第二の人生
奔放さを表したかったので、うっすらと性描写があります。ご注意を。
気持ち良さそうに目を細めていたケイが倒れ込んでくる。私の剥き出しの胸に頭が落ちたことで、肌を擽る柔らかい髪の感触が気持ちいい。
私はケイの髪に指を絡めて撫でる。うっとりと熱のある黄土色の眼差しが向けられて、ゆっくりと顔が近付いてきた。
濡れた唇が触れ合って、上唇に吸い付かれたけど、音を立てて離れていく。
「気持ち良かった?」
「うん、すごく良かった」
ケイはふにゃりと笑い、また腰を動かしてきて・・・私を抱えながら眺めていたルーに頭を叩かれた。
「いってぇ!何すんだよ!」
「これ以上はお嬢様の負担になる」
そう言って、怒鳴るケイの体を筋肉で太い腕で押し退けた。
「ん、はぁ・・・」
体が離れて一抹の寂しさがあるけれど、確かにこれ以上は無理。体力のあるルーと楽しんだ後に、女の体に慣れたケイに相手をしてもらったから。労られながらの交渉だったけれど、体の負担は大きいだろう。
でも、やっぱり気持ちよくて最高だった。今日はよく眠れそう。
「テメーがガツガツ責めるからお嬢の体に負担がかかってるんだぜ!もっと配慮しろ!」
「お嬢様、ほら」
「ん、ありがとう」
「話を聞けよ!」
吠えるケイを無視して、ルーは私の上半身を抱き起こすと、サイドテーブルに置いてあったグラスを渡してくれた。大雑把に砕かれた氷の入った水は、スライスされたレモンが入っていてスッキリとした味わいになっている。火照った体と少し枯れた喉に染み渡る。純粋に美味しい。
「はぁあぁ〜・・・マジでこいつを引き込んだのは間違いだった。大体、俺はお嬢の一対一でヤりたかったのに」
「うるさい」
「ぐえっ」
ルーは寄りかかっていたクッションを取ると、ケイの顔に向かって投げた。真正面から、しかも筋肉の塊みたいな男からの投擲だからそれなりの速度がある。音を立てて顔に当たると、ケイは仰向けに倒れて・・・うわっ、全部が丸見えになってるから隠してあげないと。
私はブランケットを手で引いてケイの体にかけようとした。でも、手首が骨ばった大きな手に掴まれる。
「気にしなくていい」
いや、視界に卑猥なものがあるから隠したいんだけど。
そう言おうとした口は、ルーの唇に齧り付かれて塞がった。
「ん・・・」
「テメーだってヤる気満々じゃん!」
優しいキスをされた私はマナーとして目を閉じているから見えないけれど、またクッションが投げられたようで、当たる音とケイの呻き声が聞こえた。
「・・・今日はもう休め」
「そのつもりだよ。でも、一緒に寝てくれるでしょう?二人に抱き締められながら眠ると心地良いんだ」
「俺はこいつが嫌ですけどね!」
ルーのキスは数秒触れただけ。すぐに離れていって、視界を遮るものがなくなったから起き上がったケイの不満だと険しい顔が見えた。
その顔がどこかおかしくて、私は笑ってしまう。
「何笑ってるんですか、俺は嫌だってのに」
擦り寄ってきたケイの頬を撫でて、首筋に頭を押し付けられたから、柔らかい髪を撫でる。私の腰を抱くルーの腕の力が強まったから見上げれば、擦り寄るように額に唇を受けた。
何だろう、大型の犬種に懐かれたような感覚がある。迫力すらある大きさなのに、愛しさと可愛らしさを感じてしまう。
「寝るか?」
「おい、あんまりお嬢の体に触んなよ。特におっぱいはな!俺のモンだから!」
「いや、私の体の部位なんだから私のもの・・・」
部屋の扉がノックされた。私はテーブルにある金細工の置き時計を見る。時刻は深夜前とはいえ夜間に何の用事だろう。
お父様、かな。二人との肉体関係を窘められたのに、それでも部屋に引き込んだから怒っているのかも。
「シャーリーお嬢様、よろしいでしょうか?」
いや、違う。執事だ。私は抱き着いているケイの肩を手で押した。すんなりと離れていく引き締まった体。そのままベッドから降りようとしたら、ルーに引き止められて、フットボードにかけていたガウンを着せられる。
こういうときは素直だし、甲斐甲斐しくて感心してしまう。私よりも十以上年上の男達に対して思うべきことじゃないけど。
「はい、どうしたの?」
扉を少し開いて、中が見えないように身を乗り出す。
流石に二人の全裸を見せるには憚れる。真面目な性分の執事が卒倒しかねない。
「お休み中のところを申し訳ありません。お嬢様宛にお手紙が届いております。届け次第、お読み頂きたいそうです」
「ありがとう。それと、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
頭を垂れた執事に向けて手を振って、扉を閉めた。
私は室内に体の向きを変えたわけだけど、二人は下履きだけを穿いてベッドに腰を下ろしている。私が来るのを待っているんだろう。微笑ましくて頬が緩む。
けれど、夜間にわざわざ手渡された手紙が気になる。蝋封に押された御璽は・・・ああ、あの公女様だ。
無造作に封を切り、折り畳まれていた手紙を開きながら自室を歩く。私の歩みがベッドに向かわないことで、ケイもルーも首を傾げていた。きょとんとする犬のよう。
「誰からです?」
「ディルフィノ公女様」
「あー・・・」
ケイは嫌そうに声を漏らし、ルーの眉間には皺が寄った。どうにも合わない顧客だからだろう。
私はベッドを通り過ぎて、月の光が入り込む大きな窓の枠に腰を下ろした。手紙を開く。
青白い光に照らされた手紙の文字は美しく、飾り言葉も丁寧で優美な表現が使われている。間違いなく、ディルフィノ公国の公女レイチェル様からの手紙だ。
「何て書いてあるんです?また妙なものを欲しがってたりしません?」
「招待状だよ。明日の正午過ぎ、公女様のお屋敷に招かれた。ほら、今回の行商でシルヴァン王国のルノー領の村に寄ったでしょう?あの村で手に入れた花は有名でね、公女様からお願いされたから購入してたんだ。それを届けてほしいってさ」
「あのでっかい鉢植えのですか」
「ルーなら運べるよね、頼める?」
ヘッドボードに背中を預けた筋肉質な大男は、不満と顔を顰めたままだけれど、しっかりと頷いてくれた。
もう一人のすらりとした体躯の男は、ベッドに肘をついて寝そべり、唇を尖らせている。
「相手はお客様なんだから好き嫌いはしないの」
「俺は真面目な商人ですからね、客の前じゃ顔に出しませんよ。ただ、あのお嬢様の我儘には辟易してるんで、どっかで息抜きしないといけないんです。どこでするか、ってなったらお嬢の前でしょ!ってことで大目に見てください」
「・・・」
二人共、不満はこの場所で留めてくれるらしい。
年上の男達の感情表現が可愛くて、笑みを浮かべてしまう。そのまま、何の意図もなく、月の光が清らかだなって窓の外へ視線を向けた。
「・・・・・・」
「お嬢?どうしたんです?」
そこには美しいものが在った。
それは、月明かりに照らされた中庭で一組の男女が、私の両親が寄り添って歩く様子。
盲目のお母様の体を支えながら歩くお父様の顔はしょぼくれていて、多分、私のことを相談しているのだろう。お母様は励ますように明るい笑みを浮かべて、何かを言っている。
月の青白い光に照らされて、樹木や花壇を割るように作られた煉瓦の道をゆっくり歩き進んでいた。心身とも支え合った夫婦の姿。想いを通わせて寄り添っている光景は、何よりも美しく、私の理想だった。
「・・・綺麗だなって思ったんだ。月明かりに照らされて、いつも以上に美しく見えた」
「中庭が?」
「そうだよ」
私は腰を上げて、窓から離れながら机の上に公女からの手紙を放おった。
そのままベッドに近付くと、飛び付ついて身を預ける。腕を広げて仰向けになった私の両脇から、ケイとルーが覗き込んできた。
「いいモンを見たんですね」
「うん」
ケイの顔も緩み、ルーの指が私の目にかかる髪を撫で上げる。
「寝ようか」
私の声にオイルランプの火は消されて、月の光が窓から降り注ぐだけになった。両脇から私の体を包む温もり。温かさが心地良くて目を閉じる。
目蓋に浮かぶのは幸せな両親の姿。あれこそ私の幸せ。
同じクレイバーンの首都、同じ区画に公女様の屋敷がある。商人と他国の姫君の屋敷が近くにあるっていうのは不思議な感覚だけど、この国の商人は貴族並みの財力を持っている。格の有る無しだけで、名を馳せるロウ商会ならば他国でいう侯爵くらいの地位だそうだ。
ロウ家の馬車を降りて、荷物台に載せていた鉢植えをルーが抱えるのを見守ると、私は屋敷に向かって歩き出した。
クレイバーンに渡って六年。慣れてきた5年目には、ディルフィノ公女様と親しくになった・・・まあ、学生時代に何度か見かけてはいたけれど。
レイチェル・ディルフィノ。私の同級生。クラスは違えど、選択科目の何教科かが一緒だったから同じ教室、隣の席にすら座ったこともある。
例に漏れず、元婚約者になった第二王子ジャレッド・シルヴァンにデイナを虐めたとかで責められ、殺されかけた彼女。ただ、レイチェル様は剣豪、上級騎士、近衛騎士隊長などを輩出した超の付く武門一族ディルフィノ家の令嬢。
騎士の如く体を鍛える令息達に混じって剣術、体術など戦闘科目は全て選択していた。そして、大体は首席の成績を修めている。弓に関しては僅かな差で二位だったけど。
そんな武人のような令嬢に、普通・・・あの国では戦闘科目が普通の成績だった第二王子が勝てるわけなく、既に側仕えになっていた騎士団長子息のレグルス共々叩きのめされた。
もうシルヴァン王国から逃亡していた私が見ることはできなかったけど、それを聞いた時には今までで一番心が躍った。デイナに狂わされて凶暴化していた二人を再起不能にまで追い込んだなんて。
(本当に見たかったな)
ちょっとした後悔。でも、仕方ない。あの異常な国にはいられなかったから。武人であるレイチェル様すら逃げ出した国。
玄関で出迎えてくれた珍しい女性執事に、応接室まで案内された。スーツを着こなす凛々しい彼女が扉をノックすれば、中から鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえる。
「どうぞ」
扉が執事の手で開かれて、礼をする彼女の横を通る。
「お嬢、俺は控えで待ってますから」
「鉢植えを運んだら、同じく」
そう言ってこの場から逃げようとする男二人を睨み付けながら、入室をして笑みを作る。
「まあ、いらっしゃいませ!エリシャ様!」
私の旧名を快活な声色で言うレイチェル様は、とても剣や槍を振り回す武人には見えない可愛らしい美少女。六年前から変わってない無邪気な雰囲気を纏わせている。
ピンクサファイアって色味の艷やかな髪、澄んで綺麗な白銀の瞳。雪に近い真っ白な肌は可愛らしいフリルとリボンで飾られたドレスで隠し、純粋無垢という雰囲気を強調している。幼児が夢見るお姫様が現実化したような姿。
その見た目から、潔くも苛烈で、人並みの欲がある性格とは分からないだろう。
「さあ、さあ、おかけになってくださいませ!」
満面の笑みで迎え入れてくれたレイチェル様に礼をして、私は向かい合うソファに座る。対面している彼女は、軽く手を二回ほど叩いた。
控えていた侍女・・・この女性も同級生だった。シルヴァン王国のとある子爵家令嬢。実兄と元婚約者に殺されかけたところを、レイチェル様の拳で助けてもらったらしい。
愛らしい顔立ちの侍女は、洗練された作法で紅茶を用意すると、一礼をしてレイチェル様の脇に控える。
「鉢植えはここに置いておく、では」
背後からかけられたルーの声。私の返事を聞かずにそのまま扉の開閉音がして、立ち去っていったのが分かった。
「あら、ルー様はご一緒してくださるのかと思ってましたのに」
分かりやすくしょげたレイチェル様に、私の笑みは引き攣ってしまった。全く、うちの男達は態度が悪い。相手は一国の姫君に当たる公女なんだから、レイチェル様じゃなかったら不敬罪で訴えられている。
「申し訳ありません。何度も言っているのですけれど、どうにも無愛想で。ああいった性分だから、中々矯正できないのです」
「よろしいのよ、エリシャ様のルー様はそこがよいのです!武人気質な無骨で逞しい戦士・・・堪りませんわ」
ポッと頬を染めて身をくねらせている・・・もしかして、ルーが好きなのかな?
「ルーは」
「あ、ご安心なさって!ルー様を慕っているわけではありませんの。エリシャ様から奪うつもりもございませんわ。エリシャ様あってのルー様ですから!」
「はぁ」
捲し立てるレイチェル様にちょっと気圧されて、気の抜けた返事をしてしまった。
思わず苦笑いを浮かべれば。
「はあ、苦笑を浮かべるエリシャ様のお顔。美しい人の表情とはどんなものでも芸術になりますわ」
よく分からないことを呟かれた。あまり追及するのは良くない。話がそれて、長居をしてしまう。
本題に移ってすぐに商談を終えなければ。貴重な花だって狭い鉢植えの中に埋められてるから、早めに移し替えないと枯れていってしまう。
「お求めの花をお持ちしました。薔薇のカリーナ種。きちんとルノー産のものです」
「まあ、まあ、ありがとうございます!あちらの鉢植えのものですわね?綺麗なピンク色ですけれど、些か窮屈そうですわ・・・ララ、庭師を呼んですぐに移し替えるように言ってくださる?」
「畏まりました」
同級生だった侍女は扉に向かう。私はそれを眺めながら、用意された紅茶に口をつけた。
あまり飲まない銘柄だけど、新鮮に感じるほど美味しい。あの子の淹れ方が上手いのかもしれない。
「長距離移動でしたから、少々元気を失っているかもしれません。確認されなくても大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありませんわ。エリシャ様の見立てと商品に対する扱いを信じておりますから」
レイチェル様も紅茶を飲み、満足そうに微笑む。
「お支払いはすぐに」
「はい、お願いします」
「一瞥しただけでもはっきりと分かるほど美しい薔薇でしたから、多少色を付けさせていただきます」
「いえ、こういったものは運搬日数と処置から考えて」
「私の感謝の気持ちを表したいので色を付けさせてもらいます。よろしいですわね?」
・・・決定事項らしい。こういうところを曲げず、相手にも曲げさせないからこの人は強い。
「ありがとうございます」
「ふふ、よろしいのよ。同級の貴女が他国で奮起している姿を見ると、わたくしも昂ぶるものがありますから」
レイチェル様に私がエリシャ・ロンドだったと分かられたのは、再会してすぐ。国主である総領主が豪邸で開いた夜会でのこと。
ロウ家の娘として出席することになった私は、他国であることと多少の変装をしていること、あれから一年っていることから、エリシャとは気付かれないと高を括って参加してしまった。
『まあ、貴女!エリシャ様ではなくって!』
すぐに気付かれた。夜会の中心にいたレイチェル様に顔を見られただけで気付かれ、人のいない庭園に手を引かれながら連れて行かれて、驚かれた。
何でディルフィノ公爵家の令嬢がクレイバーンに、と思ったら理由を隠さずに教えられて、あちらの国の現状も知らされた。
レイチェル様が入手した情報でコルネリアやカーラ、アリアのことも教えられた。
『ロウ商会の息女となられたのね・・・貴女のお父様の商会とはわたくし個人も親しくさせていただいています。これからよろしくお願いしますわ、エリシャ様!』
人目があるときはシャーリーと呼んでほしいと言ったのは覚えている。そして、純粋な笑顔と快活な声に眩しい人だと思ったことも。
同級生に過ぎなかった私達は、情報交換と商品の売買をする顧客同士として関係が結ばれた。
「エリシャ様に再会できたのは奇跡でしたわ。貴女も、もしシルヴァン王国に留まっていらっしゃったら二度と会えなかったでしょうから」
「状況的にあの国にいるのは難しかったですから」
「そうですわね・・・わたくし、何度もお伝えしましたが、コルネリア様を中心とした貴女達のお友達の輪に入りたくって、いつも羨ましく思っていました。可憐で美しい女性達を侍らす幸福が訪れないかと願っていたのです」
偶によく分からないことを言うけど、私達と友達になりたかったというのは分かる。ディルフィノ公爵家は今やシルヴァン王国から離反して公国となった。その判断ができるほどの財と民、家の力が強かった。シルヴァン王国に与していたときも、もう一つの王家と言われたほど。
そんな高貴な姫君が、気安く学友を作るなんてできない。私達と彼女は格が違いすぎた。
「それで、エリシャ様。先日に入手した情報がありますの。貴女との交流で今や名高い女性侯爵となったコルネリア様とも関係を詰められると胸を膨らませていましたが、もはや叶わぬ夢となってしまいましたわ・・・非常に残念ですけれど、ベルアダム領はシルヴァン王国軍に占領されたようですわね。指揮官のアベル・フィガロが婿入りし、コルネリア様を妻にして新しい侯爵になったそうですわ」
「・・・え?」
言われたことが、すぐに理解できなかった。
やっと再会できたコルネリア。危険な男に目を付けられて、狙われているからと手を伸ばした親友。先祖代々継いできたベルアダム公爵領を離れることはできないと、責任感のある真面目で彼女らしい答えを聞いたのは、九日前のこと。




