私は父親を間違えて生まれてきた
エリシャちゃんの話は今までとは違います。
石畳で舗装された道をひたすら、来た道をひたすらに帰る。
騎乗している馬の歩みに体は揺れ、蹄が奏でる軽快な足音が耳を擽る。先行く荷馬車の列は、私達ロウ商会の商団が売れ残した商品、新たに手に入れた品物が載っている。馬に乗れない商人やその家族も、身を寄せ合って揺られているだろう。
私の馬は賢い子だから、指示を出さなくても荷馬車を追ってくれる。だから、不意に後ろへと振り返って見た。ベルアダムはもう遠く、コルネリアのいる領主の屋敷が見えるはずもなかった。
エリシャ・ロンドは以前の、殺されてしまった辺境伯の娘の名前。今の私はシャーリー・ロウ。商売と金貨の国と言われるクレイバーンの市場を支配している大商人ヘンドリック・ロウの娘。愛妻のゾネとの間に生まれたとされた。
お父様がそういった采配をしてくれた。ずって離れ離れだったお母様を今までも、これからも愛する人は私を娘にしてくれた。
憎悪すらしているだろう男の血が流れているのに、お母様への愛と、私の持つ髪と瞳の色で受け入れてくれた。
シルヴァンの王城で最新の砲台の的にされたとき、「あいつ」の部下だった軍師のジェラールと協力して、私達を救ってくれたのもお父様。
「いやぁ、マジで可愛かったですね、お嬢のお友達。チョコレートみたいな髪色で透き通った綺麗な緑色の瞳、肌も白くて、なんか美味そうだったわー・・・あーんな美人と同じ学校に通ってたんです?お嬢の学校って美人しか入学できないの?」
気の抜けた声が耳に障る。いつの間にか、部下のケイが馬を並行させていた。鼻の下を伸ばしただらしない顔が見える。私は、柔らかい印象を受ける黄土色の瞳をと赤茶色の髪の男を睨み付けた。
「コルネリアのことを変な目で見ないの」
「変な目では見てないですよ、性的な目で見ました」
「彼女、高貴な侯爵閣下だよ・・・はぁ、コルネリアじゃなければ、君の目はくり抜かれていたね」
手綱を動かして馬に速度を上げることを伝えた。すぐに早足となって、ケイが乗る馬と距離を開ける。
「あ、待って!お嬢!別に手を出そうってわけじゃないって!可愛いから眺めていたいってだけだから!」
すぐに追い付いて来たケイは、馬から身を乗り出して私に顔を寄せる。
「酷い傷を負っているってお嬢は言ってましたけど、あれほどだとは思いませんでした。かわいそうにな。美人だって自分でも思っていただろうから、顔が潰されたのはかなり堪えたでしょうね。堂々とはしていたけど、痛々しく見えました」
「その話、コルネリアの前で言わなかったことは褒めて上げるよ。ただ、私にも二度と振らないで」
商団の軸である荷馬車からかなり距離が空いてしまった。私は馬に指示を出して走らせる。顔に当たる風は強く、ケイの声も掻き消して、私の目の水分も飛ばしてくれた。
私が砲台の的になって殺されかけた後、私の親友と呼べる子達は酷い目に遭わされたと聞かされた。
カーラは婚約者に殺されかけたことで、庇った父君は片腕を失い、本人は婚約破棄後に王命で身分を剥奪されて放逐。
アリアは比較的に被害は少なかったけど、婚約者に暴言を放たれて婚約破棄を願い出た。その後、元婚約者とデイナとかいう馬鹿女の使者に動向を監視される日々を送っていた。
コルネリアは婚約者に右目を失明するほどの暴力を受けた後で、有責で婚約破棄をされ、多額の賠償金すら払ったという。
なぜ、美しくも善良な彼女達が酷い暴力や暴言を受けて、一方的に悪とされて虐げられたのか。やるせなさに涙が込み上げてくる。
何もかもデイナという馬鹿が原因。魅了の魔法の魔女のせいで見目のいい男達が、言ってしまえば凶暴化したから。デイナのためとシルヴァン王国の女性達を攻撃をして痛めつけた。あの女は王族まで取り込むと、政治にまで口を出したようで国内も乱れ始めたと知った。
酷い有様。その始まりは私達の学年、デイナと共に国立学園に入学した女子達から。皆、女子達は魅力の魔法で操られた男達に悲惨な目に遭わされて苦しんで、それでも生き延びたのに、今度は正気に戻った男達が魔の手を伸ばしている。
手綱を引いて速度を緩めた。そうすれば、真後ろから蹄が石畳を蹴る音が聞こえる。振り返れば、ケイ・・・ではなくて、お父様が私に付けた護衛のルー。黒髪で浅黒い肌、瞳は灰色という筋肉逞しい強面の男。きちんとした名前があるそうだけれど、ルーとしか名にならないからそのままにしている。皮の軽装鎧を身に着けたルーは、私に並行すると、大きな手で頭をポンと軽く叩いた。
「いきなり走るな」
それだけ言って、私と並んだまま馬を歩かせる。
「いや、オメーも早いって!!」
後ろから聞こえたケイの声。また馬の蹄の音が近付いてくるのを耳にしながら、私は商団の荷馬車の最後尾に付いてゆっくりと進む・・・───。
『あぁぁ、あっ、はぁっ!痛い、目が、目が!エリシャ、エリシャはどこなの!私のエリシャ!大丈夫!?どこに、う、くっ・・・』
『お母様、私はここだよ!動いちゃ駄目だ、顔が真っ赤になっている。止血しないと!』
『あぁ、エリシャ、エリシャよかった!目が痛いの、でもあなたが無事で、怪我は?怪我はして、うぅ』
『動かないで、私は大丈夫だから。かすり傷は負ったけど、血は止まっている。それよりもお母様だよ。目を傷付けられたの?顔は、ああ、傷が』
『エリシャ・・・ああ、よかった。私のエリシャ・・・まって、ジェラールは?私達を助けて』
『・・・きっと逃げてくれたよ。今はここから離れよう。多分、いつかは会えるよ』
会えるわけがない。
お母様を抱き締めた私の眼前は真っ赤で、大小の肉片が弾けたように飛び散っていた。硝煙の匂い、焼けた匂い、血の匂い。それらが混ざった悪臭が鼻を突いて、お母様に気付かれないように、その鼻をスカーフで押さえた。
『早くここから逃げよう。ジェラールが私達のために、あいつらの目を欺いてくれたんだから』
立てないお母様を抱えながら、王城の訓練場を物陰に隠れながら移動した。痛みで苦しむお母様を慰めて、歩行を手伝って逃げ這い回り、私達はお父様が派遣した使者達に保護された。
『ジェラール殿の話では、夫人と御息女がいらっしゃると・・・もしや、貴女方か?』
煤と血で汚れていたから気付いてくれたらしい。クレイバーンからの商人として登城していた彼らは、王城の人目に付かない通路を通り、私達を脱出させてくれた。クレイバーンで待っていたお父様の元に運んでくれた。
『ああ、ソレイユ!会いたかった!』
『その声・・・ヘンドリック?ヘンドリックなの?ああ、あなた!』
お母様は、目を覆っていた包帯を血混じりの涙で濡らしながら歩み寄り、即座に近付いたお父様に抱き締められた。
お互いに抱き締め合って、涙を浮かべて、二度と離れまいと身を寄せ合う。愛情を感じる美しい光景だった。
この二人の愛を引き裂いたのが、私と血の繋がった「あいつ」。お母様を人ではなく所有物だと扱い、美しさを見せびらかして、側に侍らせていただけの男。私がたまたま娘だったからお母様との交流は持てたけど、きっと息子だったら近寄ることもさせなかった。
「あいつ」にとってお母様は美しい性奴隷だった。私はそのお気に入りの性奴隷と同じ色を持ったことで所有の証となった存在。そんなところだろう。
愛情なんて感じなかった。お母様の心を踏み躙ったから。私をお母様に似ればと、忌々しそうに言っていたから。似ていれば、私は二人目の性奴隷になっていたかもしれない。その可能性は低くないと思う。
『君がエリシャか・・・ソレイユと同じ髪と瞳の色なんだね。こうして無事に会えてよかった。君とソレイユは僕が保護をする。これは決定事項だ。暫くは屋敷の中で過ごしてもらう。許可できるまで外出させられないが、不備があったら何でも言ってほしい』
お母様を抱き締めながら私に話しかけた。優しい声色で、優しい眼差しで。私の顔は「あいつ」に似ているのに、私に対する悪意なんて一切感じなかった。
『私・・・』
『うん?ああ、そうか。ここまでソレイユを支えていたと部下達から聞いている。君も疲れただろう。少し休んだほうがいい』
私が休めるようにソファに促して、給仕に指示を出している。
『何か食べられるかな?食欲はないか?だったら飲み物を用意させよう。君はお母さんをしっかり守ってここまで来たんだ。その疲労は途方もないことだろう』
『エリシャ』
優しい顔をした人に抱えられていたお母様が、私の方を、目が見えないからズレていたけれど、私へと手を伸ばしていた。
『大丈夫よ、ヘンドリックはとても優しい人で信頼できるわ。だって、お母さんの恋人だった人なのよ』
お母様がはにかんで言うものだから、私は促されるままに座った。
ああ、もしかして・・・。
この世界の神話、宗教では一国に一柱が座すとされる。神々はお互いの座す国を見守り、祝福として司る力を振るうとされている。クレイバーン国は財産守護の神、シルヴァン王国は大地の女神。そして、フラメル王国の神には生命の女神。命を遣わし、母親の胎に宿す。
だから、もしかして、私は父親を間違えたのかもしれない。生命の女神はヘンドリックとお母様のためにまだ魂の私を遣わせようとした。だけど、「あいつ」が妨害をしたから私の体の父親が違った。
私の父親はヘンドリック・・・私のお父様はこの人なんだって、そう思ってしまった・・・───。
───・・・帰路を進んで八日。のんびりとした進行だったから通常の倍はかかった。クレイバーンに戻った私は、関所の審査をきちんと受けて、二十日ぶりの我が家に帰った。
久しぶりでも変わらず、屋敷を隠すようにある白い石壁と防風林・・・ここは強風なんて吹かないから、中にいる人を隠すために植えたと分かる木々がある。装飾のある重厚な鉄扉が警備兵達に開かれて、私はそのまま煉瓦の道を歩いて玄関に向かう。待ち構えていたフットマンが扉を開いてお辞儀をしてくれた。
「ただいま」
そう言って入り口を潜れば。
「エリシャ?」
エントランスのソファに腰を降ろしていたお母様が顔を向ける。失明したことで目蓋で両目を閉ざしているけれど、しっかりと私へと顔を向けていてくれる。
「ただいま、お母様」
「おかえりなさい、今回の行商は長かったわね」
柔らかい笑みを浮かべたお母様は、ソファから腰を上げた。歩きだそうとしたんだろうけど、飛び出すように右通路から出てきた男性が、急いで体を支える。
私のお父様はホッと息を吐いた。
「全く、エリシャが帰ってきたら僕を呼ぶように言ったじゃないか。一人で歩いたら危ないって何度も言っているだろう」
呆れを含んでいるけれど、優しい声色は相変わらず。お父様は、私へと困ったと眉を寄せた顔を向けた。
「おかえり、エリシャ」
「ただいま、お父様」
「エントランスくらいは一人で歩けるわ」
「それでも絶対安全とは言えない。白杖を持ちなさい・・・君が帰ってくると知って居ても立っても居られなかったんだよ。子離れできなくて困ってしまうね」
苦笑しながら、お父様は支えて歩かせていたお母様を私の目の前まで導いてくれた。お母様の両手が伸ばされて、私の腕に触れると、しっかりと抱き着いてくる。
優しい香りと温もりに、私の手も動いて抱き締め返していた。
「エリシャは他国まで旅をしたのよ。心配して何が行けないの・・・何事もなかった?怪我は?」
「大丈夫、紛争地域には行っていないよ。お父様の商団の一員としてしっかり務めてきた」
「それならいいのだけれど・・・そうだわ!エリシャが帰ってくると知って、料理長にあなたの好物を作ってもらう予定なの。本当はお母さんが作ろうと思ったのだけど、ヘンドリックが駄目だって!危ないからってさせてくれなかったわ!」
「当たり前だろう」
また息を吐く。でも、視界に映るお父様の顔は穏やかで、私とお母様を愛しいのだと表していた。
「お母様の手料理を食べたいのは山々だけどね、危ないことはしてほしくないな」
「でも、あなたは私の作るミートパイが好きだったわ」
「そうだね・・・じゃあ、今度一緒に作ろうか。私が見守っていれば、お母様も無理せず怪我せず失敗せずにできるよ」
「まあ、それは名案ね!」
喜ぶお母様の腕を掴んで、身を離す。そうすれば、すぐにお父様が手を取り、肩に手を回して支えてくれた。
「君達の作るミートパイは是非、僕も食べたいものだ。楽しみにしてもいいかな?」
「勿論!」
はっきりと答えたお母様。私も頷いて答えれば、お父様は身を寄せるお母様の背を押して歩き出す。
「いつまでもエントランスにいるわけにもいかない。リビングに行こうか。エリシャの成果も聞きたいしね」
「そうだったわ!今回はどこに行ったの?」
シルヴァン王国、なんて言えるわけがない。
「・・・そんなに大きな国じゃないけれど、いいところだったよ。平穏で緑豊かな農耕地で、綺麗な女性領主が治めているんだ」
目的地であったコルネリアのベルアダム領を思い浮かべる。彼女との再会。彼女が統治する領地は、自然と共存しつつも美しく整えられた街並みがあり、穏やかな気持ちにさせてくれた。
「素敵そうな場所だわ、詳しくお話を聞きたいわね」
にっこりと笑うお母様は少女のように無垢で、ロンド辺境伯領にいたときには見たことがなかった。
心を許している優しいお父様がいるから、お母様に心の陰りなどなくなったと分かる。
「そうだね・・・ああ、それとシャーリー」
甘く笑っていたお父様が、今の私の名前を呼ぶ。屋敷の中では旧名で呼ぶのに、外向きの名前に私の背筋は伸びた。
「話がある。夕食が終わったら執務室に来てくれ」
「分かりました」
何か咎められるのだろうか。お父様に叱られたことなんてあまりないけど、呼び出しをされるということは、目に余る行いをしたということ。家族になってから二回ほど受けたから分かる。
最初は内緒でお父様の商会本部に行ったとき。次は行商中に商団団長の意見を聞かずに勝手な行動を取ったとき。
今回の行商は、私がベルアダムに行きたいと願ったくらいで我儘なんてしていないはず・・・一体、何の注意をされるのだろう。
談笑の絶えない夕食後。
私はお父様の執務室へやって来た。先に入室していたお父様は、神妙な顔をして執務机の椅子に座り、机に肘をついて交差している両手で口元を隠している。結構、深刻な話かもしれない。
「シャーリー」
「はい」
背筋を伸ばしてしっかりとお父様の顔を見た。眉間に皺を寄せた顔は苦しそうに見えるけれど。
「君は、僕の跡取りとして商人になりたいと言ったね?」
「跡取りとは言ってません。お父様の手伝いになればと、商人を目指しました」
「それは跡取りということだよ、いずれは君が継ぐのだから」
・・・血の繋がっていない女を娘と見てくれている。この発言だけで、私の心は救われている。私は、ヘンドリック・ロウの本当の娘なのだと安心できる。
「君が商人としての力を付けるために、長年勤めているケイを部下に付けた。君の身の安全を考慮して、知人から優秀だと推されたルーを護衛にした。ここまでは理解できているね?」
「はい、勿論です。お父様の采配で私はとても助かっています」
緩くて軽いケイだけど、話術は巧みだし人の内に入り込める性格をしている。商品売買において助けられたことも、身分を偽って侵入する際の工作で何度も助けられた。
無口で無愛想なルーは、野盗や獣の襲撃を先陣切って、というか殆ど一人で退けた。人はともかく、夜間に熊の襲撃を受けたのに一瞬で一撃死させるなんて戦士として凄まじいと理解させられた。
二人共、とてつもなく頼りになる。今では私になくてはならない存在だ。
「二人は言うなれば君の同僚で、これからも一緒に行動をする仲間なんだ。だから、その、分かるね?二人共をね、愛するのは少し・・・」
・・・何となく、お父様が言いたいことが分かった。私は脱力して、いつの間にか癖になっていた腕組みをしてしまう。
「もしかして肉体関係のこと?」
「にくた!?・・・いや、その、そうだが・・・そうはっきり言われると」
衝撃だと目を丸くして、苦虫を噛み潰したような顔で言い淀むお父様に、私は思わず笑ってしまった。
ケイとルーは頼りになる、心を許せる。その延長で、私は体を許してしまった。貞淑を求められる貴族の女では考えられない思考だろうけど、行商の合間に寄った酒場でのことだった。
初めてのお酒で気分が良くなってしまって、からかうように口説いてきたケイに軽く許可を出してしまい、護衛だからと付いてきたルーも引き込んで、それから始まった関係。
昔の私の立場からは考えられない奔放さ。でも、信頼できる人達だから、身体を許しても問題ないって思ってしまった。二人共、恋人も妻もいないし、人のものを奪ったわけじゃない。
元々、私は考えや気持ちは貴族的とは言えなかった。自然体で朗らかで、家事すらしてしまうお母様の娘だからだろう。
平民に近い考え方を持っている。だから、婚前交渉なんて別に「普通」と思ってしまった。それが一人ではなく、初めてから二人相手しただけのこと。普通からは外れていない、はず。
「ケイとルーは信頼できる仲間だから、遊びに付き合ってもらっただけだよ」
「あ、遊び!?いや、いやいや、駄目だよ?君は妙齢の女性なんだ。僕の跡取りでもある。遊びなどと複数の男性と関係を持つのは、あまり、その良くないと思う」
「そうなの?でも、今を楽しむことに専念しているんだ。貴族時代じゃこんなことできなかったんだ。お父様のおかげでいい男に二人も巡り会えたから幸せだよ」
「エリシャ!流石に貴族でなくとも複数の男性と親密な付き合いをするのは憚れるものだ!」
そうなのだろうか・・・アリアが読んでいた小説を借りたことがあるけど、一人の女性が複数の、色々な職種や階級や人種の男性達との恋模様が書かれていた。「平民はこういう恋をすることもあるのですって!刺激的ね〜!」なんて言っていたから、二人くらいなら普通かと思っていた。
親友との昔の会話を思い起こしていたら、お父様が咳払いをして居住まいを正していた。
「ケイとルーの階級が悪いとは言わない。仲がいいことも、その、羽目を外さなければ僕は許す。ただ、やはり二人共と交際をするのは親として心配なんだ。男女の恋情とは時として激しい感情を生む。嫉妬や憎悪、執着などで事件になることも少なくないんだよ」
「大丈夫だよ」
安心させるために私は微笑んだ。
「ケイとルーとは恋とか愛じゃない。そういった交渉に興味のある私に付き合ってもらっているだけだから」
「いや、エリシャ、君がそうだと思っていても二人がどう思っているか」
部屋に置かれている壁掛け時計が鳴る。重々しい音で奏でる知らせに、私の顔はお父様から時計の針に向かった。
「あ、ごめんなさい。二人がが屋敷に来るって言ってたんだ。出迎えないと」
「え?」
「皆でゆっくり休むつもりなんだ。だから、この話はまた今度。心配しないでお父様。いい人達だってお父様自身が巡り合わせてくれたんだから!」
私は手を振って踵を返すと、執務室の扉に早足で近付いた。二人を待たせてしまうから後ろから聞こえるお父様の声を、申し訳ないけれど無視をして退室する。
ルーは元より、ケイも中々筋肉質な体格をしている。屋敷の使用人達に出迎えを任せたら、圧に引いてしまうだろう。




