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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
カーラ
49/59

恐ろしい子だった

今回でレグルスが生来の異常者と分かるでしょう。


恋はしていなかった。愛も、友愛だったのだろう。

レグルスとは生まれたときから婚約を結んでいた。お互いの両親が友人で深く親交をしていたから、生まれた子供が男女ならば結ばせようと約束した。

両親達の望みは叶い、国の騎士団長を歴任する武門の名門オルトリンデ家にレグルスが、金鉱山や金属加工の技術を保有する「宝石職人」と言われたマッケンジー家に私が生まれた。

分野が違う家系であっても学生時代に培った友情から、私達の婚約は障害もなく結ばれた。まだお互いが母の腕に抱かれていた赤子だったから、婚約証書は父達が代筆されたそうだ。

私がレグルスを認識、つまりは婚約者として意識できたのは十歳のとき。それまでは家族ぐるみで仲の良い友達だと思っていた。


『カーラ、僕たちがケッコンするのは決まってるだろ?今すぐにケッコンしようよ!ケッコンすれば食事のときもお風呂のときも寝るときも一緒だよ!ずっと一緒にいられるんだ!』


『え、そうなの?私、レグルスと結婚するの?』


『そうだよ!僕たちはコンヤクシャなんだから!』


そうだったのね。

この会話で仲の良い男の子の友達から婚約者に変わった。でも、レグルスが婚約者・・・私が彼に対して感じていたのは「弟」だったから違和感があった。将来の旦那様なんて思えなくて、少し気まずく感じた。


結婚して家庭を作る。私の両親のように支え合って、家を盛り立てる。レグルスはお父上から騎士団長の地位を引き継ぐために騎士となるだろう。私はそんな彼を支えて家庭を守り、そして跡継ぎとなる子供を産む。

母から貴族の女性としての義務や立場、妻となったときの役目を聞かされていたから知っていた。私はレグルスと結婚したら、彼の子供を産むのが役目。

オルトリンデ家は名門で、騎士として優秀であれば女性でも家長になれるけれど、どちらにしてもレグルスには跡取りが必要だった。名門の血を絶やしてはいけないから。

いけないことなのに、自分の意思では子供を作れそうにはなかった。


子の作り方を閨事で学んだ私には、単純に拒否感があった。レグルスを異性として見ていないから、そんなことはできない。ずっと私の後ろに付いて回るレグルスは可愛い雛鳥のようで、やっぱり「弟」としか思えなかった。


『聞いた話では、在学中でも婚姻を結べるそうですよ』


学園の入学式前、オルトリンデ伯爵領にある祭りに参加した夜のこと。屋敷には私のための部屋がある。領地に招かれたときはいつもその部屋で泊まっていて、隣はレグルスの部屋だった。バルコニーは繋がっている。いつでも彼は私のいる部屋に渡れた。

ご両親から教育を受けたレグルスは、歳を重ねたことで子供時代のくだけた言葉遣いや態度は無くなった。私に対して恭しく、上品な言葉遣いと紳士的な所作で詰めてくる。

祭りの終わりに上がる花火が、私に寄り添うレグルスの顔を照らした。銀色の髪は鮮やかに彩られるけれど、様々な色の光を受けているはずの彼の瞳の色は昏い赤のまま。いつからか、ゾッとする色だと感じていた。


『貴方、学生結婚をしたいの?』


『僕はそれが最善かと思っています。婚約期間はすでに十六年目。以前と変わりなく僕達の関係も良好なのですから、学生結婚をしても構わないでしょう?』


(良好ね・・・)


そう、だろうか。

私にはレグルスと同じ気持ちはない。いつまで経っても「弟」という認識に近かった。彼は、いつも私のあとを付け回して、私に関わろうと側にいて、私に近付く男性達を牽制する。

長身で筋肉質なレグルスはかなり体格が良く、成人の騎士と一緒にいても見劣りはしない。むしろ彼らよりも強靭だった。

そんな人に牽制されれば、相手は萎縮して距離を空ける。女性だって、勇ましい逞しいと頬を染めているけれど、迫力から近付いてこない。つまり、レグルスが側にいることで私自身にも人が寄らず、彼以外とは交友関係を持てていなかった。


『・・・その、少し困るわ。私、学園生活を満喫したいと思っているのよ。様々な知識を得られるし、学問を受ければ自身の向上になるでしょう?友人だって』


レグルスはずっと微笑みを絶やさないけれど、私の「友人」という発言に僅かに眉が動いた。

気分を害したらしい。本当に僅かなものだったけれど、長年側にいる私には分かった。実際、私の言葉は遮られて何も伝えられなかった。


『君は僕の妻としてオルトリンデ家に入るのですから、交友関係など必要はありません。社交も求めていないので、人と関わるなどという煩わしいこともしなくてもいい』


『あのね、レグルス』


『ずっと僕と一緒にいてくれるだけで充分です』


肩を掴まれて引き寄せられた。

強制的に触れ合ったことでレグルスの力強い逞しさ、温もりを感じて・・・不快感も得た。

視線を落とせば、屋敷の使用人達が中庭で花火を見上げている姿が映る。楽しそうで、恋人関係にある者は私達のように身を寄せていた。


レグルスは落ち着いていて紳士的に振る舞っているけれど、非常に強引だった。私の訴えを聞かないことも多く、自分の考えを押し付けてくる。私が男性だけでなく女性といても嫉妬をするし、何度か引き離された。私は自分のものだと言って憚らない。

レグルスを嫌だと思ったことも儘ある。嫉妬深さや強引な様子が子供っぽくて辟易していた。


(この先、この子の側で過ごしていくなんて)


耐えられるだろうか。

そう思いながら、私は目を閉じた。目蓋の裏、花火の光を受けて映る人がいた。見ているわけではなくて、私の気持ちが映し出した影。


(ああ・・・)


駄目だわ。顔に出てしまう。

私は目を開いてレグルスを見上げた。彼は私を眺めていた。じっと見つめていた。微笑みを浮かべたまま、昏い赤の眼差しを私に向けていた。

私の気持ちを悟られてはいけない。愛を隠さずに向けてくる子が、私に愛を向けられていないと知ったら、何をしでかすか分からなかったから。


以前、私に対して嫌がらせをしていた貴族の子息達がいたそうだ。私は分からなかったけれど、触れようとしたり、容姿を言及して詰め寄ってきたり。そんな方々がいたなんて私自身は分からなかった。


全てを知ったときには遅かった。

子息達はレグルスによって酷い暴力を受けたから。彼は婦女に対する暴行罪として捕縛して、騎士団長子息という立場を使って尋問した。騎士団長の子息にそんな権利はないはずなのに、心身とも深く傷付けた。


『君を卑猥な目で見るクソ共が許せなかった。皆は存じていなかったのですが、クソ共は君を誘拐して性奴隷にしようと考えていた。獣にも劣る腐った性根をしていたのです。婚約者として厳しく処しました。殺してはいないし、犯罪を未然に防げたのですから問題はないでしょう?』


子息達は屋敷から出ることが出来ないほど酷い状態にされたらしい。手足がないとか、気が触れたとか聞いた。

事態はレグルスのお父上が箝口令を敷いたから外部には露呈しなかったけれど、私はレグルス本人から聞かされたので知れた。

でも、本当に貴族子息達は私を誘拐しようとしたのか、性奴隷なんて非道なことをしようとしたのか。


彼らのことは詳しくないけど知っていた。マッケンジー家の屋敷と同じ区画に住む貴族で、付き合いとして屋敷に招いたこともあるから。

挨拶を交わした。趣味や日常であったことを話題にして会話をした。それだけで、内一人の男性に「またお会いすることがあれば」と微笑まれただけで。

それがレグルスの気に触ったのだろう。私と子息達のやり取りを彼は見ていた。ずっと私の側で離れることなく、見続けていた。私が他の男性達と友好を結ぶのが許せなかったから。

だから、罪を捏造して拷問するかのように痛め付けたのではと、そう思ってしまった。


『君の側にいていいのは僕だけです。だから、誰も近付けないで・・・』


囁く人に、私の恋心は知られてはいけなかった。

内に秘める。決して気付かれないように、私はレグルスに微笑んだのを覚えている。




今思えば、あれは無駄な配慮だったのだろう。

数日も経たず、レグルスは恋をしたことで私から離れた。国立学園の入学式で見かけた美しい少女に心を奪われて、私を私に対する執着心ごと捨てたから。

入学式後、すぐに私は念願の友人を得た。親友と呼べる仲の良さになっていた。授業も同じ、昼食も一緒に食堂で食べる。休み時間になればすぐに身を寄せ合い、長期の休みに入ると、お互いの屋敷や領地に遊びに行くほど。

話すのは他愛のない日常や勉学、美味しい洋菓子店のおすすめのケーキのこと。でも、どんな会話も楽しくて、一緒にいられることに喜びがあった。

アリア、エリシャ、コルネリア。初めての友人達はとても素敵な女性達だった。お互いの持つ悩みを、寄り添うことで慰め合った間柄。

その私達の目線の先には、一人の少女デイナに集う婚約者達が映っていた。


コルネリアは、離れていった婚約者と恋人のように仲が良かったらしいから、とても辛そうに見ていた。それでも涙を見せることはなかった。

アリアは、婚約者が嫌いだったらしいから離れてくれたことを喜んでいた。毎日が明るいなんて言っていた。

エリシャは、婚約者に対して姉弟に近い情があったようで、「弟」が独り立ちしたと寂しそうにしていた。


私は、エリシャの感慨に近かったのかもしれない。弟が恋を知って姉離れをしたのだと、そう思って・・・でも、レグルスの執着心は異常だった。私を離さないとずっと側にいて男女とも警戒していた人が、それまでの想いを捨てされるほど別の少女に懸想するなんて。私のことを居ないものとして無視するなんて。


(私は受け手だったから、あの子が気持ちのない相手にする対応なんて分からなかったのかも・・・)


執着心を失った相手に対しては冷たいのかもしれない。話しかけても存在しない者だと返事をせず、それでも邪魔だと思えば無言で押し退ける。

ずっと慕ってくれた子は、本来冷酷な性格だったのだろうか。そんなことをデイナに侍るレグルスを見て思っていた。




異常だと思っていたのに何も起こさなかったのは、実害はなかったからだろう。

でも、その不安定だった均衡は崩れ落ちた。同級生のパトリツィア・オルセイン伯爵令嬢が、婚約者に斬り付けられたことをきっかけに、私達学園の女子生徒は傷付けられ始めた。

デイナの恋人のように集っていた婚約者や学園の教員達の手によって、心身とも傷付けられて尊厳を奪われていった。

デイナを虐げた、傷付けた、殺害しようとしたからと言いがかりを付けて、凶暴化した男性達は女性達を虐げる。悪女を討ったとデイナに伝えて、愛を深め合っていく。

本当に虐げて殺害しようとしたとは分からないのに。おかしくなっていった婚約者と学園の男性教員。辛うじて正常な大人達がいたから学校として機能はしていたけれど、傷付き怯えた女性達は去っていった。

自主的に、強制的にも・・・。


すぐに事態は学園内に留まらなくなっていった。

アドリアーヌ王妃殿下がもはや国の要人となっていたデイナを虐げたとされ、その時に出産中だった王女殿下が不義の子であると、リカルド国王陛下自らが処刑しようとした。命からがら逃亡された王妃殿下は、国家転覆罪と姦通罪で王女殿下諸共引き渡し要求をされてた。

国王陛下の寵愛を一身に受けていた王妃殿下が、デイナが入城を果たしたことにより、瞬く間に犯罪者に仕立てられてしまった。私は、どうしても王妃殿下が犯罪を犯したとは思えず、そのような事が起こるなんてと怯えて、その数日後。


王城での建国祭の日に、隣国のクローデット王女殿下が、婚約者でもあるエリオット王太子殿下の指示で、複数人の犯罪者に犯されるという悍ましい行いを受けた。

私達の父とディルフィノ公爵の手によって助け出されたけれど、女性の部分を傷付けられたことで治療をした私の主治医のやるせない顔を覚えている。迎えに来られた隣国のキリアン王太子殿下の怒りと悲しみの表情は忘れられない。

身内の男性にすら怯えを見せたクローデット王女殿下の痛ましさ。見送りをした私に感謝を述べてくださったけれど、私は王女殿下の苦しみを思うと、頭を垂れて涙の浮かぶ目を隠すことしかできなかった。


おかしくなってしまった婚約者が、複数の汚らわしい犯罪者に未来の妻を強姦させる。


なんて、悍ましいのだろう。

意中の女性であるデイナに進言されたみたいだけれど、それが友好国の婚約者を嬲ることに繋がるなんて、理解の範疇を超えている。

リカルド国王陛下もそうだけれど、エリオット王太子殿下も狂ってしまわれた。皆、デイナとの愛に溺れて、おかしくなってしまった。


エリシャが殺されたのはそのすぐ後のこと。

デイナを愛してしまったという実のお父上と婚約者によって、演習の砲撃の的にされてしまった。お母上である辺境伯夫人とともに、壮絶な殺され方をされた。

何もかも覚えている。忘れない。あまりにも凄惨極まりない処刑のような行いに、私は叫んで、コルネリアとアリアは泣いていた。頭のおかしい父親と婚約者に憎悪を感じて、私達は抱き締め合った。突然の親友の死に胸を引き裂かれた感覚がして、苦しみから逃れたいと、悲しくて堪らないと、三人で慰めるように抱き合った。

聞かされていたのは始業前の朝礼で、私達は授業なんてできなかった。早退を訴えて、ふらつく足で教室を後にした。

コルネリアとアリアの迎えの馬車はすぐに来た。立つこともできないと力を失った二人は、それぞれのお父上達が抱き支えて馬車に乗せていく。

走り去る姿を眺めるしかなかった私は、浮かぶ涙を拭いながら迎えの馬車を待っていて。


『カーラ!!』


そして、レグルスに襲われた。抜き身の剣を握り締めた彼が、憎悪と私を睨み付けて、腕を振り上げてきた。


『僕のデイナを殺そうとしたようだな!!悍ましい悪女が!!』


剣が振り下ろされる。躊躇いなんてなかった。受けたことのない怒号に私は逃げ出していたから、剣が身を貫くことはなかったけれど、レグルスは再び私に向けて剣を振り上げた。


『死ね!死んで詫びろ!!貴様の見苦しい体を真っ二つにして性根で腐った臓物を撒き散らしてくれる!!』


こんなことを言う子じゃなかった。怒りがあっても分かりやすく敵意を、何より殺意なんて向けるような子じゃなかったのに。


『だ、誰かぁ!誰か助けてぇっ!!』


私を殺そうとするレグルスから逃げるために走り出した。なりふり構うことはできなくて、必死に走って・・・それでも、背後から発せられる殺意の怒鳴り声は良く聞こえた。

私は運動の科目をあまり取ってなかった。普通の貴族令嬢としてオルトリンデ家に嫁ぐ予定だったから、体を鍛えるなんてしていなかった。そんな非力な女が、戦闘科目において上位の成績を修めているレグルスに勝てるわけがなく。


『このクソ女が!!』


『きゃあっ、あぁっ!』


貴族の住宅街を目前に押されて・・・あれは蹴られたのだろう。凄まじい痛みを背中に感じて、倒れ伏したから。後から見たら制服の背面に大きな靴底の跡がしっかりと付いていた。

このままだと殺される。鋭い痛みを走らせる膝、蹴られたことで肺が圧迫されたようで息が苦しかったけれど、それでもすぐに立ち上がってマッケンジー家を目指した。

あと少し、あと少し、と自分を慰めながら。


『害虫のような女め!!』


『ぎゃんっ・・・うぅっ』


剣を投げられて、足に当たって転ばされる。幸い、刃の方ではなかったから斬られはしなかったけれど、立ち上がった瞬間に鈍い痛みを脹脛に感じた。怒るレグルスによって、私はどんどん傷付けられていった。

このまま殺されてしまうのだろうか。他の、婚約者に殺されていった令嬢達のように。


『し、死にたく、死にたくない!父様ぁ!!』


マッケンジー家の門扉が近付いてきて、馬車に乗り込む父が見えた。私の声に驚愕の顔を見せたけれど、背後から追いかけてくるレグルスも映ったらしい。


『門を開けろ!私のカーラが襲われている!カーラ!!』


開いた門の中に、私の手を掴んだことで引き入れてくれた。でも、レグルスの脚力は凄まじくて、すぐに彼も門の中に入ってきた。


『ジジイ!そのクソ女を渡せ!即刻首を刎ねてやる!!』


『なっ!?しゅ、守備兵!その男を抑えてくれ!カーラはこちらに!!』


私の腕を引いて屋敷へと走る。父は私を守ろうとしてくれたのに。


『カーラ!死ね!!』


『ひぃっ!!』


『があっ、ぐぅ・・・ぅ』


エントランスでレグルスに捕まり、私へと剣が振り下ろされた。それを咄嗟に庇ってくれたのは父で、苦しむ声と血の匂いを感じた。私を抱き込む父の腕は一本だけで、もう一方は。


『ひ、い、いやぁ、いやぁあぁっ!父様!父様の腕が!!』


絨毯に転がっていて瞬く間に濃い染みを広げていく。


『誰か、お医者様を!!父様が!父様の腕が!!』


精神が揺さぶられて弱っていたせいで、私は泣き叫びながら父に縋り付いていた。

レグルスがどうしていたのかなんて分からない。ただ、彼は今度こそ私を殺そうと剣を振り上げるなんてしなかった。




結論を言えば、私はマッケンジー伯爵家令嬢という身分を剥奪されて、王都から追放された。

泣きじゃくる母は兵士に抑えられていて、まだ五歳にも満たなかった弟は、憲兵に連行される私を不思議そうに見ていただけ。父は、左腕切断という重傷を負ったから入院中。別れの場には来られなかった。


私が受けた裁判は、国の要人であるデイナを害したことに対して厳罰を取り決める場だった。

無実だと訴えることもできず、父に対する傷害罪でレグルスを訴えることもできなかった。

デイナを殺そうとした、愛人を使って辱めようとしたなんて知らない罪を上げられて、身分剥奪と追放という処断をされただけ。

デイナに心酔いをした残忍な元婚約者のせいで、私の人生は地の底まで落ちていく。そう思って、絶望しながら王都から放り出された。文字通りのままに。


行く当てのない私はどうなるのだろう。マッケンジー家は王家とオルトリンデ家から封殺されて、私には手を差し伸べられない。父も母も、私を守ろうとすれば罰を受ける。

気が触れそうになって、苦しくて、込み上げてくる感情を抑えることもできなかった。

啜り泣く私は顔を上げて、気持ちのままに泣き叫んでしまおうと・・・その時。


『ああ、カーラ!間に合って良かった!』


恋しい人が私へと駆け寄ってきた。地面に膝を付けて蹲っていた私を抱き上げて、隠すように外套を着せてくれた。


『シモンから話は聞いている。貴女を保護するように頼まれたんだ。このようなおじさんでは頼りないと思うが、私は貴女を守りたい。共に来てくれ』


父から指示を受けたようで、私を支えるように肩を抱いて、王都の門から離してくれた。

感じる温もり、男性らしい体躯に私は安心感を得ていた。胸に縋り付いて、嗅いだことのある香水の匂いを強く感じた。

私の恋しい人。私の主治医で、幼い時より知っていた人。

この感情を理解したのは十四歳の頃だけれど、私の思いは変わっていない。


守るように彼、ハリー・リックスの別荘に連れて行かれた。彼との共同生活を送り、想いを伝えて夫婦になれた。これは守るための偽装結婚だと身を固くしていたハリーに、自分から迫って本当の夫婦にもなれた。

暫くして、同じく婚約者に傷つけられて婚約破棄をしたコルネリアが、私のことを知った。父から教えられたそうで、ベルアダムの正式な侯爵となった彼女は、私とハリーを領内に招いた。領都に医院を構える手筈を整えてくれて、私達夫婦は喜んで移住をした。


酷い扱いを受けた過去は消えない。デイナに夢中になった王家からも、司法からも、レグルスから受けたことも忘れることはない。

でも、私は運良く生き残れた。カーラ・マッケンジーではなくなったけれど、ずっと好きだった人と結婚してカーラ・リックスとして穏やかな日々を過ごしている。親友が統治する領地で、幸せを感じている。


そっと、膨らんだお腹を撫でた。私の中にいる愛しい命。愛するハリーとの子供。

この先のことを思えば、過去のことなんて考えずに済む。私は今まさに、幸せに包まれているのだから・・・───。

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