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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
クローデット
41/59

捕らわれて閉じ込められて

ベイツ侯爵の手で、私の書状はシルヴァン王国軍に送られた。邸宅の二階窓から見える平原。戦場になったその地は、抉れた跡や草地がめくれて土が剥き出しになってはいるけれど、火の手や砲台による破壊の跡はない。

シルヴァン王国が得意とする兵器は用いらなかったのかと、少し胸を撫で下ろす。将兵から聞いた話では奇跡的に死者はなく、重傷に至る者も少ないそう。


『キリアン殿下もシルヴァン王国を滅したいわけではありませんでしたから。まあ、エリオット王太子には思うことがあったのか、魔法使いの部隊で集中砲火などをされていましたが』


エリオット様を屈服させるため、要求を断固拒否するための戦いだった。そんなキリアンお兄様が臥せたことで、私が出てきてしまったのは本末転倒ではあるけれど。


一頭の馬が、土煙を上げながら草原を一直線に縦断してフラメル王国軍の陣に戻って来る。

ベイツ侯爵は、無事にエリオット様宛の書状を届けてくださったようだ。私は背後に控えていた女性騎士達に振り返る。


「ベイツ侯爵が戻ってきました、行きましょう」


邸宅の玄関に向かうために踵を返せば、ふわりとドレスのスカートが踊る・・・もし、逃げるようなことがあれば、少々足元が勿れてしまうだろう。男装になってはしまうが、私も軍服を着ればよかった。


(逃げるようなことが、起きなければいいの)


久方ぶりのエリオット様。あの悍ましい行いを先導した方。魅了の魔法に心を奪われて正気を失っていたとはいえ、最後に目にしたのは私を見下し嘲る邪悪な顔。

大丈夫。魅了の魔女は死という眠りについた。エリオット様の心は開放されて、以前の生真面目な方に戻ってくださっている。

警鐘のように強く脈打つ心臓を、胸に手を当てることで押さえた。喉が詰まらないように息を漏らした私は、胸の手をお腹の、もう誰もいない下腹部に当てる。


(あのようなことがなければ、あの子は別の方を父親にして、無事に生まれて祝福された)


悲しみと悔しさ。小さくとも芽生えた感情を抑え込み、私は戦場に向かう。

侯爵邸から出て馬車に乗り、戦場であった平原を走った。ベイツ侯爵の乗る馬に先導されて、中央に設置された陣幕の元へ。

あと少しというところ、私は馬車から降りて、女性騎士達に守られながら陣幕を目指して歩く。奥、背景のようになっている人集りは控えているシルヴァン王国軍。一斉に突撃をされれば、何の力もない私は容易く跳ね飛ばされる。


「会談の相手は勿論、エリオット王太子です。護衛として騎士が一人、書記官が二人ほどいますが、武装解除してくださってるようですよ」


「休戦を訴えたとはいえ、私は敵国の姫ですのに」


「エリオット様は王女殿下の人柄をよくご存知でしたから。無意味な戦いを早々に終結させ、双方の国の行く末を案じておりました」


「そうですか・・・ええ、そうでした。エリオット王太子殿下は、聡明な方でしたもの」


陣幕に辿り着き、ベイツ侯爵が幕を上げて入り口を作る。

奥に簡素な机と椅子。こちらを見るように座っている方が、エリオット様が見える。私を目に映して、笑みを浮かべると一切逸らさずに見続けていた。


「・・・・」


痛い。胸が痛い。呼吸を、呼吸を阻害するように胸が痛む。体が震えて、足が前に出ない。震えて動かない。

足を踏み入れたら、どうなるの。他に家具などない、死角もない陣幕の中。それでも他の男性達が潜んでいて、もしかすればエリオット様の背後にいる騎士と書記官が襲いかかってきて、私を、私を・・・。


「王女殿下?」


「はぁっ・・・」


呼吸が止まっていたようで、私の喉は急いで空気を取り込む。沈んでいくように思考に捕らわれていた。ベイツ侯爵の呼びかけで意識は浮上して、私の視界には首を傾けている侯爵の顔が映る。


「・・・いえ、参ります」


息を吸い込んで、吐き出しながら踏み入った。

私をずっと見ていたエリオット様は、口元を緩めて席を立つ。彼の手は、私に向けて差し出された。


「クローデット」


感慨深いと熱を帯びた声が私の名を呼ぶ。私は立ち止まり、エリオット様の姿を眺めた。

微笑みを浮かべた顔、差し出し続ける手。確かに武装されていないけれど、キリアンお兄様よりもはっきりと男性らしく、軍服を纏う体は鍛えられていると分かるほど逞しい。六年前よりも精悍に、金髪碧眼の美丈夫と思えるほど成長されている。

もし掴まれたら、きっと振りほどけない・・・いえ、掴まれるなど、そのような乱暴なことはされないはず。エリオット様は正気に戻られたのだから。

私はスカートの裾を摘み広げ、頭を垂れる。敬意を示して、敵意もないのだと示す。


「エリオット王太子殿下。会談の了承をくださり、誠にありがとうございます。我がフラメル王国はシルヴァン王国との諍いを解消し、双方の国が以前と変わらぬ友好関係となることを願っております。私はフラメル国王陛下の名代として、即時休戦の提案、ならびに国家間の和平条約を結ぶべく参じました」


砂を踏みしめる音、私の視界に土に汚れた黒い軍靴が入ってくる。急いで顔を上げて、一歩下がった。エリオット様が近付いてきたから。


「そのように堅苦しく話さなくともいい。やっと再会できたのだ。以前のように君らしくしてくれ」


ずっと優しそうな顔のまま、ずっと手を差し出したまま、エリオット様は近付いてきた。何か、おかしい。

そう感じた私は、下がって後ろを振り返る。フラメル王国側として陣幕内にいるのはベイツ侯爵だけ。私の近衛騎士達も兵士もいない。


「あ、あの」


「王女殿下、大切な交渉の場です。落ち着いて席におかけになってください。貴女の役目はエリオット王太子とお話しすることです」


ベイツ侯爵は語る。私に言い聞かせるように、どこか突き放したかのように。


「心配する必要はない。君の要求は飲むつもりだ。さあ、クローデット」


腕が、私の腕に大きな手が触れて、引かれる。強い力だった。私を見下ろすように眺めていたベイツ侯爵と距離が離されて、私の体に大きな体が。


「いやっ!」


腕が動いて、私を捕らえようとした。反射的に両手で大きな体を、エリオット様を押して距離を開ける。


「な、なに、を、な、はぁ・・・っ」


怖い、私を捕まえようとした。怖い、怖い。捕まえてどうするつもりだったの。また誰かに差し出して、私を暴行させて楽しむつもりだったの。

怖くて、喉が、体が震えてしまう。上手く言葉が紡げなくて、恐ろしい男性しかいない場所から逃げようにも、出入りはベイツ侯爵とあちらの騎士が塞いでいて。


「怖がらないでくれ、クローデット。君に暴力を振るうつもりはない。話し合いをしに来たのだ。君もそうだろう?だから、落ち着いて。私の言葉をよく聞いてくれ、何もしないから席に座わってほしい」


心配そうに眉を寄せた顔。私を宥めようとする穏やかな声色。優しげに佇むエリオット様。

だけど、掴もうとした手はそのままで、大きな逞しい体をした男性で、私では敵わない。


「あの、わた、わたし・・・こ、近衛騎士達を、呼んでください。お、落ち着きたいのは、私も、でも、こ、こわ・・・はあっ、気持ちが抑えきれな、くて、対応が、でき、ませ」


「近衛騎士達は陣幕の外に控えさせています。万が一、シルヴァン王国が王女殿下に危害を加える動きを見せたら、即座に呼び入れますので安心なさってください」


ベイツ侯爵は私の要求を聞き入れてくれない。目を細めて、悪い子を嗜めるように私を見ている。


「君を傷付けるなどしない、二度とそのようなことはしない。話をしよう。クローデット、こちらにおいで」


エリオット様の手は下げられて、私から少し離れた。再び椅子に座ると、向かい合う席に私を招く。

私は、顔をそらしてベイツ侯爵を見て、エリオット様が連れた騎士と書記官達に視線を投げて、再び穏やかな顔の人を見る。優しげには見える。でも、やはりおかしい。

以前のエリオット様だったら私をそのようなに見なかった。優しくても慈しむようには見ずに、触れるようなことはせずに、政略の婚約者として冷静な態度は崩さなかった。


「王女殿下、エリオット王太子がお待ちですよ」


私はベイツ侯爵へと視線を向ける。考え、感情を悟られないように取り繕った顔。このような方だっただろうか・・・でも、エリオット様を待たせているのは事実。交渉を始めなければ、フラメルの王女としての役目を果たさなければ。

ずっと痛むほど強い鼓動をする心臓。抑えるために胸に手を当てて、深呼吸をする。

私は、エリオット様の待つ机に向かった。足の震えなどないと踏み込んで、対面する席に座る。

願い出るのは休戦と国交正常化。そして、無事に条約が結べたのなら、キリアンお兄様の解毒に必要な野草を譲渡してもらわなければ。


「休戦、願いと、国交正常化を願い出ます。私達の主張と、シルヴァン王国の主張を擦り合わせ、より良い条約を結べますように、いたしましょう」


喉が震えてしまったけれど、伝えるべき言葉は紡げた。エリオット様は、友好的だと示してくださっている。だから、私の言葉を聞いて了承してくださるはず。


「勿論そのつもりだ、君に再会できた時点でもはや争う理由はない。すぐに軍を引かせよう。そして、国交についてだが、口約束や書面では友好関係を保つのは難しいと感じている。君の兄君のキリアン殿がこの場にいれば、速攻で切り捨てるだろう。私が彼を怒らせたことで両国の関係は切れたのだから」


「兄は・・・キリアン王太子殿下は、私を想い、行き過ぎた処置をされたと感じています。貴国のシルヴァンと我がフラメルは長い間、それこそ何百年も交流を重ねました。一時の、王太子一個人の感情で関係を切るべきではない重大な隣国です。フラメル国王陛下より、私は王太子と並ぶ権限を賜りました。和平条約の書状を二枚用意しております。こちらにお互いで署名をし、一枚ずつ両国で保管することを提案いたします」


「・・・君は、私の所業を許してくれているのか?」


エリオット様の手が動いた。私に触れようと伸ばされて、身を引いて躱す。

い、いきなり、何を。私に、手を、触れて・・・捕まえるつもりなのだろうか。


「せ、接触は、お止め頂きたく存じます。私は、フラメル国王陛下より派遣された使者です。我が身に何かありましたら、フラメル国王陛下の」


「君の重要性はよく分っている。君さえいれば、フラメル王国は私を認めざるを得なくなる。逆に言えば、君がいないフラメル王国など私の眼中にない」


「え?」


何を、言って。


「魔法使いの国、それだけだった。友好国の一つに過ぎなかった・・・だが、君がいた。輝くほどの美貌を持つ王女。私はあの日に心を奪われた」


手が、私に迫り、掴もうとする。椅子から立ち上がろうとしたけれど、ぐっと身を寄せてきたエリオット様が私の椅子の背もたれを掴んで、私が立ち上がれないように留めた。

顔が、近い。空のような薄い青の瞳が、私を間近で見つめている。


「は、はぁ、はな、はなれて」


「私は和平条約に君との婚姻を提案する。君さえいればいいのだ、クローデット。君が私の妃となってくれるのなら、フラメル王国との諍い以前にフラメル王国自体がどうでもいい。どうか、私の求婚を受け入れてくれ」


「え、いや、いやで、嫌です!」


囁く声が耳に響く。肌に息がかかってなぞられる。近付かれたことで感じる温もりが、怖い。怖い、怖い。求められていることが理解できない。貴方は私を・・・嫌。絶対に嫌だ。私は襲われている。エリオット様は私を襲おうとしている。


「はな、いやぁっ!」


藻搔いて椅子から落ちそうになったけれど、肩を掴まれて引き揚げられた。私の体は引き寄せられて、エリオット様が、顔を掴んでいて。視界には空のような青しか見えない。


「落ち着いて、何度も言うが君に暴力を振るつもりも、下郎を使って乱暴させるつもりはない。私にとって君はこの世で最も大切な、尊さすらある女性だ」


なぜ、そう優しく囁きながら、私を拘束しているの?


「いや、です!貴方の求婚は、お受けできません!」


「そうか・・・だが、私としては最早君を得たようなものだ。こうなればフラメル王国なぞどうでもいい。和平条約も白紙のままで構わない。それをフラメル側がどう思うだろうか。国として事態は好転せずに、大事に守ってきた王女まで失う。怒るだろうな、我が国に軍を差し向けるかもしれない。そうなれば、流石に対処はしなければならない。私は容赦などしない。君のいないフラメル王国など、どうなろうとも構わない。ああ、そうだ、君の兄もだ」


エリオット様が身を引いて、上半身が視界に入る。涙が浮かんでぼやけるそこには、軍服のエリオット様とガラスがあった。ガラスの中に緑色のものがある。鉢植えのようで、青々とした植物が植えられていた。


「兄君は毒矢を受けて瀕死だそうだな、クローデット。私にとっても未来の義兄だ。死なれては・・・少しは悲しいか?その程度の感傷だが、君にとっては違う」


ああ、ガラスの蓋がされたガラスの鉢植え。青々とした葉を広げているものには見覚えがある。欲したものだから、忘れるはずがない。

アモワ。解毒不能と言われた蛇毒を唯一分解できる野草。シルヴァン王国内のベルアダム領のみに分布している解毒薬の元。


「君の兄が臥せったと聞いて事前に取り寄せていた。ベルアダムは親戚が婿入した土地でな。快諾と譲ってくれたのだ」


「それ、それを」


手を伸ばすけれど届かない。私の顔を掴んでいたエリオット様の手が、私の頬を撫でる。

その感触が気持ち悪くて、私は逃げようとしたけれど、離してなんてくれなかった。


「クローデット、これが欲しいか?君が欲するなら捧げてもいいかとは思うが、不公平にも感じている。私にだって欲しいものがあるからな」


エリオット様は笑っている・・・なぜ、愉悦だと笑っていらっしゃるの。私のキリアンお兄様は、今も蛇毒に侵されて苦しんでいらっしゃるのに。


「求婚を受け入れろ。兄を救いたくば、その身を差し出せ」


優しい声をして、どうして恐ろしいことを仰るの。




『アモワと王女殿下直筆の手紙。確かに受け取りました。国王陛下は納得されるかと思います。まあ、キリアン殿下は・・・こちらは命を賭けてお伝えしましょう。あの方であっても副官を即刻処刑などしませんから』


『では、王女殿下。お元気で・・・貴女に恨みがあるわけではないのです。我がベイツ領はシルヴァン王国と隣接していた。国交があった時はそれなりに恵みがございましたのでね・・・エリオット王太子は貴女に惚れていらっしゃる。乱暴者を使って辱めるような真似は二度としないでしょう』


『クローデット王女殿下はシルヴァン王国との友好のため今よりエリオット王太子殿下に輿入れをされる!これは王女殿下自らの判断であり、直筆の書状をわたくしは受け取った!』


反芻するのは、ベイツ侯爵の言葉。身に感じるのは、エリオット様の温もり。

私はフラメルの馬車ではなく、シルヴァン王国に向かう馬車に乗せられている。窓から臨む景色を、涙のせいで歪ませながら映すだけ。


「王城には君の部屋もある。あまり急くものでもないから到着まで五日はかかるが、ゆっくりと進もう。クローデット・・・」


触らないで、と声を張り上げて暴れたのは先程まで。抵抗する力は失い、心すら疲弊していた。

抱き締められることに対する恐怖心はあれど、二時間経ってもエリオット様はそれ以上されなかったから抵抗は止めた。

もう、逃げられない。馬車の進行速度は遅くとも、飛び出せば身を地面に叩きつけてしまう。何より、シルヴァン王国内だ。もはやフラメル王国は遠い。


「帰路の途中の街で宿は取るが、私がいるから安心してくれ。君のことは必ず守る」


貴方が、そう仰るの。私を脅迫して、私を故郷から引き離して、強制的に婚姻を結ぶつもりなのに。


「クローデット、君に触れることができて嬉しい」


私は貴方が嫌。嫌悪をしている。不快感も恐怖心も強い。

ああ、私がもっと力強く、人の見極めができていたのなら、このような人には捕らえられなかった。




連れ拐われたのはシルヴァン王国の王城。エリオット様は私を城の奥にある宮殿に閉じ込めた。再婚約の宣誓後、一年待たずして婚姻を結び、私を妃にするために。


「あの日、私は妊娠しました。あの犯罪者の男性達の中に私の子の父親がいたのです。私はフラメルの王女であるために堕胎を選びました。私は子殺しなのです」


毎晩、私に顔を見せに来るエリオット様に事実を述べた。貴方が娶ろうとしている女は、罪ある者なのだと。

でも、顔色すら変えずにエリオット様は微笑まれた。


「産めなかった子への贖罪として修道院に入っていたのか。君の居場所は知っていたが、手が出せずにいて焦燥していた。理由も知れて良かったよ・・・君を汚した者共は既に処分してある。あの悍ましい行いも魔女によるものだった。君に罪はない。堕胎をしてしまった子は犯罪者の血が入っていたのだから仕方がない・・・私の子として孕み直せばいいだけだ」


怖気の走る言葉を仰って、私は逃げ出した。逃げられるわけがないから、宮殿の自室にある寝室に鍵をかけて立て籠もるしかなかったけれど。

狂気のある恐ろしい男性に震えて、暫くベッドで泣いていた。


私には自由はない。王太子妃とされるけれど、護衛と称する監視がついている。宮殿にいる侍女も使用人も、私を見ていて、一歩として外に出ることは叶わない。

自室の窓から外を眺める日々。時折、王城内の庭園で美しい女性と可憐な幼女を眺めることがあった。あれはアドリアーヌ王妃殿下と、エリオット様曰く妹君のステラ王女殿下だろう。寄り添い、花々を眺めたり、お茶をしている。

私はそれを眺めることしかできない。義母と義妹になられる二人に話しかけることもない。この宮殿から出ることが出来ないのだから。

同じ女性、新たに家族となる方々と交流すらできないことの悲しみ。そして、二人を追うように近付くエリオット様を含めた王族の方々を目にしていた。何度か逃げられていて、異質に思ったことがある。


アドリアーヌ王妃殿下も、魅了の魔女に操られたエリオット様達に迫害を受けて、嫌っているのだろうか。

そういった考えに至っても、結局は話せないのだから無意味な思考だった。




そして、遂に、私とエリオット様の婚姻が結ばれることになった。

侍女によって着せられた純白のウェデングドレスのデザインはプリンセスラインで、首から胸元、手首までは細やかなレースで肌を隠した繊細な作り。私の体型を強調しているけれど、決して扇情的には見えない。準備をする侍女達も清らかな女神のようだと称賛をしてくれた。

清らか・・・心身とも汚れた花嫁が、心の汚れた花婿に嫁入りをするというのに。


エリオット様がどのような方なのか、この五ヶ月でよく理解できた。

綺麗な顔立ちからは想像もできなかった本性。欲に忠実で、自身の考えが最良とする傲慢で狂気すら感じる心根。私は、今日より邪心すらあるエリオット様の妻となる。


「・・・逃げ出したい」


「いけませんわ、妃殿下はエリオット王太子殿下唯一の方なのですから」


囁くような呟きは、髪を整える侍女に窘められた。

ダイヤモンドが散りばめられたティアラからは薄いレースのベールが広がり、私の金の髪を覆う。耳を飾る大粒のダイヤモンドのイヤリングは、光を受けて輝いている。

汚れた私は美しく飾られた。エリオット様に捧げられるために。


「さあ、妃殿下・・・」


侍女達に連れられて、婚姻の宣誓をする教会に向かう。シルヴァン王国が主神とするのは大地の女神。人々が繁栄と豊穣を願う方で、その繁栄には家系も含まれる。

私は、大地の女神の下でエリオット様と夫婦になる。女神は繁栄の願いを聞き入れて、すぐに子を授けるだろう。


いつだって怖い。男性恐怖症が治るわけがなく、周りには女性ばかりとはいえ、エリオット様は私から離れない。いつも怯えて、逃げて、隠れているのに、あの方は私を捕らえる。妃となれば、遠慮はされない。


「・・・はぁ」


歩みは止まって溜め息を漏らす。

そうすれば、進む通路の奥から男性の、エリオット様の声が聞こえた。


「まだ諦めていなかったのか・・・まあ、いい。その者も連れて行け。特等席で見せつけたあとで国に返せばいい。嫌でも報告するだろう。相手とて、証人がいれば納得するはずだ」


私は白いタキシードを着たエリオット様へと歩み寄る。近衛騎士と話しているようだけれど、騎士の一人が何かを床に押さえつけていた。あれは・・・彼は、私が犯罪者達から暴行を受けた時に、護衛として付いてきた新任の騎士だ。

鋭い眼差しでエリオット様を睨み付けていて、私に気付いた。私に視線を向けた瞬間、怒りの顔は驚きを浮かべると、悲しそうに眉を下げて、涙が浮かんでいる。


「あの」


「クローデット!ああ、なんと美しい!私の妃は美の女神の化身だったのか」


床に押し付けられている騎士を隠すように、エリオット様は私に近付いて手を取った。優しく指先でなぞられて、ぞわっと肌が粟立つ。


「そ、そのように触れるのは」


「君は私の妻だ。私だけが君に触れられる」


手が引かれて、エリオット様の頬に触れさせられる。頬擦りを受けたけれど、不快だと引いても離してはくれない。


「美しい君を妻にできる喜びも私だけのものだ」


「貴方の、喜びなど」


「どんなに抵抗しようとも逃さない。さあ、行こうか。クローデット」


腰に逞しい腕が回り、私は抱き寄せられた。身動いでも離されない。不快だと、恐ろしいと訴えても微笑まれるだけ。


「っ、クローデット様!」


誰かの声が聞こえる。苦しそうに私を呼んで、エリオット様に捕われて振り向けないから、その場から離された。


教会の扉の前。父上が来るはずもなく、エリオット様に引かれながら、開かれた扉の中に連れて行かれる。

教会の聖堂の奥には大地の女神像。ステンドグラスや彫像に囲われた女神は、祝福を与えるように両手を広げていた。

左右にある長椅子を割り開いたかのように敷かれたワインレッドの絨毯の道を、エリオット様に腕を取られらながら進む。

長椅子の前に立つ参列者は、全てシルヴァン王国の王族と貴族。リカルド国王陛下と、ジャレッド第二王子もいて、貴族達は王家とも関わりが深い高位の方々。

フラメル王国からの参列者はいない。私とエリオット様の婚姻を認めていないから。冷静な父上はともかく、快癒したキリアンお兄様は最後まで抵抗されている。私を助け出そうと手を尽くしているらしい。けれど、ここまで来てしまったのなら、私はもう助からない。

拘束に身じろぎながら参列者の顔が視線に入る。何名か、見覚えがある。知っている。あの眼帯をされた女性は、酷い暴行を受けた私を抱き寄せてくれた方ではないだろうか。あの方も、奥に見えた方も、眼帯の女性と一緒にいて・・・ああ、男性達にも見覚えがある。エリオット様と懇意だった貴族令息達だ。全員・・・一人足りないようだけど、殆ど参列者としている。私の知る女性達は妻のように隣にいて・・・分かった。

皆、魅了の魔女の被害者で、操られていた男性達の被害者。そう、そうだわ。きっとそう。正気に戻ったと異常なまでに求められて、皆、逃げられなかった。

身体の力が抜ける。私は腕を引くエリオット様に身を預け、近付いていく女神像を見上げた。


「クローデット、私のクローデット」


覗き込んでくる空の色をした青い瞳。優しい色で狂気の光を孕む瞳。


「君は永遠に私のものだ・・・」


恐ろしいことを嬉々として仰って、ああ、なんて邪悪な方なのだろう・・・───。






───・・・産声が聞こえる。朦朧とした意識の中、赤子が泣く声が聞こえた。痛みを感じながら、それでも声に向かって手を伸ばした。

生まれてしまった。私の、私とエリオット様の子供。そう理解した私の髪を撫でる人がいる。


「クローデット、私と君の子は男の子だ・・・ありがとう、クローデット。よく頑張ってくれた」


愛しそうに言いながら、額にキスをされた。


ああ、そうだ。私は産んでしまった。産むしかなかった。私のお腹に宿った命を、再び失わないために・・・───。

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