わたくしは誇り高き公女!
始めに、今までは本編を含む各女性達が可哀想なことになるお話でしたが、今回は違います。
求婚してくる男性側が可哀想な目に合ってます。内容もシリアスさはなく、コメディに近いです。
わたくしの名前はレイチェル・ディルフィノ。希少なピンクサファイアカラーの髪に、ムーンストーンに例えられる白銀の瞳を持つ、自讃ですが美しくも高貴なるディルフィノ公国の華麗なる公女。
ディルフィノ家は、五百年前のシルヴァン王国国王の王弟が興した公爵家で、もう一つの王家と言われたほどの格と力を持ておりました。
まあ、現在はシルヴァン王国と袂を分かち、ディルフィノ公国として立国しているのですが。
好きではないけれど、来客のために淹れた銘柄の紅茶。温かな湯気の立つ茶褐色はティーカップに八分ほど注がれていました。
わたくしは、きちんとしたマナーで一口飲み、カップをソーサーの上へと音を立てることなく置く。美しい所作。わたくしの誇るべき技量です。
喉を潤したわたくしは、目の前にいる男性へと視線を向けました。折角、侍女のララが淹れてくれたお好みの銘柄の紅茶を飲むことなく、わたくしを凝視されている。
いつもと同じ、いえ、「以前とは」様子が違って怯えたように身を縮こませていらっしゃいますわね。わたくしに恐れがあるというのなら、ご足労にも来訪していただかなくとも・・・など思ってしまいます。
わたくしだって、貧弱で弱々しい男性なんて目に映したくありませんのに。
「・・・レイチェル」
意を決したと、目の前の貧弱なジャレッド・シルヴァン第二王子殿下がわたくしの名を呼びました。
元婚約者に過ぎない方が、わたくしの名を呼び捨てにされた。幼い日より交友があった相手とはいえ、他国の王子がわたくしを呼び捨てなさるなんて許してはいけません。
「本日も指導させていただきますわね。レイチェル公女殿下、と呼ぶべきです」
「え、ぁ・・・えっと?」
「わたくしはディルフィノ公国の公女。シルヴァン王国の臣民ではなく、ディルフィノ公国の者として貴方と対面しています。ですから、ジャレッド王子殿下に置かれましてはきちんとした呼び名でお願いしますわ。わたくしは!貴方とは!知人程度の関係ですから!」
「っ、ち・・・ちじん・・・」
項垂れたことで輝く銀の髪がサラリと流れました。綺麗で艶のある美しい髪ですわね。流石は大国の王子殿下。苛立ちしか与えられないのに、質の良い石鹸使って丁寧に手入れをされていると感心してしまいます。
まあ!わたくしのピンクサファイアという希少な色味に天使の輪がある艷やかな髪も負けてはいませんけれども!美容には細心の注意を払っておりますので!
「・・・ち、知人なんて言わないで。僕と君は婚約者だ。シルヴァン王家とディルフィノ公爵家で話し合って決めた婚約者で」
顔を上げることでサラリとまた髪が流れて、美しいご尊顔を弱々しい表情で歪めています。全く、本当に軟弱ですわ!
「ディルフィノ公国ですわ!お間違えのないように。わたくし達ディルフィノ家は貴方方シルヴァン王家にうんざりしましたので!」
わたくしは華やかな令嬢として名を馳せておりましたから、淑女らしくなどいたしません。
勿論、必要な場面でしたら完璧に身に着けた所作で対応しますが、こちらの貧弱軟弱王子殿下に対しては問題ないので、ありのままに対応させていただきます。
「何より婚約を結んでいましたのは過去のこと。現在はどのような制約もない関係です。はっきりと申し上げますが、貴方を嫌悪しておりますので、こうして何度もお会いしたくはありません」
「け、んお・・・」
ジャレッド王子殿下のお顔が真っ青になりました。なぜそれほど顔色を悪くされるのか。まあ!わたくしに好意があるのだとして、そのように思われても嬉しいとは思いませんが!
お胸や腕の筋肉を鍛えられてから出直していただきたいものですわ。父君のリカルド国王陛下や、兄君のエリオット王太子殿下を見習って・・・内面が五十歩百歩ですから、わたくしの感想は揺るぎませんわね。
いくら可愛らしい美少女だったからと、その手のひらでコロコロされていたなんて情けない一族ですもの!
「ジャレッド王子殿下、お話をされないのでしたらお引き取り願います。わたくし、本日も多忙ですの。貴方が急遽いらっしゃったので予定変更をせざるを得ませんでしたわ。これ以上は時間を割けませんので、お相手もできません」
「な、だ、駄目だ!待ってほしい!僕は君に求婚をしに来たんだ!お願い、レイチェル!僕とけっこ」
「物覚えが悪い」
「ひっ」
わたくしのことはレイチェル公女殿下と言うように提示をしたのに、本当に物覚えが悪い方ですわ。
あまりのことに睨み付けてしまいましたが、まあ!今は淑女らしくせずともよいので構いませんわね!
「レ、レイチェル公女殿下。貴女を僕の妻としてめ、娶りたい。ぜひ、この手を取ってほしい。以前の、貴女を害そうと暴行未遂を行ったことは、魔女のせいで・・・僕は君を、ずっと君を好きだから」
「お断りします」
「レイチェル!?まだ求婚している途中なんだよ!?」
そんなものは知りません。
冗談はお止めになっていただきたいので、即座に返事をさせていただきました。
わたくしは元よりジャレッド王子殿下に好意はありませんでした。わたくし達の婚約も、王家が分家となるディルフィノ家との結び付きを強めるために行ったもの。
わたくしには三人の兄がおり、長兄のイオスお兄様は次期国王、次兄のリチャードお兄様は先日に宰相職を賜りました。三兄のロンバルドは、強い方にお会いしたいとどこぞを彷徨っているので数えに入れたくはありませんが、とにかく優秀な兄達に恵まれました。
ですから、唯一の女子たるわたくしは王族との婚姻を義務付けられたのです。でも、よりによってシルヴァン王家・・・いえ、エリオット王太子ならばまだ納得はできたでしょう。
ですが、ですが!わたくしの婚約者になったのは言うなればフニャフニャ!弱気で情けなさでは随一のジャレッド王子殿下だったのですもの!婚約が決定された日は枕が涙でびしょ濡れになりましたわ!
この方とは一生、知人程度でいたかったのに!!
「元より、わたくしは貴方に好意など持てませんでした・・・幼いときよりフニャフニャなんですもの。ずっとフニャフニャなのですもの・・・」
「フニャフニャ!?」
訳が分からないと顔を顰めて、それでも美しい顔が崩れないのは素晴らしいですわね。まあ、わたくしも負けてはいませんが!
とにかく、困惑されたジャレッド王子殿下は周りを見渡し、わたくしのララを目に映すと、次はご自身の背後、腰を下ろしているソファの後ろにいる近衛騎士達へと振り返りました。
取り澄ました顔で控えていらっしゃるけれど、二名は顔が引き攣っていらして・・・レグルス・オルトリンデはニコニコと笑ってますわね。主が貶められたのに笑っているなんて、どのような精神状態なのでしょう。
いえ、この男は異常者でしたわ。確信はありませんけれど、元婚約者であるカーラ様を害した可能性があります。見た目に騙されてはいけませんわね。
シルヴァン王国で魔女の魅了にかかっていた男性達は、害して捨てた女性達を奪うように手に入れているそうですもの。
国が、国王陛下自身も当事者でしたから、女性達を求める狂った男性達を支援している・・・世も末ですわね。
「では、近衛騎士の方々におかれましては、フニャフニャ王子殿下をシルヴァン王国に送り届けていただきますようにお願いいたしますわ」
「ぼ、僕はフニャフニャなんかじゃない!レイチェル!」
ジャレッド王子殿下はわたくしへと手を伸ばす。テーブルを挟んでいたから身を乗り出して、わたくしの手を掴もうとしましたけれど、そのようなことは許しません。
「ぐぅっ!」
わたくしは素早く王子殿下の手を掴むと、捻じるようにその手をテーブルに押さえさせていただきました。
無断で触れるなど、紳士のすべきことではなく暴漢そのもの。ですから、これは正当防衛ですわ。
「手がお早いこと・・・どのようなつもりでわたくしに触れようとしたのか、大した理由ではないでしょうから聞きませんわ」
身を屈めて、テーブルに這いつくばるようにいるジャレッド王子殿下に囁く。
「乱暴な態度は非常に目に余ります。無礼な方とはご一緒したくありませんので、二度とわたくしの前に現れないでくださいませ」
「ら、乱暴なんて、君に愛を乞おうと手に触れようとしただけで」
「まあ、そうでしたの。では、二度と触れないでくださいませ」
ニッコリと微笑みます。威圧するようにニッコリと。情けない王子殿下はまた喉を引き攣らせましたが、どう感じられようとも構いません。
ポイッと放るように手を離せば、ジャレッド王子殿下はソファに身を当てられた。少々、力が強かったようですわね。まあ!謝罪はしませんけれど!
わたくしは痛みで顔を歪める情けな王子から、不気味なほどにこやかな近衛騎士のレグルス殿へと視線を移した。
「貴国の王子殿下がお帰りになりますわ。早々にお引き取りを」
「そう仰らずに、ジャレッド様のお話を聞いてくださいませんか?」
微笑みながら仰っていますけれど、お腹の中はどうなっているやら、ですわね。要注意人物ですので油断をしてはいけませんわ。
「当家にいらっしゃるたびに何度も訴えられるからいい加減覚えました。そちらもわたくしの発言を覚えていただきたいですわ・・・そちらの要求は、フニャ王子殿下との婚姻。こちらは依然変わりなく完全拒否を貫かせていただきます。わたくしはディルフィノ公国唯一の姫。外戚となる家系は慎重に選ばなければ、ディルフィノの疵瑕になりかねません。情けなくも国を乱す魔女に惑わされたシルヴァン王家の方は願い下げですわ」
微笑み返して答えれば、レグルス殿ではなくジャレッド王子殿下が情けない呻き声を上げられました。わたくしを見る空色の瞳の目は潤んでいて、アクアマリンのごとき煌めきがありますが、わたくしは惑わされません。
「ディルフィノ公爵令嬢、ジャレッド王子殿下は貴女を慕っていらっしゃるのです。少しだけでも心を寄せていただければ」
「情けない王子殿下のお守りがどれほど大変なのか、よく理解していますわ。わたくしも、婚約者時代は王子殿下を立てるためにしずしずと控え、支えさせていただきました」
喉が渇いてしまったので、少し冷めた紅茶を一口飲む・・・ジャレッド王子殿下の好きな銘柄の紅茶は、やはり口に合わないですわね。
ソーサーにティーカップを置きつつ、わたくしは泣きそうな王子殿下を眺めました。
「あのような苦労は二度と体験したくありません!紅茶の趣味も合いませんし、ジャレッド王子殿下とはご一緒できないとよく理解させていただきました!ですから結婚などいたしません!別の、そのフニャフニャ具合を誠心誠意支えられる心優しきご令嬢を探してくださいませ!」
「そ、そんなの嫌だ!僕には君しかいないんだ!情けないって言うならしっかりするし、紅茶も君の趣味に合わせる!だから僕と結婚して!」
「何度でも申しますね?お断りします!お帰りくださいませ!」
「嫌だ!レイチェルが一緒に帰ってくれないのなら僕もこのクレイバーンで暮らす!レイチェルと同棲する!」
まあ、なんですの。本当に我儘な方ですわね。門番すらできそうにないひ弱な体躯の男性など、当家には必要ありませんのに。
困りましたわ、とレグルス殿を見ても微笑んでいるだけですし、他四名の美麗な近衛騎士達も無言で佇んでいらっしゃるだけですし・・・約一名、白髪の一番小柄な近衛騎士に関しては、わたくしのララを凝視していらっしゃる。わたくしの可愛い侍女は見世物ではありませんのよ。
「・・・どうしてもお帰りにはならないとおっしゃいますのね?」
「レイチェルが一緒じゃないならシルヴァンには帰らないよ!」
「そうですか。本当に殿下は妙なところで頑固でいらっしゃいますわね・・・よろしい」
ソファから腰を上げて、未だに座っていらっしゃるジャレッド王子殿下を見下ろす。
わたくしが浮かべるのは淑女の微笑。穏やかに、内心を悟らせない麗しい微笑みです。
「己の主張を押し通し、わたくしを従えたいということですわね?でしたら、わたくしを倒していただきます」
「え!!」
「わたくしを従わせたいのなら、いざ尋常に勝負をし、わたくしを屈服させなさい!さあ!」
投げる用に何十枚も重ねられている白い手袋を一枚掴み上げ、ジャレッド王子殿下のお顔に投げます。
「いたぁ」などとおっしゃいましたが、わたくしの手袋は上質な生地で肌触りも最高!痛みを伴うものではありませんのに、大袈裟な方ですわ。
「ま、またレイチェルと勝負?あの、今日は何を?」
「何度も当家に参られていらっしゃるのですから、いい加減覚えていただきたいものですわ。勿論、戦闘技術での勝負です。この前は槍でしたし、その前は剣でしたから・・・徒手空拳はいかがでしょう?」
「としゅくうけん?」
「簡単に言えば、素手の殴り合いですわ」
「え、嫌だよ!僕死んじゃう!」
怯えて飛び上がるジャレッド王子殿下は実に弱々しい。あの騎士の国と言われるシルヴァン王国の王子にあるまじき言動ですが、ええ、目を瞑りましょう。
わたくしはもう、この方の婚約者ではなく、シルヴァン王国の者ではありませんので!
「ジャレッド王子殿下」
「あの、レイチェル。殴り合いなんて止めよう?君の剛腕、じゃなくて!君を傷付けることをしたくないんだ。僕は君を奥さんにして、末永く幸せに暮らしたいだけなんだよ」
「貴方の細腕でわたくしが傷付けられると?」
「ひぃっ」
一歩、一歩とジャレッド王子殿下に近付く。王子殿下ははしたなくもソファの背もたれを飛び越えて、控えていたレグルス殿の後ろに隠れられました。
大木のような男性の背後ならば確かに隠れられますわね。でも、その大木がへし折られたのならば、隠れることはできませんわ。
「わたくしはレグルス殿が代わりでもよろしいのよ?ただ厚みを増しただけですもの」
「・・・たおやかな女性と争うなど、騎士の信条に反しますのでお断りいたします」
ニッコリと微笑まれていますが、つまりは逃げたと思ってよろしいかしら。敵前逃亡など、騎士の風上にも置けませんわ。
「恐れていますの?」
「ええ、ジャレッド殿下のお妃となられる美しいディルフィノ公爵令嬢を傷付けることに恐れがあります」
「負けるのを恐れているのではなくって?」
「・・・・・・」
微笑みを浮かべたまま、レグルス殿は固まってしまいました。あの赤い瞳、淀んで見えるのは錯覚ではありませんわね。
「他の騎士も、我こそはと手を挙げないなんて・・・情けないですわね。失望いたしましたわ」
「レイチェル。武力で解決なんて僕は良くないと思うんだけど」
「武力でわたくしを殺そうとされたのはどなたでしたか?操られていた、などという言い訳は聞きません。人より力がある者にも関わらず、油断から邪悪な魔女を容易く懐に入れてたのです。あまりにも危機感が欠如していたと思われますわ。貴方方の油断で被害を受けた者がどのような思いを抱いているか、考えていただきたいものです」
「・・・・・・」
主従そろって沈黙を選びましたか。図星を突かれて何も言えないなんて、肉体が逞しくとも精神は貧相と言わざるを得ませんわ。
こんな方達とお話するなんて本当に無駄な時間を過ごしていますわね。
「わたくしを屈服させることもできないというのなら、お引き取りを。無駄な時間を過ごしたくはありませんの」
「レイチェル・・・」
「会話が滞りますので注意はしませんでしたが、レイチェル公女殿下ですわよ。ジャレッド王子殿下は物覚えが悪くて、やはり夫などにはできませんわね」
「・・・」
肩を落として、ジャレッド王子殿下は応接室を出る扉に向かわれる。先を越したレグルス殿が扉を開かれて、王子殿下を通しますけれど。
「・・・また来るよ、僕は諦めないから」
ボソボソと仰ると、近衛騎士達を引き連れて応接室から退室されました。
「・・・・・・はぁ」
「お疲れ様です、お嬢様」
「今は二人きりですわ。レイチェルと呼んで、ララ」
「困った王子様のお相手は大変ね、お疲れ様。レイチェルの好きな紅茶を淹れ直すわ」
「ええ、お願い」
はしたないのですけれど、わたくしは深く息を吐いてソファに腰を下ろした。
ジャレッド王子殿下のお相手は本当に疲れますわ。定期的に来訪されて、わたくしを妻にと乞うてくる。
もう止めていただきたいものです。わたくしと王子殿下の関係など学生時代にブッツリと切れたのに。
公国が開戦を決定してレイチェルを後押ししていたら、この鬼神は国を取って全ての被害女性達を救っていました。
可哀想な女の子は可愛い、という私の業のために書いたのでこのような結果になりましたけども。




