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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
本編
4/59

過去のこと 4

お父様が体調を崩されたのはそれから暫く。領主補佐としてある程度の仕事を覚えた私の前で、お父様は胸を押さえて苦しまれた。


『お父様!?今、お医者様をお呼びします!』


苦しむお父様は寝室に運ばれて、駆けつけたお医者様の診察を受けた。

診断は、心臓の重いご病気。余命も宣告された。私のお父様は一年すら生きることができないと知った時、今までで一番の絶望を感じた。

私を愛して守って下さったお父様を失うなんて、私はどう生きていけばいいのだろう、と。


『私もご一緒します・・・』


『何を言う、コルネリア・・・お前は私達の大事な娘なのだ。父を追って死を選ぶなど悲しいことは言わないでおくれ』


『でも、でもお父様』


『それだけではない、お前はベルアダム家の血が流れる由緒正しい娘だ。先祖代々続くベルアダムの地を守らなければならない・・・ベルアダムの子として生まれた我々の使命なのだよ』


『そんな、こんな国の領地など守って良いことなんてありません!』


『守るのは国の為ではない、ベルアダムに生きる領民の生活だ。我々ベルアダム家は何よりも人を大事にしてきた。領民がいるからこそ我々の生活は支えられている。彼らに感謝をして、守っていかねばならない。愚王の統治する国のなど、どうでもいい。そこにいる人々を思え』


私達は始祖からこの地を守ってきた。ベルアダムの領地は、恵みの大地と呼ばれ、植生する植物、農作物すら豊作と実る。シルヴァン王国が崇める大地の女神の恩恵を受けた土地とされ、その地を守るためにベルアダム家の始祖が派遣されたという。女神より、土地の守護者となれと命じられたという諸説すらある。

私は、そのベルアダム家の末裔。一族の娘として、この地を守り、この地に生きる人々の生活を支えなければならない。


『・・・はい、領民を蔑ろにする発言をするなど、大変申し訳ございませんでした』


『私に謝るな。謝罪の気持ちは領民に示せ。お前は優しい子だからきっと皆に尽くしてくれる。コルネリア、私達の可愛い娘よ。私の持つベルアダム侯爵位をお前に譲渡する。私の跡を継いで良き領主となってほしい』


これは私が生まれながらに持つ使命。ベルアダム侯爵となってベルアダムの領民達を守り抜く。アベルがいれば侯爵となった彼を侯爵夫人として支え、巡り巡ってベルアダムの領民を守ることになっていた。

でも、あんな男はもういない。私自らが立ち上がらなければならない。


『はい、お父様。私はベルアダムの領民のために、ベルアダム侯爵として彼らを守り抜くと誓います』


私の答えにお父様が穏やかに笑って下さったのを覚えている。



決意から日を跨ぐことなく国王陛下に爵位譲渡の書類を送ったけれど、返信すらこなかった。爵位を渡せないお父様は業を煮やし、私を連れて王都に向かった。

二度と足を踏み入れたくなかったけれど、領民を思えば仕方ないこと。ベルアダム領と王都は隣接しているから、領都から馬車でゆっくり進んでも一日程で着く。

検問する王家の兵士は、ベルアダムの紋章と私の顔を見て厳しい面差しになった。王城に着いて馬車から降りれば、人々に奇異の目で見られた。仕方がない、そう思って顔を上げる。

突然のベルアダム侯爵の来訪に警備の兵士や騎士、文官達すら慌てていたけれど、お父様が理由を述べれば納得して落ち着いた。

そして、私を見て笑う。嘲りの笑み、嫌らしい笑みなど。好意的でない笑いの種にされた。


『デイナ様を害した女が図々しい』


『あの醜い顔でよく登城ができたものだ。羞恥心がないのか』


『女の身で眼帯とはな、あの下の目はグチャグチャだと聞いている』


『私だったら己の醜さを恥じて命を絶っている』


言いたい放題だった。

聞こえるように囁くのは悪意の現れだろう。胸が苦しくなって、鼻がジンとして涙が浮かびそうだったけど耐えた。私は父からベルアダムの地と爵位を譲られる。弱々しく泣いている場合ではない。


『我がコルネリアに何ということを』


拳を握りしめて怒るお父様の腕に触れた。触れれば、お父様の険しい顔が私に向かい、和らいでいく。


『お父様、雑音に気を取られてはお体に障ります。私は大丈夫ですから、早く国王陛下に謁見しましょう』


『コルネリア・・・』


『ねぇ、お父様。私は王都すら嫌いになりましたけど、この地のお食事は好きなのです。美味しいケーキ店があるのはご存知でしょう?お母様はあのお店のチョコレートケーキが好きでしたが、あれは数量限定なのです。早めにご用事を済まされないと買えません。ですから、このような場所でのご用事など早々に終えて買いに行きましょう?』


この時の笑みは引き攣らないように気を付けた。雑音と言った悪意の言葉はずっと言われていたし、直接罵声も浴びせられたから。

それを気にしていないと示さなければ、私のお父様は己の体を顧みずに相手に挑みかかるだろう。


『ああ、そうだ・・・そうだったな、早く済ませてソシエの好きだったケーキを買おう。行儀は良くないが、馬車の中で食べようか』


『はい、お父様』


言葉を交わしてすぐに、私達は近衛兵に呼ばれて謁見室に足を踏み入れた。

そこにあった眼差しは全て敵意のあるものだったけれど、私は怯まない。お父様の隣で胸を張り、技術として得ている完璧な淑女の礼で、玉座に座るリカルド国王陛下に挨拶をした。

隣の王妃の座にデイナが座り、周囲に男達を侍らせていたけれど、それらは私に関係ない。礼はすれど意識は向けなかった。


『国王陛下、本日は謁見のご許可いただき、誠にありがとうございます』


『どのような理由があるのか知らんが、ベルアダム侯爵。その女は何だ?』


お父様の謁見の理由よりも私のことを気にするなんて、やはりこの国の男はおかしいと思った。


『我が娘、コルネリア・ベルアダムでございます。何度かお会いしたことはあると思いましたが、陛下にとっては些末なことでしたか。しかしながら、貴方にとって重要ではなくとも私にとっては重要な娘です・・・私は病を理由にベルアダム侯爵を辞します。後継者は娘のコルネリアを指名しました。爵位譲渡を許可していただくために、本日重い体を引き摺って参りました』


『コルネリア・ベルアダムと申します。リカルド国王陛下におかれましては』


『卑しい醜女が媚びるな無礼者!!』


・・・アベルの声だった。分かりやすく激怒した彼を刺激するのは得策ではないと、私は頭を垂れて押し黙る。彼に暴力を振るわれたことを思い出すけれど、私にはお父様がいる。頼れる人がいることで、しっかりと怯えは封じ込めた。


『デイナを害した女に権力を与えるわけにはいかん』


『何を仰られますやら。コルネリアは正当なベルアダム家の跡継ぎです。一度は婿をとろうと思いましたが、色に溺れる馬鹿な男を引き込むよりも、私自らが領主として教育した実の娘に任せるべきだと判断しました。コルネリアならばベルアダム領の民を守り、国を支える良き侯爵となるでしょう』


『民などどうでもいい。デイナに敵意を持つ女だ。権力を持てばデイナを屠ろうと兵を整え』


『我がベルアダムは!!!』


王の言葉に頭に血が上った。民を守るべき者が、民をどうでもいいと言ってはいけない。些末なことと捉えている様子にも怒りが沸き上がった。

私の大声に言葉を遮られた王が虚を突かれている。話すのは今だと思った。


『建国当初より国民の食を支える農耕地です!!我が領があるからこそシルヴァン王国の民は飢えることなく暮らしています!!そのような農耕地に兵士など必要ではありません!!兵力など不要の長物!!我が領地に必要なのは農具と小麦です!!私はそう判断してこれからも国の食料庫となるべくベルアダムの地を守っていく所存です!!』


『・・・・・・』


私の大声にお父様すら目を丸くしていた。王もデイナもデイナの男達も呆然と私を見ていた。


『ベルアダムの地を守る以外に私の気持ちはございません!!それをお忘れなきように!!』


『な・・・ふふっ、やだぁ、田舎の農婦ってことじゃない』


『そのつもりです。私は農民達を管轄するだけの農婦と思ってくださって結構』


『おい!デイナに汚い口で話しかけるな!!』


『分かりました!あとは父であるベルアダム侯爵にお任せいたします!!』


アベルの怒号に怒鳴り声で返して口を閉ざした。あの男は怒りを露わにして私を罵ったけれど、黙ると決めたから何も言わずに無視をした。


『ベルアダム侯爵、貴様の農婦は何なのだ?』


王が嘲笑っていたけれど、それも気にしなかった。お父様の隣で臆することはないと背筋を伸ばし続けた。


『ええ、立派でしょう?貴方方の下らない恋愛事情よりも民を思っているのです。貴方は嘲笑いましたが、私は誇りに思います。娘にとってベルアダムの領民に勝るものはない・・・そこの小僧も、見た目だけ取り繕った娘もどうでもいいのですよ』


『見た目だけって酷い!あのおじ様が私を馬鹿にしたわ!』


『クソジジイ!』


『どうでも良いのです!!!』


怒鳴り込んだアベルにお父様は倍の声量で怒鳴り返した。優しい顔立ちのお父様からは想像できない、初めて聞いた声に私すら体が跳ねそうになった。


『我らベルアダム侯爵家にとって重要なのはベルアダムの地とそこで暮らす民。私は余命幾ばくもない。これ以上はベルアダムの民を守れぬので、娘に託したく思います・・・よろしいですね?』


お父様の言葉に続いて頭を垂れた。黙るように言われた私が気持ちを表すためにしたこと。


『え、本当に農婦でいいの?アベルを取り返したいとか思わないわけ?』


『・・・・・・』


『何か言いなさいよ!』


『娘はそこの小僧に黙れと言われています。話すことはできませんな』


『ああ、そう。頭が固い女なのね。アベル、あの女がしゃべってもいいわね?』


『君が醜い声に耐えられると言うなら』


甘い声で答えるアベル。私は何て茶番を見せられているのだろうと思った。アベルはデイナの一番の男じゃないのに、他にも侍っている男達がいるのに、恋人のように甘く囁いている。本当に馬鹿馬鹿しい。

私は顔を上げた。王を含む男達を侍らしたデイナに、心を波立たせることなく答えた。


『私はベルアダム家の女。ベルアダムの為にあるので、他者にどう思われようとも構いません』


『変な女』


『それが貴女の抱いた気持ちなら謹んでお受けします』


『・・・・・・』


デイナは眉を寄せて不愉快だと表していたけれど、私は何も言わなかった。何も言われないのだから言う必要もない。


『あの女、顔が醜いだけではなく頭もおかしいらしい』


『領地に引き籠もって土いじりをしていたんだろう?貴族令嬢の矜持なんてないのさ』


『これほど愚鈍な女だとは思わなんだ』


雑音が聞こえる。王太子や第二王子や高位の男達から聞こえたけれど、だだの音というだけで気にするほどでもなかった。


『あ!ねえ、わたし良いこと思いついちゃった!わたしとアベルの子供が産まれたらベルアダム侯爵家を継がせましょうよ!』


『何を突然言い出すのか!!』


『お父様』


茶番を前にして心が凍結してしまったのか、怒りの炎すら燃え上がらなかった。お父様を制すると、私は続きの言葉を言い放った。


『それがデイナ様を愛する国の意志ならば、我がベルアダム侯爵家をお二人のお子様に引き継いでいただきます。ただ、それまでは私がベルアダムを守り立てるつもりです。お約束いただけるのなら、謹んでお受けいたします・・・お二人の間に産まれくるお子様が、ベルアダムの領民と土地を愛して下さることもお祈り申し上げます』


『真性の馬鹿だぞ、この女!!』


『いいじゃないか、ベルアダム侯爵は元々アベルが継ぐものだったんだからな』


『ははっ、精々繋ぎとして頑張るんだな!!』


馬鹿との話はもう沢山だった。こんな下らないやり取りは早々に終えたかった。だから私の代で、馬鹿共の子供がどんなろくでなしであろうともベルアダム領が衰えないよう、栄えるように尽力しようと決意した。


『・・・分かった。アベル・フィガロ公爵令息とデイナの子が成人を迎えた暁には、コルネリア・ベルアダムを排し、ベルアダム侯爵位を与える。それまで農婦の貴様がベルアダムの地を守り立てがいい』


せめて馬鹿な男女から産まれる子が良い子であることを祈り、私はお父様と謁見室から退室した。

このあとすぐにお父様に初めて怒られたけれど、侯爵位を引き継げたのだからいいでしょう、と笑ってチョコレートケーキを食べた。それは、もう思い出になったこと。苦くとも辛くはなかった過去のこと。


私はベルアダム侯爵として生きていく。それ以外の人生を選ぶことはない。アベルとデイナの子が成人するまでだけれど、それまでは先祖代々受け継いできたベルアダムを守っていけるのだから。

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