしいお顔なのに、お腹の中は黒ずんでいらっしゃいますもの。デイナ様は非常に不快な女性です。もし戦士でしたのならば、貴女のプライドごとお顔を破壊しておりました』
『ひっ』
手を引こうとされましたが、わたくしは逃がしませんでした。しっかりと細い手首を握り締めます。
『沢山の男性に守られるほど貧弱でか弱い羽虫のような方ですもの。わたくしは虫に刃を向けるほど狭量ではありません。お好きなだけ羽ばたきなさいませ・・・いつか叩き落とされるまで、ね』
わたくしにはデイナ様を潰す気力などありませんでした。もうシルヴァン王国にうんざりとしていて、見限ろうと思っていたからです。魅力の魔法のせいだと気付いていれば、悪たる彼女を討伐していましたが、もはや過去を悔いても仕方ありませんわ。
この時の襲撃で全て吹っ切れました。ディルフィノ家はシルヴァン王国から離反する、と。お父様もお兄様達との談話で話していらしたもの。
『では、ごきげんよう』
微笑みかけて、わたくしはデイナ様から手を離しました。彼女は庇うように掴まれていた手を胸に当てると。
『意味の分からないことを言って!変な女!気持ち悪いし、ジャレッド達もボコボコにするし・・・この、化け物!!』
渾身の悪口だったのでしょうね。
わたくしは余裕ある淑女の笑みで返しました。
『まあ!褒め言葉ですわ!』
そのまま、口を開けて呆然とされるデイナ様と、ぐったりと地面とお友達になっているジャレッド王子殿下達を置いて訓練所を立ち去りました。
化け物。この発言は私にとっては褒め言葉に他なりません。なぜなら人ならざる者の呼称で、つまり呼ばれたわたくしは規格外の存在ということ!わたくしは既存の型にはまらない存在だとデイナ様は認めたのです!
気分が高揚しておりました。そのおかげか道中に横切った中庭で、二人の男性に襲われていた女子生徒を気軽に救ってしまいました。
『ララティーナ!貴様、俺のデイナに暴言を吐いたそうだな!』
『お前のような悪女は我がハイマン家に必要ない!兄妹の縁を切り、デイナへの贖罪として首を』
もはや定型文でしたわね。
呆れながら剣を振り上げた男子生徒に正拳突きをし、女子生徒を羽交い締めしていた男子生徒は背負投げで飛ばしました。
お二人共、植樹されている木々に突き刺さっていましたが、婦女に暴力を振るう悪漢に慈悲はありません。
『あ、ありがとうございますレイチェル様!先程の二人は、片方は双子の兄で、もう一人は婚約者なのですが、いきなり襲いかかってきました。この場で処刑するとも言われて・・・』
ポロリと頬に伝う雫。
なんて清らかな輝きを宿しているのだろう、と思いました。
『いつからか兄と婚約者はデイナ様という女性に夢中になり、私を虐げるようになりました。両親も兄の味方で家にいても安息はなく、いつ殺されるのか不安で仕方ありません。また襲われるかと思うと、私、どうしたら・・・』
『・・・ハイマン家のララティーナ様、でしたわね?わたくしの手を取っていただきませんか?貴女のような力なき女性を守りたいのです』
騎士のように差し出した手を、ララは握り締めてくださいました。
こうして、現在は侍女となったララを連れてシルヴァン王国から去ったのです。安住と幸せを求めてクレイバーン国に身を寄せることにしました。
シルヴァン王国では、ジャレッド王子殿下と婚約していたせいで、わたくしは理想の男性を見つけることはできませんでした。
ジャレッド王子殿下さえいなければ、わたくしは騎士になり、同僚の男性から逞しい筋肉をした精悍な方を捕ま・・・見つけ、大恋愛の末に結婚をする予定でしたのに!まだ鉄の剣を持つ前からの夢でしたのに!
まあ、王子殿下との婚約は襲撃のあとにすぐさま破棄をしました。あちらの有責で!まあ、謝罪も慰謝料もありませんでしたけれど、最近まで!
今では、魔女のせいで婚約破棄になったと仰っております。本人の意志ではなかったから、あれは無効だと詰め寄ってくる始末です。本当に虫唾の走る方ですわね!!
とにかく、早く理想の男性を見つけて結婚しなければ。邪魔者のジャレッド王子殿下に逞しい旦那様を見せつけて諦めさせなければ、わたくしの思い描く幸せは訪れません・・・───。
───・・・ララが新しく淹れてくれた私好みの紅茶。一口飲んで、広がる香りに満足感を得ました。
「美味しいわ・・・あら?どうかなさいましたの?」
名手ではないかと思うほど美味しい紅茶に賛辞を贈ろうとすれば、ララのお顔が曇っています。
何か、不安か不満がございますの?
「え、あ、ううん。大丈夫・・・少しだけ不安があるの」
「わたくしに話してくださいませんか?お友達でしょう?」
ララは侍女として仕えてはいますが、それは本人が望んだこと。
手を差し伸べたわたくしの力になりたいと、何もせずに守られているだけでは嫌だと訴えられたので、わたくしの侍女として雇いました。
ハイマン家は子爵位。古くからある名家でしたから、子女の教育もしっかりしていたのでしょう。マナーも所作も美しく、物覚えも良かったララはすぐに侍女の技術を自分のものとしました。
今では、わたくしの生活を支える大事な要。彼女が幸せな結婚をするまでは手放すつもりはありません。とても大切なお友達です。
「先程、ジャレッド王子殿下の護衛として控えていた近衛騎士に白髪の方がいたでしょう?」
「いましたわね、不躾にも貴女を凝視していましたからよく覚えておりますわ」
「あの方、私の元婚約者なの。私を殺そうとした方。ほら、学生時代に私に向かって剣を振り上げていたでしょう?」
「・・・あぁ〜」
正拳突きで大木の枝の隙間に挟まった方ですわね。お顔は見えなかったですが、確かに枝の隙間から見えた髪は白髪でした。
「あの別れから再会するなんて思っていなかったわ。私は二度と関わりたくないけれど、あちらは私に何か思うことがあるのか、ずっと見られていたの。それが怖くて・・・魅了の魔法は解けたのよね?もう私に殺意はないと思っていいのかしら」
「殺意はありませんでしたわ。ただ、未練があるのかもしれません」
「未練?」
「魔女の被害者だった男性達は、傷付けて捨てた女性達を強く求めるそうですわよ。あの白髪の近衛騎士もデイナ様の被害者ですわよね?正気に戻ったことで、貴女を取り返そうと考えていらっしゃったのかもしれませんわ」
現在の婚約者や夫から奪い取るように手に入れてる男性達が多いと聞いていますから、本当の意味で正気ではないと思いますけれど。
美味しい紅茶をもう一口。ララを見上げれば、銀のトレイを胸に抱き込んで固まっていらっしゃいます。
「私を、捕まえにきた・・・?」
「大丈夫ですわ、貴女はわたくしの側仕えですもの。身の危険を感じる場所には連れて行きませんし、行かせません。それに、大体はお屋敷の中で過ごすのですから、侵入さえされなければ安全ですわ」
「そ、そうよね・・・レイチェルが守ってくれるもの」
安心してくださるように微笑みを浮かべました。わたくしの表情に引かれたようで、ララも可愛らしいお顔で微笑んでくださいます。
はぁ、ララも美少女ですのよね。可憐な方の微笑みに勝るものなんて、逞しい男性の胸筋しかありませんわ・・・いえ、腹斜筋も中々よい勝負に。
「では、レイチェルお嬢様。次のお客様がお呼び出しされると思います。洋菓子の用意をしてまいりますので、一度退室をいたしますね」
「ええ、よろしくお願いしますわ・・・あら、お次のお客様ですの?」
「すでに控えでお待ちだそうです。サンドラがお呼びしているはずです」
古くからディルフィノ家に仕えていた女性騎士を執事に抜擢したのは名采配でした。サンドラは非常に優秀で、スケジュール管理や来客対応もしっかり熟しております。
ふと時計に目を向けて、思うこと。サンドラ自らの対応。そして、洋菓子を振る舞うほどの仲のお客様。
頭の中のスケジュール表と照らし合わせたわたくしは、喜びから口元が緩んでしまいました。
「失礼します」
しかし、扉がノックされ、聞こえた声に緩んだ口元を引き締めました。入室される方に、たるんだ姿は見せられませんので!




