侯爵として生きていく
あれから二年。私は亡くなられたお父様の代わりに、ベルアダム侯爵としている。領地経営は大変だったけれど、領民を思うならば頑張れた。
王都では悪女とされた私でも、ベルアダム領では蔑む者も嫌悪する者もいない。目に付かないところで話してるのかもしれないけれど、見えないのならそれでいい。
私はベルアダムの為にいるのだから。領民が平和に暮らせているのなら構わない。
今日は定期診察の日。主治医であるお医者様を屋敷に招いていた。
診察は歯のこと。私の折れた歯は、そのまま残っていたことで嵌め直すことができた。特殊な樹脂と金属で止めているらしいけれど、専門外だからお医者様に任せている。お医者様は歯科と婦人科の二つの専門医だから信頼できる。彼の技術の高さからか、施術した歯が取れたことはない。
髪を一つに縛り、後れ毛などないように整える。眼帯を付け始めて二年も経過したから装着を忘れなかった。化粧は肌色を整えるだけ。見苦しくならなければ構わない。
大好きだった可愛いデザインのドレスはもう着ない。傷のある醜い顔には似合わないし、醜いのに着飾るなんて無駄な努力だと言われたから。そんなことを言う人は、生前のお父様によってベルアダム領から追放されている。
私が身に着けるのは男性の穿くトラウザーズとブーツ。動きやすいから選んだだけ。それを男装だと言われているけれど、上半身は女性用のブラウスとジャケットを着ている。女性であることを捨てたわけじゃない。
赤いジャケットに白いブラウスを合わせて、黒いトラウザーズと膝下までのブーツを身に着けた私は、着崩れがないのを確認するとお医者様を迎え入れた。
「閣下はいつもお洒落でいらっしゃる。気品と麗しさに陰りはありませんな」
「まあ、お上手ですね」
初老に差し掛かる年齢のお医者様は、テキパキと診察を終えると気さくに仰った。気心知れた相手だからこそ許している発言。何故なら、彼は私の親友の旦那様だから。
「診察は終わったかしら?侯爵閣下、お茶をご一緒してもよろしいでしょうか?」
「・・・勿論ですよ。では、ご夫人をお借りしますね」
「ええ、私は器具を片付けてから合流させていただきます」
お医者様に礼をして、話しかけて来た美女に近付く。
美しさは変わらないけれど、年齢と結婚をしたことで妖艶な雰囲気を醸し出している。私の大切な親友カーラ。
自身の主治医と結婚した彼女のお腹には、新しい命が宿っていた。身重のカーラの負担にならないように、庭園までエスコートさせてもらう。
「相変わらず綺麗なお庭ね」
「庭師に言ってあげて。私が色々なお花を綺麗だと言うたびに、生産地から取り寄せて綺麗に整えてくれるの」
「彼、貴女が望めばどんな花でも手に入れそうだわ」
庭を一望できるテーブルの席にカーラを座らせると、向かい合っている椅子に腰を下ろした。
カーラは本当に綺麗。腰まであった黒髪は肩の長さまで短くなっているけれど艷やかだし、青い目は吸い込まれそうなほど美しい。美貌は損なうことなく、より輝いて見えて・・・それは彼女が幸せであると表していた。
レグルスに殺されかけたあと婚約破棄をされたカーラは、平民階級に落とされてしまった。ただ、父親のマッケンジー伯爵は見捨てなかった。
懇意にしていた主治医に彼女を託し、結婚させたことで関係は切れていない。時折、会いに来るそうだ。妊娠の報告をしたときには大変喜ばれたと教えてくれた。
『私ね、レグルスのことは好きではなかったの。殺されかけた前は嫌いでもなかったけれど、別に好きな方がいたから異性に対する愛なんて芽生えなかったわ』
再会してすぐに教えてもらった。カーラが好きだったのは自身の主治医だったと。政略結婚のために諦めていた人と結ばれたのは幸せでしかない。初めは女性と見られずに保護対象だったそうで、ヤキモキしたとも教えてくれたけれど。
今はベルアダム領に病院を建てたことで移住している。つまり、私はいつでも、好きな時に大切な人とお茶ができることになった。
「・・・色々あったわね」
小さな声でカーラは呟いた。私は微笑んでしまう。
「色々あったし、辛いことや悲しいことばかりだったけれど今は平穏よ。このまま穏やかな時をベルアダムで過ごしていきたいわ」
「ええ、私も貴女がベルアダムにいる限り領民として尽くすわ」
「あら、尽くすのは私よ?それにカーラはただの領民ではないわ。私の大切な親友だもの、いつでも頼ってちょうだい」
「・・・ありがとう、コルネリア」
花の匂いに交じって紅茶の香りが漂ってきた。侍女の用意してくれたお茶だろうと屋敷の入口に目を向ければ、カーラの旦那様も歩いて来ている。
あとどれくらいベルアダムにいられるのかは分からない。まだアベルとデイナに子供ができたという知らせはない。デイナには何十人もの男がいたから、アベルとの子供はまだ先のことなのかも・・・。
うんざりしてため息を漏らしてしまった。カーラが心配そうに伺ってきたから話題を変えるべきだろう。
「そうだわ、明日はアリアが来るの。ベルアダム領を回りたいそうだけど、カーラはどうする?」
「アリアが?王都から出られたのね」
「マルチェロ家というか、ルーベンスに関わらなければ自由だそうよ」
「関わるわけないじゃないの、自意識過剰な男だわ」
フッと息を漏らしたカーラ。旦那様と茶器を持った侍女が到着すると笑みを浮かべる。
私も、嫌なことなんて心の奥にしまって笑うことにした。